未発のまま折れてた逆ハーフラグ【花木王ファザーンの日;昼】
「――つまり、今回の世界的危機は、フィリアの意図したことではなく、2000年の長きに渡りこの世界を守り導いてきた、女神の加護と恩寵を聖女が代理執行するという、制度そのものの疲労が一因にあったのです。巨人王ガジャナダンドヌタス、竜王ゾラノヴォルグターギシュが訪ねてきてくれたおかげで、種族を超越した親愛と友愛の力が結ばれ、フィリアの神力となることで、直近の破綻は回避されることとなりました。ですがこれも、当座の危機を乗り越えただけであって、根本的な解決ではありません。わたくしは聖女として、今後の100年、1000年を見すえた制度の改善に糸口をつけておきたいと考えています。わたくしの方策が最終解決となるわけではないことを、みなさまにはご銘記いただきたい。この世界は女神フィリアの創造物であり彼女の統治下にありますが、フィリアの私物ではなく、この世界に棲まうすべての存在が自ら関与することで維持されるものなのです。……ご静聴、ありがとうございました」
三分に渡った大演説を終え、わたしは一礼した。考えながら、って感じの、義務的な拍手が返ってくる。
……あー疲れた。のど渇いた。早くご飯食べたい。
なに話すかはほぼ決まってたけどね。ユールヴァヌス猊下がちょっと作文手伝ってくれた。大神祇官房が役に立ったって実感したのはじめて。
わたしにつづいて登壇したクロタール陛下が、女神フィリアへの感謝と、正教会本山を擁する王国への諸国からの付託に対する謝辞を、手短にまとめて話を切り上げる。
……すれちがうとき、露骨に「腹減った」オーラ出したのが伝わったのかもしれない。
よし、めんどうなこと終わり! ランチ!
わたしの席は、ブリュンヒルデさまやケイトリンたち、歴代聖女と同じテーブルだ。
給仕さんがどんどんお皿を運んできてくれる。
夏野菜のゼリー寄せ、カモのテリーヌ、ブロッコリーの冷製ポタージュ、チーズニョッキのグラタン風仕立て、ラムチョップのロースト……どれもおいしい!
いまは年イチでしか王宮でご飯食べる機会ないから、いくらでも入りそうだけど、これが毎日になると、ひょっとして飽きるんですかね?
テウデリク殿下のオススメ飯屋がすごい庶民的なお店だったのって、気取ってない雰囲気と味が欲しくなるからなのかな。
「アルフィニアといっしょに食べるのは、いつも楽しくていいわね」
わたしの食いっぷりに、大后ユージニアさまが笑う。先王ダコベルトさまは先立たれてしまったけど、ユージニアさまはまだまだ元気だ。
このテーブルで一番育ちが悪いのはわたしだから、毎度見てておもしろいのでしょう。
聖女は王宮に参内する機会があるので、ちゃんと最低限のマナーはわたしも習ってますけどね。その範囲で最大限に食いますが。
「聖堂のご飯も嫌いじゃないですけど、王宮はいつきてもご飯おいしいです」
「この歳になると、あのころの食事が懐かしくなるわ」
「聖堂の女官経験者を何人か厨房へ入れましょうか、お義母さま?」
と、ブリュンヒルデさまが、ユージニアさまを気遣う。教会飯はご年配向けか。……そうかもしれない。
なにはともあれ、話すべきことは話したし、食うものは食ったし、よし帰るか――と、わたしはすっかり用がかたづいたつもりでいたんだけど、大広間はそのまま午後のティータイムと懇親会の雰囲気に移行していた。
楽団のみなさんが奏でる調べも、落ち着いた曲からちょっと軽やかなものに変わる。
ダンスをはじめる男女もちらほら。会議は進まず踊りっぱなしではなく、要件は終わってるからいいと思いますけど。
まあ、世界の危機はとりあえずしのげたと判明したことだし、要人のみなさまは集まったついでに外交でもなさるんですかね。おつかれさまです。
完全に他人ごとで、食後のシャーベットをスプーンですくっては口に運んでいたわたしのまわりに、いつの間にやらみょうな人だかりができていた。
「……はい?」
「あの……聖女アルフィニア、お……私のことを、ご記憶でおいででしょうか?」
「ナザレイコフ大公国のヨヴァン殿下ですね。以前、虫垂炎の治療にいらした」
「ああ、あなたの心に残っていられたとは! このヨヴァン、至上の悦びです!」
「はあ……」
いや、治療したことあるから憶えてるだけですよ。わたしの自前の記憶力ではない。
「アルフィニア嬢、ぜひ自分と……ッ?!」
なんか右手を差し出してきたヨヴァン殿下が左へ押し出され、またべつの殿がたがわたしの前に立った。
「聖女アルフィニア、三年ぶりですね。自分のことを、憶えておいででしょうや?」
「ゼフォイム連合のロングベル大尉ですね。虫歯の治療でおいでになられた」
「そうです! いやあ、憶えていただけているとは」
「歯は大事ですよ。人間は一回しか生え替わらなくって、予備がないですからね。サメならいくらでも生えてくるのに」
「アルフィニア嬢、どうか、自分と一きょ……」
ひざを屈してこっちと視線を合わせてくれたので、口の中が見やすくなった。手を伸ばして、ロングベル大尉のあごをむんずとつかむ。
「また歯が半分溶けてるじゃないですか。抜けてからじゃ手遅れですよ。聖女は完全再生使えますけど、時間かかるからあとの人待たせることになるし」
「ほおらやくて、しふんとにっひょく、おろひまへんかと……」
なんかもごもご言っているロングベル大尉に、治療魔法をかける。
聖女じゃない人間の治療魔法では手の施しようないほどに悪化してから聖堂にこられても、めんどうだからね。外国からだと遠いから、なかなか足が向かないのはわかるけど。
「はい、終わりましたよ。ちゃんと毎食後に歯磨きしましょうね。つぎのかたどうぞ」
ロングベル大尉をぽいと右に放ると、今度は見憶えのない紳士だった。わたしの治療を受けたことのない健康優良児か。やるな。
「お初にお目にかかります、聖女アルフィニア」
「どうも、こんにちは。どこが痛みますか?」
「……いや、治療のおねがいにきているわけではなく」
「ちがったんですか?」
そういえばヨヴァン殿下は、問診すらできないうちにロングベル大尉に押し出されてたな。
左を見ると、まだ立ち去っていなかったヨヴァン殿下が口を開く。
「聖女アルフィニア、あなたとテウデリク王子の婚約が破棄されたといううわさを聞いたのですが、事実でありましょうか?」
「ああはい、フィリアに『政略結婚ではなく〈真実の愛〉を見つけるように』って言われたんで、テウデリク殿下との婚約は、破棄というか保留にしてます」
『おおっ』
ヨヴァン殿下と名前をまだ聞いていない紳士だけでなく、まわりに集まっている男性たちが湧く。ロングベル大尉も。
……盛り上がりのツボがわからない。
「テウデリク殿下からは、王子と聖女という立場ではなく、ひとりの人間と人間として、真剣に交際をしたい、とあらためて申し出をいただいて、現在おつきあいをしているところです」
『そ、そんな……!』
ありていに現状を説明すると、男性陣の勢いがたちまち死んだ。身も世もないって顔でげっそりと。
「ん……? みなさま、もしかして、わたしが婚約破棄してるんなら、交際の申し込みをしよう、って集まっていらしてたんですか?」
『……そうですよッ!!!!?』
な、なんですとっ?!
これは……ラヴリー・ソフィア先生の小説でよくある展開ではないか!
婚約破棄を宣告されたヒロインのまわりに、各界の貴公子が集まってくるやつ! 逆ハーになるやつ!!
うわぁ、気がつかなかったー……。
まさか自分がヒロインの立場になるとか、夢にも思わないでしょ。
ていうか、ソフィア先生の作品とちがって、バカ王子から理不尽に婚約破棄されたわけじゃなくて、わたしのほうから宣告したんだし。
……冷静に考えてみよう。これは、フラグが折れたわけではなく、立つ前から折れてたのだ。
婚約破棄はこっちからするものではない。向こうからしてもらうものであった。
よし、整頓終わり。
さらば貴公子の群れ。最初からご縁がなかったということであきらめます!
「えー、みなさま、そういうことですので、あしからずご了承ください」
『…………』
わたしは椅子から立ち上がり、言葉なく立ち尽くす殿がたの人垣をすり抜けて……お目当てのひとは、すぐに見つかった。
「テウデリク殿下!」
ヴァルディア沿海協商同盟のラザフォード議長(この人も以前治療したことある)と立ち話をしていた殿下は、議長に黙礼してわたしのほうに向き直ってくれた。
「アルフィニア嬢、あなたは、いつのまにか世界を救ってくれていたんだね。……われわれは、助けられてばかりだな」
「まだまだ、一時しのぎができただけです」
「あなたはほんとうに、いつでも第一に聖女だね」
殿下はそんなこと言って歎息をついているけど、わたしはいま聖女として話しかけたワケじゃないですよ。
「殿下、よろしければ、踊りませんか?」
「もちろん、よろこんで」
テウデリク殿下が伸ばしてきた手にこっちの手を預けると、すうっと優しく身を引き寄せられ、そのまま上手にリードしてくれた。
いちおう基本は習ってあるけど、聖女業に追われてダンスのレッスンをしているヒマなんてもちろんない。でも、足元を見ながらおっかなびっくりではなく、殿下の視線と呼吸に合わせて大きめにステップしているだけで、まあまあ、けっこう上手くやれたような気がする。
わたし身長あるから、堂々と動いてりゃ、はたからはそれなりに見えるし。テウデリク殿下がわたしよりさらに長身なおかげで、サマにはなる。
なにより、楽しかった。