サステナビリティ、というやつについて【花木王ファザーンの日;払暁】
いつものようにフィリアのところへやってきて、わたしはリン姉が教えてくれなかった「ネタバレ」について訊いてみた。
「……リン姉には、いったいなにがわかってるの?」
「ああ〜……そういうことだったのねえ。わたくしも話聞くまで知らなかったわ。んふふぅ、そうなんだ」
「なんであんたも即わかるのよ?!」
リン姉がフィリアにそっくりなのか、フィリアがリン姉にそっくりなのか、とにかく笑いかたが同じで、なんか腹立つ!
「だいじょうぶよ、あなたにとって悪いことじゃないわ」
「だったら教えてくれてもいいじゃないの」
「遠からずわかるから楽しみにしてなさい。せっつく必要はなくなったわけだし、リンの判断は正しいわよ」
なんでわたしにだけわかんなくて、リン姉とフィリアはニヤニヤしてるのだ……。
じつは思念感応で通信してるのか? いや、リン姉いまは聖女じゃないしな。現役のわたしですら、こうして交神の間から精神体で天界にやってこないと、双方向の会話はできないわけだし。
むむむ……と考え込んでいるうちに、そういえば夜中にほかの神の代理人とやらから、駄女神フィリアを討って世界の管理者をすげ替えないか、と勧誘されたことを思い出した。
なんだっけ……女神インヴィディアか。
フィリアはわたしをからかって面白がっているだけで、わたしがついに真の下剋上へつながる糸口を手にしたことに、気がついている様子がない。
これはひょっとすると、隠しごとができないはずの精神体であるにもかかわらず、わたしの心の一部が隠蔽されているのか。
インヴィディアとやら、間違いなく神ではあるんだな。フィリアの空間であるこの場で、人間の精神内から自分の情報を読み出されないように秘しておけるとは。
……さて、どうしたものだろう。
隠していられるなら、黙ったまま切り札として持っておくのも手ではある。あるが……。
「ねえフィリア、インヴィディアってなんの神さま?」
「……インヴィディア? あの妬み屋がどうかした?」
ああ、嫉妬の神か。聞き覚えのあるような単語な気はしてた。
「知り合い?」
「いちおうそうね、わたくしの妹のようなものかしら」
「……身内かいな」
「神に家族とか血のつながりとか、そういう関係性はないわ。妬みというのは、自分が得られなかったものを持っている、だれかへの羨望の一種。愛にも、自分にないものを求める執着や羨望としての一面があるわけで、いくらかの連関があるというていどの話よ」
「なるほど」
なんとなくわからないでもない。
「それで、インヴィディアが、どうしたの?」
「あんた、天使を地上に派遣するときに、ほかの神々に神聖力の融通や、使徒の貸し出しを頼んだんでしょ? インヴィディアが自分の使いをまぎれ込ませて、わたしに取り引きを持ちかけてきたの」
「わたくし、あの子には声かけてないんだけど」
「じゃあドサマギでしょ。ていうか、いろんな神に助力を頼んでおいて、嫉妬の神ハブったらそれこそ敵意買うじゃん」
「……言われてみればそうね。うかつだったわ」
この駄女神はさあ……。
「なんだ、悪いのインヴィディアじゃなくて、あんたか。引き受けてあげればよかった」
「いったい、なにを持ちかけられたの?」
「あんたをぶっ殺●して、インヴィディアを最高神にしようって」
「あらぁ、利害一致しちゃってるじゃない。どうして引き受けなかったの?」
「なんの神さまだかわかんなかったから。死の神とか蝗の神とか疫病の神と手を組んでさ、この世界がサツバツとするよりは、あんたのケツをたたいて、いまの平和を維持するほうがいいし」
「あなた、ほんとうに善い子ねえ」
「いまさら褒めてもなんも出ないぞ。インヴィディアのエージェントにも、『三日早く声かけてくれたら乗ってた』って答えただけだし」
この世界が、フィリアによるフィリアのためのフィリアだけの世界であれば、深く考えずにひっくり返してもよかった。
だが、そうではなく、フィリアの被造物ではない生き物たちも棲んでいるというなら、聖女であるわたしも管理がわだ。
運用管理の基本は「問題なく動いている部分に、通常メンテ以外でむやみに手を触れるな」である。
あきらかに欠陥や破綻が露出しているところは直せる。なんで機能しているのかわからないブラックボックスに関しては、煙が吹き出すまでは放っておいて、ガタがきたら開けてみて、手の施しようがなかったら全部ぶっ壊して抜本的に作り直さなければならないこともありえるが。
フィリアが、いきなりめちゃくちゃを言い出すまでのこの世界は――そう、おおむね平穏だった。
ちょっと聖女の負担が過大だったけど、ひとりの我慢で実現できる幸福としては、世界に棲まう者たちにとって満足のゆく範囲がとても広かったというのは事実だろう。
そして聖女も、王族の殿がたとの結婚が約束されていて、現役中のブラックっぷりはともかく、引退後の報奨はそこまで悪いわけでもなかった。
これを、なにもかも変えてしまう必要はないはず。
わたしは、このさきの聖女たちに、もうすこし選択肢を認めてあげたい。年中無休から、聖女に休日が与えられようになると決まったことだし、まずはこのていどの小変更で様子を見る段階だろう。
さらに変えていくかどうかは、わたし以降の聖女たちと、そしてこの世界に棲む者たちが決めることだ。
「ニア、まとめにかかってるところで悪いけど、まだ問題は残ってるでしょう」
「なによ」
「あなた自身のしあわせ」
「わたしは充分しあわせだもの。トニくんとかジナちゃんとか、ちびっこからは慕われてるし、エレシーダやリーチェたち、聖堂の女官とも仲良くできてる。クソ上司のフ●ッ●ン女神も改善の必要性は認めたし、いまこれ以上に望むことはないわ」
あたらしい聖女候補が今日見つかったとしても、最低一年間はわたしがついている必要があるのだ。そのあいだにテウデリク殿下との仲がどのていど進展するかというのは、現状からすればオマケにすぎない。
まあ、もし殿下と急に親密になるようなことがあったら、聖女が現役のうちに結婚するのもアリなのだ、という先鞭をつけるためであれば、被弾担当になってもいいけど。先例なしだから、ぜったい最初は風当たりあるしね。
インヴィディア以外のことはやはり全部筒抜けらしく、フィリアはわたしの考えを読み取ってあきれ顔になる。
「……あなたほんとに、自分のことをなんだと思ってるの? 世界のための歯車? 女神の道具?」
「すくなくとも、聖女は世界に奉仕するための存在でしょう。わたしはそのこと自体を、けしからんいますぐ廃止しろという気はない。あんたの道具だったとしたら、もっと早い段階で反乱起こしてぶち●殺して、ほかの神を担ぎ上げるなり、自ら女神に成り代わってたわ」
「真面目ねえ。言動ヤンキーなのに性格委員長って、すごい合体事故起こしてるわよ」
「まーたどこかちがう世界の概念でたとえる」
こいつはどこで変なたとえ話を仕入れてきてるんだか。ほかの世界の情報なんだろうけど。
わたしも、じつはよくわかんないままにフィリア経由で使ってる単語が多いから、そのうちのけっこうな割合が異世界の概念なんだろうな。