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 2月下旬。

 卒業式を間近に控え、3年生は各自の進路先が決まっていった。

 期末試験以外の勉強をする必要のなくなった俺は自席で突っ伏して過ごすことが多い。

 寝たふりなので自然と周囲の会話が耳に入ってくる。

 俺はクラスで無害なオブジェ扱いをされていて周囲で皆、遠慮なく話をしている。

 九条さんや御子柴君、花栗さんの会話も嫌でも聞こえてくるわけで・・・。



「そうですか、おふたりともおめでとうございます」


「おう、頑張ったぜ! このクラスに入ったお陰だな!」


「ホント、大変だったぁ・・・。結果を見る時なんて画面、開けなかったし」



 御子柴君、花栗さんはともに緑峰高校に無事合格を果たした。

 この付近では難関高校のひとつで入学できれば進路は安泰だ。

 桜坂中学のトップクラスを維持できたのだ、相応の努力をしていたことは疑いない。



「さくらさんは目標通り、高天原学園よね」


「はい。無事に届きました」


「凄いな、やっぱり頭の作りが違う!」


「いえ・・・」


「・・・」



 ん?

 なんか影がある雰囲気?

 でも俺、寝てるからね!

 嫌われてるはずだからね!

 様子伺いなんてできないよ!



「・・・ふたりとも、ちょっといいか?」


「はい」


「どうしたの?」



 御子柴君が声をかけ、ふたりを何処かに連れて行った。

 彼らが通り過ぎたことを確認して俺は顔をあげた。

 クラスメイトは俺のことなど路傍の石だ。

 ぽつんとひとり、席に座っていた。

 もの寂しさを感じたが俺の選んだ道だ。

 もう卒業間近、妙なことはしないでおこう。



 ◇



 放課後、俺はリア研で後輩の個別講師を勤めていた。

 何故か彼女らはあれからもずっとリア研で勉強をしている。

 俺に影響されたと言っていたが、それは最初の3か月程度の筈なのだ。

 それ以降は不在にしていたわけだし・・・何故、そんなに勉強をしたいのか。

 もうちょっと遊んでも良いんじゃね?


 と俺が思っても彼女らの意志は当然別にあるわけで。

 今の時期は1年の期末試験に向けた勉強をしていた。



「あ~、わっかんない~! 先輩、おしえて~」


「聞いたばっかじゃねぇか。もうちょっと自分でやれよ」


「わかんないもんはわかんな~い」


「わかったわかった。ほら、この式を代入すんだよ」


「ほえ、ほんとだ。あは、気付かなかったわ~」



 コギャル工藤さんの質問タイム。

 いつもこの調子で俺に聞いてくる。

 これまでふたりだけでやってたんだよね?

 一体、ふたりの時はどうしていたんだろう。



「先輩、私もいいですか」


「あ、うん。こいつはね・・・」



 ふたりとも質問がやたら多い。

 どう考えても自力でやっているように見えないんだが・・・。

 やる気に水を指すわけにもいかず聞かれれば答える俺。


 途中、ふたり一緒に世界語の講義をしたりして。

 小一時間ほど通しで勉強を終えて今日は終わりにすることに。



「あ~、あたし頑張ったぁ! 褒めて褒めて!」


「私も頑張りました~」



 ・・・何故か、毎日わんこタイムを要求される。

 こんなの癖になってどうすんだよ。

 撫でてるほうは楽しいけどさ!



「ほら、よく頑張った!」


「うっひゃー!!」


「きゃー!!」



 わしゃわしゃと頭を撫でまくる。

 こんなんで頑張る素になるなら幾らでも撫でてやるんだが。


 しばらくきゃーきゃー撫で回して。

 乱れた髪を整えながら、工藤さんが話しかけてきた。



「そいや、先輩、来週には卒業だぁね」


「そだな。あまり実感ないけど」


「寂しいです」


「ん、まぁ。それは仕方ない。先輩は送り出すもんだ」



 俺も飯塚先輩を追い出したしな。



「お前ら、前に飯塚先輩に会ったんだろ?」


「あ~、あの暗い先輩ね。来た来た」


「俺もあの先輩を1年のときに追い出したんだぜ。俺も追い出してくれよ」


「ええー・・・勉強、どうすれば良いんですかぁ」



 今までふたりでやってたんだよね?

 俺がいなくてもできるはずだろ。

 大人しく追い出してくれよ。



「俺はあの人からリア研の精神だけは受け継いだんだ」


「あ~?」


「精神ってなんですか?」


「来るもの拒まず去るもの追わず。ここが居場所ってね。最初に言ったやつだ」


「あ・・・はい」


「あったねぇ」



 お前ら、すっかり居着いて忘れていたな?

 リア研がリア研たる所以だぞ。



「俺はもう出ていくんだ。去る側だ。名残惜しいのは分かるが、追っちゃいかん」


「あ~・・・」


「わ、分かりました」



 俺が言いたいことは分かってくれたようだ。

 そう、同じ時間は続きはしない。どこかで折り合いをつける時が来る。

 その時までここを居場所にすれば良いんだ。



「ん、今日はもう終わりの時間だ。また来週だな」


「あ~い。先輩、おつかれ~」


「お先に失礼します、先輩」



 小鳥遊さんも工藤さんも、何度か振り返って名残惜しそうに部室を出ていった。

 ・・・まぁ、ね。慕われるのは良い気分だよ。

 それも終わりが近付いてるってのは確かに寂しいけど。

 さて、俺も帰るかな。



 ◇



 既に日が暮れ薄暗い下駄箱についたとき。

 珍しく俺に声をかけてくるやつがいた。



「京極」


「・・・御子柴か。どうした」


「今、時間あるか? 話がしたい」



 ・・・今更、話か。

 まぁ卒業間近だしな、捨て台詞的に文句のひとつでも言いたくなったか。



「いいぞ。どこで話す?」


「教室に行こう」


「分かった」



 暗くて御子柴君の表情はよく分からなかった。

 俺は彼の後をついて教室まで戻った。

 誰かがいるのか教室には電気がついていた。

 がらがらと扉をあけると中に人が居た。

 ・・・花栗さんと、九条さんだ。

 ふたりは静かにこちらを見ていた。


 俺はたじろいだ。

 教室に入る足が止まる。

 俺は・・・3人の前に立って良いのだろうか。

 自分の都合で振り回したのだ。

 いや待て、文句を言われに来たんだったな。

 

 入り口で止まっていた俺は3人に見守られながら扉を閉めた。

 自席付近にいるので俺も自分の席に座った。

 こう、囲まれると尋問される気分だ。

 さ、断罪を始めてもらおうか。



「京極・・・いや、武」


「おう」


「すまなかった・・・このとおりだ」


「え?」



 御子柴君が頭を下げた。

 は?

 俺、何か彼にされた?

 俺が彼をこっぴどく扱っただけだろ?



「武さん、私も。本当にごめんなさい」


「え?」



 花栗さんまで。

 一体、俺は何を謝られてるんだ?



「ちょ、ちょっと待って。ふたりともどうしたんだよ」


「お前、俺達のこと故意に遠ざけてたんだろ」


「・・・何のことだよ」


「ほら、図星だよね」


「・・・」



 えーと?

 君たちは巻き添えだったんだよ、九条さんフラグの。

 全部俺の都合なんだけどな。



「武さん。わたしも謝罪申し上げます。復帰されてから3人で無視をするような真似をしてしまいました」


「え、いや・・・」



 だって俺がそうさせたわけだし。

 というか、どうして謝られてるのか未だに分からん。

 何が君たちの罪悪感を煽っているのか。



「ちょっと待ってくれ。俺はお前らに寄るなとか友達じゃねぇって言ったんだ」


「だから、それ。嘘でしょ」


「嘘って言ったの俺だろ。ん? あれ?」



 どれがどう嘘なんだっけ?



「お前が怪我で入院したって話を聞いたとき、居ても立ってもいられなくて。それで気付いたんだ、俺はお前のことを大切だって思ってたんだって」


「私もそう。でも皆で押しかけることも出来なくて・・・代表でさくらさんにお見舞いをお願いしたの」



 俺はふたりの顔を見た。

 御子柴君も花栗さんも真剣な表情をしている。

 本気で心配していたのだろう・・・何だか悪いことをした。



「わたしも同じです。毎日お伺いしたかったのですが、先輩に止められました」



 香さんか。そうだな、あの人なら止めそうだ。



「でも九条さん、俺が気が付いた時、傍にいてくれたぞ」


「あの時はたまたま、都合の悪い橘先輩の代わりに居たのです」


「・・・そうだったのか」



 傍に居てくれるな、と俺が言ったのだから。



「武さんが南極へ行った後、私達3人で話し合ったの。皆、同じように武さんに遠ざけられてるって」


「普通、一度に何人も嫌いにならないだろ? だからおかしいって思ってたんだ」



 ・・・なるほど、そう考えることもできるか。

 うん、やっぱり俺の作戦はザルだった!



「お前が復学してからは、すぐに受験で話しかけられる状況じゃなくて。その後は俺と若菜が受験でそれどころじゃなくて。今の今まで、先延ばしになったんだ」


「ごめんなさい、本当は武さんが戻って来てすぐに話をしたかったの」



 ん。そういう事情か。

 でもま、無視をして拒否した相手に、普通に話しかけも出来ねぇからな。



「ん・・・その流れだと謝るのは俺のほうだろ。お前らを嘘ついてまで拒絶したんだし」


「やっぱり嘘だったんだな」


「あ・・・!?」



 おい!

 ここで誘導尋問すんな!

 ふつーに引っかかったじゃねぇか!



「やっぱり、武さんはお優しいです」


「ちょ、ちょっと・・・」


「お前、南極で怪我して来るつもりだったんじゃないか?」


「・・・」


「図星、ね」



 何だこいつら。

 香さん並に鋭いんだが。

 つか、3対1じゃ勝ち目も見えねぇぞ。



「・・・つまりだ、整理をすると」



 いやね。言いたいことは分かってるんだ。



「お前らは俺に謝って、ヨリを戻したい」



 3人ともにこやかに頷く。



「俺はこのまま卒業したい。以上、解散!」


「「「待って!!」」」



 やっぱり駄目!?

 すんげぇ勢いでしがみつかれたぞ!?



「お前、やっぱり逃げるのな!?」


「武さん、照れてるんだよね?」


「3人いますから、諦めてください」



 九条さん、地味に強かですね。



「分かったよ、座れ、お前ら」



 ◇



 な~んか、あの友達宣言のやり直しみたいな状況なんだよな。

 卒業だし、このまま有耶無耶にしてさよならってつもりで居たんだけど。



「事情をどこまで聞いてんのか知らねぇけどさ。南極に行って怪我しそうだったてのは、もともと分かってたことなんだ」


「やっぱり・・・」


「だから迷惑かけるじゃん。気にしてくれない方が俺としても楽だから」


「それであんなことを」



 誤解を解く・・・というか解かされている俺。

 ザルな作戦なんて立てるもんじゃねぇな。ほぼ効果無かったってことだろ、これ。



「悪かったよ、ほんと。無駄に気を遣わせちまったし」


「ううん。私、武さんが信じられなかった。嘘だったって言われて、それで否定できなくて・・・」


「俺もだよ。自分に嘘をついてまで悪者になってくれたってのに」



 いやね、御子柴君のところは本気なんだけどさ。

 ・・・口が裂けても言えねぇ・・・。



「ん。これまで通り、友達でいいな?」


「おう、頼むぜ」


「ええ」



 御子柴君と花栗さんは力強く頷いた。

 あれ、九条さんは?



「武さん」


「・・・はい」



 別に話があるって?

 一緒にお友達で終わろうぜ。



「・・・わたしも、みなさんも、お友達ですから」


「おう」



 含みがあったよね、九条さん。

 まぁ・・・ふたりとは立ち位置も違うか。


 こうして、俺達4人は卒業を目前にして元の関係に戻ることができた。

 ギスギスしたまま終わるよりは良かった、かな。




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