手学庵お節介帖 「敵討ちの謀」 8
エンバフがまず最初に訪ねたのは、大魔王都北町奉行、飛弾魔王ラブルフルードの元であった。
オルオンゲンとロードーブルの事情を説明し、エンバフの考えた「はかりごと」の手伝いを頼む。
ラブルフルードは優秀であり、既に幕府高官として才を発揮している。
大魔王の覚えも目出度く、「初代大魔王の血筋」を名乗る一党に関する捜索でも、力を発揮していた。
何しろ、大魔王都内の探索に関して言えば、町奉行より秀でたものはいないといってよい。
「なるほど。確かにその二人、死なせるには惜しいですね。なにより、連中の思いのままになる、というのは業腹です」
「そう、それよ。下らん争いで有能な料理人と、前途有望な若者の命が弄ばれる。まして、その理由がどうでもよい面子のため。まったく、気に入らん話です」
「わかりました。頂いた役割、しかとお引き受けいたします」
「有難い。ラブルフルード殿のお力を借りられれば、百人力ですな」
「ただ、一つお願いがございます」
「お願い。なんでしょう」
「ぜひ、私もそのうどんとやらが食べてみたいところです。事が済みましたら、是非」
「あっはっはっは! いや、これは! わかりました、しかと、オルオンゲンに伝えておきます」
こうして、無事にラブルフルードの協力を取り付けることに成功したのであった。
ついで、エンバフが訪れたのは、“賽の目の”ナツジロウ親分の賭場であった。
賭場、とはいっても、まだ開帳はしていない。
ナツジロウの賭場が開くのは、夜だけなのだ。
それでも、ナツジロウも手下達も、忙しそうに動き回っている。
ナツジロウが淹れたハフル茶を飲みながら、待つこと暫し。
申し訳なさそうに頭を下げながら、ナツジロウはエンバフの前にやってきた。
「どうも、申し訳ねぇ。お待たせしちまいやして」
「いやいや。仕事が忙しそうですな」
「はい、おかげさんで。なにしろ、今はボロウ菜の収穫時期ですからねぇ。漬物にしなけやならねぇんですが、まぁ、何しろ力仕事ですから、これが大変でして」
ナツジロウの賭場は、寂れた教会の一角で開かれている。
この教会には孤児院が併設されていて、今の司祭とナツジロウは、そこの出身であった。
大魔王都にある教会には、ある特権が与えられている。
漬物を作り、販売する権利だ。
教会にとっては大事な、現金収入である。
孤児院にかかる費用などは、そこから捻出されていた。
ナツジロウの一家は、教会の漬物作りを、無償で手伝っている。
家賃代わりだ、とナツジロウは言っているが、賭場が開帳されるたび、その一部を教会に収めていた。
寂れた教会が、その規模の割に沢山の孤児を養っていけているのは、ナツジロウ一家のおかげである。
「飛脚の方も、繁盛しているようだね」
「はい、おかげさんで。こっちも手が足りなくなってきちまって、困ってるところでさぁ」
ウッドタブ商会の跡取り息子、セイイチロウが誘拐された一件。
それ以来、一家の身内となったゴンロクとモスケという二人組は、驚くほどの健脚であった。
二人はこれを活かして、大魔王都内限りの飛脚として、方々を飛び回っている。
「これから、雨が多くなる時期ですからねぇ。どぶさらいなんかを頼まれることも多くなりやすし、まったく、どうしたもんだか」
このどぶさらいというのは、別に金を貰ってやっているわけではない。
言葉通り、「頼まれたから」やっていることであった。
「このあたりやぁ、年寄りが多いですからねぇ。力仕事はどうしても、俺ら見てぇのがやらねぇとなりやせんから」
これを全くの本気で言ってしまえるのが、ナツジロウという男であった。
やっていることと言えば、町奉行所がお目こぼしする程度の博打と、妙にまっとうな仕事ばかり。
一応、当人たちは極道のつもりでいるらしいのだが、それらしいことはほとんどしていない。
どこの誰とも盃を交わしていないので、ヤクザ連中からもヤクザとは見なされていなかった。
悪ぶってはいるものの、やっている悪さといえばお目こぼしされる程度の賭博のみ。
むしろ、真っ当な稼ぎの方がずっと多く、街の衆に頼りにされている。
おかげですっかり顔が広くなり、今では多くのものから「親分さん」などと呼ばれるようになっていた。
ナツジロウというのは、そういう不思議な男なのだ。
だからこそ。
こういう時は、思いのほか頼りになる。
「それで、ご隠居。折り入ってのお話ってぇのは」
「うん、実はですな。親分さんに、手伝っていただきたいことがあるんですよ」
エンバフは、オルオンゲン達の事情をざっくりと説明した。
話せないところもあるのだが、そのあたりは「内密の話なので、話せないが」と断りを入れる。
心得たもので、そういえばナツジロウの方もそれ以上突っ込んで話を聞いたりしない。
「なるほどねぇ。未だに、仇討ちなんてぇもんがあるんですか。お武家様の世界ってぇのも大変ですねぇ」
「いやぁ、私もずいぶん久しぶりに聞きましたよ」
「しかし、そんなお二人を斬り合わせるわけにゃぁいかねぇでしょう。ご隠居のお知恵で、どうにかならねぇんですかい?」
「うん。まさにそれですよ。折り入ってのお願いというのは」
「はい?」
エンバフは、己で考えた「はかりごと」を説明した。
あの二人が斬り合わずに済み、ことを収めるための「はかりごと」である。
「はっはっは! さすがご隠居だ! そいつぁいいや! もちろん、お手伝いさせていただきやす! いや、こんな面白れぇことからのけ者にされたんじゃぁ、名が廃るってぇもんだ! こちらから頭を下げて、是非にもお手伝いさせてくださいやし!」
無事、ナツジロウ一家の協力も、得ることができた。
大魔王都の裏事情に通じる彼らが居れば、何事も有利に運ぶことができる。
表は町奉行所。
裏はナツジロウ一家。
あと、一つ。
是非とも手を貸してもらいたい「勢力」がいた。
実はこれが、一番説得が難しいと思われる。
さて、どうやって話したものか。
エンバフの腕の見せ所であった。
本当に、遅くなって申し訳ねぇ・・・!




