030
この林間学校は1泊2日。
時間的距離が近いので初日にイベントが詰め込まれている。
だから2日目は近隣の施設を見学して帰るだけ。
つまり初日に1番、盛り上がるようにされている。
そんなわけで初日夜のキャンプファイヤー。
中央に組まれた大きな木に点火され、火柱が夜空を焦がす。
都市部よりも綺麗な星空に炎が踊りだし、その存在を主張する。
炎に慣れていない(と思われる)生徒たちは、おおっ、きれい、と言った感想を漏らす。
うんうん、この光景はリアル現代人でも目を惹かれるからね。
人生のオアシスとして記憶に残しておくと良いと思うんだ。
俺達4人は会場の一角で落ち着いていた。
明日には治るといっても、花栗さんは椅子に座ったままだから近くに集まっていた。
「炎って、こんなに離れていても熱いんですね」
「うん。風向き悪いと火の粉に当たるから気をつけて。服に穴が空く」
「え!? そりゃ危ない! 気を付けるよ、サンキュー」
「あんなに激しいのに、眺めていると落ち着くのですね」
炎の不規則な動きは不思議と気持ちを落ち着ける。
ちょっと距離があるから危ないってこともない。
クラスメイトは近付いたりしてワイワイやっている。
こうやってゆっくりするのも味があって良いと思う。
「そういえば、後でダンスがあるんだっけ?」
「ええ、見るだけじゃねぇのか・・・」
そういえば、しおりにそんな事が書いてあったような気がする。
スルーしてて忘れていたよ。
「そもそも、ダンスなんて何を踊るんだ?」
俺がぼやくと、3人が一斉にこちらを見た。
お前、知らないの的な驚きの表情だ。あれ、ヤバい発言??
「え? 京極さん、ソシアルクロス、知らないのですか?」
「ソシアル? え?」
「まじかよ京極。ソシアルクロスだって。小学校で習ったろ?」
「ソシアルクロス・・・?」
やばい。これはやばい。
全国一律必修のダンス?
知らないの俺だけ?
常識を知りません状態だぞ、これ・・・。
「ええと・・・」
「ソシアルクロスは、世界政府が共通文化として作ったダンスです」
俺が困っていると花栗さんが助け舟を出してくれた。
「世界中で子供の頃から教わります。異文化交流で使うので皆、折をみて踊るんですよ」
「ああ、ありがとう・・・」
慌てる俺。
どうして知らないのという御子柴君と九条さんの視線。
言い訳・・・考えろ俺!
「お、俺さ。ダンス嫌いだったから、ダンスんとき、いっつも逃げててさ」
無理やり話を作る。
俺も知らない謎の裏事情。
「小さい頃、近所の人に下手くそって馬鹿にされたのが癪だったから・・・」
謎のトラウマ、捏造☆
必死過ぎて脳みそフル回転だぜ。
「ダンスって聞くと拒絶反応出ちまうんだよ。だから知らねえんだ」
俯いて落ち込む俺。
ごめん皆。素直に騙されてくれ。
「・・・それで、ご存知ないのですね」
九条さんが同情の表情で寄り添ってくれる。
それっぽく頷く俺。
「そっか。でもよ京極、この先、色々なところで機会あるから・・・踊れないとヤバいぞ?」
「え・・・」
御子柴君のアドバイスにびっくり。
ちょっとヤバそうな顔をしてる俺。
いや、実際知らないとヤバい案件っぽい。
「でも、踊れねぇって恥ずかしいだろ・・・」
言わせんなよJK的な雰囲気を醸し出す。
「もしよろしければ、京極さんにここでレクチャーするというのはどうでしょう?」
九条さんが提案してくれる。
俺はオドオドしながら頷いた。
・・・よし、何とかなった?
九条さん、優しいご提案をありがとう!
「お! それなら俺が教えるぞ」
「それには及びません、わたしがお相手しますから」
御子柴君と九条さんの間で火花が散っている。
・・・何か含むところがあるダンスなのか? これ。
「ごめん花栗さん。もう少し詳しく教えてもらえるかな」
「はい。ソシアルクロスはふたりで踊るダンスです。2100年頃まで活発だった社交ダンスをベースに、ストリートダンスを組み合わせたもの、と言われています」
「うん」
「ふたりで踊ったら、曲の流れで次の相手と踊って、何度か相手を切り替え、最初の人へと戻ってくる、というものです」
「なるほど」
「踊りは大人向けのレギュラー形式と、子供向けのシンプル形式の2種類です。今日、踊るのはシンプル形式ですね。小学校で習うものですから」
「へぇ・・・知らなかった、本当にありがとう」
「い、いえ・・・」
花栗さんに頭を下げてお礼を言う。
なるほどね。世界政府、やるじゃない。
そういえばラリクエでダンスを踊るシーンが幾つかあった。
もしかしてあれ、ソシアルクロスなのかもしれない。
だったら今、覚えておかないと困るのは俺だ。
よし、真面目に教えてもらおう。
言い争っている御子柴と九条さんのところへ行く。
どちらが教えるかとヒートアップしている。
「わたしです! いつもわたしがお世話になっているから、今日はわたしがお返しをしたいのです!」
「九条さんはいつも京極の傍にいるだろ! 俺にも機会くれよ!」
・・・何だろう。
有り難いんだけど、何か不安が拭えない。
でもここで教えて貰わない選択肢はないからな。
「あのさ。真面目に教えてもらいたいんだ。女性相手だとちょっと緊張しちゃうから、最初は御子柴に頼んでも良いか?」
「ほんとか!? もちろんだ、任せろ!」
「え!?」
御子柴君、満面の笑み。
九条さん、玩具を取り上げられた子供みたいに愕然としている。
・・・平等にしたほうがいい?
「ええと・・・ある程度できるようになったら、九条さんに交代してもらうからさ」
「・・・分かりました。最初は御子柴さんにお願いします」
渋々、といった表情で九条さんは引き下がった。
ちょうど、音楽が鳴り始め、あちこちで踊りが始まった。
「よし、京極。やるぞ。こっちに立って」
「ここか?」
「そう。まずステップだ。速いところがあるけど、繰り返しだから覚えてくれ」
「わかった」
「俺が手本を見せるから」
そう言って御子柴君は華麗に音楽に合わせステップを踏む。
前、前、後ろ、後ろ、右・・・うん、覚えられん。
これはもう、身体で覚えるしかないな・・・。
そもそも社交ダンスよりも激しい。ストリートダンスを取り入れただけある。
ええー・・・結構、疲れるんじゃない?
「跳ねるような感じに。こう、こう、こう・・・」
うん。ビートに乗れば楽しそうだ。
身体に刻むしかないな。
「っと、ここまで。あとは繰り返しだから」
なるほど、シンプル形式。繰り返しならそこまで難しくない・・・かな?
「よし、一緒にやろう」
俺も意を決して御子柴君と踊り出す。
御子柴君は同じ動きを隣でしてくれている。
こう、こう、こう・・・あ、間違えた。
くそう、時間は限られてるんだ、本気でやるぞ!
◇
苦節、30分。
どうにか形になった俺。
御子柴君の見様見真似で、まだ相手と踊ってないんだけどね!
「ふぅ、ふぅ・・・ごめん、ちょっと休憩」
「良い感じになったぞ! さすが京極だ」
「ありがと! 助かる」
汗が吹き出る。
うわぁ、熱い・・・汗だくだよ・・・。
地べたに腰を下ろすと、御子柴君も隣に座った。
クラスメイトを眺めてみると、皆、上手に踊っている。
息は切れるけど、フラメンコ的な情熱さも兼ね備えたダンスだ。
上手な奴は手を組むだけじゃなく、相手の腰やらを掴んで踊っている。
ああいうのはレギュラーなのかな。社交ダンスっぽい。
「あの、京極さん。とても上手になりましたよ」
「はは、ありがと花栗さん。付け焼き刃だけど」
「京極! ほら、汗拭けよ」
「ああ。助かる」
どこから用意したのか、御子柴君がタオルを渡してくれる。
顔だけでなく首まわりも少し拭う。
濡れタオルなんて気の利いたものを。気持ちいい。
シャツの下も少し拭っておこう。
礼を言おうと御子柴君を見ると・・・ぼうっと赤い顔をしてこちらを見ていた。
御子柴君の栗毛色の髪も汗で滴っている。イイ男ってね。
あれ? 頑張らせすぎて疲れたか?
「御子柴、ありがとな」
「い、いやいや! 良いもん見れたし、お礼なんて!」
「良いもの?」
「あああ、な、何でも無い! 忘れてくれ!!」
急に立ち上がり、他のクラスメイトたちの方へ踊りに行った御子柴君。
なんか誤魔化してたな・・・どうしたんだろう。
どうして? と花栗さんに視線を送ってみると、花栗さんも顔を紅潮させていた。
俺と視線が合うと、慌てて横にそらしていた。
え? 俺、なんかあった?
「京極さん、覚えられましたか?」
九条さんがやってきた。
他のところで踊っていたようだ。
そういえばクラスメイトから避けられることも少なくなった様子。
こうやって交流するのも問題ないようで良かった!
「うん、何とか。皆のおかげだよ。まだふたりでは踊れないけど」
「そうなのですね! それでは、わたしが手取り足取り、教えて差し上げます!」
「ああ、うん。よろしく」
九条さんがとても張り切っている。
最低限、ふたりでの動きも慣れておきたいのでお願いする。
俺は立ち上がり、九条さんの隣に立った。
「では・・・」
九条さんが身体が密着するくらいに近づく。
ずっと踊っていたのか、汗ばんで息が弾んでいる九条さん。
少し艶めかしい雰囲気が漂っていた。
って、え? こんなに近いの?
「初めてですから、スレイブが京極さんですね」
「スレイブ?」
「わたしが主導側、マスターです。従属側をスレイブと呼びます」
「うん」
「スレイブは先程練習されたステップと、腕組みだけ思い出してください」
「わかった」
曲の流れに合わせ、俺はステップを始めた。
ぐい、と九条さんの腕が俺の腰に回される。
え? これってレギュラーってやつじゃないの?
「レギュラーはシンプルを内包していますから。覚えたとおりに動いてみてください」
「お、おう」
ええと、俺の知っている社交ダンスってのは。
男性側が女性側を支えたり、回転させたりするやつだ。
ソシアルクロスは男女どちらが主導しても良いらしい。
・・・うん、これって?
「はい、アン、ドゥ、トロワ・・・」
腰を支えられ、回転させられ、後ろから抱きつかれ。
えええ、何だこれ!
レギュラーって・・・艶ありすぎだろ!
されるがまま、記憶を総動員して、シンプルとして足と腕を動かす。
慣れたものなのか余裕の表情の九条さんは、顔が目の前に留まるたびににこりと微笑む。
いつもの優しい笑みではなく、悪戯顔の妖艶な表情だ。
とても弄ばれてる気分!
いつも弄ってるから仕返し!?
身体を押し付けて、離して、一緒に駆けて、回って。
九条さんの腕が俺を支えるだけじゃなくて・・・手を滑らして撫で回されてる!?
腰だけじゃなくて背中とか胸とか、組み替えるときにさわさわしてる!
これ、絶対、触ってんだろ!
余裕がないから拒否もできない! されるがまま・・・。
時折、顔が近くなると互いの荒い呼吸を交えて。
うわぁ、なんか呑まれてる・・・!?
え、これ、どんだけ続くの!?
長くない!?
完全に息が上がり、足がもつれはじめ、限界と思った頃に組んだ手が解放された。
「ふふ、お上手でしたよ・・・」
とても楽しかったです、と紅潮した顔に満面の笑みを浮かべて佇む九条さん。
俺は地べたにへたり込んで酸素を求めて呼吸を繰り返す。
うわ・・・く、屈辱感・・・。
また汗が、額や首筋からだらだらと落ちる。
身体がべたついて気持ち悪い・・・。
「きょ、京極さん、大丈夫ですか?」
花栗さんが心配そうに声をかけてくれた。
「はぁ、はぁ・・・だ、だいじょぶ・・・」
何とか返事をする俺。
情けねぇ・・・慣れねぇ動きは負担が大きい。
「これ、使ってください」
花栗さんがこちらへ歩いてきて、乾いたタオルを渡してくれる。
「はぁ、はぁ・・・あ、足。無理しないで。ありがとう」
「いえ・・・おふたりのダンス、良かったですから・・・眼福です」
「はぁ、はぁ・・・え?」
「い、いえ・・・」
何か言われたような気がするが、まだ息が上がってそれどころじゃない。
俺は遠慮なく、髪から顔、首筋の汗を拭う。
少しさっぱりしたのでタオルを返し、両手を後ろ手について空を仰いだ。
キャンプファイヤーの主張から逃れた星がきらきらと輝いているのが見えた。
・・・そういえば、夜空を見上げる機会ってあんまり無かったな。
星座はどうなっているんだろう。リアルと同じなのかな。
しばらくぼーっと、息が整うまで空を眺めていた。
ようやく余裕が出てきたので視線を周囲に戻すと・・・。
ずっと傍で俺を見ていたのか、九条さんと目が合った。
顔を上気させ、艶のある雰囲気で笑みを浮かべていた。
弄ばれたけどさ・・・教えてくれてありがとう、と会釈を返す。
花栗さんも・・・椅子からじっとこちらを見ていた。
同じく会釈するとまた顔を紅潮させて視線を逸していた。
まぁ、なんだ。
何とかダンスを形にできるようになったんじゃなかろうか。
皆のおかげだ、感謝感謝!
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