愛の女神、愛について大いに語る(個神の見解です)【火侯プロミテネウスの日;払暁】
今日も朝イチで駄女神フィリアのところへいってみると、なにやら「いいこと思いついた!」って顔をしてわたしのことを待ち受けていた。
「昨日あった件についてザシュキーンエルから報告を受けて、ひとつアイデアが浮かんだわ。聖女に定休日を設定するようにしましょう!」
「お、あんたの頭からはじめてまともな改善策が出たわね」
そもそも年中無休っておかしいんですよ聖女。年初の園遊会とフィリア大祭のときは治療業務こそやらないけど、聖女として休めるわけじゃないからね。
「今回の危機をうまく乗り越えられれば、だけれど、これからは週に二日、天使を地上へ派遣して、聖女の治療業務を代行させることにするわ」
「うん、文句のつけようがないまともな施策だと思う。ていうかさ、天使って地上に常駐させちゃ駄目なの?」
昨日テウデリク殿下とデートしてるあいだも、いたるところに天使がいて、これなら世界が終わるからって最後にはっちゃけてヒャッハーしようなんて不埒者は出ないな、って納得したけど。……ていうかちょっと落ち着かなかった。
フィリアは、めずらしくいかにも女神って感じの声で、いう。
「つねに監視と監督役が眼を光らせているって、ほんとうに正しいことかしら?」
「あー、悪行であろうと人間の意志を否定して、上から押さえつけることに意味はあるのかって?」
「道徳的な話としてはね。コスト面込みでのぶっちゃけた事情としては、天使を地上に降ろすには、第五階梯使徒一体でも世界全体を10日は維持できる神聖力が必要だから、すぐにガス欠しちゃうってことだけど」
「……おいちょっと待て、第一階梯使徒ひとりぶんの派遣費用は?」
このアホ女神は、すぐに聞き捨てならんことをぬかす!
「一日につき世界三年ぶんくらいかしら?」
「まさかあんた……天使の派遣コスト込みで世界の残り寿命宣告してないでしょうね?!!」
天使が世界各地に配置されてるって考えると、それだけで世界そのものの維持費100年ぶん以上使ってるってことになるんじゃないの!!?
あんたがなにもしなければ、それだけで世界はあと100年維持できたんじゃ?!
「やーねえ、そこまであこぎじゃないわよ。天使の派遣に関しては、わたくしの持ち出し。ほかの神々に頭下げて借りを作ってるわ」
「……ホントかー?」
もうひとつ信用できんのだよなこの駄女神。いちおう、この空間はウソがつけないようにできてはいるが。
「ところで、テウデリク王子とのデートはどうだった?」
「それ、わざわざ聴く必要あんの?」
「わたくし出歯亀じゃないわよ。地上の透視にも神聖力は消費されるから、むやみに無駄遣いはしません」
「のぞきはしてないと?」
「もちろん」
あー胡散くさい、この慈母の笑み。
「思ってたより家庭的で庶民的で、いいひとなんじゃないかな、って」
「それだけ?」
「殿下から、あんたに質問っていうか疑問なら預かってきたけど」
「あら、王子からわたくしに? なになに?」
……食いつくトコそこかよ。
わたし個人としては、殿下が連れてってくれた飯屋が想像してたよりずっと大衆店で、気取ってなくてボリュームあっておいしくって、けっこう好感度が上がったんだけどな。半ばは胃袋の感情だけど。
「ええと――殿下いわく『聖女が人々をわけへだてなくあつかい、治療を施すその姿は、私の目には慈愛に満ちているようにしか見えなかった。また、人々が聖女へ向ける敬慕と親愛も、心の底からのいつわりなき心情だと感じられた。これは〈真実の愛〉と言えるのではないのだろうか?』だそうです」
わたしが殿下のメッセージを伝言すると、フィリアは存外真面目そうな顔になった。
「隣人愛、家族愛、親子愛、郷土愛、もちろんそれらを否定するつもりはわたくしとて毛頭ないし、わたくしの力になっています。ただ……それらと、わたくしが主に司っている、人と人とが相互に結びつく愛は、一線を画している。単純な男女間性愛ではないわよ、性別を限定するものではない」
「……殿下には『フィリアは心卑しきカプ厨の豚女神です』って伝えておけばいい?」
この駄女神、友愛とは名ばかりだな。博愛じゃあんま腹が膨れないって、だいぶアレな性格だと思うぞ?
「卑しいカプ厨と笑いなさい」
「……開き直りやがった!?」
「与える愛は、心が清くて広ければ無償でふりまくことができるものよ。あなたのようにね、ニア。でも、一対の関係となる情愛は、相手に受け取りを拒否されれば終わり。与えるだけではなく受け取り、互いに自分の心を託し合ってはじめて完成する。精神が貧しい者は無償で愛を与えることができない。それでも、心を開くことのできる相手を見つけられれば、愛し合うことならできる」
「……むぅ」
カプ厨のくせになんか理路整然としたこと言いやがって! 博愛慈愛はしょせん一方通行の押し売りで、大したことないみたいなことを……。
「見返りを求めない無償の愛が、ギヴアンドテイクで相手からの反応を期待する粘着的で執着のある愛よりも下だ、と言うつもりはないわ。卑しきカプ厨とののしられても反論はできません。でも、執着せず、相手が受け入れようと無関心だろうと反発しようがかまうことなく、ただ愛を施し立ち去るだけというのは……さみしいわ」
「女神のくせにめんどくさいわねあんた」
「あなたが精神超人すぎるのよ、ニア」
「デリカシーゼロの無神経女と言ったか。ケッ、どうせ事実だ、いまさら傷つきゃせんわ」
繊細メンタルだったらとっくに聖女なんて辞めてた。ずぶとくしぶとく今日までやってきたのだ。
よく考えるとつぎの聖女候補がまだ教会入りしてないから、辞めるに辞めらんないような気もするけど。
「あなたがほんとうは、さみしがり屋で泣き虫で、約束を守るためにがんばっている子だってことは知っているわ。わたくしの胸で泣いてもいいのよ?」
「もう帰る」
いかにも「愛の女神」って感じの母性あふれる顔をして見せたフィリアだったが、わたしはイラッとして背を向けた。
わたしがこのクソ女神の胸に飛び込むのは、「くたばれフ●ッ●ンフィリア!」と叫びながら、ずぶりと神弑の魔剣を突き刺すときだろう。そんな封印指定呪具がこの世にあるのか知らんけど。
……とわたしが下剋上たくらんでるのをわかっていないはずはないんだけど、
「わたくしは、いつでもあなたのママになってあげるわよ」
などと、フィリアは腹立つ慈母面をしてうそぶくのであった。