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女神土下座ショー【地母イリーシャの日;払暁】


 当たり前だけど、わたしは翌朝本気の殺意でフィリアに斬りかかった。ノリで許されると思うなよ、こういうのは。


 みんなが心の底から祝福してくれていた、冷やかしやヤジではなかった、とわかってはいるが、それでもプライベートの線引きはなきゃ駄目だ。

 リクとわたしは今後全宇宙が敵になろうと愛し合えるけど、出歯亀なリークで恋が壊れちゃう聖女だってありえるじゃないか。


 ……さすがの恋愛脳カプ厨女神も、やってはいけないことだったと悟ったようで、聖女のファーストキスの波動が検知できなかったからむしゃくしゃしてやった、もう二度と聖女のプライベートには干渉しません、勝手にだれかにしゃべることもしません、と土下座で誓ったので仕方なく許した。


 一度だけ。


「ぜったいにつぎはないからな。今度は確実にぶっ殺●すからな」

「……最高神が土下座するって、宇宙開闢以来全多元世界で初のことよ。並レベルの神ならスナック感覚で土下座するけど」

「黙れ、あんたはそれだけのことをやらかした」

「反省してるってば」

「どーだか」

「あなたに嫌われたら、わたくし生きていけないわ……」

「泣くくらいなら最初からやるな!!!」


 ここは神のがわこそ隠しごとだけはできても、ウソはつけない空間。土下座する最高神より、人間の小娘に愛想尽かされるのが怖くてガチ泣きする最高神のほうがどうかしてると思う。


「感じたかったんだもん、あなたのファーストキス!」

「……あのときしなかったら、たぶん結婚式当日までしないし。ムードとかあるのはわかるでしょ。ある意味でインヴィディアが作ってくれた機会だったわけで」


 つまりは、この駄女神に「吊り橋効果」で恋心を錯覚させるために、人間をかついで仕込みのピンチを演出するような腹黒さはないってことでもあるけど。


 でも、プロレスなしのマジモンの恋が好きなら、それでなんでも許されるってわけでもないぞ。


「ほんとうにごめんなさい、アルフィニア。お詫びと言ってはなんだけど、どんな願いでも叶えてあげるわ」

「ほら、そうやって神特有の力を使って安易に許されようとする!」

「神だって誠意の引き出しには限界があるわよ……」

「腹立つなあ、取り返しのつかないことをいつまでもぐぢぐぢゴネるのは悪質だって悟らせようとするそのやり口」

「……さすがにそれは、あらゆる可能性をさきまわりして考えすぎよお」

「ていうか、とくに叶えたい願いってのがない」


 欲しいものは手に入ってしまったのだ。わたしは恵まれすぎているだろう。

 そりゃあ、聖女としてのこれまでの激務に対する報奨はいくらかあってしかるべきだけど、わたしだけで得た成果ではなく、リン(ねえ)たちこれまでの歴代聖女がいてこその結果だ。


「あなたはその果実を、自分ひとりで食べちゃうわけじゃなくて、このさきの聖女たちに受け渡していくのよ、遠慮することはないわ。……たとえば、なにか知りたいこととか、ない?」

「あー……マザー・テルマに預けられる前の記憶ってまったくないんだけど、わたしって、どこからきたどちらさんなのかな?」


 なんかやたらと、わたしはふつうの人間とものの考えかたがちがうって言われる。わたし自身は人間のつもりなんだけど、もしかして別種のなにかだったりするのだろうか。


「あなたのご両親……お父さまは、もう地上にはいらっしゃらないわ。お母さまはご健勝だけれど……会いたい?」

「いや、べつに。両親とも、人間なのね?」

「ええ、あなたは間違いなく人間よ、アルフィニア」

「ならいいわ。おまえは人間ではなく、高位存在の一種だ、霊力が人間にしては異様に多いのも、聖女としての義務感や責任感が強いのも、最初からそのように作られていたからそうなっているだけだ、とか言われたら癪だっただけ」


 わたしはマザー・テルマに育ててもらって、リン(ねえ)たちに教えてもらって、こうしていちおうは立派な聖女になったのだ。自分の努力とみんなの薫陶が無関係だとかなったら、面白くない。


「ご両親から、あなたが生命(いのち)のほかにもらっているものがひとつあるわ」

「……なに?」

「名前よ。高貴なる乙女(アルフィニア)と名づけたのは、あなたのじつのご両親。初代聖女と同じ名前。知っていて選んだのだと思うわ」

「そうだったんだ」

「あなたほど口が悪くて激しい性格じゃなかったけど、それ以外はけっこうよく似た()だったわ。責任感が強くて、理屈っぽくて、頑固なところが」

「へえ」

「王子さまを捕まえて、聖女と王族が婚約者になるという慣例のきっかけを作ったのは彼女よ。相手の身分を知って恋したわけではなかった」

「そのときに、引退後に結婚、って仕組みにしないでおけば、あんたの神聖力(ディヴァイン・マイト)が2000年間流出一方にはならずにすんでたわけか」

「王国が明確と聖女と一体化した神権国家になっていたら、歴史がどうなっていたかはわからないけれどね」

「そのへんはこれから考えなきゃな」


 いまの地上の人間界は、かなり平和だ。フィリア教会本山を擁し歴代聖女と婚姻関係を重ねる王国は、はっきりと頭ひとつ抜けているけど、諸国の上に君臨し支配しているわけではない。聖女がランダム湧きで、血筋が固定されないのは悪くないことなんだろう。


 やっぱりカギは大神祇官房かな。

 聖女の通常業務だけならフィリアに神聖力(ディヴァイン・マイト)を供給してもらえば魔術の才能がない少女でも務まるから、じつをいえば「聖女の家系」を作るのは可能だったのに、あえて自力で治療術を発動できる女の子を聖女候補として擁立してきたのは、特定門閥が権威化するのを防止するためだろうし。

 まさか、神性(ディヴァイン)封止陣(インターディクション)を使っての襲撃があるから、聖女本人の起術能力が不可欠だなんて想定はしていまい。


 第二王子としてのリクも交えて、ユールヴァヌス猊下と政治的な話をしないと。


「……あなた、めんどうめんどうって言いながら、細かいことに気をまわすの好きよね」

「あんたのほうが、神のわりにはシステムとか制度に対してアバウトすぎるだけなんだと思うけど」

「まあ、それはともかく、ガンマを一体手配したわ。今日は聖女休日。ゆっくりしてちょうだい、ニア」

「気が利くわね。ありがと、これだけは素直にお礼言っておくわ」


    +++++


 交神の間に戻ると、待機していたリーチェが戸惑った声で話しかけてくる。


「アルフィニアさま、ライオンの顔をした天使が降臨してきたのですが……」

「今日の治療役よ。わたしはお休み」

「あ、なるほど! これからは週二で第三階梯使徒(ガンマ・パラゴン)がいらっしゃるんですね」

「ザシュキーンエルさんだと超高コストだからね。たぶん、ガンマレベルが聖女と同じくらい治療魔術使えて、フィリアの負担も軽いんだと思う」

「そんなにすごかったんですか、ザシュキーンエルさまって」

神VS神(ラグナロク)のときに、次元間戦争で世界まるごと消し飛ばしたりする最終兵器(リーサルウェポン)だから、あのひと」

「え……」


 ただのでっかい天使だと思っていたのに、そんな危険物だったのかと、リーチェの顔が青くなる。


 昨日フィリアのゴシップ放送直後に「殿下とキスしたんですね!」とかまっさきに叫んで、わたしが顔真っ赤になる先鞭をつけたのはこの娘だから、ちょっとしたおしおきだ。


 ザシュキーンエルさんが、本来は物質界(アッシャー)運用向けじゃなくて、多元宇宙間戦争用の兵器なのも事実だけど。


 聖座の間に行ってみると、たしかにライオンの頭をした第三階梯使徒(ガンマ・パラゴン)が待っていた。男の子にはウケがよさそう。反面、ちびっこは怖がるかも。


「おはようございます聖女アルフィニア。女神フィリアの命により参上いたしました。アズエルと申します」

「昨日の今日でまたきてもらって、すみませんね」

「いえいえ、地上はにぎやかで、好きですよ。聖女代行の役目は取り合いになっています、もう300年さきまで派遣順が決まってしまった」

「そんなに……」


 やっぱ、わたしが生きてるあいだにザシュキーンエルさんと再会することはなさそうだな。


 リーチェとセラーナに、アズエルさんのことを怖がりそうな子がいたら女官が診るよう伝えてから、奥へ行ってエレシーダとモニカへ、リーチェたちに負担がかかるようなら交代してくれるようおねがいする。


「アルフィニアさま、全部ご自分で指示をなさらなくてもだいじょうぶですよ。わたしたちのほうでも配置の手直しは進めていますし、すこし人を増やす準備もしています」

「新規採用に関する計画書、できてるの?」

「それ以外のことも、いくらかは。まだ、たたき台を箇条書きのメモにしているだけですが」

「一部写しをもらっていい? これから王宮と大神祇官房庁行くから、ユールヴァヌス猊下に増員飲ませて予算つけさせてくる」

「……お休みなのにお仕事なんですか?」


 あきれ七割心配三割のエレシーダへ、わたしはぱたぱたと手を振る。


「聖女制度に変更を加えるって、決めたのはわたしだもん、軌道に乗るまでは自分でやらなきゃ。それに、最大の目的はテウデリク殿下に会うことだから」

「それでしたら」


 エレシーダもにまりと笑って、書類の準備に取りかかってくれた。


 いかに第二王子と結婚予定の聖女とはいえ、アポなしで宮殿へ突撃していっては取り次ぎで待ちに待たされる。


 重要な聖務の話である、時間に余裕がないので形式上の儀礼は省略させていただく、と口実を作るのが一番というわけだ。



アルフィニアに「高貴なる乙女」の意味があるというのは、造語です。

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