よろしい、ならば婚約破棄だ【愛の女神フィリアの日;朝】
聖女業ってのはたいへんだ。責任感ゼロのフ●ッ●ン女神から、世界を救う方法を聞き出さなければならない。
「……ていうか、わたしが世界の存亡を決めるって、どういうことよ?」
「ニア、あなた恋人はいる?」
「聖女の仕事がどんだけ忙しいと思ってんだBBA」
究極ブラックやぞこの職場、知ってるだろうが、とわたしが毒づくと、
「それよ」
ずい、とフィリアは指を立てた。
「どれよ?」
「聖女はわたくしから直接神聖力を受け取る導管となり、癒やしの奇跡を行使したり天候を操ったりしている。裏を返せば、聖女がひとりの人間として、ほかのだれかと愛を通わせることは、直接は接続されていないふつうの人間、一億人ぶん以上に相当する愛の力をわたくしへ届けることができるというわけ」
「……なにそれ。つまり、聖女は真面目に聖女業してるより、尻軽ビッチに惚れた腫れたしてるほうが、世界の平和につながるってわけ?」
「それは極端よ。多情なプレイボーイ、プレイガールが100人の異性と愛を語らうことが、不器用で朴訥な男女が一生をかけておずおずと愛を紡ぐことに勝るわけじゃないわ。現にわたくしは、どちらのパターンからも同じ程度の愛の力しか受け取っていない」
「あんたがなに言いたいのかわかんない」
こちとら青春のすべてを犠牲に聖女やってるんだ、恋だの愛だのそんなこと知るかっつうの。
「結論だけを言えば、あなたがいわゆる〈真実の愛〉を知れば、世界の崩壊を防ぐことができるし、わたくしは向こう五年かそこらは問題なくやりくりできるだけの神力を得ることができるということよ。100年、1000年保たせるには、世界中にもっともっと愛と慈しみを広げなければなりませんけどね」
……このクソ女神、てきとーなこと言いやがって。
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わたしはげんなりして女神フィリアとの会見を終え、地上へ帰還した。
物理的肉体に戻ったわたしのため息を聞きつけ、待機していた女官のエレシーダがいまにも死んでしまいそうな顔になる。
「やはり、この世界はもう……」
「あ、ごめん。いちおう良い報せもあるのよ。世界はまだ救えるかもしれない」
「聖女さま! アルフィニアさま、信じてました!!」
「あーもう、気が早い。フィリアの神力を回復させる方法がないでもない、って聞いただけで、うまくいく保証はないから」
泣きながら抱きついてくるエレシーダの背中をぽんぽんたたきながら、わたしは苦笑する。
「それでもアルフィニアさまならきっと、女神フィリアの加護を引き出してくださいます」
「けっこうな難題なのよね。ところで、フィリアの宣告で王宮も大騒ぎになったはずだけど、テウデリク王子って、きてるかしら?」
「先触れのかたはいらしていたので、いまごろ到着されているか、まもなくだと存じますが」
「聖座の間に偉いひとが何人集まってるか、一度見てきてちょうだい。重大発表ってやつをしなきゃならないんで」
「かしこまりました」
さっきはウィッテンマイアー侯とユールヴァヌス猊下だけだったけど、わたしがフ●ッ●ン女神と罵倒合戦をしているあいだに、何人か追加で到着しているはずだ。
聖座の間と交神の間はすぐとなりなので、エレシーダは10秒少々で戻ってきた。
「15名さまほどいらっしゃいます。テウデリク殿下、宰相閣下、近隣の自治都市の代表のかたなど」
「それだけいれば、まあいいか」
わたしはいかにも〈聖女〉って感じの、清純で生真面目そうな貌を偽装した。これだけは得意。
まずはエレシーダが、神経質な顔になって額を寄せ話し合っているお偉がたへ声をかける。
「みなさま、ご着席ください。聖女アルフィニアさまが女神フィリアとの交神を終え、お戻りになりました」
椅子を引く音、身じろぎして背もたれがきしむ音、せき払いなんかが完全に静まるのを待って、充分なもったいをつけてからわたしが入場。
硬い表情でわたしに視線を集中させている一座を見まわし、口を開く。
「本日は早朝よりお集まりいただき、みなさんご足労さまです。正教会2000年の歴史でも未曾有の緊急事態でありますが、われらが主フィリアは、この世界を見捨てたわけではありません」
『おお……』
いやはや、われながら「公式発言」がお上手だわ。
「女神フィリアは、この世界を救ってくださるのだな?」
そう言うユールヴァヌス猊下へ、わたしは「難しい」顔をしてみせた。
「無条件ではありません。昨晩に全世界へ向けフィリア自らが宣言したとおり、この世界には〈愛〉が足りなくなっているのです」
「抽象的すぎて、いったいどうすれば愛を増やすことができるのか、わからないのだが」
と言ったのは宰相のベネシュ卿であった。「足りないなら増やせばいいじゃない」の精神で、各種産業を躍進させた影の国父と評判の人だが、たしかに愛は植えたり掘ったりして調達できるものではない。
「女神フィリアはわたしへ告げました。このさきの100年、1000年のためには、この世界をあまねく愛で満たさなければならないが、当座の五年であれば、聖女であるわたしが愛を存分に受け、また与えることで、愛の神たるフィリアの神力を支えるだろうと」
『おおっ……』
あー、ほらそこ「なーんだ聖女に任せておけばいいのか」みたいな顔しないの。
他人ごとみたいな表情が並ぶ中、考え深げに口を開いたのは、テウデリク王子だった。
「聖女アルフィニア、あなたは信徒へ、世界へ、大いに愛を注いでいることだろう。しかし女神フィリアはそれでは足りていないと言っている――そのように私には聞こえた。……あなたが受け取る愛が足りないということなのかな」
さすが殿下、話のツボ押さえてらっしゃる。
ぶっちゃけると、わたしがそんなに愛をふりまいているのかっていうのには、自分で疑念がありますが。
でもフィリアは、わたしが悪いとまでは言わなかったんだよね。
「女神フィリアは言いました、わたしに足りないのは〈真実の愛〉だと」
「……真実の愛」
ここでわたしは講卓をバン! とたたいて、全員の注意を集中させる。
「つまり……テウデリク殿下、この場をもって、あなたとの婚約を破棄します!」
「……え?」「へ?」「は?」
わたしとしてはわりと渾身の宣告だったんだけど、お偉がたはだいたいぽかーんとしていた。
なんで、って感じで言葉になってない声を発したのは三人だけ。
……ちょっとフィリア、いちおうあんたに言われたことをわたしなりに解釈した結果なんだけど、なんか反応薄いよ?
意味のとおる発言をしたのは、またしてもテウデリク王子。
「代々の聖女と王族男子が婚約を結ぶのは慣例となっていたが、それは政略であって真物の愛がない、と女神フィリアは指摘したということか」
いや、殿下は解釈力高いね。
「フィリアは、わたしに〈真実の愛〉を知れ、と」
「なるほど。世界を救うためだ、婚約破棄は受け入れよう。それで聖女アルフィニア、あなたのほんとうの想い人は、どちらにおいでなのかな?」
「はい? わたしは八歳のときからずーっと聖女業やってるんですよ、もう九年め。殿がたと交際するヒマとかあるわけないじゃないですか」
殿下の質問にわたしがきょとんとして答えると、それまでぽかーんとしていたお偉いさんたちの顔が青くなっていった。
……どうしました?
「言われてみれば、聖女アルフィニアは候補期間もふくめると、12年間も俗世から隔離されているな」
「それをいまになって、一週間以内に、あたらしい恋人を作れと……?」
「いや、はじめての恋人、では」
「……無理でしょそれ」
「終わりだ……この世界はもう駄目だ……」
なんか、みんなお葬式みたいな雰囲気になってるけど、どういうことよ?
ねえフィリアー、なんか思ってたのと展開ちがうんだけど?
ブラック勤務なのは聖女だけなので、フィリア教会に勤めている女官は交代制でたくさんいます。
モブだし全部「女官」で通すつもりだったのですが、聖女が明らかに人の顔と名前を全部記憶しているタイプだったので個人名を振ることにしました。なお作者は人の名前憶えられないタイプです。
一人称の場合は、可読性より視点者の人格優先だと思いますので。
あと、漢数字と算用数字の扱いですごい悩みましたが、2桁3桁以上は算用数字、1桁や「数百」みたいな表現は漢数字、って感じで暫定使用します。
たぶん厳密な統一はできてません…。