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 花栗さんは無事に手当を受け軽く足首を固定され松葉杖となった。

 なんでも治療用の注射をしたので動かさなければ明日くらいに治るそうな。

 未来の医療技術、すげぇ!!

 だけれども安静だからと折角の林間学校をひとり休んでいるのは可哀想。

 先生たちもそこはわかっているので飯盒炊爨を見学できるよう、俺たちの班のところに椅子を用意してくれた。



「本当にごめん」


「も、もう、大丈夫ですから・・・」



 御子柴君が謝り花栗さんが宥める。

 何度か繰り返した光景だ。うん、御子柴君。少し反省しなさい。

 でもあれからずっと暗い調子の御子柴君。

 そんなに暗いと皆、暗くなっちゃうよ。


 飯盒炊爨が始まる。

 設備はリアルのキャンプ場と変わらない。

 班ごとに竈がふたつ用意された。

 ひとつは飯盒用、もうひとつは定番のカレー調理用だ。

 配られた道具は着火剤、薪。

 食材は米、たまねぎ、にんじん、じゃがいも、カット済の鶏肉、そしてカレールゥだ。

 火加減を見るため、飯盒組とカレー組に分かれたほうが良いな。


 といっても選択肢はない。

 皆、料理経験が無いのだから俺が野菜切ってカレーを作るしかない。

 まさか誰得のメシマズイベントにしてしまっては食材に申し訳が立たない。

 それ以前に夕食にありつけなくなる。

 一応、先生が多めに作って救済用の調理をしているらしいが・・・。


 そんなわけで飯盒の担当は御子柴君と九条さん。

 作業・御子柴君。マニュアル確認、指示・九条さん。



「先に着火剤と薪を用意してくれ」


「分かった」


「飯盒を準備したら行くから」



 俺も作業に取り掛かる。

 先ずは米を研ぐ。

 水道から出る水が冷たい、気持ち良い。

 触れるとつい飲みたくなるくらいだ。

 何度か研いで飯盒にセットして。

 ・・・椅子に座ってこちらを見ている花栗さんと目が合った。



「京極さん、手際、良いですね」


「ああ・・・まぁ・・・」



 一応、経験有りって言ったからセーフか?

 自動調理機全盛のこの時代にやたら上手ってのも変だからな。

 お茶を濁しておこう。

 用意が終わった飯盒をふたりのところへ持っていく。



「あの、それだとこの写真よりも大きい組み方です」


「だって、よく燃えたほうがいいだろ?」


「待て」



 キャンプファイヤーよろしく、積み上がった薪。

 少し不安げに諫言する九条さん。

 御子柴君、まだ外は明るいからね?



「マニュアル通りにやれ! 最初ちょろちょろって書いてあんだろ!!」


「え・・・本当にこれで大丈夫なのか? ほら、他の班って火が消えてるだろ?」


「あれは着火の仕方の問題だ。風が当たらないように内側でやれば良いんだよ!」


「なるほど・・・」


「火加減を間違えると焦げるからな、米なしカレーになるぞ」


「それは嫌だ」



 大人しくマニュアルの写真どおりに組み替える御子柴君。

 無駄に拡大解釈して頑張るんじゃねぇ。

 九条さん、もっと頑張ってくれ。

 着火と最初の弱火が無事に終わりそうなところまで見守る。

 よし、俺の作業を進めよう。


 調理場にはまな板と包丁、ピーラー、それに深鍋型のフライパンがある。

 このフライパンでそのまま煮込むようだ。

 とりあえず野菜の下拵えからだな。

 にんじんを洗ったところで気付く。

 見ているだけで手持ち無沙汰な花栗さん。

 少しでも参加したほうが気分的にも良いだろう。



「花栗さん、これ」


「え?」


「にんじんの皮むきを頼むよ」


「え、で、でも・・・」


「簡単だから。ほら」



 花栗さんににんじんとピーラーを渡す。

 その両手を持ってにんじんの表面に滑らせる。

 薄く皮がむける。これを何度か繰り返す。



「ほら、こんな感じ。大丈夫だよね」


「は、は、はい・・・」



 ん? あ、しまった!

 つい娘に教えるつもりで手を持ってしまった!

 花栗さん、真っ赤になってるよ・・・セクハラじゃないよね!?

 気まずいのか、花栗さんは皮むきに勤しんでいる。

 ・・・まぁ。

 言及しても仕方ない。さっさと俺の作業を進めよう。


 じゃがいもの皮をむき、一口大にカット。

 これを水に晒している間に、たまねぎの皮をむき、カット。

 皮むきが終わったにんじんを順に受け取り、こちらも一口大にカット。

 じゃがいもの水を切って・・・よし、食材の下拵えはこれで終わりだ。


 こっちの火を点ける前に飯盒組の様子を見に行く。

 嫌な予感しかしねぇからな。



「あの・・・少し強すぎるのでは?」


「だって消えそうになったじゃん。消えるくらいなら強いほうがいいだろ」


「待て」



 こいつ・・・学習しねぇな。

 「中ぱっぱ」の部分だから強火で良いんだけどさ。

 支えてる上の棒まで炎が舞い上がってたら強すぎだろ!

 飯盒ごと燃やす気か!



「強すぎる! これじゃ焦げる!」


「え?」


「マニュアル見ろっての! ほら、飯盒の下あたりに炎が収まるくらいで良いんだ」


「でも、強火と書いてあります・・・」


「強火って、とにかく強くすりゃ良いってわけじゃねぇ!」


「お、おう・・・」


「九条さんも頼むよ」


「は、はい・・・」



 ・・・未経験って怖いね。

 ハイスペック九条さんを以てしてもこの有様なのか。

 都度、見に来なきゃ駄目だこれ。

 俺は強火の後に吹いたら声をかけるよう指示を出し調理場に戻った。



「京極さんは本当に手際が良いですね」



 俺が着火していると花栗さんが声をかけてきた。

 不思議なものを見るように俺の作業を見守っている。

 初めて見るんだろうな。不思議な感じもするだろう。

 自動調理機のせいで、そもそも炎さえ見る機会が無いんじゃねぇか?



「俺は・・・まぁ。親が趣味みたいにやってたから、そのおかげで」



 ごめん、顔も知らぬ親。

 都合の良い設定にさせてもらう。



「そうなんですね。はぁ・・・すごいです」


「大したことじゃない、やれば誰でもできる」


「でも、私はできませんから・・・」


「できる人がやれば良いんだよ。こういうのは」


「・・・」


「友達ってこういうフォローする関係なんだろしさ」


「・・・ふふ」



 その小さな笑いが何なのか気になったが、手が離せないので声だけの応答。

 火加減が終わったらフライパンを置いて炒め始める。

 鶏肉を焼き、油が出てきたらたまねぎを投入。

 透明になってきたら、にんじんとじゃがいもを投入。

 ここで九条さんがやって来た。



「あの、京極さん」


「そっち、吹いた?」


「はい、先程」


「よし行く」



 フライパンで少し炒め、水を張る。

 これで沸騰するまで少し時間ができた。

 急いで飯盒まで行く。

 おい、強火のままにするんじゃねぇ!!



「強い強い!! すぐに弱火にしろ!!」


「ど、どうやって?」


「砂をかけるんだよ」



 俺は焦げる前に砂をかける。

 火は無事に弱火になった。



「おお・・・京極、すげぇな」


「知ってるかどうかだ、こんなもん。勉強より楽だぞ」


「いえ・・・その素晴らしい手際、感動します」



 やたらヨイショされんな、まだ無事に完成してねぇのに。

 カレーの面倒があるので戻らねば。



「この強さで15分保ってくれ」


「おう、分かった」


「いいか、火を強くするなよ? 焦げる」


「はい、分かりました」



 なんか指示がフリになってるんじゃないかと思い始めた。

 米よ、無事に試練を乗り越えてくれ。


 調理場に戻るとフライパンがちょうど沸騰してきていた。

 危ねぇ、掛け持ちは油断できねぇぞ。

 鍋に浮いた灰汁を取る。

 ぐつぐつと煮えて良い感じになってくる。

 よし、そろそろルゥの投入だ。



「これでルゥを入れるんですね」


「そう。味付けは全部ルゥだからな」



 食材袋からルゥを取り出すと・・・何だこれ。

 リアルでいうお菓子のゼリーが入っているような容器に、ルゥっぽいゼリーが入っている。

 ルゥ・・・だよね、これ?

 しまった、最初に確認しておけば良かった。

 慌ててマニュアルを開く。

 ルゥの手順・・・あった。

 「具材が煮えたらルゥを中に入れます」

 良かったよ・・・リアルのルゥと同じ扱いだ。


 確認をしたのでゼリー容器を開封。

 あ、すんごい濃厚な良い香り。専門店のカレーみたい。

 これが・・・未来仕様!!

 迷わず鍋に投入。固形ルゥだと火を止めるけど・・・これはそういう指示がない。

 あ、すぐに溶けた。鍋全体からカレーの香りが漂う。



「良い匂いです」


「もうすぐ完成だよ」



 うん、この段階で食欲をそそるよね。

 ルゥを全体に馴染ませる。

 最後に少しだけ煮込む・・・弱火にしておいて。



「あとは飯盒が完成したら終わりだ。行ってくる」


「お願いします」



 さて。飯盒は・・・。



「あの。また強いのでは・・・」


「でも消えそうだったろ? 消すより良いじゃないか」


「待てぇ! 焦げる!!」



 飯盒が炎に包まれている・・・!!

 弱火じゃねぇだろ、これ!!

 俺は慌てて砂をかけて火を消した。

 あ~あ、飯盒全体が黒く煤だらけじゃねぇか・・・。

 中身は大丈夫なのか・・・。

 これが蒸らし前の強火だと思うことにしよう・・・。



「・・・これで終わり。もう絶対に火は点けんなよ!?」


「お、おう」


「蒸らしだから、見たくなっても蓋を開けちゃいかん」


「は、はい」


「10分間だからな。いいか、絶対に触るなよ!?」



 ・・・不安すぎる。

 いや、もう何もやることがないはずだから大丈夫なはず。

 現段階で中身がどうなっているのか・・・。

 無事を祈るしかねぇ。


 カレーの火を止めに戻る。

 花栗さんが様子を見ていてくれた。



「京極さん。完成だと思います」


「うん、そうだね。無事にカレーになった」



 完成、カレー。



「あ、完成してますね! 美味しそうです!」


「本当だ! 凄い!!」



 手持ち無沙汰になったのか、ふたりもやって来た。

 待たせるより何かさせたほうが良いか・・・。

 俺は配られた皿にカレーを少しずつ入れてそれぞれに渡す。



「味の調整はできねぇけど、味見だ」



 それぞれ、皿を受け取り嬉しそうに口に運ぶ。



「美味しい!」


「辛いけど美味しいです!」


「うまい!」



 だよな、自分で苦労(?)した分だけ美味しくなる。

 味付けはルゥ様々だから、俺は火を通しただけ。

 このへんはアウトドア・マジックだ。


 そして不安な飯盒。

 俺は蒸らしの終わった飯盒の蓋を開けた。

 むわっと米が炊けた匂いが漂う。

 同時に少し焦げた臭いも・・・。

 恐る恐る混ぜてみると、下の方が焦げていた。

 ああ・・・だよね。よくこれだけの焦げで済んだね・・・。

 たぶん水分が抜けて硬い箇所もあるけど、8割は無事だ。


 飯盒を調理場に運び、皆の皿に白米とカレーを盛り付ける。

 わくわくした表情で待機する3人。

 そのワクテカ輝く表情を見て、まだ子供なんだなぁと嬉しくなる。

 やばい・・・完全に四十路思考だ、これ。

 やっぱり俺はこの視点が抜けないんだな。

 ともあれ、皆で食事開始だ。



「「「「いただきます」」」」


「うまいうまい!」


「ああ、美味しいです! お代わりしたい!」


「本当に美味しいです。京極さんのおかげです」



 感想が美味しいしか出てこないくらいうまいのか、良かった。

 周囲の班を見ると救済案件になっているものが多い。

 羨望の眼差しを受けながら食べる飯は美味い!

 苦労した甲斐があったぜ・・・登山事故から休んだ気がしなかったからな!

 これでようやく一息つける。



「あ、うまい」



 拝啓、未来のカレールゥ様。

 アウトドア補正を抜かしても、俺を労ってくれるくらいの味わいでした。

 ありがとうございます。


 3人も楽しげに感想を口にしている。

 ・・・この面子同士で思ったよりも打ち解けている。

 苦し紛れの友達作戦、良かったんじゃない?





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