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014

 俺はあの謎の物体を食べたことで上昇したAR値の経過を期待しながら観察した。

 初日に1あった値は、2日目に0.4、3日目に0.1、4日目にゼロとなった。

 先輩曰く、食べたモノに含まれていた魔力が身体を循環している間だけ値が上がったのではということらしい。

 うーん、ドーピングすれば値を上げられるってこと?

 でもあのメシマズ殺人料理・・・じゃなかった、あの物体を食べるには相当な覚悟が必要だ。

 それを30まで上げるために1度に食べると、たぶん、きっと、いや、確実に死ぬ。

 それに身体に定着しないのなら、継続的に摂取する必要がある。

 入学するときだけ30あったのに後で測ったらゼロでした、なんて詐欺をするわけにもいかない。

 第一に、そんなことをしたら俺が魔物に殺されちまう。

 結果として意味がないからこの方法は駄目だ。

 もしかしたら食べ続ければ少しは身体に蓄積するかもしれない。

 けれど先輩に聞いてみたらアレを用意するのはなかなか難しいそうだ。

 そもそもそんな難しいもん、どうやって入手したんだよ先輩・・・。

 とにかくこの方法ではNGだという結論に至った。

 それもまた一歩だと思うことにする。



 ◇



 夏休みの終わり。

 弓道部の合宿を終えた九条さんと話をしたら、随分と楽しげで明るい調子だった。

 「自信あります。絶対、大会を見に来てください」と釘を刺されたくらいだ。

 それを見てラリクエに登場するあのヒロインとしての九条 さくらを連想した。

 やっぱり弓道部イベントが過去の試練だったんだな。

 解決したようで良かった!


 夏の間、俺は相変わらず勉強と身体作りに精を出していた。

 なんか真面目要素しかねぇ。

 学生らしい青春要素全くなし。

 だってスポーツするなら普通は部活だろ?

 なのに朝に走って筋トレするだけだ。ひとり朝練。

 スポ根要素ゼロじゃん。

 しかも勉強もヒロインと図書館で~、とかあったら良かったんだけど、九条さんはほとんど不在だったし。

 駄目先輩と計10時間ほど世界語やったくらいだ。

 いや、先輩ほんと個人指導に感謝してます、ありがとうございます!


 攻略ノートの復習をしたり、忘れていて思い出した事項を書き足したり。

 最終目的に向かって走り出せる準備をしているのだから、一歩一歩を馬鹿にするなと自分に言い聞かせる。

 そうだ、雪子や剛、楓に会うんだ。

 このラリクエの世界も好きだけどさ、リアルも大事なんだ。

 「私とゲーム、どっちが好きなの!?」

 なんてパートナーに泣かれたら、誰でもパートナーを選ぶだろ?

 でも今はその状況が逆転している。

 例えば九条さんにそれっぽいことを言われ、雪子と選べと言われたら・・・。

 雪子が好きだって選べるのか?

 今、ここに居る俺がリアルなんじゃないのか?

 雪子がVRなんじゃないのか?

 そういうことを考え出すと悶々としてしまう。

 だから俺は考えるのを止めた。

 魔王を倒すという目的を達成してから考えようと決めた。

 目処が立つまでは、少なくとも主人公たちと恋仲にならないように。

 でないと矛盾を抱えたまま進めなくなってしまいそうだから。



 ◇



 そして始まった夏休み明けの授業。

 桜坂中学は2期制なので、前期の試験が間もなく実施される。

 そのため9月中は試験対策の勉強でみんなピリピリしている。

 俺は勉強漬けで過ごしているから平常運転。試験対策なぞする必要もなし。

 「試験勉強なんて普段の勉強の延長なんだから」って台詞、素で言えちゃう。

 うわ、俺! カッコイイ!

 でも言う相手が居ないんだけどね! ぼっち万歳!


 弓道部の大会はそんな試験間近の日曜日に行われる。

 他の学校は3学期制が多いので、うちみたいに2学期制の学校よりも余裕がある。

 それでも強豪と言われるらしい桜坂中学。 

 九条さんとも橘先輩とも(一方的にさせられた)約束があるので見に行かない選択肢はない。

 そんなわけで俺は今、州大会の行われる武道館まで足を運んでいた。

 

 あちこちで並んで的前をする選手たち。

 連続で当たれば拍手が起こり、全部外せば「残念」という言葉が飛び交う。

 弓道は詳しくないけど、とにかく的へ中てれば良いということは分かる。

 打つ前の水を打ったような静けさと緊張感が面白い。

 彼ら彼女らの普段の成果に、一喜一憂する姿は青春だなぁと涙無しには見学できない。

 と、中学1年男子がひとりで観客席で涙ぐんでいる姿は奇異の光景なのか。

 気付けば周りの人たちがちらちらと此方を見ている。

 急に恥ずかしくなった俺は、桜坂中学の予選が行われる場所へ移動した。


 そこには見慣れた道衣の弓道部員が並んでいた。

 順に的前を行って拍手が起きる。

 桜坂中学の手番で「残念」という言葉を聞くことはなかった。

 団体戦、個人戦ともに試合表を見れば、順当に勝ち上がっており本戦への出場が決定したようだ。

 


「すげぇ、よくやった!」



 周囲の歓声に合わせ、俺も思わず声をあげる。

 九条さんのお友達になっているふたりも一緒になって抱き合って喜んでいた。

 橘先輩が俺の存在に気付いたのか、ちらりと此方を見て手を振ってくれた。

 俺もそれに手を振り返す。

 橘先輩のその行為に周囲が驚いて此方を見る。

 素知らぬ顔でやり過ごそうと思ったら、九条さんと目が合った。

 九条さんも負けじと手を振ってくれた。

 俺は会釈で返事をした。

 うん。頑張ってるね。

 この後に起こるであろう修羅場を想像すると胃が痛くなりそうだけど!


 団体戦の決勝トーナメントが開始された。

 桜坂中学の出場は2組あった。

 ひとつは橘先輩の率いる3年生の組。

 もうひとつは九条さんの率いる1年生の組。

 他の組は予選落ちになってしまったらしい。

 でも同じ学校から2組も決勝に上がること自体が素晴らしいわけで。


 決勝トーナメントはかなり盛り上がった。

 全員が全部、的中してしまうと主将同士の射詰めと呼ばれるサドンデスになる。

 先に外したほうが負け、という試合だ。

 それさえも橘先輩、九条さんともに隙を見せることなく勝ち進んだ。

 そしてとうとう準決勝で同じ高校同士、対決となった。


 3年生の的前は危なげなくすべて的中していく。

 場の緊張に押されたのか、1年生のふたり目で1本、矢が外れてしまった。

 どよどよっ! と場に衝撃が走る。

 外してしまった子に、九条さんともう一人が肩を抱いて励ましの言葉をかけている。

 そして主将同士の射ち合いとなる。

 橘先輩も九条さんも、そういった空気に負されず危なげなく的中させた。

 そして3年生が勝ち進んで決勝戦へ臨んだ。

 九条さんたちは悔しそうに話をしていたが、3位決定戦があるので気を取り直して臨んでいた。

 最終的に3年生の組が優勝、1年生は3位という結果に収まった。

 皆、肩を抱き合って喜び合っている。

 うんうん良いね! 青春だね!

 俺もそっちで青春したかったよ! 弓道部に入れば良かった!



 ◇



 ともかくこれで、1年生は団体戦の結果を出した。

 晴れて部活内での待遇改善が行われるのだろう。

 九条さんたちが掴み取った結果だ、大したもんだ。

 感慨に耽っていると、橘先輩、九条さんともに、また俺に笑顔を向けた。

 俺も笑顔で返す。

 知っている人が頑張って結果を残したんだ、素直に嬉しい。


 そして別の場所で順に行われていた個人戦も決勝トーナメントが行われる。

 トーナメント図を見ると・・・桜坂中学での出場者は橘先輩と九条さんのみ。

 うわ、他の人たちもレベル高いのに予選通過できないのか。

 さすが州大会・・・。


 これまた順当にふたりは勝ち上がり・・・準々決勝での勝負となった。

 何という運命。

 ここで勝たなければ「結果」、つまり3位を獲ることはできない。


 個人戦は的前を行い、勝負がつかない場合は射詰めとなる。

 ふたりは無難に的前を全的中させ、射詰め勝負となった。

 会場は別の箇所でも準々決勝が行われるのでそれなりに騒がしい。

 けれど、ふたりが順に射ち的中させる、という行為を繰り返し10分が経過した頃にはしんと静まり返った。

 射詰めはだいたい数分で決着がつく。

 それだけ連続の的中が難しいのだ。中学生は体幹も安定しない。

 けれどもふたりはそのレベルを遥かに凌駕していた。

 合図ごとに、すとん、すとん、と一定のリズムで的に中たる。

 自動人形(オートマタ)が射っているのではないか、と思えるくらいの正確さ。

 的に中たる位置さえも、ほぼ同じなのだから。

 あまりに続くものだから手持ちの矢が無くなり、的から回収するという事態が発生した。

 それでもふたりは黙々と射ち続けた。


 額に汗が滲む。

 腕が少し震える。

 徐々に身体の限界が近づく。

 息が切れ、酸素を求める荒い呼吸が響く。

 それでも。

 譲れないものがある、とふたりは同じ動きを繰り返した。


 反対側も準々決勝が終わってこちら待ちとなったのか、ほぼ会場の全員がふたりを見ていた。

 緊張の海にふたりは浮かんでいる。

 銀髪で白い肌の九条さん。目立たないわけがない。

 橘先輩も、ポニーテールと淡麗な吊り目が衆目を釘付けにしている。

 そして、そのふたりの目は・・・何も映していなかった。

 順に坐位から立ち射の姿勢になると、目を閉じて八節をこなすのだ。

 観客の何人かはそれに気付いて絶句していた。

 その並外れた集中力はギャラリーの視線など意にも介さなかった。


 そしてついにその時が来た。

 からん、と的から1本の矢が外れた。

 わぁっと会場が沸き立ち、割れんばかりの拍手が起こった。

 坐位で目を閉じている橘先輩。

 残心の姿勢で目を閉じている九条さん。

 九条さんが八節を終えて目を開けたと同時に、橘先輩も立ち上がり審判に礼をする。

 ふたりは息を切らせながら互いに向かい合い、そして互いの肩を抱き合った。

 鳴り止まない拍手の中・・・ふたりは泣いて抱き合っていた。



「香、よく頑張った・・・」



 気付けば俺の隣で、女子高校生が制服姿で涙していた。

 


 ◇



 その後の試合は消化試合のように進んだ。

 橘先輩は射詰めで体力を使いすぎたのか準決勝で敗れた後、3位決定戦で勝ち、何とか成績を残すことができた。

 表彰式の後、桜坂中学の弓道部員たちは円陣を組んで喜び合っていた。

 俺はその姿を確認した後に、ひとり武道館を後にした。

 だってよ・・・あんな勝負見せられたらさ・・・。

 こっちまで泣きたくなるじゃんかよ・・・。

 あそこで涙なんて出せねぇよ、畜生!




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