046
6月中旬。
もうすぐ南極に出発する。
そう考えるとやり残しが無いよう準備にも余念がなかった。
日本海洋大学での準備も今日で最後。
あとは7月の出港に来れば良い。
俺は芳賀さんと最後の確認をしていた。
「場所は港南のここね。かつて東京海洋大学があったところ」
「へぇ? 海面上昇で水没したところですよね」
「そうなの。遺跡みたいになってるから早めに行って観るのも良いかも」
「失われた過去文明の遺産が海底からから現れた! ってとこですね」
「うん、そう。でもかつての水没地域はどこも似たような感じ。いずれまた沈むと分かっているから利用も多くないし」
「なるほど」
モニターに表示された地図や写真を確認する。
「この大学から出港じゃないんですね」
「そう。しらせは大惨事のとき、この大学の前身である東京海洋大学の所属だったから。その場所がまた復活したことで、港南が使われるようになったらしいわ」
「浪漫だ」
「そういうこと分かるの、渋い」
うんうんと頷く芳賀さん。
中学生にしては理解がありすぎた・・・て、今更か。
「ところで、お願いしていた件はどうなりました?」
「ああ、うん。許可は取れた。ただ仕事と被るタイミングは仕事を優先して欲しい」
「分かりました。無理を言ってすみません」
「ボランティアとはいえ3か月だから。中学生に勉強時間は必須。義務教育は権利よ、遠慮しないで」
「ありがとうございます」
俺は本来授業を受ける時間帯に勉強ができるよう許可をお願いしていた。
さすがに授業を全く受けないのは不安が残る。自主勉強だけでもしたい。
仕事が無ければしても良い、という言質を取り付けたのだ。
往路の7月と復路9月の間。8月は現地だから夏休みで授業はない。
現地での行動に支障がないのは良かった。
「あ、京極くん。来てたんだ」
「こんにちは。最終確認だっけ?」
「はい。次は7月の出航時ですね」
研究室に入って来た男女の大学生が俺に声をかけてきた。
「僕もメンバーだからよろしくな」
「あ、高橋さんも行くんですね。心強い」
「私も行くよ! 困ったらおねぇさんに任せなさい!」
「頼りにしてます、後藤さん」
このふたりは俺の専門用語学習に付き合ってくれた人だった。
数少ない、世界語がそこそこ話せる人たちなのだ。
知らない人ばかりなので、少しでも話ができる人がいるのは嬉しい。
「道中、勉強が分からなかったら教えてください」
「いいよいいよ! 何でも聞いて!」
後藤さんはフレンドリーだ。
この感じに助けられたこともあるから感謝。
高橋さんといつも一緒にいるので・・・たぶん、付き合っている。
船で聞いてみようかな。話のネタにでも。
「ところで京極くん。彼女とか好きな人はいないの?」
「え?」
いきなり高橋さんから尋ねられる。
何の話?
「ほら、脈絡なく言うから驚いちゃってるじゃん」
「ああ、ごめんごめん。長旅だから、そういう親しい人に別れを告げたのかなって」
「あんた、いっぺん中学生からやり直してこい!!」
「いて!?」
ぱこーん、と小気味良い音がして高橋さんの頭がお辞儀した。
「ごめん、こいつデリカシーってもんがなくて!」
「い、いえ」
尻に敷かれてんのか、これ?
事情が飲み込めず呆然とする俺。
「長いこと留守にするでしょ? 説明して納得してもらったのかなって、心配してるんだよ」
「ああ、なるほど・・・」
まだしてません。
修羅場というかトラブる予感しかしなくて。
「その様子だとまだね? しておかないと、後が大変だよ?」
「そうそう、僕も最初の船旅で連絡忘れた親が捜索願い出しそうになったから」
「ええー・・・」
それは出すだろ・・・。
いくら成人でもいきなり数か月も音信不通だなんて。
「そんなわけで準備の最後は知り合いへの連絡ね」
「はい、忘れずにやっておきます」
「うんうん、素直で良い子だ」
「少しは見習いなさい」
「海に出ると通信出来ないって当時は知らなかったんだよ」
「説明あったのに聞いてなかったんでしょ」
「うっ・・・」
仲の良いおふたりだこと。
そう、南極船しらせでは通信が使えない。
というのも飛行物体は魔物に堕とされてしまうのだ。
地上から見て仰角が一定以上になると一部の魔物が対空攻撃をする。
衛生も壊滅したためGPSなどの機械類も使用不可。
そのおかげで大惨事以降、魔物がいる地域で飛行できなくなった。
通信は低速電磁波によるけれど、それは船の航行に必要最低限の情報で容量が一杯。
その回線に個人の通信を乗せる余裕はない。するなら緊急通報くらいだ。
旧来の方位磁針などの性能を上げ代替しているそうだ。
そういう理由もあり日本を出ると通信できないらしい。
ハイテクなんだかアナログなんだか。
この辺はRPGっぽい制限だよな。
「京極君。くれぐれもやり残しが無いように」
「わかりました」
最後に声をかけて来たのは初老のイケオジ、御子柴教授。
この研究室のトップで海洋研究の第一人者らしい。
いつも学会とかで不在で会ったのはこれで2度目。
栗色の髪に白髪が混じっているけど顔のバランスとか格好良い。
歳取るならこうなりたいと思わせる人なのだ。
「また私は参加できんからな、芳賀共々、面倒をみてやってくれ」
「そんな、俺の方が面倒をみてもらう側ですよ」
「いや、情熱がなければこんなボランティアなんぞ務まらんだろうからな。その心意気を教えてやってくれ」
台詞もイケオジですね。
でも微妙に芳賀さんたちをディスる事になるので返事に困る。
「先生、そりゃないですよ。学生でも3か月って覚悟が必要なんですから」
「この大学に来た時点で覚悟はあるものだぞ?」
「ほら、無駄に反論する暇があったら世界語でも練習しなさい」
「うう、ごめんなさーい」
やり込められる高橋さん。
この光景も少し見慣れてきた。
大学生って楽しそうだよね。
っと、時間がなくなって来た。
「すみません、そろそろお暇します」
「それじゃ京極くん。また、7月に」
「はい、よろしくお願いします」
◇
6月下旬。
学校の先生には無理を言って学習範囲のデータを先に貰った。
出立に際しての説明は・・・とりあえず影響が少ないであろうリア研のふたりにする事にした。
「・・・だから7月から9月まで、俺は不在だ」
部室にて俺はおかっぱ小鳥遊さんとコギャル工藤さんに説明した。
ふたりは不思議そうに俺を見た。
さすがに休学は珍しいか?
「ええ・・・先輩、世界語得意だったんですね」
「いつもむっつりだから分かんなかったよ」
いや、お前ら驚くとこ、そこ?
勉強してんだからできると思うもんじゃないのか。
お前らの目の前で頑張ってんだろ。
「ずっと練習したんでな。ネイティブレベルだ」
「ぷっ! 世界語でネイティブって!」
工藤さんにふつーに馬鹿にされる。
良いんだよ、ものの例えなんだから。
「・・・でもそれなら教えて貰いたかった」
「え?」
「私、苦手で・・・なかなか着いていけなくて」
「あー、あたしも。ねぇ先輩、行くまでで良いから教えてよ」
「あ、ああ・・・」
なんだこの流れ。
いつもは俺が黙々と勉強して、ふたりは雑談と何かのゲームに興じてるだけなのに。
そんなに勉強したいと思ってたのか?
「別に良いけど。悪いが戻ってからは受験勉強で忙しいから、5日間だけになるぞ」
「え! マジ! 本気でやっからさ!」
「わ、私も頑張ります!」
「お、おう」
何? この食い付き。
目を爛々と輝かせて身を乗り出してる。
勉強なんてだるいって発言してなかったか?
「んじゃ・・・時間もないし、今からやるか」
「お願いします」
「頼むぜ! 先輩!」
後輩への初指導がリア研の内容じゃなくて勉強とは。
と言っても俺も世界語を指導して貰った側だからなぁ。
先輩に貰ったぶんは、ここで返しておきますか。
◇
いつもリア研では俺と彼女らの会話は無かった。
俺が黙々と勉強しているだけだからだ。
自由とは最も孤高なものである、とは誰の言だったか。
そんな俺の姿に話しかけ辛かったのもあったらしい。
ふたりは和気藹々と俺の授業を受けていた。
実質、5日間だけの世界語講座。
その中でふたりと言葉を交わし、徐々に打ち解ける。
人間、向かい合って理解が深まる。
愛情の反対は無関心とはよく言ったものだ。
ぼっち推奨な俺は後輩への愛が足りなかったのかもしれない。
「ほぇー、そうなのか! こう言えばいいのか!」
くるくると表情を変えながらも、工藤さんは熱心に取り組んでいた。
「あの、この訳になる理由が分からなくて」
小鳥遊さんも遅れを取り戻す勢いでかじりついていた。
◇
ふたりとも想像以上に飲み込みが早く、5日が終わる頃には4月から今までのぶんだけでなく、夏休み前の範囲まで駆け抜けていた。
「・・・これで終わり。お前らよく頑張ったな」
「あ、ありがとうございます! 本当に分かりやすかったです!」
「えへへ、あたし頑張ったよな? 褒めて!」
やり切った後の笑顔は眩しくて。
今まで交流をしてなかったことを少し後悔した。
その後悔のぶんと思い、俺は工藤さんの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「おし、よく頑張った!」
「ひゃー!! あたし頑張ったよー!!」
茶髪をぐしゃぐしゃにされているのに歓喜する工藤さん。
ふと、おずおずと物欲しげにこちらを見てる小鳥遊さんの顔が目に入る。
「ほら、小鳥遊さんも!」
「きゃー!? 頑張りましたー!!」
ふたりとも、とても嬉しそうに歓声をあげていた。
しばらく満足するまで撫でてやった。
わんこを飼ってるとこんな感じなのかな?
ふたりとも落ち着いたので帰りの準備をした。
小鳥遊さんと部室を出ようとしていた工藤さんが振り返った。
「先輩」
「どうした?」
「先輩が行っちゃうの、寂しい」
「・・・すまんな」
「あーもう! どうして今まで話もしなかったんだろ・・・」
「それが自由というものだよ」
「え、それなんて名言?」
「俺も知らん」
小鳥遊さんと工藤さんは顔を見合わせてから笑った。
俺も釣られて笑った。
このメンバーで初めて皆で笑えたかもしれない。
もう少し早くこうしておけば良かったと思った。
戻って来たら少しは構ってあげられるようにしよう。
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