015
前期末試験は容赦なく生徒たちを襲った。
答案返却があると、やった、わぁっ、ちくしょう、と一喜一憂が繰り返された。
そしてその結果が学年別に廊下に張り出された。
上位20人の名前がそこに晒されるのだ。
張り出された直後は人が多いので行かない。
放課後になり、皆が部活に行ったころに、こっそり見に行った。
誰もいないかなと思ったら、数人がうろついている。
そりゃね、ゼロにはならねぇよな。
と、見知った顔と目が合った。
「よう、京極!」
「御子柴じゃないか。元気か?」
オリエンテーリングで一緒になった御子柴君。
相変わらず見ていて気持ちが良い爽やかイケメンだ。
「さすがだよな! あのオリエンテーリングの実力も納得だ!」
「はは、俺は勉強しかしてねぇからな」
「おっし、俺は部活もやって勉強でも追いついてみせるぜ!」
「おー、頑張れよ」
イケメン君は発言もイケメンだった。
颯爽と去っていく。気持ち良いやつだ。
気付けば誰も居なくなっていた。
どれ、俺の順位は・・・
前期試験 順位
1位 九条 さくら 485点
2位 京極 武 472点
・・・
よっし! よく頑張ったよ俺!
青春のすべてを勉強に捧げてるだけあった!
つか、九条さん、あんだけ部活やってて1位!?
さすがだよ、高天原宣言・・・基本スペックが違うぜ。
モブ以下の俺が全力で努力してようやく届くレベルなのか・・・。
こりゃ高天原に入学できたとしても相当に頑張らないと主人公連中と一緒に行動できないぞ。
自分の結果に頑張ったなとひとり自分を慰めていると隣に誰か立った。
「さすがですね、京極さん」
凛とした声は九条さんだった。
弓道部の問題を抱えていた頃の陰のある表情は全く無い。
すっきりとした堂々としたその雰囲気が彼女の成長を物語っていた。
「九条さんも。よく部活しながらこれだけ勉強できたね」
「ふふ、京極さんのおかげですよ。憂いが無ければ前に走るだけですから」
うわ、なに、カッコイイ台詞!
その笑顔も反則です。
「そういえば試験後の最初のお休み、今週末ですね」
「・・・うん。約束だし」
橘先輩と約束のデートの日の話だ。
九条さんも結果には納得していた様子だがやはり気になる様子。
わざわざこうして話題に出すくらいには。
「京極さんは・・・その、橘先輩のことは・・・?」
「え!? ・・・それって言わなきゃ駄目?」
「え、あっ!? ご、ごめんなさい・・・」
つい口に出てしまったようで、照れとも違う複雑な表情を浮かべていた。
「その、なんだ。九条さんは友達だよ?」
敢えて。
そう、敢えて、この最悪のタイミングで、俺はこの残酷な言葉を口にした。
九条さんが顔を背け、そのまま無言で立ち去ってしまうくらいにNGワードだったことは間違いない。
◇
あの試合の翌日。
リア研を部活終了の17時までやって、終わったら直ぐに弓道場へ向かった。
案の定、橘先輩がひとりで片付けをしていた。
「橘先輩、お疲れ様です」
「京極君。お疲れ様」
大会の熱が冷めやらぬ弓道部。
3年生の組が日本大会へ勝ち進んだのだから、まだまだこれから忙しいのだろう。
「その、大会。おめでとうございます」
「ありがと。ふふ、貴方に言われると嬉しい」
片付けが一通り終わり、道衣のまま先輩が俺の前に立った。
「試合を見て分かりました。1年生・・・九条さんも先輩の思惑どおり成長しましたね」
「ええ、本当に良かった・・・これで私が居なくなった後も任せられる」
橘先輩は並んだ的を見やり、語り始めた。
「本当はね、今の2年生に任せて受験勉強に勤しみたかったの」
「え?」
あれだけの結果を残した橘先輩だ。
弓道が大好きだと言っていたのにその言葉は意外だった。
「私、後輩の指導が下手だったみたい。2年生の間はずっと空回りしててね、自分の練習で精一杯だった」
「うん」
「今の2年生の才能を引き出せていれば私は自分の練習に打ち込めたし、もう引退もしていたと思う」
「あれだけ頑張れたじゃないですか」
「前に話したとおりね、私はこの部活が大好き。だから、後輩にも大好きになって欲しい」
空を仰いで先輩は言葉を紡ぐ。
「でも2年生たちはそこまで好きになってくれなかった。チームを作り上げられなかったの」
悔しそうな、それでも昔話を話すような口調だ。
「だから私は引退せず続けた。幸い、私と一緒に頑張ってくれる友達がいたから」
あの団体戦で組んだふたりのことだ。
「3年になって、九条の世代が入ってきて。才能の差ってものを見せつけられたわ」
「・・・うん」
九条さんの才能。そう、天賦の才があると思う。
そしてその才能を余すこと無く発揮するための努力でさえ、欠かさない。
「嫉妬よ。だから九条には厳しく当たったの」
それが一連の真相。
けれど、その厳しさを九条さんは努力を重ねて打ち破り結果を示した。
「そんな逆境も、彼女にとってはひとつの糧にしかならない。もう、物語の主人公かって思っちゃうくらいに」
「・・・」
そう、主人公なんですよ。反則級です。
「でも私、一矢報いたから。・・・頑張ったよね、私」
「うん。先輩・・・頑張りすぎだ」
モブ以下の俺は全力で努力をして、試験結果が九条さんに一歩、及ばなかった。
橘先輩は一歩、リードしたのだ。
ずっと憎まれ役を買っていた、橘先輩のこの努力を誰が認めてあげられるというのか。
「後輩に、バトン、渡せたよ・・・ね」
その長い睫を湛えた吊り上がった目を潤ませて。
「頑張った、の・・・ううっ・・・うわぁぁぁ・・・」
顔を伏せた橘先輩の頭を胸で受け止める。
橘先輩は暫く体を震わせ、そして大きな声を出して叫んだ。
俺はその人知れず孤独と闘った努力の結果を・・・。
柔らかい黒い髪を撫ぜることで認めてあげることしかできなかった。
◇
あの後、落ち着いた橘先輩とぽつりぽつりと話をして。
デートの日時の約束をして、それだけで解散。
お互いに気恥ずかしかったからだろう。
試験が終わった後の最初の日曜日。
その日なら日本大会の手前で、まだ余裕があるからだそうだ。
憑き物が落ちたように、はにかみながら輝く笑顔を見せる先輩。
俺は何度もどきりとさせられた。
相手はJCだぞ、絆されてんじゃねぇ、俺!
◇
そしてデート当日。
待ち合わせは駅前広場の噴水前という、典型的なデートスポットを指定された。
10時待ち合わせで、俺が到着したのは9時50分。
寮から徒歩20分の位置だから遅れる要素もない。
が、当然のように橘先輩が待っていた。
いつものポニーテールに薄く化粧をして。
ベージュのスニーカーにデニムパンツにオレンジのシャツ。
新鮮な私服姿はまるで雑誌の見開きのようだ。
「橘先輩、お待たせしました」
「待ってない。まだ時間前よ」
相変わらず凛とした佇まいの橘先輩。
でも鋭い目つきが穏やかな雰囲気に変わっていた。
「良い感じにオシャレですね。普段は動きやすい格好なんですか?」
「部活が和装だから。スニーカーにパンツが多いの」
なるほど、と納得したところで先輩が先導して歩き出す。
「今日はどこへ?」
「ふふ、着いてからのお楽しみ」
そのまま駅に入り、ホームで電車を待つ。
ちなみに駅の改札も例のカードで通過できる。
ゲートを潜れば勝手に精算されるのでかざす必要もない。
「あ、そうだ!」
「どうしました?」
「今日はふたつ、お願いを聞いてくれる?」
「できることなら」
何だかまた悪戯するような笑みを浮かべている。
上目遣い・・・ちょっと距離が近いぶん緊張してしまう。
「ひとつ目は呼び方。私のことは先輩じゃなくて香って呼んで?」
「え・・・か、香さん」
ごとん、と遠くの方でバッグを落とす音が聞こえた。
誰かが手を滑らせたようだ。
俺はドギマギしていたので、橘先輩の注意を逸らせたようで良かった。
「・・・うん、それで良い。私も武君って呼ぶから」
・・・完全に恋人モードですね。
「できること」なので頷くしかない。
「もうひとつ。丁寧語も無し! 九条と同じ感じで話してよ」
「えええ、それは・・・先輩だし・・・」
「はい、減点1~!」
「わ、分かったよ。だけど学校で間違えても知らねぇぞ」
「うん、よろしい。私は間違えてくれて構わないから」
えええ・・・。
なんか外堀をすごい勢いで埋められてる気分なんだが。
橘先輩、策士過ぎるからなぁ・・・。
俺たちは30分くらい電車に揺られ、大きなテーマパーク、ディスティニーランドのある海浦駅に到着した。
海浦駅はディスティニーランドのためだけに作られているので、駅の出口が入園口となっている。
つまりは1日、ここで過ごすということだろう。
「うっわー、久しぶり! ここ、小学生以来なんだぁ!」
「俺は初めてですよ・・・あ」
「はい、減点2~! 減点10までいったら、ペナルティね!」
「た・・・香さん、厳しいぜ・・・」
「ふふ。それじゃ、張り切って行くよ!」
戸惑う俺の手を引っ張って、橘先輩は嬉しそうにディスティニーランドに入っていく。
学生はこういうところ大好きだからな。
今日は1日、エスコートされよう。
・・・男がエスコートされて良いのかな・・・?
そう思っていたらまた後ろのほうでごとん、という音が聞こえた。
橘先輩に引っ張られていたので振り向くことはできなかった。
最初のアトラクションは定番のジェットコースター。
問題は・・・未来は俺が知っているジェットコースターじゃなかったことだ。
何せ自動車が空を飛んでる時代だぜ?
ジェットコースターがレールの上を走る道理が無い。
つまり・・・
「きゃああぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああああぁぁぁぁーーーー!!」
コースターの座席でやたらがっちり固定された時点で嫌な予感がしたのだ。
まず加速がおかしい。
リアルにあった富士山の麓にある某絶叫テーマパークの超加速なんて目じゃない。
一瞬で仰角45度の坂を登りきると・・・コースターは宙に飛び上がる!
そのまま空中で定められたコースを飛び回るのだけれども・・・
上下左右、急旋回。なんでもござれだ。
平衡感覚を全力で壊しに来てるよね!?
この時代の絶叫マシン、レベル高すぎでしょ!?
「きゃははははははは!!!」
「ぎゃあああああぁぁぁーーーおうちかえるぅぅぅぅぅーーー!!」
橘先輩、ノリノリ。俺、デロデロ。
数分間のアトラクションが数時間に思えた・・・。
やばい吐きそう・・・。
もう既に一生分の絶叫マシン乗ったよ・・・お腹いっぱいだよ・・・。
「あー楽しかった! ・・・武君、大丈夫?」
「駄目・・・おうちかえる・・・」
「あーもう! 情けないなぁ」
「最初に・・・うっぷ・・・平衡感覚破壊するやつを選ぶんじゃねぇ・・・」
「あはは! これが良いんじゃん!」
そう言いながらも、近くにあったベンチでデロデロになった俺を寝かせてくれる。
さり気なく膝枕してくれてるけど・・・それどころじゃねぇ。
「なんだー、弱いなら弱いって言ってくれれば良いのに」
「人生、初の・・・絶叫マシン・・・」
「えー? ジェットコースターくらいどこにでもあるじゃん。絶叫マシンってああいうのを言うんだよ」
先輩が指差す先には、バンジージャンプ真っ青の装置があった。
命綱のロープを体に巻き付け、飛び込み台のような棒の先に吊るされると、その棒自体が空中を舞うのだ。
オーケストラの指揮棒よろしく動き回る棒。
当然、ロープに吊るされている人はあちこちに振られて空中を飛び回る。
・・・もう止めてあげて。あの振られてる人のHPは0よ・・・
「ほら、あれに比べればジェットコースターなんて全然でしょ?」
「・・・」
「ね、ちょっとは元気出た? 次行くよ!」
「ちょ、待って待って」
「駄目~! 時間、もったいないじゃん!」
俺の頭をぺしりと叩くと、橘先輩は再び手を引いて次のアトラクションへずんずんと進んでいく。
この日、俺はラリクエの中で一生分の絶叫マシンを体験した。
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