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王宮へ【花木王ファザーンの日;朝】


 交神の間に戻って物理的肉体(マテリアルボディ)の腰をひねっていると、女官のモニカが待ちかねていた、といった感じの声をかけてきた。


「アルフィニアさま、王宮より使いのかたがご来着になっております」

「わかった、すぐいくわ」


 世界滅亡まであと二日、お偉いさんがたはさすがに浮足立ってきたか。


 じつはテウデリク殿下とわたしの恋愛成就を焦らなくても、もう世界は救われてるんだけどね、巨人と竜のみなさんのおかげで。

 そろそろ教えてあげてもいいような気もする。


 聖座の間に行ってみると、時間より早いけど開門されていて、でも第一階梯使徒(アルファ・パラゴン)のザシュキーンエルさんが戸口に陣取っていた。


「おまたせしました、お入りいただいてけっこうです」


 聖座に収まってわたしが声をかけると、ようやくザシュキーンエルさんは大きな身体の向きを変えて通路を開けた。


 門の向こうでは、エレシーダが治療希望者を整列させている。たぶん、使者の人がエレシーダに早く中にとおせと食ってかかったから、仕事の邪魔すんなって屋根から降りてきてくれたんだな。


 大天使に権威合戦で一蹴されて不機嫌な顔ながら、それでも容儀にのっとった礼をして聖座の前に進んできたのは、式事長官のシュヴァイツ伯。正装して、おつきもたくさん。国王直筆の召喚状を持ってきたようだ。


「聖女アルフィニア、国王クロタール陛下より、あなたさまを王宮へお連れするよう勅令を承り参上いたしました。どうか、ご同道いただきたく」

「ええ……その前に、シュヴァイツ伯、ちょっとこちらへ」

「は……?」


 手招きしたのにこないので、わたしは聖座を立ってこっちから踏み込み、シュヴァイツ伯のたぷたぷしたほおをつまんだ。下まぶたに指をかけて、眼球下の毛細血管をチェックする。


「お酒やめてないでしょう。つぎは死にますよ。聖女でも死体は治せませんからね」

「ひ、ひかえるようにはした! もう一日二杯しか飲んでおらん、というかそれ以上飲めなくなってしまった!」

「そりゃそうですよ、飲めないようにしたんですから」


 暴食暴飲がたたってぶっ倒れ、閉門後の聖堂に担ぎ込まれてきたシュヴァイツ伯を治療したのは、一回めが二年ほど前のことだ。


 治すとまた飲むから、三度めで酒精(アルコール)分解機能を肝臓から剥奪したのである。ほかは治したけど、今度倒れるまで飲んだら死ぬからな、と脅しをつけて。

 奥さまには泣いて感謝されたのになあ。なぜ本人は自殺志願者のままなのだ。


「頼む、酒を飲んでも頭が痛くならないようにしてくれ!」

「駄目ですよ。そしたらまた滝のように飲むだけじゃないですか。一年完全断酒できたら、ちょっとだけ肝機能返してあげるって言いましたよね?」

「あと二日で世界がなくなってしまうんじゃろう?! 死ぬ前に好きなだけ飲ませてくれ!」

「駄目です。その様子だと世界消滅まで保たずに明日死にます」


 それに、あと二日で世界終わらないですから。まだ教えてあげてないけど。


「わしは式事長官なんじゃ! 仕事で飲んでおる!」

「それは駆けつけ一杯の乾杯がすめば終わりのはずでしょう? 一杯は飲めるようにしてありますよ。仕事ぶんは断酒からノーカンにしてあげてますし。……いっそ一滴で泡吹くようにしましょうか?」

「かんべんしてくれー!」


 本気で泣き顔になるシュヴァイツ伯のタルのようなお腹に手を当てて、肝臓の特定機能をのぞいて治療する。膵臓とか、腎臓とかも。

 酒精(アルコール)分解能を落とすと、そのぶんほかが早く痛むようになるのだ。


 いってみれば肝臓は防波堤である。防波堤の高さに安心して酒の高波を浴びつづければ、決壊したとき手遅れになる。自然災害とちがって酒量は自分で抑えればいいんだから、防波堤の高さを削られたことに文句を言うべきではない。

 定期的に通ってくれば、肝機能低下でしわ寄せが行くようになった部分は治してあげるから。


 正式な王宮からの使節団としてやってきたのに、使節団長が聖女に折檻されはじめたので、おつきのみなさんは、どうしたらいいのかよくわからないといった顔になっていた。


 まあ、こっちのペースで話すために、半分は狙ってやったんだけど。シュヴァイツ伯が要治療状態だったのも事実である。


「じゃあ、王宮へ行きましょうか。……すみませんザシュキーンエルさん、またおねがいしちゃっていいですか?」

「承知いたしました。こちらへ乗っていかれるといい」


 と言って、ザシュキーンエルさんが指を鳴らすと、表で列を作っている人々から、どよめきと歓声が上がるのが聞こえてきた。

 とくに、ちびっこたちがめっちゃテンション高く叫んでいるのがわかる。


 ……なんだ? と思っていたら、巨体のザシュキーンエルさんも軽々くぐれる大きな正門から、八体の第四階梯使徒(デルタ・パラゴン)に引かれた空飛ぶ馬車が入ってきた。いや、車輪がないから、ソリかな?


 目と口をまんまるにする使節団のみなさんの頭上をとおって、天使に引かれたソリが聖座の前で停まる。


 牽引している第四階梯使徒(デルタ・パラゴン)は、二体ひと組で四列。背中に翼の生えた、馬さんと、牛さんと、羊さんと……なにこれ?


 目を白黒させるわたしへ、当の謎の使徒(パラゴン)が答えてくれた。


「カモノハシという生き物がモチーフになっております。実物は、私どもよりずいぶんちいさいですが」

「へえ、はじめて見た。かわいい」

「どうも」


 全体としては、以前にフィリアから聞いたことのある、異世界の聖人さんが、年末に子供たちにプレゼントを配るときに乗るソリってこんな感じかな、って見た目だ。

 引くのがトナカイ一色じゃないのが、にぎやかでいいね。


 馬車の準備はあるんだろうけど、ゆれるし、せっかくザシュキーンエルさんが用意してくれたんだし、こっちを使わせてもらおう。


 わたしがソリに乗り込むと、あわててシュヴァイツ伯が、先導と、左右後続の随伴を命じた。

 わたわたと使節団のみなさんが走り出し、シュヴァイツ伯も大きなお腹をふるわせながら聖堂の表へ駆けていく。だいじょうぶ、そんなにかっ飛ばしはしませんよ。


「それじゃあ、いってきます」

「あとはおまかせを」

「行ってらっしゃいませアルフィニアさま」

「ごゆっくりどうぞ」


 聖堂の門から、天使たちに引かれたソリがすべり出して、人々がわっと湧いた。


 大祭のときに似たようなことはやるから、ちびっこたちへソリの上から手を振り返して応じる。


 はたから見ると、すごいメルヘンではあるものの、白馬に引かれた馬車に比べたらかっこよくはないかもしれない……。


 まあいっか。


    +++++


 年初の王宮への表敬訪問と園遊会でもなく、大祭でもないのに聖女行列があるっていうのは、なかなかレアなイベントだろう。

 わたし自身としては、聖女になってから半年めくらいに、ケイトリンの結婚披露宴に出席したのが、年中行事以外での唯一の公式外出だ。

 もちろん、本式を執り行うのはフィリア教会本山で、それにつづいて宮殿で披露宴パーティが開かれたのだ。


 聖女が天使に引かれたソリに乗ってるなんていうのは、たぶん史上初だな。

 大天使に業務代わってもらってデートしたり、巨人王と竜王と会見したり、最近わたし史上初が多い。


 教会から王宮までの道すがらに、周囲の町村からどんどん見物人が押し寄せていた。

 予告もなにもないのに、見物(みもの)の突発イベントのうわさが広まる速度ってすごいわね。


 頭部は狼とか虎とかいかつい獣だけど、身の丈としては人間と同じていどの第三階梯使徒(ガンマ・パラゴン)が、


「はいはい、押さないでくださーい」


 と言いながら交通整理をしている。


 第五階梯使徒(イプシロン・パラゴン)たちが、青い光の玉の身体を等間隔で整列させ、規制線を張っていた。


 フィリアが「滅亡宣告」をしてからまだ五日めなんだけど、なんかずっと大昔からそのへんにいたかのように馴染んでるなあ。


 わたしのソリを引いている天使たちと同階級の第四階梯使徒(デルタ・パラゴン)は、沿道からじゃ行列が見えないちびっこたちを背中に乗せて、屋根の高さまで上がっていた。サービスいいな。


「ニアちゃーん」

「せいじょさまー」

「にあしゃまー」


 空飛ぶ特等席で歓声を上げる子供たちへ、わたしもにこっと笑って手を振る。


 楽しいなこれ。つぎの大祭のとき、パレードにデルタとイプシロンをちょっと借りられないか、フィリアに聞いてみよう。


 王宮が見えてきた。


 ……気のせいかな、ふだんより掲揚されてる旗が多いような。いや、年に二回しか行かないから自信ない。


 ソリから身を乗り出し、前方を進んでいる、まるまるとしているわりには馬さばきが巧みな式事長官どのへ訊いてみる。


「シュヴァイツ伯、今日ってなにか、祝日とかでしたっけ?」

「なにをおっしゃっているのですか聖女さま。各国の公使が、世界の行く末を案じて集まってきているのですよ! 元首、次期国主自ら乗り込んできたかたも多い!」


 ……あー、そっか。そりゃそうだわね。

 各国の代表がそろって、フィリアが宣告した期日も迫ってきてるから、陛下も聖女を喚び出して説明させようってなったのか。


 わたしに曜日とか祝休日の感覚がないのは、大目に見ていただきたい。年中無休だからそんなもの意識しないのだ。


 集まってきた外国要人のみなさんが王宮にとどまっていて、直接教会に押しかけてくることがなかったのは、ケイトリンたち、歴代聖女でありこの国の元勲の夫人であるみんなのおかげだろう。

 聖女業の邪魔しに行くんじゃねえ、ってブロックしてくれてたにちがいない。感謝しなきゃ。


 ……まあ、きてたらきてたで、ザシュキーンエルさんが追っ払ってたと思うけど。


    +++++


 王宮の前庭へ、天使に引かれたソリで乗りつけたわたしは、それなりのインパクトを与えただろう。


 聖女は伊達ではない、単なるシンボルでも名誉職でもなく、この世界の主フィリアにもっとも近い存在であり、女神の代理人であると。


 もっとも、各国のお偉いさんたちにしろ、自分自身、あるいは身内の生命(いのち)を聖女に救われた記憶があるひとは多い。わたしも50人かそこらは治療している。

 聖女を軽んじている、舐めてるやつはいない……と思う。


 下馬したシュヴァイツ伯が、ソリから降りたわたしをうやうやしく先導する。式事長官だけあって、このへんの動きに隙はない。


 左右に列を作っているのは騎士団の儀仗隊だ。騎士団長であるレオンユードさんの姿もある。


 人垣による通廊の最奥で、現王クロタール六世陛下と、王妃であり、わたしにとっては大先輩であるブリュンヒルデさまが待っていた。


 クロタール陛下はたしか今年で46歳。髪は琥珀色だけど、蒼い眼はテウデリク王子とよく似ている。


「聖女アルフィニア、ご多忙のところお呼びたてして申しわけない。ご登城いただき、まことに恐縮です」

「非常時ですから、お気になさらず。聖務に追われて説明責任のことを忘れかけていたのはこちらのほうです。各国指導者のみなさまのご懸念を晴らす機会を設けていただいたこと、感謝申し上げます」


 社交辞令(しゃこーじれー)というやつは、めんどうくさいけど、じゃあ全部ナシでいいかともいかないものだ。

 ことに聖女は引退後にこの国の王家へ嫁ぐのが慣例となっているから、ケジメがなさすぎるのはよろしくない。


「あなたは気に病まなくていいのよ、アルフィニア。政治的わずらわしさで聖女の足を引っ張らないようにするのが、わが王家と王国政庁の務め。治安と人心安定にフィリアが全面的に手をまわしてくれて、どこの国も、フィリア、ひいては教会にますます頭が上がらなくなったわ」


 形式的な第一声を交換し終わったところで、ブリュンヒルデさまがいくぶんくだけた雰囲気に持ってきてくれた。


 ブリュンヒルデさまは陛下よりふたつほど年上。由緒正しい貴族の出身で、両親不明の孤児であるわたしとはずいぶん毛色がちがう。テウデリク殿下の銀髪はお母さま譲りだ。


「ブリュンヒルデさまたちが、この世界がどうなるのか説明しろって、偉い人たちが教会まで押しかけてこないように止めてくれてたんですよね。ありがとうございます」

「聖女が忙しすぎることは身に染みてわかっていますからね。そのくらいは当然よ」

「フィリアもすこしは反省したみたいです」

「あら、その口ぶりだと、あと二日で世界がなくなってしまうようなことにはならないみたいね」


 ……おっと、ネタバレですねこれは。


 リン姉はほんとうにだれにも話していなかったようで、陛下も、わきでひかえているシュヴァイツ伯も、おどろきと安堵が半々の顔になっている。


 ブリュンヒルデさまは意外そうな様子もないけど、それはフィリアへの信頼なのだろうか。


 ふざけた性格してるけど、ウソはつかないんだけどなあの駄女神。竜族と巨人族に、強大な霊性と寛容と博愛の精神がなかったら、まだ世界は崖っぷちからぶら下がってるところだ。


「そのあたりもふくめて、みなさまにわたしの口から直接ご説明いたします」

「では、昼食会をかねて、ご来訪のみなさまに大広間へお集まりいただきましょう」

「うむ。仔細はまかす、式事長官」

「御意に」


 陛下の許可をえて、シュヴァイツ伯は足早に城内へと向かっていく。厨房と、小間使い、従僕たちに指示を出して昼食会の準備をするのだろう。


 お昼に間に合わせるならあと四時間くらいある。ここ数日はずっと各国公使や君侯相手にもてなしを繰り返していたってことだろうし、なんとかなるはずだ。


 ……だからつきあい酒が増えて、頭痛かったのかな。ちょっとシュヴァイツ伯にかわいそうなことしたかも。


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