手学庵お節介帖「赤い亀」7
手学庵に学びに来ている子供達というのは、なかなか変わった者が多かった。
そもそも、手学庵が作られたきっかけを作ったのは、子供達である。
エンバフに学があるとみるや、「読み書き計算を教えてほしい」と頼み込んだ。
少しなら、と教えているうち、あれよあれよという間に、手学庵が出来上がったのである。
こと、何かを巻き込むということに置いて、手学庵の子供達ほどの手練れはいないと言えるのではなかろうか。
何しろ、かの元術魔王まで巻き込まれたわけであるから。
ある時である。
「ここに、銭十二枚ある。銭二枚の菓子は、いくつ買えるかな」
「えっと、六つ」
「そうだな。では、この菓子が銭三枚に値が上がったら、いくつ買えるかな」
「はいっ! かいません!」
「たかいもんねぇ」
「ぜにいちまいあがるのは、ぼったくりだよ」
「うむ。なるほど、それもそうだな」
「オイラなら、そのぜにでハリとイトをかってくるね」
「それで、どうするのかな?」
「カニをとって、うなぎをつるのさ。もっとじょうとうのかしが、かえるよ」
「そうだね。あまったぜには、とっておけばいいし」
もちろんこれは、言葉だけではない。
子供達は普段から、正にそうやって家を手伝っているのだ。
それでいながら、菓子を食べることも忘れない。
大魔王都の貧乏長屋に暮らす子供達というのは、これほど生命力にあふれているのか。
街の中で暮らすようになり、エンバフが驚いたことの一つである。
こんな大人びた子供達であるが、子供は子供。
悪戯などを仕掛けることもよくあった。
エンバフやゴードルフが狙われることはないのだが、近所の大人などはよく的にされている。
中々に巧妙なものが多く、エンバフも思わずうなるようなものもあった。
エンバフはまさに、この子供達のいたずらに影響を受けたのである。
大魔王都が最も静かなのは、明け方前である。
昼間は当然のこと、夜も夜行性の魔物達が行きかい、思いのほかにぎやかだ。
それらが丁度寝静まり、動くのが朝早くに起きだすもの達しかいない、隙間の頃合い。
大魔王都ではそれが、明け方より幾分か前、そんな刻限なのである。
まさにその頃、かいぼりをしている件の池の近くで、うごめくもの達がいた。
昼間、その普請場で働いていた、職人達である。
皆、闇に紛れるような、黒い衣装を着こんでいる。
これから、呉服屋、「パパ・シュタシア裁縫店」の蔵を襲うつもりなのである。
手口は簡単だ。
この普請場から延ばした地下の道を使い、蔵の真下に出る。
既に絵図面は手に入れており、どこをどう崩せばお宝を手にできるか、分かっていた。
蔵に収まっているのは、金だけではない。
衣服に使う金糸や銀糸、貴重な宝石などでできた留め金なども収まっている。
それらを運び出せば、かなりの額になるはずだ。
「万が一のことがあったらならねぇ。見張り、しっかりと頼むぞ」
わずかな見張りを残して、職人、盗賊達は掘っ立て小屋へと入っていった。
地下の道への入り口が、この掘っ立て小屋の中にあるのだ。
盗賊達が小屋に入って、しばらく。
見張りの二人は、緊張した面持ちで周囲を見張っていた。
もっとも、危険はまずもってないだろう、と思っている。
真夜中の普請場を訪ねてくるものなど、まずいない。
周りは壁などで囲まれているので、間違って入ってくるものもいないだろう。
そもそもこの時刻であれば、人通りがないのである。
何しろ、そういったことを考えたうえで、この場所、この時刻に、地下の道を使う仕事をすることにしたのだ。
「しかし、待ってるだけってのもつれぇなぁ。ん?」
見張りの一人が、不意に隣に目をやった。
すると、隣にいる男は、座ったまま寝こけているではないか。
「おい、何寝ていやがるん、だはぁ」
起こそうとした男だったが、へなへなと崩れるように地面に座り込んでしまう。
そして、そのまま寝息を立て始めた。
二人の近くには、いつの間にかゴードルフが立っている。
「片付きましたよ」
その声を合図に、外の壁がそっと外される。
現れたのは、北町奉行所の同心達と、その手勢。
そして、北町奉行、飛弾魔王ラブルフルードである。
ラブルフルードの隣には、エンバフがいた。
小脇にざるを抱えて、何やら楽しそうにニマニマとしている。
少々この場所には似つかわしくない老人に、誰も文句を言うものはいなかった。
事前に、ラブルフルードがこう説明していたからである。
「今回の盗賊一味について教えてくださったのは、さる高貴なご身分のご隠居だ。下手に探ろうとすれば、お前達や私の腹では収まらんから、そのつもりでいるように」
扇子で術魔王城のある方角を指しながら、そういったのである。
奉行所の同心は、戦国の世ならば兵卒身分の武家であった。
それでも、代々大魔王都の治安を守ってきた家柄であり、教育もしっかりとされていることから、察しがいい。
ラブルフルードのこの言葉だけで、十二分に状況を理解してくれていた。
「蔵の方にも、配置が終わりました」
「よし。では、ご隠居」
「うむ。任せてもらおうかな」
エンバフが抱えたザルの中には、木くずが乗せられていた。
かなりの量で、小山のようになっている。
掘っ立て小屋の中に入ると、縦穴が掘ってあった。
その底の部分から横穴が伸びている。
先はかなり暗くなっており、見通すことは出来ない。
「さて、この木くずは少し工夫がしてあってね。いくつかの樹木のくずを合わせたものに、ちょいと術を仕込んだ特別製なんだよ。これを燃やすとな、なかなかに面白い煙が出てくるのさ」
「面白い煙、ですか」
「酔っぱらったみたいにろれつが回らなくなり、あまり吸い込みすぎると立っていられなくなるのさ。ちょっとした武家なら、抵抗できんだろうね」
同心や配下の者達の顔が、引きつった。
ほかのものが言っているならばともかく、エンバフがそういうのだから、シャレにならない。
皆慌てて、事前に渡されていた布を顔に巻き付けた。
これで口元を隠しておくと、煙が効かなくなる。
やはり、エンバフが特別に作った品である。
エンバフは穴のまえに木くずを積み上げると、魔法で火をつけた。
たちまちのうちに、たまげる位の煙が立ち上り始める。
すわ火事か、と思うような量だが、周囲には奉行所のものを走らせているので、問題ない。
煙はエンバフが起こした魔法の風で、穴の中へと送り込まれていく。
「さて、どうなるかな」
待つこと、しばし。
小屋の外で遠くを見ていたラブルフルードが、声を上げた。
「上手く行ったようです。次々に捕らえられております」
同心達の間から、「おおっ!」と歓声が上がった。
飛弾魔王は投擲の名手である。
その技は「技術」というより、「魔法」や「魔術」に近い。
三里以内のものであれば、例え壁や木々、山に阻まれていたとしても、その目は正確に相手を見つける。
そして、その手から放たれた「弾」は、あらゆる障害を避けて飛び、相手を射抜く。
弾は石や鉄のつぶてに限らず、空や魔法であってもよい。
ラブルフルードの手から放たれれば、どんなものでも「飛弾」となって飛んでいく。
ゆえにその名を、飛弾魔王。
魔王というのは文字通り、ほかの武家とは格が違うのである。
「ですが、咄嗟に煙を吸わなかったものもいるようです」
いうや、ラブルフルードは片手を下から上へ振りぬいた。
打ち出された「飛弾」は、クルミであった。
固く頑丈な木の実は、ラブルフルードにとっては持ち運びやすく手軽な武器である。
木々の間を縫い、壁を越え、門を通り、クルミはグネグネとした軌道を描いて飛んでいく。
数は、三つ。
その三つすべてが、狙い違わず。
同心達の目を盗んで逃げようとしていた盗賊、三名の眉間を打った。
たまらず悲鳴を上げてもんどりうつ盗賊達に、取り方たちもすぐに気が付いた。
すぐに取り押さえ、縄をかける。
「いや、流石は飛弾魔王殿。見事ですな」
遠く離れた場所の出来事ではあるが、エンバフも元術魔王である。
しっかりとその様子を見ていた。
「お目汚しを。しかし、ご隠居。この煙、凄まじい効果ですね。上手く使いさえすれば、取り物の役に立ちそうです」
「ふぅむ。そうかね。では、息子にでも言っておこうかな」
「いや、それは」
エンバフの息子ということは、現術魔王ということになる。
「はっはっは。いや、次男坊やら三男坊だよ」
それにしたところで、大魔王城で要職についている顔ぶれだ。
一応、魔王という立場ではないものの、ラブルフルードとしては「恐れ多い」相手には違いない。
のちに、このエンバフが作った木くずは使いやすいように工夫がなされ、「煙玉」という道具になった。
大変に有用な道具として捕り物に使われるようになったのは、この数か月後のことである。
エンバフが、亀が無事に池に戻ったことを子供達に伝えたのは、あの捕り物から数日が経ってからであった。
既に亀の正体を聞いていた子供達は、ホッとした様子を見せる。
「よかったなぁ。いえにもどれて」
「そうだね。これで、あんしんしてりょうができるや」
「おぅい、皆! 瓦版拾ってきたぞ!」
手学庵の中では比較的年かさの子供が、瓦版を持って現れた。
捨てられたものを、拾ってきたようである。
「あの亀がいた池、近くに料亭が建つって話だっただろ? そこで、捕り物があったんだってさ!」
「ほんと?!」
「みせて、みせて!」
子供達が一斉に群がって、瓦版を読み始めた。
大きな子も小さな子も、つっかえながらもしっかりと自分で文字を読んでいる。
その様子に、エンバフはうれしげに頷いた。
「へぇー、穴を掘って盗みに入ろうとした連中を、北町のお奉行様が一網打尽、かぁ」
「お奉行様が特別に作らせた煙で、いぶりだしたんだってさ」
「さすが北町のお奉行様、機転が利くな」
あの一件はすべて、ラブルフルードに押し付けていた。
もっとも、実のところ、町方も動いてはいたのである。
大魔王都に盗賊が入り込み、何かしら仕事をしているらしいことを、北町奉行所も掴んでいたのだ。
ただ、どこでどのようなことをしているかまでは、調べ切れていなかった。
それでも、実際に蔵が破られていれば、たちまちのうちに正体が割れて、盗賊達を捕まえていたであろうところまでは、仕込みが終わっていたのである。
エンバフが盗賊のことを知ったのがたまたま偶然が重なった末のことだったことを考えれば、なるほど北町は優秀だと言えるだろう。
そもそも、そうでもなければ、エンバフが送った一通の手紙で、あれほど素早く捕り物の支度は整わなかった。
「ううむ、あの御仁も、もう少々経験を積めば、名奉行などと呼ばれるようになるやもしれんな」
「せんせい、おぶぎょうさまと、しりあいなの?」
「んん? いやいや、まさか!」
「そうだよねぇ」
笑ってごまかすしかない。
エンバフは趣味が高じて手学庵を開いた、道楽隠居。
どこぞのお偉い元魔王様などでは、ないのである。
「なになに? 蒼月祭では、この捕り物にちなんだ、煙料理を作ることとなった。これがまさに絶品。だってさ」
「そうげつあんなんて、たべにいけないなぁ」
「ぐざいは、なにをつかうのかなぁ。ローチとかなら、かってくれるかな?」
「あんな料亭、俺達を相手にしてくれるはずないだろ」
「わかんないよ。あのかめをみにきました、とかいってさ」
「わるぢえだなぁ。でも、かめはみにいきたいね」
「ううん、忍び込むか?」
「けむりで、いぶされちゃうよ」
子供達の話を聞いて吹き出しそうになるのを、エンバフは何とか堪えた。
そして、咳ばらいを一つ。
「さっ、そろそろはじめようかな。皆、席について」
子供達が、「はぁーい」と返事をする。
この日も手学庵は、平穏無事である。
手学庵お節介帖「赤い亀」
これにて、「おしまい」とさせていただきます
楽しんでいただけましたでしょうか
次は、鉄拳魔王ゼヴルファーが主役の「風来坊必殺拳」を予定しております
ゼヴルファーがちょくちょく顔を出す料亭「晴天」
店の修復をしていた大工の娘が、辻斬りの下手人を目撃したらしい
だが、あまりに咄嗟のことで、顔などははっきり見ていないようであった
そんなこととは知らない辻斬りは、この目撃者を始末しようと動き始める
しかもこの辻斬り、どうやら裏があるらしく・・・
建った二人の父娘に迫る刃を、ゼヴルファーの拳が打ち払う
次回 風来坊必殺拳「親子飯」
ご期待ください
と言っておいて、いつ頃書くかは全くの未定でございマスデス、はい