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想い出のすきまと……【銀竜エクスディリスの日;未明】


 剣を収めた殿下が、わたしをあらためて見やって……眉宇をひそめた。


「アルフィニア嬢、だいじょ……いや、まったくだいじょうぶじゃないね。ひどいケガだ、早く戻って治療しないと」

「なに言ってるんですか殿下、わたし自身が治療の専門家ですよ。血だらけに見えるかもしれないですけど、傷はまったく残ってないですから」


 真顔で心配する殿下に、わたしは笑って手を振る。


 死にかけたというか、常人なら30回は死んでたけどね。でもわたしは、聖女候補になる前からあやうく死人を蘇生させるところだった、歩く禁呪ですから。このていどでは死にません。


 まだ安心しきれないのか、殿下はわたしがほんとうに無傷なのか確認しようとして……すぐに目をそらした。

 緋色の外套を脱ぐと、わたしの肩からかけて全身を覆ってくれる。


 べつに寒くもないですが? と首をかしげたところで、殿下の心遣いの理由に思いいたった。


 そういえば薄手の寝間着な上に、あちこちインヴィディアに切り裂かれてズタボロになってますね。レディ大失格。……最初からレディじゃないし問題ないかー。


「とにかく、あなたが無事でほんとうによかった。早く戻ろう」

「殿下……じゃなくて、あなたのことをなんて呼べばいいか、教えて」


 壁に開いている、もとの世界へつながる扉へわたしを連れて行こうとするテウデリク殿下の腕をこっちから引っ張って、わたしは敬語抜きで問いかけた。


 ほかにだれもいないこの機会を、逃す手がある?


 テウデリク殿下はわずかにとまどったようだけど、足を止めてくれた。


「殿下はいらないよ、テウデリクと呼んでくれれば」

「もっと近く、親しい関係としては?」

「……テッドか、リクかな」

「じゃあ、リクって呼ぶ。いい?」


 わたしが確認すると、リクは優しい表情でうなずいた。


「きみがそう呼んでくれるなら、アルフィニア」

「わたしのことは、みんなニアって呼ぶわ」

「ニア」


 リクの口から呼ばれるその響きは、格別だった。背筋を、ふわふわっとしたものが駆け抜けていく。ゾクゾク、とはまたちがう。


「リク、踊りましょ」


 いきなり握っていた手を振られて、ちょっとバランスを崩しかけたリクだったけど、すぐにワルツのリズムで合わせてくれた。


 ステップを刻み、ターンして、やっぱり上手いな。


 だーれもいない宮殿の大広間と同じ広さの空間を、遠慮なく使ってくるくるとまわる。


「たしかにどこにもケガはないようだけど、みな心配してる、戻ろう」


 そんなこと言うリクを無視して、わたしはいまのうちに聞きたいことを片づけにかかった。


「ふだんは、だれと踊ってるの?」

「ふだん……?」

「だって、わたしは年に一度しか踊る機会ないのに、リクはこんなにうまくリードしてくれる。馴れてるんでしょ」

「そりゃあ、王子としてパーティに出たら、まったく踊らないわけにもいかないけど、最低限の儀礼の範囲だけだよ。あんまりぼさっと突っ立ってると、ときどき義姉(あね)に、形だけ踊ってるように見せかけろって、引っ張り出されるけど」

「レッスンはしないの?」

「それも義姉がつきあってくれるよ」


 リン(ねえ)が教えるだけで、こんなうまくなるかな? たしかにわたしも、聖女見習いのときに宮廷参内にそなえてリン姉から基本習ったから、あのひと筋はいいんだろうけど。


 仮想の一曲が終わって足運びを止めると、リクの腕がわたしの背中にまわって身体を引き寄せられた。


 今度は、リクのほうから話しかけてくる。


「ニアにとって、ぼくはずっと()()()と同じ、いるだけ婚約者だったんだよね」

「聖女になったら、王家か、それに近い血筋の殿がたと婚約するっていうのは、単なる決まりだったから」


 でも、いまはちがう……と言いかけたら、わたしの肩を抱くリクの力が強くなった。


「ぼくはずっと、きみのことが好きだった。たぶん、ほとんど練習してないのに、きみのことだけは上手くリードできるようになったのって、年のはじめに園遊会で一度踊ったら、一年間そのことをずっと頭の中で繰り返してたからだと思う」

「……え?」

「今年は足を踏んじゃった、つぎはぜったいに失敗しない、とか、アルフィニア嬢のほうが背が高くなっちゃったな、追いつけなかったらどうしよう、とか、そんなことばっかり」


 なんか……ガチっぽい。わたしのほうがリクより一時的に背が高かったのって、たぶん五、六年前だよな。そんなころからわたしのことを。


「……もしかして、リードが急にうまくなったわけじゃなくって、毎年上達してたのに、わたしがいまさら気がついただけだったのかな」

「いいよ、ニアにとって、ぼくはずっといてもいなくても同じだったんだから」

「……ごめんなさい」


 自分のにぶさというか、気配りのなさっぷりに頭が痛くなってきたわたしへ、リクはいいからいいから、とかぶりを振って、さらに古い話へ移った。


「憶えてないと思うけど、婚約の儀の前に、ぼくたちは一度会ったことあるんだ。きみが聖女になった年のフィリア大祭のときに」

「あー、それは憶えてるわよ。グレゴリーのお葬式して、お墓作ったよね」

「……記憶力、すごいね」

「あれもある意味、聖女としての業務みたいなものだったし」


 だから、真にわたしの素の記憶として脳裏に残っているのかは、確実じゃないんで申しわけないけど。


 グレゴリーというのは、リクがその年に飼っていたカブトムシだ。前の年に森で見つけた、イモムシのころから大事に育てて羽化させた友だちで、夏が終わりその生命(いのち)が尽きようとしていた。


 わたしは、聖堂から宮殿までお祭りのパレードが到着して、復路の行列でまた聖女として山車(だし)の上から手を振るマシーンになるまでのあいだ、休憩しているところだった。

 そう、大祭のときは王宮までは行くけど、休憩のみでご飯はなしなのだ。話には関係ないことですが。


 老若男女、身分も問わず、みんながお祭り気分でいる中、ひとりで宮殿の裏庭へ出ていく、同い年くらいの男の子が気になって、あとをついていったのだ。


 治療術で治せるなら治してあげようと思ったんだけど、もう六本の肢は縮こまって固まり、触角だけをかすかに動かすグレゴリーは、天命間近を迎えていた。


 わたしは、涙を流す身分のよさそうな男の子(この時点では、王子さまだとは気がつかなかったし、すぐに婚約者になるとも思っていなかった)をなぐさめ、そろそろグレゴリーの魂が天に召されることを伝えて、おわかれを告げるようにうながした。


 男の子の手の中で生命をまっとうしたグレゴリーに、わたしは祈りを捧げ、ふたりで裏庭のすみに葬ったのだ。


「……お祭りのさなかに、カブトムシにお祈りをしてくれる、こんなにきれいで優しい子がいるなんて信じられなくて、グレゴリーのために天使がきてくれたんだと思ってた」

「天使じゃありませんでした、すみません」

「母に訊いたら、最近就任したあたらしい聖女さまで、ぼくが婚約者になる予定だと言われて……むしろそっちがウソなんじゃないかと思った。そんなに都合がよくていいのかなって」

「あはは」


 リク、わたしに初対面の時点で惚れてたのか……。グレゴリーすごい、縁結びのカブトムシとして封神しなきゃ。


「でも……婚約の儀で顔を合わせたときに、きみは『はじめまして』って……。憶えていてもらえなかった、でも仕方がないか、聖女さまは世界中のすべての人間に献身する役目なんだから……そう思って、きみのことが好きで好きで、独り占めしたいだなんてことは言わないように、ずっと抑えてた」

「あ、グレゴリーの喪主さんだ、王子さまだったのか、って顔見てすぐにわかってたよ。……最初のごあいさつは『はじめまして』にするようにって、教えられてたから」


 お互いに子供だったからなあ。

 カブトムシの名前はグレゴリーだって聞いておいて、お互いのことはまったく自己紹介しなかったんだから、子供っておかしなものね。


 そして、一目惚れした相手がまさかの婚約者で聖女で、ずっと気持ちを言うに言えなかったリクだったけど、直接の原因は、オトナから教わったとおりに台本棒読みしたわたしだったのか。


 懐かしさと、積年の切ない想いのたけと、そしてそれを口にしたちょっとの恥ずかしさであいまいな笑みを浮かべるリクへ、わたしはわたしたちふたりの出逢いを導いてくれた立役者について訊いてみた。


「グレゴリーのお墓、まだある?」

「うん。たまに掃除するから」

「ひさしぶりにお参りしたい」

「そうだね、いっしょにいこう。さあ、戻ろうか」


 これで(はら)に隠しておいたことは全部話し終えた、といった感じで、リクはわたしの肩から手を離し、右手を取ろうとする。


 わたしは、にまりといたずらな顔になって、リクの手を躱すと、彼の両肩に手をかけた。おどろく彼の正面から目をのぞき込んで。


「ねえリク、ちゅーしよ」

「え……」

「わたし相手じゃやだ?」

「まさか、そういうわけではないけど……」


 緊張して身をこわばらせるリクにほおを寄せ、わたしは耳元にささやく。


「『たとえ神であろうと、私のアルフィニアを傷つけるものは許さんっ!』」

「……ぅ」

「うれしかったよ。わたしは、あなたのもの」


 顔を赤くするリクの首根をとらえて、わたしは彼のはじめてを奪った。


 ……あ、わたしも()()()()キスするのは、はじめてでしたよ?


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