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㉕話 神帰月

挿絵(By みてみん)


慶應三年十一月十五日、寒冴えわたる京の都。

江戸末期、大政奉還にて混乱の日本。庶民は街道を、ええじゃないかと練り歩き、混沌とした空気が京都の街を包む。


【同種にとどめを刺すのは、人の世のみ。】

悲しきかな人間は、いつの世も要人暗殺が横行する。


 着物に(はかま)、腰に刀と脇差を添え、草履ではなく洋靴。

鼻歌響かせながら、のうのうと闊歩する粋男。

「藤吉、わしゃちょい野暮用があるが、おまん先帰ちょれ。」

「先生、わしゃ一時も目を離す訳にはいきまへん。」

「人前で先生言うなちや、梅と呼べ。ほなの。」

「あっ、待って下さい! あ~ぁ、また叱られますがな。」

 人混みを駆け抜ける粋男、大柄の藤吉には追いつけるはずもなく、その姿は風のように。

 その男、名は才谷梅太郎。またの名を坂本龍馬。

今、日本で一番命を狙われる侍でありながら、起業家、実業家であり、至高のアーティスト(芸術家)である。


 ふらりと酒屋に寄る。

「主人、福岡はおるかねや?」

「まだ帰られておりません。お伝えしときましょか?」

「ええちゃ、また来るわ。」


 ほんま昨年からついとらん。一個一個の行動が全部邪魔されとる気がするぜよ。仲間を多く失ったし、船も沈んだ。

誰かさんが何かしとらんかね。天狗に憑かれとうみたいじゃ。

ブツブツと呟きながら、長身の武士には似つかわしくない姿で、がっかりうな垂れ、歩き出す。

寺田屋帰りたいんやけどな~。なんかそうちゃう言われとう気がすんのよの~。土佐藩邸は絶対嫌やし。


龍「ただいま、帰ったぜよ。」

中「おい!龍馬、どこ行っとんぜよ!藤吉まいてからに。」

 彼の名は、石川いや、中岡慎太郎。説明はいらぬ有名人。

ほんに口うるさい、女子(おなご)みたいな細かいやつじゃ。


中「いつもいつもふらふらして危機感の無い。今日は客人来るし、話し合うこと山盛りぜよ!」

龍「福岡さんとこ行っとんじゃ~。ほな始めよか。」

 ここは醤油問屋の近江屋。命狙われる龍馬の隠れ家である。

土佐藩邸内なら安全なのだが、居場所を特定されてしまうと、動きが制限されてしまう。そこで目立たない商用施設であり、逃亡経路が確保され、隠れ通用口がある近江屋を会合部屋兼、隠れ家として利用していた。

 ドタ!バタン!

龍「おまんら、あんまほたえなや~」

峰吉藤吉「すんません!!」


中「あいつらほんま相撲好きじゃのう~。しかし、ええ掛け軸もろたの! 寒椿と白梅じゃ。」

龍「おぅ、ほんに風情あるの。」

中「客人接待も済んだし、一息ついたわ。しかしおまん、なんか浮かれとる感じやが、何があるんじゃ?」

龍「分かるかや♪ 明日はな、勝先生に会うんじゃ~♪んふんふ♪」

 全く侍らしからぬ言い回しである。


龍「おっ、おんしも行くがじゃ? 行こう行こう!」

中「ん、ん~よし、そやの。お供させてもらうぜよ。」

龍「よしゃ!ほな腹ごしらえせな。軍鶏(しゃも)鍋でも喰うがぜよ。峰吉、軍鶏買うてきてくれんかの。」

峰「はい!買うてきます!」

 醤油問屋の一階は土間で冷える為、体調を崩していた龍馬のために、二階に移っていた。

二階は逃亡経路が無いので心配だが、この不自然な風邪が治るまで。


龍「しかし今日は冷えるのぅ。軍鶏鍋がほんにええぜよ。」

中「おまん、薩摩の反目連中は気い付けとけよ。わしもやけど。あと、新選組もじゃ。」

龍「それ言うなら、見廻組もじゃ。永井さんが止めるよう言うてくれたがじゃ、それでも残党は()りにきよるき、気をつけろと。」

中「永井さんて、幕府大目付の永井主水正(ながいもんどのしょう)尚志公(なおむねこう)かいな!」

龍「長いわ。そうちや。」

中「おまんには、ほんまびっくりさせられるわ。ちょい安心やの。」

龍「しかし、腹減ったの~。峰吉まだかいな。」


 「ガタンッ!バタン!」

中「おまんら!ほたえなや!」

 ん、峰吉帰ってきたんか? 藤吉ひとりで相撲取る訳がない。

中「峰吉、早よ鍋用意してくれ。」


 返事がない。

これは様子がおかしい。

「ダダダダッ!」階段を駆け上がるけたたましい音。

「バンッ!!!」戸が開き、黒ずくめの男達が部屋になだれ込む。

 わしの拳銃は!刀は!「ゴキッ ガシュッ!!」(ひたい)鉄鎚(かなづち)で殴られたような衝撃。手で防ぐが、腕ごと持っていかれる。

刀を取り、中岡を見た瞬間、一閃の太刀が!

龍「石川―!!」

「カシューン!ゴッ!!」(さや)で受け止めるが、頭に深く入った刃を感じる。 衝撃のみで痛みは無い。

もう一度、中岡の偽名、石川を叫ぶが、声は出ない。

龍「ぃし、ゕゎ‥」

目に入った光景は、中岡の身体に、床下まで貫通しそうな容赦ない三太刀が、突き立てられていた。


「もういい、行くぞ。」震え籠った暗い声が、小さく響く。そして、数人の男が部屋を出ていく。そんなに居たのか。


龍「中岡、手はきくゕ。」

中「手は動く‥」

 腹ばいで階段まで、思ったより進まない。時間の進み具合がおかしいのか。畳を見ると、血ではない何かが辺りを浸す。


階段の上から叫ぶ!

龍「ぉ~ぃ、医者を‥」 声が出ない。


中「龍馬っ!!」

中「龍馬‥」


中「龍…」

渾身(こんしん)の力を振り絞って返事をする。

龍「わ、わしゃ脳ぅを、やられちゅぅ‥もぅいけん…」


中「りょぅま‥」 ‥…


 坂本龍馬即死。のち、中岡慎太郎が絶命するまでの二日間、後世に伝えるため、語った記録である。


 犯人不明で歴史の闇に葬られたが、犯人はスコットランド出身の戦争を生業とする武器商人、エリア3のガンマ線誘導によって行われた事件であった。

次は ㉖話 文芸

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