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欠陥だらけの聖女システム【月の精セルリナの日;払暁】


 ずっとなにやら考えごとをしている顔のテウデリク殿下と、これからガレー(ドレイ)船漕ぎのお仕事ですと宣告されたような顔になった14人のお偉いさんたちが帰ったあと、わたしはいつもどおり聖座の間で業務に忙殺された。


 聖女の基本的なお仕事は、ケガや病気を治療することだ。


 そりゃあ「どうせ一週間以内に死ぬんだから腹痛治さなくていいや、ケガ放置でいいや」とはならないもんね。無償(タダ)だし! だれも遠慮しない。


 ……明くる日、払暁とともに交神の間へ入って、天界へタマシイ(アストラルボディ)飛ばしたわたしは、女神フィリアにテウデリク王子との婚約を破棄したと伝えた。


「それで、王子はなんと?」

「世界を救うためなら婚約破棄を受け入れる、って」

「ニア、あなた王子のほかに好きな人がいるわけでもないんでしょう?」

「殿下のことにしたって、好きでも嫌いでもないし」


 ていうか、どういうひとなのかすら知らない。

 婚約者とは名ばかりで、年初に王宮で開かれる園遊会と、フィリア大祭くらいでしか顔を合わせることがなかったのだ。今回は緊急事態だから、テウデリク殿下が王家の代表としてやってきただけで。


「……そこは王子に、真実の愛に近づくため、お互いのことを知り合う時間を作りたい、というべきところじゃなかったかしら?」

「だって〈真実の愛〉でしょ? 真実の愛といったら婚約破棄。政治的都合で取り決められた婚約は破棄するもの、って本で読んだけど?」


 わたしがそういうと、フィリアは頭を抱えた。……お、女神が頭痛に眉をしかめるって、はじめて見たな。


「ちょっと待って。あなた、いったいどういう本を読んでるの?」

「ラヴリー・ソフィア先生の『王太子に婚約破棄された公爵令嬢、発明王に見初められ真実の愛を手に入れる〜チート新兵器で王国を征服しちゃいますけど、今さら許してなんてもう遅いですよ〜』とか、『真の聖女を見つけたから用済みだと皇太子に婚約破棄された代理聖女、魔王様に求婚され真実の愛を見つけた上に最強逆ハーを結成してしまう』とか」


 枕元に何冊か並べている恋愛小説を、寝る前のほんの30分ほど読むのが、わたしの唯一の娯楽だ。なお自分で買いに行くヒマはないから、リーチェたち女官に頼んでいる。


「……あのね、リアルの世界ではお話とちがって、婚約破棄と同時に自動で都合のいいスパダリが現れたりはしないのよ」

「そのくらいわかっとるわい。テウデリク殿下は、わたしにネチネチ嫌味を言ってくるわけでもなければ、ビッチな男爵令嬢に籠絡されてるわけでもないし」


 ていうかフィリア、「スパダリ」とか専門用語理解してんじゃねーか。愛の女神だから、二次元の恋人との愛でも神聖力(ディヴァイン・マイト)になってるってことかな。


「テウデリク王子との愛を〈真物(ほんもの)〉に育てるのと、まだ見ぬスパダリがあと五日のあいだに見つかる可能性と、どちらのほうがありえると思うの?」

「なにフィリア、あんたテウデリク殿下推しだったの?」

「とりあえずイイ男よね」

「……見た目かよっ!?」


 たしかにテウデリク殿下は銀髪で蒼い目、目鼻のすじはとおっていてあごの線がシャープでかつシャクレまではいってなくて、背は高くてたくましいけど筋肉過多でもない。


 ラヴリー・ソフィア先生の作品の表紙はムース☆キラメキ先生がイラスト担当だけど、キラメキ先生の描くスパダリを三次元にしたらテウデリク殿下みたいになるだろう。


 ……といっても、わたしはソフィア先生の作品が装画つきの豪華版になる前からのファンであって、絵買いしてるわけではないし、男を外見で選ぶつもりもなかった。

 あと、わたし自身はソフィア先生やキラメキ先生の描くヒロイン像から遠い。ゆるふわなかわいさとか皆無なんだな。


 えっと……なんの話だったっけ?


「ニア、人間は見た目じゃないというあなたの主義は立派だけれど、恋愛の九割はファーストインプレッションよ。最悪の出逢いからはじまる積み重ねの恋、っていうのはロマンティックな王道だけれど、めったにあるものじゃないの。人間の持っている直感は、精密じゃないけどかなり正確。第一印象って頼りになるのよ。それだけを判断の基準にするのも駄目だけれどね」

「わたし、テウデリク殿下とはじめて顔合わせたときに、なんにも感慨がなかったんだけど」

「それは、聖女になったばかりのころのあなたが子供だったからでしょう。いまもなにひとつ感じないっていうわけ?」

「イケメンっすねえ、以外にはべつに」


 わたしがぶっちゃけると、フィリアは眉間にシワを寄せた。


「あなたもしかして、異性には興味がないタイプ? そういえば、聖堂の女官たちとはかなり仲がいいし、人気もあるわよね」

「みんなお勤めとして頑張ってくれてるだけでしょ」

「女の園は怖いのよ? 歴代聖女の三割は、いやがらせされたとか、いじめられてるとか、ここで泣いていたんだから」

「……マジか」


 勤務時間だけでブラックなのに、その上パワハラとかモラハラあったら耐えられないぞわたしだったら。


「あなたは歴代の中でも特別長く教会で暮らしているから、(ヌシ)感強くてマウント取りにいけないのかもしれないけど。女子校の王子さま系だから、同性としてのいじめの対象にはなっていない、って可能性もあるわよね」

「あんたがなに言ってんだかさっぱりわかんないんだけど? どこの世界の言葉でしゃべってんの?」


 神にはときどきこういうところがある。被造物はまだ知らない概念を前提に、意味わからんことを言い出すのだ。


 わたしが話についてこれていないと気がついて、フィリアは指を一本立てた。


「要点だけなら――あなた、女の子が好きだったりする?」

「……どういう意味で」

「じゃれついたりハグするだけにとどまらず、キスがしたいとか、服を脱がせたいとか、ずっといっしょにいたいとか」

「つまり……男性ではなく女性と結婚したいのか、ってこと?」

「子供っぽい言いかたをするとそういうことね」

「べつにそういう願望はない」


 ラヴリー・ソフィア先生は、ごくふつうの恋愛もののほかにも、女の子どうしが結ばれる話や、男の子どうしが結ばれる話も書いてるけど、わたしは男女のカップルがメインの話が好きだ。

 やっぱり自分でも、素敵な恋をして、雰囲気のあるところで愛の告白をされたらいいなあとは思う。


 わたしのそんな考えを読み取って、フィリアはため息をついた。

 目の前のクソ女神はこれでも最高神であるから、口に出していなくても、わたしが思い浮かべていることはお見とおしなのだ。


 なのにわたしがラヴリー・ソフィア先生の愛読者であることをいまのいままで知らずにいたりもするが、問答無用ですべてのプライベートを丸裸にする気はないらしい。バランス感覚の基準は謎だが。


「あなたは責任感とか倫理観は年相応以上にオトナだけど、感性はお子さまのままね」

「この環境でみずみずしい思春期の感性が育つかっつうの」


 わたしだって好きで聖女やってるわけじゃないんだ。そして聖女を勤めるからには、色恋で優先順位を変えるようなことがあってはならんのだ。


 聖女に奇跡を求めるすべての人類は平等、好きだからとまっさきに助けたり、嫌いだからとスルーすることは許されない。


「……聖女アルフィニア、わたくしはいままで、あなたのことを見誤っていたのかもしれません」


 唐突にフィリアがあらたまった声色になったので、わたしは首をかしげた。


「どういう意味?」

「あなたは落第聖女なのではなく、完璧すぎる。もっとひとりの女の子として、自分の心や、感情をたいせつにしてくれていいのよ」

「……いまさら? それわたしに限ったことじゃなくて、歴代聖女ずっとでしょ。聖女が男にコマされて道を踏み誤ったとか、そういうスキャンダルも数えるほどしか起きたことがないって聞いてるけど」

「まあ、聖女が個人の感情で神聖力(ディヴァイン・マイト)を私的流用しようとしたら、供給を遮断しますからね」

「……人の心とかないんか?」


 ないか。神だもんな。


 ていうか、聖女が恋したり愛に目醒めたりすることで愛の力(パワー・オヴ・ラヴ)がダイレクトにフィリアへ供給されるっていう仕組みと、私心禁止の聖女システムが噛み合ってないすぎる。矛盾のカタマリやんこれ。


 わたしの脳内ツッコミを、フィリアはいちいちうなずきながら聞いていた。


 ……おーい神、それでいいのか最高神!? まさかいままで、システムの欠陥に気がついてなかったんかい?!


「最高神の力っておそろしいわね。配管をつなぎ間違えてエネルギーが流出する一方だったのに、地上に聖女が現れるようになってから2000年間もそれで保ってしまっただなんて」

「開き直っとる場合かー!?」

「だいじょうぶよだいじょうぶ、いま配管を正しく接続し直せば、このさきはずっと黒字だから」

「……でもさ、聖女に恋愛解禁したら、自分の恋人や身内のために我田引水するのが目に見えてるよ?」

「あるていどはコストとして大目に見てもらえないかしら?」

「どうかなあ。フィリア教会への支持率めっちゃ落ちると思う」


 あと、聖女の座の奪い合いが起きるようになるね。


 いまはお世辞にも人気職じゃないから、神の力抜きで霊験を引き起こしたことがある女の子を「聖女のタマゴ」として、大神祇官房がスカウトするって形になってるけど。

 個人の霊力なんて、フィリアとのダイレクト接続に比べたらバケツ一杯と大海原の水量くらい差があるから、じつは「聖女になる資格」なんてものはないも同然なのよね。


「……どうすればいいかしら」

「この駄女神! ちったあ自分で考えなさいよ! たとえば、聖女ってつねに一度にひとりしか存在できないワケ?」

「強力な神聖力(ディヴァイン・マイト)を行使する人間が地上にあんまりたくさんいると、事故や不測の事態が起きかねないからひとりに絞っているだけで、できないわけじゃないけれど」

「なら、引退していまはしあわせな結婚生活を送ってるもと聖女をひとりかふたり復帰させて、ラヴラヴ家庭生活のパワーをもらうとか」

「……あなた天才ね」


 だいじょうぶかなこの女神。


「あーでも、聖女経験者って全員王族関係者に嫁いでるんだった。存命のかただと……八代前が大后さまで、七〜五代前が公爵夫人で、四代前が現王妃で、三代前と二代前が王弟夫人で、先代は王太子妃。そんでわたしは第二王子であるテウデリク殿下の婚約者。……王家の影響力が強くなりすぎるなあ」

「あなた気づきが早いわねえ」

「ユールヴァヌス猊下うっさいのよ。大神祇官房は一国の王家に隷属してるわけではないって、しょっちゅう言ってる」


 それでも大神祇官房が官僚的遅延行為とかやらなかったら、どこかのタイミングで聖女が引退しないまま王妃なり王太子妃になって、王家がフィリア教会を吸収しようとしただろうな。


「それなら、しあわせいっぱいの、恋愛真っ最中か既婚者の女性を、あらたな聖女にでもしようかしら?」

「未経験者だとさすがに厳しくない? それとも、神聖力(ディヴァイン・マイト)の行使権は渡さずに、愛の力(パワー・オヴ・ラヴ)だけもらう?」

「聖女の業務はだれがするの?」

「わたしがやるしかないでしょ」


 しあわせ聖女はあふれるラヴをフィリアへ送り、わたしは死んだ魚の目で万民へ平等に治癒の魔法をかけたり、田畑に雨を降らせたりするのだ。


 ……美しい光景だな。感動的。考えるだけで虚無る。


 想像のみで表情がゾンビ化したわたしの様子に、さすがの邪神も良心がとがめたらしい。


「いくらわたくしが世界の維持に責任を持つ最高神であっても、そんなむごいことはできないわ。いままでの単独人柱制度よりひどいじゃない!」

「いまさら人の心に目覚めても遅くない? だいたい、世界の維持に()()とか感じてなかったでしょうがあんた!」

「世界が消えてしまっても困りはしないというだけで、気にはかけてるわよ? 世界維持のためならどんな犠牲でも正当化される、と思っているわけでもないし」

「どーだか」


 まあ、かたや愛にあふれることが義務で、かたや無私が義務とか、確実に闇堕ち出るやつだけど。


 でも、神聖力(ディヴァイン・マイト)の行使権を持つ聖女が特定のだれかとの愛に縛られるとかは、やっぱり問題なんだよなあ。


 ……これは難題だな、ことにこのさき1000年保つシステムにしようというなら。


 わたしが頭をひねっていると、ふいにフィリアがうっかりしてた、といった感じの声をあげた。


「……長話しすぎたわね。ニア、そろそろ戻ったほうがいいわよ」

「もう聖堂の開門時間? 何人待ちくらい?」

「お客さまのようね。テウデリク王子」

「殿下? 昨日の今日でなんの用だろ……?」


 交神の間に帰ってきてみると、時間としては五分も経過していなかった。駄女神でも神は神、ある程度時間を操ることはできるようだ。


 テウデリク殿下が二日連続で訪ねてくるとかはじめてだけど、いったいなにごとだろう。


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