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海の彼方から【火侯プロミテネウスの日;早朝】


 交神の間に戻り、今日はとくに変わったこともなさそうだなと、女官のミシェルを従えて聖座の間へ向かい、いつもの指定席に座ったところで、頭の中に直接声が聞こえてきた。


〈失礼します、聖女アルフィニア。少々、よろしいでしょうか?〉

「ん……ザシュキーンエルさん?」

〈左様です。来客の気配があります、招かれざる〉

「お客? どちらからでしょう?」


 フィリアの藪から棒な宣告から三日目だし、外国から説明を求める公使団とかがきてもおかしくはないな、と思ったけど、どうやらそうではないようだ。


〈直接ご覧になられるのが早いですね。表へお出ましいただけませんか〉

「わかりました」


 第一声で、ひとり言ではなくザシュキーンエルさんとの会話だとはわかるので、わたしが聖座を立って歩きはじめても、ミシェルとセラーナはとくになにも言わない。


 通用口を開けて外へ出ると、いつものように聖堂前広場は治療を待つ人でいっぱいだった。女官のネスティ(今日はエレシーダがお休み)が、人々に列を作らせている。


「聖女さま!」

「アルフィニアさまー」

「ニアさまおはよー」


 声をかけてきてくれる人たちへ、


「みなさんおはようございます。開門までもうちょっと待っててくださいね」


 と手を振って、わたしは聖堂の屋根をあおぎ見た。

 ドーム状になっている屋根の上に、まるで建築当初から据えつけられている彫像のように大天使がたたずんでいる。


 わたしが表に出てきたことを認めると、六枚の翼を広げ、音もなく第一階梯使徒(アルファ・パラゴン)ザシュキーンエルが降りてきた。

 正直、駄女神フィリアより神々しくて、威厳を感じる。


「わざわざすみません、聖女アルフィニア。どうぞ、お手を」


 ザシュキーンエルさんのおっきな手を取ると、ふわり、とわたしの身体が宙に浮いた。引っ張られている感じは全然ない。


『……おおっ』


 人々のどよめきが聞こえる。すごいのはわたしじゃなくて、地上に一日おいておくだけで世界全部三年ぶんの神聖力(ディヴァイン・マイト)を消費する、この第一階梯使徒だからね!


 聖堂のドームのてっぺんまでは地面から48メートルある。ザシュキーンエルさんは、その二倍くらいの高さまで上昇していった。


「うーん、いい眺め」

「あちらをご覧ください、聖女アルフィニア」


 のんきに景色を楽しみかけていたわたしへ、ザシュキーンエルさんは声とともに西を指した。「お客」の姿を確認するためでしたね。


 ここから西がわは、30キロほどさきが海岸で、大洋が広がっている。ああ、昨日テウデリク殿下に海へ連れて行ってもらえばよかった。いまさらそんなことを思いついてどうする。


 海のほうを向いたわたしは、二回まばたきをして……やっぱり見間違いじゃないよな。


 なんか、ものすごいでっかい人と、ものすごいでっかくて背中に翼の生えてるワニのようなものが、陸地に近づいてきてるように見えるんですが。


「……なんですか、あれ?」

「巨人王ガジャナダンドヌタスと、竜王ゾラノヴォルグターギシュです。巨人は西方の大陸に、竜ははるか南方の大陸に棲んでいます」


 大昔はこの大陸にも巨人(ティタン)(ドラゴン)がいて、人間とけっこう揉めたとかなんとか、そんなおとぎ話はなんとなく聞き憶えがあるような。


 ……あんなバカでっかいのと、揉めるったってどうやったんだ過去の人類?


「なんのご用でしょうかね?」

「彼らはフィリアの被造物ではありません。彼ら自身の故郷の世界をあとに多元宇宙へ旅立ち、この世界へと流れ着いた、いってみれば、店子です」

「はあ、そうなんですか」


 えーと、つまり?


「この世界におけるフィリアの権益代表は、聖女であるあなたです、アルフィニア。彼らはおそらく、この世界があと四日で崩壊するというフィリアの宣告に、不安と不満をいだいている」

「……なるほど」


 まあ、大家さんが突然「この長屋あと一週間で取り壊し予定なんでよろしく〜」とか言い出したら、店子としては「オイコラ引越しさきの保証しろ!」ってなるわよね。それはわかる。

 だからって、わたしがフィリアの代理として、あのデカブツさんたちと話を? ……なんかおかしくない?


「ザシュキーンエルさん、フィリアの直属使徒であるあなたのほうが、わたしより偉いんじゃないんですか?」

「われわれ天使は、自由意思を持っていません。ある意味では神であるフィリアの一部ですから。あなたがた人間は、フィリアの被造物ではあるけれど別個の存在です。言ってみれば、親の手や足でしかないわれわれ天使に対し、あなたがたは子供であり、確立した自我を持っている」

「……はあ」


 ザシュキーンエルさんはあの駄女神の一部? そんな感じしないなあ。フィリアがこんな感じで圧のある姿と声だったら、タメ口で話せないや。


「とりあえず、わたしをガジャなんとかさんとゾラなんとかさんの前まで連れて行ってもらえますか。あの岩山の上あたりが、ちょうどよさそう」


 あんなでっかい生き物が上陸してきたら、ただ歩くだけで畑や建物がめちゃくちゃになってしまう。向こうが海の上にいるところで話をしたほうがいい。


「承知いたしました」


 ザシュキーンエルさんはうやうやしく応えると、わたしの手を引いて海際の岩山へと飛んでいく。翼による空力ではないとよくわかる、なめらかで風圧を感じない動きだった。


 すべるように空中を進んでいると、海岸近くの地上で、鎧兜に身を固め、隊伍を組んでいる一団が目にとまった。

 王国騎士団だ。なんかやべーのが接近してきてるぞと緊急招集されたのだろう。


 隊列の先頭に騎士団長のレオンユードさんがいるのを見つけた。わたしは上空から大声をかける。


「おはよーございまーす! 朝からおつかれさま!」

「……聖女さま!」

「あのでっかいの、巨人族と竜族の代表ですって。わたしが話しますから、だいじょうぶ!」

「すみません、どうぞお気をつけて! われわれも警戒態勢を維持します!」


 いやあ、先方がなに言ってくるかはわかんないけど、決裂したらさすがに騎士団のみなさんじゃどうにもなんないと思う……。でかすぎるもん。


 海岸にそびえる岩山の上にたどり着いた。海面までは70メートルくらいある。

 しかし、巨人王ガジャなんとかの顔の位置はさらに高い。海の深さも考えると、身長100メートル以上ありそうだ。ずっと海底を歩いていたらさすがに途中は頭まで沈んじゃうから、泳いできたのかな?


 竜王ゾラなんとかのほうは、体高こそガジャなんとかより低いけど、全長そのものは200メートル以上あること確実だ。

 ザシュキーンエルさん同様、翼ではばたいて飛んでいるわけではない。両翼であの巨体を支える風圧を起こしていたら、もうこのあたりは暴風が巻き起こって海も大荒れになっている。


 遠目には海鳥にしか見えなかったけど、ガジャなんとかとゾラなんとかのまわりを飛び交っているのは天使だった。

 四枚羽根の第二階梯使徒(ベータ・パラゴン)が二体と、無数の第三階梯使徒(ガンマ・パラゴン)。たぶん、案内であり、監視だろう。


「巨人王ガジャナダンドヌタス、並びに竜王ゾラノヴォルグターギシュ、ひかえなさい。聖女アルフィニアさまおん自らのお出迎えである」


 すごくよくとおる声で巨軀の王ふたりへ呼ばわったのは、ザシュキーンエルさんだった。


 周囲を飛びまわっていた天使たちが左右にわかれて一列に並び、手に光の旗印(ビームフラッグ)つきの光の槍(レーザーランス)を生じさせて通廊を形づくる。


 第二階梯使徒(ベータ・パラゴン)二体が一番こっちに近いがわへつき、切っ先を上に向けた光の剣(レーザーソード)を垂直にし、身体の正面でかまえた。

 第一階梯使徒(アルファ・パラゴン)であるザシュキーンエルさんに比べれば小柄だが、それでも身長二メートルほどで完全な均整の身体つきは、ひと目で人間とはちがう。

 頭部が獣の第三階梯使徒(ガンマ・パラゴン)とは異なり、美しすぎるものの人間のような顔だ。ひとりは女性的、もうひとりは男性的な面立ちをしている。


 光槍をかかげる天使たちにはさまれ、巨人の王と竜の王がわたしの立つ岩山の前までやってきた。

 わたしから向かって右に巨人王ガジャナダンドヌタス、左が竜王ゾラノヴォルグターギシュ。


「頭が高いぞ」


 わたしのかたわらで宙空に浮かんでいるザシュキーンエルさんが口を開き、冷たく、重い圧の乗った声が王たちを打つ。


 わたしを見下ろしていたガジャナダンドヌタスとゾラノヴォルグターギシュの頭が下がり、こちらの視線とそろった。


 ちり、と空気が鳴る。

 ザシュキーンエルさんが機嫌を損ねたのだということは、わたしにも肌でわかった。この大天使()っわ……。


「どうぞお楽に。あなたたちが女神フィリアの被造物ではなく、この世界に仮棲まいをしている存在であるなら、聖女であるわたしと立場に上下の差はないということでしょう」


 ザシュキーンエルさんがはっきり拝跪を命じる前に、わたしは(おお)きな客人たちへ声をかけた。こういうときは下手に出すぎちゃいけないけど、高圧一辺倒でも駄目なものだ。


 わたしの判断を立ててくれるのだろう、ザシュキーンエルさんは威圧感を解きはしなかったが、黙ったまま。


 巨人王ガジャナダンドヌタスが口を開いた。間近で見ると、灰色がかった(はだ)は岩のようだ。それをのぞけば、非常に大きいけれどおおむね人間と同様の造作をしている。


天狗(パラゴン)どもよりは話がわかりそうだな、聖女よ」

「アルフィニアです。西方の大陸より、はるばるご足労さまでした、ガジャナダンドヌタスさん。ご用件をおうかがいしましょう」

「大した話ではない。天狗(パラゴン)どもにわれらの邪魔をするなとだけ言ってくれればいい」

「というと……?」


 わたしが小首をかしげると、竜王ゾラノヴォルグターギシュが応じた。こっちは艶消し銀のような質感をしている。ワニというほど口吻がとがってはいないが、トカゲよりは長くて、はっきり牙が見える。南洋のような紺碧の目が印象的だ。


「われわれは滅びゆくこの世界を()ち、あらたな棲まいを探すことにした。ところが、天狗(パラゴン)どもが次元遷移(トランジション)の起術を妨害しているのだ。われわれにこの世界と心中してやる義理はない」


 なるほど。言いぶんはとおっているような気もする。


 この長屋取り壊すけど、あんたたち引っ越し禁止ね――なんて、大家が店子の自由を縛るのは横暴だよなあ。


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