054
大学に入学した俺は同級生の女の子に一目惚れをした。
お近づきになりたかったので履修申告期間に彼女の情報を集め同じ講義を取った。
偶然を装って何度も近くに座り友達になれた。
他の友達も誘って何度も遊びにいった。
そのうちに親密になり、ふたりだけでも出かけるようになった。
取り立ての免許でドライブに行った。
電車とバスを乗り継いで山奥の温泉宿にも行った。
人の多いテーマパークはお互いに嫌いだったので代わりに高原の湖へ行った。
たくさんの、ふたりの時間を積み重ねた。
やがて卒業して仕事をするようになった。
俺は彼女と一緒にいられるよう同棲を始めた。
頑張ってお金を貯めて記念日に夜景の見えるレストランでプロポーズをした。
彼女は涙を流して喜んでくれた。
結婚式は質素なものだった。
北の大地にある小さな教会に親族を集め、こぢんまりと開催した。
純白のドレスに身を包んだ笑顔の彼女は俺の脳裏に深く焼き付いた。
生涯この姿を忘れまいと誓った。
幸せはもっと大きな幸せを連れてきた。
息子が生まれ続いて娘も生まれた。
慣れない子育てで目まぐるしく時間は過ぎ去った。
気付けば息子は大学受験をしていた。
娘は高校生だった。
もう俺が彼女と出会った頃まで子供はたどり着いていたのだ。
それを考えたとき幸せはこうして連鎖していくのだと思った。
息子も娘も、俺達と同じように誰かと出会うのだろう。
そうして人は歴史を紡いでいくのだと。柄にもなく考えたりした。
ああ、そうだ。
女の子。
俺の彼女になって、嫁になって、子の母になってくれた女の子。
彼女の名前、なんて言ったかな。
いちばん大切な名前。
何度も口にした名前。
愛おしく涙さえした名前。
おかしいな、思い出せない。
あれ?
なんだっけ。
そう、純白。
無垢な純白なのだ。
だから彼女の名前に、白を表す言葉が入っている。
いい名前だ。
呼ぶたびに胸が躍る。
だから、呼ぼう。
口にしよう。
―― 雪子
◇
そこは知らない天井だった。
またこのパターンかい!!
ってあれ?
どうした、俺。動かねぇぞ。
何か変だ。
隣に見えるのは雪子だ。
何だか涙を流している。
え? どうして泣いてるんだ?
俺の手を握って・・・。
あれ、手の感触がない。
ん?
あれ?
声も聞こえねぇ!?
おいおい!
俺、身体から離れてんぞ!?
これ、幽体離脱ってやつか!?
自分の身体が下にある。
雪子も下に見える。
何度も寝ている俺の名前を呼んでるっぽい。
くそ、何で声が聞こえねぇんだ!
え? もしかして俺、死にかけ?
ちょっと待て。考えろ。
何をしていた俺は。
・・・そうだ、ラリクエだ。
南極に行って・・・アレを浴びたんだ。
てことは死んだのか!?
だから戻って来たのか!?
普通の病室なら・・・ほら、あった。カレンダー。
日付を見る。2030年9月。
俺がラリクエの世界に入り込んでから1か月くらいか。
もしずっと昏睡してたとして、ラリクエ2年半で1か月か。
時間軸は明らかに違うんだな。でも本体は生きてる。
ええと、それよりも。
冷静に分析してる場合じゃない。
これ、どうすんだよ。
幽体離脱って死ぬ直前じゃなかったっけ?
ヤバいやつじゃん!!
ちょ、俺。
身体に戻れ!
くそ、どうなってんだ?
何度、身体を重ねても何ともならん。
元に戻れねぇってことか・・・?
・・・ん?
今の俺の身体・・・。
透明ながら、なんか満身創痍だ。
皮膚はただれてるし・・・足は千切れそうだし。
うえ、怖えぇよ!!
そうか・・・精神が死にかけなのか。
だから身体に戻っても直ぐに死にそうになって離脱した、と・・・。
・・・。
・・・駄目じゃん!!!
どうすんだよ、これ!?
この身体をどうにかしねぇと、本体に戻れねぇって!?
・・・。
おい、つまりあれか。
現実とラリクエ世界の精神は共通ってことか。
あのラリクエで死ぬとこっちでも精神が死ぬ。
つーことは、死なないでゲームを終わらせねぇと駄目だと。
やっぱりクリアするしか手は無かったんだな。
だけどこれ、戻るに戻れねぇだろ・・・。
あっちに戻って身体を治すにしたって死んでたら意味がねぇ。
むしろ死んでるからこっちに戻ったんだろよ・・・。
え、これ、詰んでね?
どうすんだよ、このまま成仏するしかねぇのか!?
ああもう、なんか身体が薄くなってる!?
待て待て待て!!
このまま死ぬなんて!!
待ってくれ!!
雪子が!!
ああ・・・!!
消え
―― 彷徨える御霊よ、今ここに在れ ――
俺を呼ぶ声がした。
ぐいぐいと引っ張られる感覚があった。
そして実体のある身体へと引き戻された事がわかった。
何故、分かったって?
痛ぇんだよ!!
全身、頭から足の爪先まで、焼いたように痛ぇ!!
吐きそうなくらい胃腸はムカムカするし頭もぐわんぐわんする!!
しかも、身体が動かねぇ!
何だこれ、生殺しだよ!?
動けない俺は、当然に目も開けられず。
ただ周囲から聞こえる音だけを聞いていた。
もっとも、痛みと苦しみでマトモに聞こえた言葉はなく、そのまま意識を失った。
◇
その次に意識が戻ったときはかなりマシだった。
全身の痛みは続いているけれど、意識が飛ばされるような激しさはなかった。
目はまだ開かない。
もしかしたら失明したか?
怖いけど確認のしようもない。
あ、俺、呼吸してた。
良かった、なんか生きてるっぽいよ・・・。
耳も聞こえてる。
・・・誰か、そこにいる?
俺のじゃない呼吸が聞こえるけど・・・。
・・・。
・・・。
◇
ん。
暗い。
目が・・・開いたはずなんだが。
ああ、夜なのか。
ぼんやりと、暗い天井が映る。
俺は・・・まだ、生きてるんだな。
良かった・・・雪子に会える・・・。
身体は動かない。
いや・・・指は、動く。
ああ、腕もあがるじゃないか。
動かすと間接も皮膚も酷く痛む。
けど、動く。
うん・・・何とかなるのかな。
今は・・・いつだ?
何か分かるものはないか?
残念ながら頭は上がらない。
首もほとんど動かせないし声も掠れて出ない。
こりゃ駄目だな。朝まで大人しくしよう。
どうせ寝てたんだ、このまま寝ても問題はない。
・・・ああ、ほら。すぐに眠くなった。
おやすみぃ・・・。
◇
「・・・武さん、おはようございます」
ん・・・。
誰だ。
ああ、朝か。明るいな。
「・・・はよ・・・」
うは、掠れ声!?
まともに声も出ねぇぞ。
「え・・・!?」
その声・・・九条さん、か?
「武・・・さん?」
「くし・・・んか」
ああ!
ごめん、何も音が出ねぇよ!!
「分かりますか!?」
薄っすらと、明かりを捉える俺の視界に。
ぼんやりと、銀髪と銀色の瞳が見えた。
間違いない、九条さんの顔だ。
声を出したけれど、息しか出せず。
仕方ないので腕を上げて、その顔に触れた。
「あ・・・ああ・・・」
九条さんは上がった俺の手を両手で包み込むと
「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
大きな声をあげて・・・泣いた。
顔をくしゃくしゃにして、涙を溢れさせて。
・・・。
俺、フラグ折ったんだけどな。
どうして彼女が泣いてんだよ・・・。
わかんね・・・。
俺の身体に顔を押し付け、手を握ったまま。
彼女は溜まりきった感情を吐き出すかのように泣き続けた。
まともに動かせるのは腕だけ。
仕方なく、俺は反対の腕で彼女の頭を撫でていた。
◇
その後はとても騒がしかった。
先ず医師が何人もひっきりなしに飛び込んできて俺の調子を確かめていった。
あちこち触診されたり腕や脚、身体を折り曲げられたり。
結果、長期加療により動いてないせいで身体が動かしにくい状態だと判定された。
動かせるところから動かせば、そのうち動けるようになるはず、ということらしい。
身体の内部についてもMRIやら何やらで検査をして改めて確認された。
結論は「正常」。
当初、内蔵までぼろぼろになっていた身体はすっかり回復し元通りになったそうだ。
あとはとにかく、日常生活に戻れるよう身体を慣らせと言われる。
要はリハビリだ。
そうして身体をひととおり確認された後。
俺はずっと付き添ってくれていた第一発見者の九条さんに状況説明を求めた。
南極で心肺停止に陥った俺は予定を1日繰り上げたしらせによって日本へ送還された。
船で応急手当を受け心肺は何とか動いたが、生死の狭間を彷徨う状況が続いた。
日本に戻り病院で診察された結果が「大惨事症候群」。
大惨事の時に頻発した症状だったらしい。
単なる身体の損傷だけでなく、精神が冒涜されている状態とか何とか。
この辺の診断方法とか説明はよく分からんかった。
で、通常の科学医療だけでは対応できないため「聖女」が呼ばれた。
「聖女」とは具現化能力復活を使用できる人のこと。
完全に身体を離れず遊離していた俺の精神を何とか身体に引き戻し適合させたとか。
通常このような精神遊離症状は身体活動が弱まった死亡直前にだけ見られ、心肺停止とともに半日程度で精神は消滅するらしい。
どうして俺の精神が留まっていたのかは謎だという。
とにかく精神が身体に戻った結果、俺の身体は回復を始め、ようやく目が覚めたと。
「その・・・今は、11月になったところです」
「11月!?」
え、俺、2か月昏睡!?
そりゃまぁ。心配するよね。
いくら嫌われたって言っても。
「・・・ごめん、心配かけた」
「本当です。たくさん反省してもらいます」
当たり前ながらご立腹されている。
なのに言葉とは裏腹に、その表情は笑みが溢れていた。
「でも・・・お話できて安心しました」
「ほんと、悪かった。見に来てくれてありがとな」
「はい。では・・・わたしはこれで」
だが落ち着いた彼女の雰囲気は暗かった。
心配そうにこちらを見ながらも、ぺこりと頭を下げて退室してしまった。
すぐに帰ってしまったのは、やっぱりアレだよね。
俺に「迷惑だ」って言われたまんまだったから。
ごめんだけど、今は我慢してほしい。
◇
少ししたら、入れ替わりで息を切らした香さんが飛び込んできた。
「武くん!!」
「あ、香さん」
「よかった・・・!!」
迷うこと無く、香さんは俺の胸に飛び込んで来た。
ぎゅう、と背中に回した腕に力を込めて俺の身体を抱きしめる。
ぐっ・・・そんな締めると苦しい・・・!
「うああああぁぁぁぁ!!」
香さんも大きな声で・・・泣いた。
こんなの拒否なんて出来ねぇ。
されるがまま彼女の想いを受け止めた。
俺はやはり撫でてあげるくらいしかできなかった。
結構、長い時間が必要だった。
爆発した感情はなかなか落ち着かなかった。
ずっと埋めていた顔が離される。
目尻を拭いながら、香さんは俺に向き合った。
出発のときみたいに・・・瞼が腫れ、ちょっと酷い顔になっていた。
「戻って、きて、くれた」
「うん」
「いっぱい、心配した、の」
「うん」
「もう、ほんと・・・許さない」
「・・・ごめん」
何度もしゃくりあげながら・・・。
それでも。
香さんも・・・言葉とは裏腹に笑顔だった。
「許さない、から・・・」
「うん」
「今日は、離さない」
香さんはまた俺の身体に抱きついた。
少し身体が跳ねている。彼女の情動は収まっていない。
まだまだ満足しないようだ。
・・・そりゃ好きな人が昏睡して、目を覚ましたってところだ。
雪子相手だったら俺も同じだろう。
ああ・・・雪子、必ず戻るから。
香さんの気持が嬉しくて、俺もまた彼女の頭を撫でていた。
「香さん・・・」
ぎゅうぎゅうと抱きついたままの彼女。
乾いた地面に降った雨がじっと吸い込まれていくように。
満たされなかった心が潤うまで。
何度か俺は身じろぎしようとしたけど許されず。
夕方になるまで、本当に長い間、香さんは抱きついていた。
ずっと。
彼女が押し付けてくるその気持ちが。
くすぐったくて心地良い、そう感じていた。
そのうちに撫でていた手が少しピリピリと痺れるような感じがした。
あれ、抱き締められすぎて痺れた?
ずっとくっついてるから静電気じゃないよね。
「・・・?」
香さんはようやく顔を上げた。
あれ、違和感あったのか。
やっぱり静電気?
「武君・・・」
「?」
香さんは俺の左手を、両手で包み込むように胸に抱いた。
あ、やっぱりビリビリする。ナニコレ。
ちょっと気持ちいい?
「これ・・・私も初めて・・・」
「・・・?」
愛おしそうに俺の腕を抱きしめて。
目を閉じて・・・。
その閉じた吊り目から、また涙が溢れていた。
「嬉しい・・・。ね・・・感じる?」
「ん・・・」
ビリビリと静電気っぽい何か。
じんわりと温かさが腕に広がってくる。
「これ・・・あなたと私の・・・共鳴・・・」
「え?」
え!
ちょっと待って!
これってアレでしょ!?
そんな急に!?
心の準備なんて出来てねぇよ!?
内心、激しく焦る俺。
共鳴ってアレだよね、レゾナンス効果。
てことはだ。
俺の魔力が香さんの魔力と・・・。
・・・魔力?
「・・・俺、もしかして・・・」
「・・・そう、魔力適合できたの。こうして、通い合わせられる・・・」
「・・・」
じんわりと。
右腕から身体全体にその温かさが広がっていく。
それだけで心地良い感覚に支配されていく。
陶酔感にも似たそれは、初めて感じるもので・・・。
だんだんと身体が熱くなっって・・・。
・・・あれ?
視界が、揺れる・・・。
くらくらしてきた・・・。
「・・・武、くん?」
返事もできないまま。
熱に冒された俺はぼうっとしたまま、ベッドに倒れ込んでしまった。
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