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016

 橘先輩に散々引っ張り回されて、その度に膝枕で休憩。

 傍目には役得なのかもしれないけど、橘先輩ハツラツ、俺デロデロ。

 身体が若いせいか、娘の楓と行った絶叫マシンのテーマパークの時より休憩は短くて済んだ。

 精神はガリガリ削られたけどな!

 絶叫マシン恐怖症になりそうだぜ!


 並び時間が少なくやたらアトラクションに乗れた。

 不思議に思って聞いてみたら橘先輩の端末で搭乗予約しているらしい。

 俺はテクスタントしか知らなかったけど橘先輩の腕時計がスマホ的なホログラムデバイスになっていた。

 すげぇぜ未来。橘先輩もいつの間にやってたんだ。

 というか今まで必要なかったから考えなかったけど当然スマホ的なデバイスあるよね。

 

 長い長い時間が過ぎ去ったような気がしたがようやくお昼の時間になった。

 待ち時間が少ないから時間感覚もおかしい。

 ようやく休憩だ・・・拷問されてる気分だよ・・・。



「あー楽しかった! ね、お昼、何食べたい?」


「正直、何も食べたくねぇ・・・リバースする未来が見える・・・」


「もう、武君、ほんと弱いんだから! 仕方ない、もうちょっと休憩しよ」



 引っ張られて行ったところは屋内の休憩所。

 例により予約をすれば自由に使える場所のようで映画館のカップルシートのような個室に入った。



「ふふ、無理させたね。しばらく休んでいいから」


「ごめん、香さん。ちょっとだけ寝れば治ると思うから・・・」



 再び膝枕。相変わらず役得を感じる余裕もねぇ。

 横になって少ししたら隣の部屋に「良かった空いてる!」とバタバタ誰かが入っていく音が聞こえた。

 個室といっても防音はしてないんだな、変な行為とかさせないためだろう。

 変な会話をしないよう気をつけないと・・・。



 ◇



 澱んでいた思考がスッキリして覚醒する。

 目を開けたら目の前に橘先輩の顔があった。

 否応なしに目が合う。



「ん、橘先輩・・・」


「減点8ね?」



 無理だって、急に変えるの。

 それに怒っている様子はなく、穏やかな笑みを浮かべている。



「香さん。ごめん、ずっと寝てた?」


「30分くらい?」



 良かった、思ったほどは寝てなかった。

 お昼の時間帯をぶっちするところだった。



「うー、情けねぇ。こんなに苦手だったって」


「あはは、大丈夫大丈夫。ずっと武君の寝顔を見られたから。役得役得~♪」


「ええー・・・それって男の台詞じゃ?」


「ん? 女も普通に使うよ?」



 んん? 常識のすれ違いの予感。

 なんだかすっと頭を撫でられている。

 人に撫でられるのは気持ちいい。

 そいや膝枕だったな。

 ジーンズ越しでも腿の柔らかさと温かさを感じる。

 このまま流されてしまいそうな予感がする。

 俺の目に気力が戻ってきたのを察した橘先輩は俺の頭を軽く押さえた。



「橘先輩?」


「減点9。ほら、もう後がないぞ」



 やっべ。

 流されついでに既成事実作られそうだ。

 起き上がろうとしたら頭を押さえられたままだったので動けなかった。



「・・・今は、このまま・・・」



 愛おしそうな表情を見せる。

 う・・・。


 ・・・この状況。

 マウント取られてるどころじゃねぇよ。ヤバい。

 いやね、橘先輩は魅力的だよ?

 何のしがらみもなけりゃ、このまま流されたい。

 けどラリクエ中なんだ、俺は。

 橘先輩との絡みが九条さんにどう影響するか分からねぇ。

 って迷ってたら顔が近づいてきた!

 目ぇ閉じてるよ! ぷっくりとした唇が・・・!


 ふっと、俺の額に柔らかいものが触れた。

 これは、うん。セーフ?

 大人しくしてると橘先輩の顔が離れた。

 額が熱い。

 きっと俺の顔も赤い。

 橘先輩の顔も少し赤みを帯びていた。


 がこん、と隣のブースで人が動く音がした。

 ずっと静かだったので咎められたような気持ちになる。

 びっくりした俺は慌てて起き上がった。



「っと! よし、香さん! 飯、食べに行こうぜ」


「ふふ。行きましょ」



 立ち上がった俺に、先輩は大人しくエスコートされてくれた。



 ◇



 お昼ごはんは中央にあるフードコートでパスタを食べた。

 俺が和食以外が良いと言ったところ、このチョイスとなった。

 九条さんと被った気がしたが仕方ない。

 俺の中で「女の子とデートでお昼=イタリアン」という式が出来上がっているせいだ。

 だってよ、他の選択肢って無理だろ?

 初めての相手と最初から和食とか、丼ものとか、ステーキとか、寿司とか、ラーメンとか。

 ハードル高すぎ。

 自然とパスタやピザに落ち着く。

 ・・・どうせ俺はデート慣れしてねぇよ!

 雪子が喜んでくれればそれで十分だったんだよ!


 ともあれ橘先輩は満足してくれたようで終始にこにこしていた。

 こう笑っている姿を見ると橘先輩、美人なんだよな・・・。

 今はJCだけあって体つきも子供。

 3年後くらいに出直してくれたらきっと俺は落ちる。

 そういった意味では桜坂中学のうちは流されない自信があるのだ。

 まぁ・・・シチュエーションには流されてるんだけども。

 既成事実だけ気を付けよう。


 午後のアトラクションに絶叫マシンのチョイスはなかった。

 リバースを警戒した橘先輩の心遣いなのかもしれない。

 お化け屋敷とか探検ものとか。

 夏らしくウォータースライダーとか水を被るものもあった。

 そういった定番で無難なものは素直に楽しめた。

 もちろん未来仕様で度肝を抜かれたのだけれど。



 ◇



「はー! 満足満足!!」



 出店で買った飲み物をストローで飲みながらふたりでベンチに座る。

 そろそろ日も傾いてきて帰るべき時間が近付いてきた。



「香さんタフだよ・・・。俺、もう疲れた」


「もう! 武君、若いんだからおとーさんみたいなこと言わない!」



 ごめんなさい、おとーさんです。



「中学3年分、遊び倒してやるつもりで来たから」


「ん・・・ずっと部活だったから?」


「あはは、そうそう。日本大会が終わったらあとは全力で受験勉強かな~」



 橘先輩は少し橙に染まってきた空を見上げる。

 色々なことをやりきったぞ、という満足げな顔だ。

 俺が知らない2年間も橘先輩は部活に全力疾走していたのだろう。

 本当に尊敬する。

 これも橘先輩が大好きな先輩への想いが為せる技なのか。

 ・・・そうだ、先輩の先輩。

 橘先輩の先輩との約束はどうなったんだろう。


 ふとした疑問が口を突きそうになったところで思い留まる。

 あまりにも無粋だろ、デート中に他の人の話なんて。百合だけど。

 少しだけ悶々としてしまったそのときだった。



「--、良いじゃん。ひとりなんでしょ? 一緒に遊ぼうよ」


「やめてください、結構です」


「えー、こんなとこでひとりなんて寂しいじゃん。あたしたち、一緒にいてあげるからさ」


「ですから・・・」



 その不穏なやり取りは遠くから聞こえてきた。

 橘先輩は空を見上げたまま。きっと聞こえていない。

 こういうのは止める一択だろ、と思うんだが・・・声が全員、女なんだよね。

 女が女を誘ってるのか。やっぱ貞操感が崩壊しそう。


 いやいやいや! そこじゃない。

 問題は無理やりだってところなんだ。

 男女が逆だろうと何だろうと、止めるものは止めるぞ。



「ごめん、橘先輩。ちょっと待ってて」


「え、ちょっと・・・!?」



 俺が急に立ち上がって行くものだから、橘先輩は反応できなかった。

 そのまま待っていてくれればいい。

 その声が聞こえた方に行く。

 なるほど、ふたり組の高校生くらいのギャルが深々と白いクロッシェ帽を被った色白の子を囲っていた。

 囲われている女の子の身長はそんなに高くない。中学生だな。



「ほら、遠慮しないでさ。遊ぼ?」


「きゃっ! やめ・・・」



 うん、無理やりだよね。

 係員の人やお店の人の目が届かない位置で誘っているのも狡賢い感じ。



「ねえ、お姉さん。嫌がってんじゃん」



 ちょっとぶっきら棒な調子で俺は声をかける。



「やめ・・・え!?」


「なに~? あ~、君が代わりに遊んでくれんの?」


「皆で一緒に遊べば良くね? ほら、君もおいでよ~」



 女の子は手を掴まれたまま。抵抗していたけど俺に気を取られて動きが止まった。

 ギャルは聞く耳持たない感じか。

 なら、強硬手段しかないな。



「ほら、こっち!」


「え!? きゃっ!」



 急に飛び出し、ギャルが掴んでいる手を俺の体当たりで無理やり引き離す。

 そのまま女の子の手を取って走り出す。



「ちょ、なにすんの!」


「待ってよぉ~」



 ギャルは不満げな声を出していたが、悪いことをしている自覚があるのか追ってこない。

 しばらく女の子の手を引いて走り続ける。

 無我夢中で走って、中央広場の噴水近くまで来た。

 ここなら人目が多いから大丈夫だろ。

 ずっと引っ張っていた女の子の手を離し、その顔を見た。



「あの・・・」


「え!?」



 いつの間にか帽子が取れていた。

 まぁ、それは走ったから仕方ない。

 問題は引っ張った人。九条さんじゃん!!



「えっと・・・その。九条さん?」


「きょ、京極さん! これは、その・・・」



 ナニコレ。

 あれか、恋敵(ライバル)が先駆けたのが気になって見に来ちゃったってやつか。

 ・・・。

 けっこう酷いシチュエーションでお友達宣言したつもりだったんだけどな。

 思ったより逞しい?



「・・・武君」



 後ろから、穏やかならぬ声が聞こえる。

 うん、分かってるよ。ある意味、テンプレだ。

 振り返れば、にこにこ顔で腰に手をあてて佇んでいる橘先輩がいる。

 笑顔だよ!!

 こ、怖えぇぇぇ!!



「減点10。ペナルティよ」


「・・・ハイ」



 さっき先輩って言ったやつか。緊急事態だったんですけどね!

 冷や汗って、こういう時に出るんだね!

 勉強になります!



「あの、橘先輩! 京極さんはわたしを助けるために動いてくれたのです! ペナルティなんて」


「ふうん? 人のデートをつけて邪魔しようとする泥棒猫ちゃんの手助けを許せと?」


「ちょ、ちょっと。ふたりとも」


「京極さんは黙っててください」


「武くんは黙って」


「あ、ハイ」



 ◇



 結局、俺は蚊帳の外に置かれたまま、俺の聞こえないところでふたりの講和会議が行われた。

 ・・・なんで人助けをしたら俺が針筵になってんのさ。

 理不尽だ・・・。


 待つこと10分。何かしらの協定が結ばれたらしい。

 橘先輩が笑顔で、九条さんが悔しそうな顔で、こちらにやって来た。

 まぁ・・・そうなるよね。

 どう考えても九条さんが不利だ。



「武君。九条をひとりにすると危ないから、人目があるところで待ってもらって一緒に帰ることになりました」


「・・・」



 九条さんは全体的にグレーの服装で目立たない格好だけど、帽子を落としてしまったので銀髪が剥き出しだ。

 端正な顔つきもあり色白なのも加わってとても目立つ。

 既に時間も遅くなってきている。

 また良からぬ人から声をかけられる可能性を考えれば妥当な判断だ。


 でもまぁ唇を噛んで俯いてるその姿を見ると、何故か罪悪感を感じる。

 うん・・・そりゃね。悔しいだろうね。

 ごめんね、今は助け舟も出せそうにないよ。

 なるべく早く迎えに来るしかなさそうだ。



「香さん。待ってもらって何をすんの?」


「あれに乗ったら終わり♪」



 勝ち誇った笑顔で誘われた。

 あれとは観覧車だ。

 これならまぁ・・・1回転だけ待てば良いから15分くらいだろ。

 よし、早く乗ろう。



「それで最後な。香さん、乗ろう」


「うん♪」



 ここでこれ見よがしに腕くんでくるなんて・・・。

 露骨だよ橘先輩ェ・・・。

 九条さんの悔しそうな顔を見ちゃいられん。

 さっさと乗って、帰ろう。



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