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スーパーダーリン【銀竜エクスディリスの日;未明】


 わたしをかばって、インヴィディアの斬撃に剣を合わせたのは、たしかにテウデリク殿下だった。


 おどろいているヒマもなく、立てつづけに刃が衝突する音が連鎖し、戦闘開始直後にわたしが放っていた光球で昼間のように明るいにもかかわらず、宙空に煌々と火花が飛び散った。


 攻防はまったく見えていなかったが、テウデリク殿下が剣を横に打ち払ったところで動きを止める。


 インヴィディアは20歩ほど向こうへ後退していた。その衣に、大きく真横に切れ目が入っている。

 殿下は全部攻撃を捌いた上、ひと太刀あびせていたらしい。


 いやいやいやいや、ちょっと待って! 人間には不可能なんだけどその動き!!?


「おまえは……いったいなんなんだ?!」


 驚愕しているのはインヴィディアも同様のようだ。うん、ぜったいありえないもん。なにこの展開??


「まにあった……」


 インヴィディアから目を離すことなく、背中を向けたままだったが、殿下は心の底から安堵していることがわかる声をあげた。わたしのこと、心配してくれてたんだ。


 間違いなく殿下だ。夢とか、インヴィディアに首を刎ね飛ばされたわたしの、走馬灯じみた妄想というわけではないみたい。


「で、殿下、どっから……」


 しかし、わたしは壁際にいたのだ、というかいまも壁際だ。テウデリク殿下は、いったいどうやってわたしの前に湧き出してインヴィディアの斬撃を受け止めたのか。


 ……と、わたしのすぐ左で、壁が途切れていることに気がついた。すっぱりと消えてなくなっていて、これは、空間の切れ目?


「話はあとで。とにかく、やつをどうにかしなければ」


 殿下は剣の切っ先をじょじょに上段へと移しながら、インヴィディアとの間合いを詰めていく。


「答えろ、おまえはいったい何者だ?!」


 インヴィディアが再度詰問した。


 わたしもわりと気になる。殿下ご本人であることはたしかにしろ、なにかがおかしい。


 テウデリク殿下は、迷いのない口調で応じた。


「私はアルフィニア嬢の将来の夫だ。わが未来の妻を傷つけたな。女の姿をしていようと容赦はしない、覚悟しろ」

「ふざけるな! おまえのような人間がいるかッ!?」


 殿下がわたしのことを「未来の妻」と断言したことにアガっている間もなく、存外にごもっともなセリフとともに、インヴィディアの二対の翼がひるがえった。


 羽根が舞い上がり、無数の短剣となってテウデリク殿下へ襲いかかる。

 わたしに使ったときの二倍以上だ。おそらく1000枚を超えている。


「殿下!」


 叫んだところで、いまのわたしにはもうどうにもできない。動きが人間離れしていようとも、さすがにこれでは……


「無駄だ」


 斜め上段までかかげられていた殿下の剣が大きく旋回すると、局所的な竜巻が発生して、インヴィディアの羽根を全部細切れに変えていた。

 え、マジで……?


 いや、これは人間業じゃないっていうか。


 インヴィディアも、あきらかに狼狽しはじめていた。


「なんなんだ、ここは神性(ディヴァイン)封止陣(インターディクション)の内部だぞ! どうやって神の力を持ち込んだ!?」


 ですよねー、神聖力(ディヴァイン・マイト)受けてますよねこれ?

 わたしが完全に聖女モードのときでもこんなに強くないけど。


 インヴィディアどころか、わたしもちょっと引いていることには気がついていないようで、テウデリク殿下はこともなげに応じた。


「神? 私は神性の祝福に浴してはいないぞ。ただ、聖女八人に相当する加護を受けてきただけだ」

「なんだと……?」


 ……あ。なるほどー。


 そういえばいま、王宮には歴代聖女経験者が、八名さまもいらっしゃいますね。


 助け遅いなあ、って思ってたけど、殿下にみんなで強化(バフ)術をかけてたのか。それなら、一時的にとはいえ人間離れした強さになるわ。


「アルフィニア嬢ひとりに手こずっていたおまえに、八人ぶんの相手ができるかな?」


 わたしからだと背中しか見えないけど、たぶんテウデリク殿下、すっごいかっこいい顔してると思う。


「……舐めるなァッ! たったの八倍で、人間が神を超えるわけがあるか!!!」


 激高したインヴィディアが殿下へ襲いかかった。もうわたしの目にふたりの動きは見えない。

 ただ、インヴィディアが冷静さを失って、いくらかの計算間違いをしているのはわかる。


 まずひとつ、そもそもインヴィディアは神としての実力を発揮できていない。この異空間を維持し、フィリアの神力を遮断するのにほとんどの力を使っているのだ。

 あんまり熱くなって本気になりすぎると、そろそろ神性(ディヴァイン)封止陣(インターディクション)が解けるかも。


 ふたつめに、わたしはひとりで回復防御攻撃を全部やらなきゃいけなかったから、それぞれの出力は「まあまあの腕前した人間の術者」ていどだった。

 わたしの救助のためにテウデリク殿下がこの空間へ飛び込むとなって、リン(ねえ)やブリュンヒルデさまたちは、それぞれ自分が一番得意な術をありったけ殿下にかけてあげたはずだ。

 つまり、殿下の現在の戦闘力は、聖女ひとりの八倍ではなく、八乗である。


 そして、第三の、最大の点として――


「たとえ神であろうと、私のアルフィニアを傷つけるものは許さん!!!」


 激昂しているテウデリク殿下の振るう剣が、インヴィディアの大鎌を打ち砕き、彼女の翼の左がわ二枚を烈断した。


 ……これ、相手が仮想影体(アスペクト)じゃない完全体の神でも斬れるかも。


「そんな、バカな……私は……神だぞ……」


 床にへたり込んだインヴィディアが、呆然とつぶやく。もう、神格としてのプライドはどこにもない。


 戦意を失ったインヴィディアへ、とどめを刺すべく振り上げられた殿下の剣先が、かすかにゆれたのに気づいて、わたしは声をかける。


「殿下、もういいです」

「……アルフィニア嬢。しかしこいつは」

「腐っても神です、その物理的肉体(マテリアルボディ)を破壊しても死にはしません。それに、いちおう女性ですから」


 怒っていても、テウデリク殿下が女性を斬ることにためらいのある優しいひとで良かった。


 わたしは、抵抗する意志も尽きているインヴィディアへ近寄り、その額へ指を突きつける。


「われらが大洋と大地の創造主にして愛の女神フィリアの聖女アルフィニアが命じる、招かれざる客人(まれびと)よ、(なんじ)()るべき(ところ)(かえ)りて、二度とふたたびこの地を踏むべからず。――送還咒法(バニッシュメント)!」


 嫉妬の女神インヴィディアを、いましめの光輪が取り巻いた。跳躍路(ブレーン・パス)が開かれ、彼女が本来存在している神域へと、次元を超えて運び去る。


 ――完全な静謐に満たされた大広間に、テウデリク殿下とわたしだけが残った。


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