036
AR値問題のため、機密情報へのアクセスを画策した俺。
最後の頼みの綱に当たることにした。
「え? 相談? 早いほうが良いなら、今日の放課後は?」
「俺は大丈夫だ」
「わかった。場所は武さんの部室でいいの?」
「うん、基本、俺一人だから大丈夫」
何の相談かは言ってないけど・・・さすがに怪訝な顔をしていた。
相談相手は花栗さん。
すっかり打ち解けて、当初のオドオド感は全く無い。
ごめん、部活を休ませてまで頼んじゃって。
◇
「う~ん。大惨事の後の世界戦線かぁ・・・」
「どうだろう?」
「閲覧規制が入ってるのは結構、有名な話。武さんがどの程度まで本気かによるかなぁ・・・」
やはり、規制による刑事罰のことが問題なのだろう。
「俺にとっては必要なことなんだ。何かあったら俺が責任を取るから」
「・・・ううん、武さんに何かあると私が嫌だし、さくらさんや諒さんも悲しむよ」
「むぅ・・・」
皆、言うことは同じだ。
俺が知らないだけで、それだけ危ない橋なんだろう。
「頼む・・・後生だ。これは秘密なんだけど・・・俺の生死に関わる事項なんだ」
「え!?」
花栗さんがびっくりして俺を見る。
そりゃそうだ。死ぬかもしれない的なことを言われれば。
ちょっと強引だけど納得してもらいたい。
「情報が手に入らないと不味いんだ・・・。刑罰のほうがマシなんだ」
「・・・」
これは俺にとっては事実だ。
ヒントがあるのは間違いないと思っているから。
「な、頼む! この通り!」
「ちょ、ちょっと・・・」
土下座する俺。
見ていられなくなって止める花栗さん。
「・・・ううん、分かった。でも・・・約束して。危なくなったら直ぐに止めてよ」
「本当か!? わかった、約束する!」
「うん・・・準備させてほしい。明日、またこの時間に」
花栗さんは不承不承、約束してくれた。
やった、これで一歩前進できるぞ!
◇
翌日。
放課後にリア研の部室内で、俺は花栗さんからツールの使用方法を聞いていた。
「使い方はわかった?」
「うん、大丈夫」
「それで。危ないから保険をかけてあるの」
「保険?」
「うん。外部からこのツールへの解析やアクセスがあった場合の防御機構を入れてある」
「防御機構?」
「大したものじゃなくて。盾みたいなものなんだ」
「アクセスされた場合はどうなるの?」
「画面の枠が赤くなって、盾が破られるまでの推定時間が表示される」
「・・・なんか怖いな」
「その時間までに終了させれば追跡はされない・・・はず」
なんだその有用な防御機構。
というか、花栗さんはこれを自分で作ったのか!?
もしかして天才なんじゃないだろうか・・・。
「その・・・本当に気をつけて。心配だよ」
「うん、気を付ける。本当にありがとう。用事が終わったらすぐに止めるから」
「それじゃ、私、部活に行くから」
「ありがとう。時間割いてくれて助かったよ」
「ふふ。・・・本当に、気をつけてね」
花栗さんは何度か振り返りながら、リア研から出ていった。
ひとりになった部室で、俺は端末の前に座った。
よし・・・時間制限があるんだ。
限られた時間で何を調べるか考えてからやるんだ。
まず知りたいことを考える。
ひとつめ。「大惨事」で何があったのか。
津波や隕石による粉塵だけで人口が一気に減るとは考えられない。
だから何かがあったはずだ。
その理由を知りたい。
ふたつめ。人類の最前線でどうやって戦線を維持したのか。
核兵器も効かない相手をどうやって堰き止めたのか。
新人類 に匹敵する何かがあったとしか思えない。
みっつめ。新人類はどうして生まれるようになったのか。
魔力が撒き散らされたことが理由とされている。
だが・・・本当にそうなのだろうか。
新人類が別の理由で生まれるようになったのであれば・・・。
それが魔力適合を説明する理由になるかもしれない。
覚悟を決めてツールを起動した。
さて、始めるぞ。
今までと同じ検索ワードを入れる。
「大惨事 絶滅」
すると・・・出てきた!
並んだ検索結果の中に見慣れぬ、同じ単語がちらほら見える。
それは・・・「魔王の霧」。
俺は続けて「魔王の霧」と入力した。
出た!
「魔王の霧」について解説した記事を閲覧した。
・・・
魔王の霧とは、飛来した魔王により全世界に撒き散らされた魔力の粉塵である。
この粉塵に触れた人類の大半は死亡し、その半数が身体に異常をきたした。
人類以外の動植物にも著しい影響を及ぼし、人類と同様にその生を奪った。
地表を覆った魔王の霧は、1か月もの間、地球上の生物を苦しめた。
さらにこの粉塵の遮光効果により地表は急激に冷却され温暖化が逆行した。
このため地球の平均気温は約10度低下し、その生態系を20世紀以前の状態まで巻き戻した。
・・・
何だこれは・・・。
核戦争どころの話じゃねぇぞ!?
核の冬ってのが懸念されてたけど、容赦なく全世界に冬をもたらしてるじゃねえか!
隕石の粉塵なんて嘘八百だ!!
これ、実質、全世界に対して核兵器を使用したようなもんじゃねぇかよ!
だから「大惨事」なのか・・・。
解説の横には凄惨な写真が並んでいた。
魔力への拒絶反応が起き、溶け落ちた肌や体毛。
そうして身体が徐々に崩れていく様。
それらによりショック死した者たちを、纏めて埋葬するための墓地。
つーか・・・これ、放射線による被害より酷いだろ!?
大虐殺なんて可愛いレベルだ。
これが世界中で起こったなんて・・・。
「おわっ!?」
いきなり画面が赤く点滅した。
右下にカウントダウンされる時間が表示される。
あと 2分30秒!?
え!? もう検知されたのか!?
やばい、次だ次!
焦りながら読み進める。
・・・
一方、魔王の霧を浴び生命に影響をきたさなかった人類を新人類と呼ぶ。
彼らは身体を魔力に適合させ人類に新たな能力をもたらした。
新人類が魔力を物理現象に変換する能力を具現化と呼ぶ。
優れた具現化を操る者たちは、その力を武器と変え魔物が侵略する最前線に立った。
そして彼らから生まれた子供は、その具現化能力を遺伝的に引き継ぐようになった。
・・・
の、残り20秒!!
切断、切断だ!!
どうやんだ!?
ええと、ええと、右上のバツマークか!
ポチッ!!
画面の赤い表示が消え、カウントダウンは残り7秒で止まった。
気付けば俺は緊張のあまり肩で息をしていた。
脂汗が額を滑り落ち、制服にぽたりと垂れた。
手が震えていた。
・・・。
「あった・・・これだよ!! 見つけたよ!!」
そう、すべての疑問を繋ぐ1本の糸を見つけたのだ。
「魔王の霧」。
魔王から放出された魔力の粉塵。
これが、人類を新人類たらしめた元凶であり・・・。
俺が、これから手に入れなければならないものであるのだ。
◇
その日の夜。
俺は久しぶりに攻略ノートを見返していた。
当初、1冊目のノートに書き綴ったバックストーリーとの乖離を確認するためだ。
俺が記憶している限りでは「魔物が全世界を跋扈して人口が10分の1になった」だ。
ノートにも確かにそう記してあった。
当初の記憶が濃かった時期に書いたものだから間違ってはいないと思う。
ということは・・・「魔王の霧」は裏設定なのか。
公式に隠されたラリクエ開発陣に秘められた設定。
なんかすげぇ裏設定だな・・・おい。
どっかのシューティングゲームで主人公が脳みそだけになって機体に繋がれるとかいう裏設定があったけど、それ並みに酷い。
能天気にラブラブしてるゲームじゃなかったのかよ・・・。
あ、ゲーム難度が鬼畜なんだった。
しかしなぁ。
これ、裏設定で想定通りにいかない可能性があるってことじゃねぇか。
開発陣との知恵比べなんてしたくねぇぞ。
どう考えてもこっちが不利だ。
そもそも神様みたいなもんだからな、抗うってほうが無理。
う~ん、高天原に行ってからならゲームイベントっていうヒントがあるから良いんだけど。
今みたいにバックストーリー内でどうにかする場合は裏をかかれるってことだな。
その辺のことをノートに書いておこう。
ついでに俺はこれまでやってきた攻略ノートから外れた行動を振り返った。
5冊目に書くと決めた、ラリクエ本編に影響しそうな話をまとめたノートだ。
影響が大きいのは行動を共にしている九条さんだ。
というか彼女しかまだ影響してねぇ。
だけど、彼女の行動を変えると他の主人公にも影響が出る。
少なくとも九条さんのトラウマイベントだったものが消えている気がする。
今の彼女、キャラ攻略後(いわゆる告白OK後)の性格になってるからなぁ。
性格の陰が消えてるってことは、きっと弓道部のイベントを俺が潰したんだろう。
・・・自分で自分の首を締めているのは間違いない。
これ、軌道修正ってできんのかな?
ちょっと想像してみる。
そもそも俺は存在してはいけない。
例えば俺が現時点で失踪したとすると・・・。
きっと彼女は悲しむ。
それがトラウマになって・・・恋愛しなくなるんじゃねぇか?
もともとあったトラウマイベントの変わりになるっちゃなるけど。
同じように作用するとは思えん。
ダメだ、不確定要素が多すぎる。
そもそも高天原に俺が入って主人公連中にアプローチする時点で、どこか破綻するんだ。
多少の変化を怖がってちゃ何もできん。
よし。
恒例の先送り☆
振り返りよりも、新たな事実に対する問題だ。
AR値問題の根本解決方法は、おそらく、魔王の霧を入手して浴びることだ。
浴びると死ぬかもしれんが、高天原に入れなくても死ぬ可能性があるのだ。
自主的に危機に晒されるか、受動的に晒されるか。
後者が嫌だから俺は行動を選んだ。だったら自主的な危機を選ぶしかない。
うん、俺はどうにかして魔王の霧を手に入れるんだ。
で、こいつはどこで手に入るか、だ・・・。
前に飯塚先輩が謎物質を食わせてくれたけど。
アレって何だったんだろう。
食感があったから霧ではないよな、たぶん。
あれが魔物の死骸だとしたらやはり食べるだけでは駄目なんだろう。
魔力が一時的に身体を巡ったとしても排出されてしまう。
細胞レベルで取り込むために魔王の霧を浴びるしかないんだ。
しかし魔王の霧が機密扱いされているという事実も考慮する必要がある。
検索した直後は凄惨さから禁忌とされているのかと思った。
けれどもリアルのインターネットでもそういった凄惨なものは存在したし閲覧もできた。
もっと別の理由がある。
俺と似たようなことを考えて・・・死ぬ奴がいるからだろうか。
そうかもしれない。
だって、放射性物質なんて一般人が手に入れられないじゃないか。
少なくとも所持に関して規制対象となり得る。
なら魔王の霧を隠蔽する理由も分かる。
AR値問題を表面的に調べた時だって、チャレンジできそうなことは皆、やっていたのだ。
低AR値の全人類が渇望する方法は危険過ぎるのだ。
だから死者が出ないよう規制している。そう考えるほうが自然だ。
となると・・・正規の手段で入手することはできなさそうだ。
あの飯塚先輩でさえよく分からないルートを使って謎物質を何とか入手するのが限界だった。
魔王の霧にアクセスできたなら、きっとどこかでチャレンジさせられていたと思う。
・・・想像すると浦島太郎と玉手箱しか思いつかねぇ。
飯塚先輩相手だとどうしてこうなんだ。
・・・う~ん・・・どうすれば良いのか皆目分からん。
また考えることにして、眠くなった俺はベッドに倒れ込み意識を手放した。
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