手学庵お節介帖 「敵討ちの謀」 9
大魔王都の表を知り尽くしているのが町奉行所であり。
裏を知り尽くしているのが任侠の親分であるならば。
ちょうど、その間。
薄暗がりの抜け道を知り尽くしているのは、誰なのか。
幕府からは、水路や運河で貝などを取ることをお目こぼしされ。
ヤクザ連中からは、少々の事ならば目をつぶってもらえる存在。
長屋で暮らす、子供達である。
この時代、子供は大切な働き手であった。
特に裕福とは言えない長屋暮らしの子供達は、一家を支える立派な柱の一つである。
子供達もそれがよくわかっているから、非常に賢く立ち回る。
仲間で集まって、アレコレと方策を練り、素晴らしい手際で仕事をこなす。
そうするうち、いつの間にやら大魔王都の様々な面を知るようになっていく。
特に賢い「軍師」がいるような集団は、大人も舌を巻くような知識と行動力、顔の広さを持っていたりする。
手学庵に通う子供達などは、まさにそれであった。
セイイチロウという知得者を得てからというもの、手学庵に通っている子供達は手広く、効率よく仕事をするようになっている。
その手際は、まさに「薄暗がり」を縫うように巧みであった。
子供達からの協力を得られれば、これほど頼もしいことはない。
オルオンゲンとロードーブルの話を聞いた子供達の反応は、様々だった。
感心してみたり、難しい顔で唸ってみたり。
内容が理解できない、といった様子の子供は、一人もいないように見受けられた。
もちろん、幕府の事情のようなところは、省いて話している。
それでもきちんと話は通じたようで、皆理解している様子だ。
普通ならば、子供相手にこんな秘密を話したりしない。
エンバフが説明をしたのは、子供達の主だったもの。
行ってみれば、「幹部」のような立ち位置の子供達であった。
責任感も強く、頭の回転もいい。
もちろん、秘密も守れる。
そこらの大人なんぞより、よっぽど優秀だ。
「仇討ちかぁ。いまどき、聞かない話ですよねぇ」
「それにしても、エンバフせんせいも、ずいぶんずるいこと、かんがえるなぁ」
「こういうのはね、ずるいって言わないんだ。かしこい、っていうんだよ」
今回、エンバフが子供達に頼もうとしているのは、危険の少ない仕事である。
それでも、ことに関わる以上、やるかやらないかの判断は、本人達にさせるべきだろう。
引き受けてもらえるか、断られるか。
半々ぐらいか、と思っていたエンバフだったが、話は意外なほどにすんなりと進んだ。
オルオンゲンと顔見知りであるミチが、「引き受けてほしい」と頭を下げたからである。
「オルさん、すごくいいひとなんです。うでのいい、りょうり人ですし。おせわになってますし。たすけて、あげたいんです」
「おミチがそういうんじゃなぁ」
「先生のはかりごとってのも、面白そうだし」
「こづかいも、かせげそうだよ」
「セイイチロウも、それでいいだろ?」
「そうだね。先生の考えた策は、まずうまく行くだろうし。いいと思うよ。ついでに、何か他にもうまい手を考えてみようかなぁ」
「なんか、ずいぶん張り切ってるねぇ」
「セイイチロウはな、おミチに良い所が見せたいんだよ」
「なんで?」
「そりゃおまえ、あれだ。もう少し大人になったら、わかるって」
「じぶんだって、まだこどもじゃないかぁ」
がやがやと、賑やかになる。
気が早い者などは、もう段取りの相談を始めているようだ。
「いや、良かった良かった。無事に引き受けてもらえそうだな。断られそうになった時のために、ゴードルフに買収用の食べ物を用意させていたんだが」
エンバフの言葉に、ピタリと会話が止まった。
「せんせい、それをさきにいってもらわないと」
「そうだよ、たべものはべつだよ」
「もらえるものは、もらっておかないとね」
こういう所が、この子たちの強さなのだろう。
エンバフは思わず、声を上げて笑った。
魚屋では、しばしば一まとめにされた魚の「切れ端」が売られることがある。
切り身にしたときに出た切れ端などで、アラというには大きく、切り身というには少々小さい。
そういう、中途半端な大きさのものだ。
これを一まとめにして、安売りされていたりするのである。
何しろ「切れ端」であるから、日によって大きさも種類も違う。
どれもこれも一緒くたにされているので、料理に使うのも難しい。
皆まとめて汁物に入れる、何て使い方をされるのが普通だが、オルオンゲンは少々違う使い方をした。
小麦粉に、香辛料を加え、卵と水で溶く。
どろりとした液体になったこれに、魚の切れ端をくぐらせる。
これを、油でからりと揚げる。
しっかりと油をきってやれば、それだけで十二分に美味い揚げ物になる。
天ぷらとは違う衣は、しっかりとした味もついていた。
ザクザクとした食感に、香草などによる香りづけ。
魚の切れ端に事前に打っていた塩の下味と、魚のうま味も飛び出して来る。
一つ一つ違う魚だから、食べるたびに味が変わる。
それがまた、なんとも言えず楽しい。
一緒に用意されたパンと、付けダレも良かった。
パンは長細い形の、いわゆるコッペパンである。
これに、細切りにした玉菜、玉ねぎなどを、自分で挟む。
魚の切れ端も、好みの量を挟んだら、タレをかける。
醤油に刻んだらっきょ、ごま油を混ぜたものだ。
これがまた、なかなか乙な味である。
余ったら白飯に載せても旨い、とオルオンゲンは言っていたが。
どうやら残りそうもない。
「なんだこれ! うまい! サクサクしてる!」
「タレがウマいなぁ。ちょっとからいけど、それがいいよねぇ」
「こういうのこういうの、こういうのがいいんだよ」
「こんなに腕のいい料理人さんなら、なんとかしてたすけないとな」
「お礼がたのしみだもんね」
「おまえら、意地汚いなぁ。あ! それ、おれがとっといた分だぞ! かえせ!」
「これ、静かに食べなさい」
一応、エンバフが注意をするが、聞き入れてはもらえそうもない。
それだけ、子供達の口に合ったのだろう。
さて、これで準備は整った。
あとは、実行するだけである。
なかなか面白くなりそうだ。
と、エンバフは浮き立った気持ちになるのであった。




