手学庵お節介帖 「敵討ちの謀」 7
屋台うどん屋の店主オル、こと、オルオンゲンの捜索に当たることとなったゴードルフであったが。
オルオンゲンは、あっさりと見つかった。
何と、自宅に戻っていたのだ。
「うどんの汁に使う鶏がらは、特別に取り置きをして置いてもらっているものでして。私が行かなければ御迷惑になります。何をするにも、まずはそれを受け取りに行かなければ、と思いまして」
鶏がらを受け取ってから、今後のことを考えなければと頭をひねっていたのだが、どうにも考えがまとまらない。
どうにかしなくては、と焦るものの、体は無意識のうちに屋台の準備を始めていた。
ゴードルフがオルオンゲンを見つけたときには、すっかり準備が整っていたのだとか。
鍋やら木箱やらの前で呆然とするオルオンゲンを、ゴードルフは術魔王城まで引っ張ってきたのであった。
「非常時というのは、むしろいつも通りの行動を取ろうとするものらしいからね。そういうモノなのだろうさ」
「はっ! その、ご隠居様に置かれましては、何と申しますか」
「まぁまぁ、そうかしこまらずに。それでは話し合いもできませんからな」
オルオンゲンの方からもあらかたの事情を聴き終えたエンバフは、この件をどう収めるかを考えていた。
まず、ロードーブルの方だが、仇討ちなどしたくないというのは本当らしい。
実際に対面させたのだが、むしろ再会を喜んでいたほどだ。
一応、オルオンゲンが斬ったことになっている、実際には転んだ拍子に剣が刺さって死んだ男は、ロードーブルの実兄だという。
確かに、武家の兄弟が不仲、というのは珍しいことではない。
特に次男以下の場合などは、斬り合いになったりすることも珍しくない。
だが、だからと言ってここまで仇の方に気をかけるモノだろうか。
と、エンバフはいぶかしんだ。
しかし、事情を聴いてみれば、納得のいく話で合った。
「お役目にもつけず、婿養子の口も見つからず腐っていた私を拾ってくださったのが、オルオンゲン様でした。どうせすることがないなら、料理の手伝いでもしてみないか、と」
ロードーブルは真面目な性格で、筋もかなりよかったらしい。
言われたことをしっかりと覚えて守り、けっして手も抜かない。
オルオンゲンもロードーブルを相当に気に入り、あれこれと技を教え込んでいたそうだ。
「私は妻も子も居りませんので。技を伝える相手が居なかったのですが。ロードーブルのおかげで、先に技を残すことが出来そうです」
オルオンゲンの顔は、喜びとも苦しみともつかぬ色になっている。
己を技を託すことができた喜びと。
その者と剣を交えねばならないかもしれない苦しみが、にじみ出ているようだった。
あるいは国家老は、ロードーブルであれば、返り討ちに会うことはない。
すなわち、オルオンゲンは抵抗せず、おとなしく斬られるであろうと考えて、ロードーブルに仇討ちを命じたのではあるまいか。
もしそうだとすれば、全く悪辣極まりない。
「もしロードーブル殿が仇討ちに失敗したら、どうなるかな」
「恐らくは、国家老の刺客がオルオンゲン様を狙うものかと。そして、無事に私が討ち果たした、ということに」
ロードーブルの言葉に、エンバフは苦い表情を作る。
仇討ちというのは、あくまで魔王家内のことであった。
大魔王都内で刀を抜くのはご法度なれど、ことが家の面子にかかわることであれば話は変わる。
無事仇を討ち果たせば、それはむしろ誉となるのだ。
あるいは、お家騒動で揺れる家中をごまかすためにも、そういった「美談」を欲しているのではあるまいか。
一つでも二つでも、「良き話」をでっちあげて、内部に渦巻く悪行を誤魔化そうとしているのだとしたら。
「いささか、気に入らんなぁ」
オルオンゲンとロードーブルは、術魔王城内で匿うこととした。
その間に、今後の方策を思案するのだ。
ことが事ということで、術魔王にも話を通す。
エンバフの息子、ログルバフは、どこかフワフワとした捉えどころのない男であった。
父親の立場から見ると、いささか頼りなく見えるのだが。
それでも一応は、しっかりとお勤めをこなせているらしい。
「お叱りの一つもすればよいのかも知れませんが、今は剣魔王殿の弟君が探りを入れている最中。なるだけ刺激したくありませんね」
「うむ。それもあるか。となると、穏便に済ませる方がよい、だろうな」
この場合、穏便にということは。
つまり、仇を討ち果たさせる、ということだ。
そうすれば、国家老は安心するだろう。
改めて追っ手、探索などもかからぬはずだ。
「無論、本当に討ち果たさせる必要はないのさ。仇討ちがなった、と思わせればいい」
「ロードーブルが、オルオンゲンを討った。と、思わせるわけですか」
「ああ。昼日向、多くの人が行きかう大魔王都の往来でな。たがいに剣を抜いて、大立ち回りを演じた挙句にな」
「それで、オルオンゲンは安心して暮らすことができる。ロードーブルは、大手を振ってご領地にもどれるというわけですね」
「いや、本人に聞いてみぬとわからぬがな。ご領地にもどったところで、良いことなどなかろう。それならいっそ、相打ちにでもなった方がいいのさ」
「死んだことにして、家を出てしまった方がよい、と。なるほど、本人次第ですが、それもよいかもしれませんね」
「うむ。段取りは大変そうだがな、なかなか面白いことが出来そうだ」
「人手を揃えるのが大変そうですが。父上、何か心当たりがおありのようですね?」
「うん。街を知り尽くした小さな商人達とな、義理に厚い博徒に、知り合いがおるのさ。町奉行殿の了解も取らねばならんが、そちらもどうにかなろう」
「ずいぶんとお顔が広いようですが。方々でご迷惑をおかけしていないでしょうな」
「馬鹿者。父親をなんだと思って居るんだ」
不機嫌そうに言うエンバフに、ログルバフは愁傷そうに頭を下げる。
もっとも、その顔は笑っており、反省している様子はまるでない。
「しかし父上。さきほどからする、この得も言われぬ良い香りは何ですかね」
「ああ。庭でな、オルオンゲンが屋台を出しておるのよ」
「は? 庭で、ですか。なんでそんなことに」
「もう屋台の支度をしてしまった後だというのでな。捨ててしまうのはもったいなかろう。ならばと、奉公人やらにふるまってもらっておるのさ。もちろん、金は払って居る」
「たしかに、無駄にするのはよろしくありませんが。私に断りもなく。いや、父上がおとなしくしているということは、まさか」
「ああ、さっきちょっと行ってな。食べてきた。お代りもしてしまった」
ログルバフは、あまり食にこだわりのある方ではない。
そんな現役術魔王からしても、漂ってくる香りはあまりに魅力的であった。
「それは父上、いささかズルくありませんか」
ログルバフは憤慨したようにそう言うと、立ち上がっていそいそと庭へ向かった。
そんな後姿を、エンバフは笑って見送る。
相手は胃の疲れた酔客だけではなく、腹を空かせた武家や奉公人達。
いつものうどんもいいが、それだけでは腹がくちくならないだろう。
そう考えたオルオンゲンは、他にも品を用意することとした。
流石は術魔王城の台所、調理器具も材料も豊富にそろっている。
弟子であるロードーブルに、いつの間にかまぎれていたゴードルフの手伝いもあって、支度はあっという間に終わった。
追加で用意したのは、トロロ飯であった。
しっかりときめ細やかに摺り上げた自然薯を、すり鉢とすりこ木でさらに滑らかにしていく。
ここに生卵、うどんに使う二重出汁を加える。
自然薯に卵を混ぜることで、舌触りがまるで絹のように滑らかになる。
そこまで滑らかに摺り上げるにはかなりの労力がいるのだが、若いロードーブルは息一つ乱さずに仕事をしていた。
これに、オルオンゲン自慢の二重出汁を加える。
山の味である自然薯に、鳥と貝の旨味が合わさるのだ。
鳥ガラの出汁というのは、すっきりとしていて香りがよい。
きりっとした刀のような旨さだと、オルオンゲンは思っている。
対して、貝の出汁はぐっと力強くて、粘り強い旨味だ。
ともすれば相反する性質であるが、コレを旨い具合に合わせてやると、この二つの個性を融合したような、素晴らしい出汁になる。
すっと入ってくる爽やかで上品な旨味でありながら、その実、力強く口の中に長く美味さが残る。
啜った後、はぁ、とため息をつけば、香りが鼻に抜け、味わいが再び舌に蘇る。
酒に酔っているときには、このため息が何よりもの御馳走に代わる。
だが、ここに居るのは酔客ではない。
食いでのある飯粒もよかろう。
既に飯を食べ終えている者もいるだろうから、するすると入るものがよい。
そこで、オルオンゲンは品書きを、うどん、馬鈴薯の天ぷら、握り飯、トロロ飯と決めたのであった。
うどんは、いつも通りのうどんに少し醤油ダレを加えている。
物足りない客のために、馬鈴薯の天ぷらも用意した。
この芋の天ぷらというのは、思いのほか出汁汁に合う上に、腹持ちがよいのだ。
ざく、ざくとした衣がたっぷりと出汁を吸ってくれる。
その旨味と、少々の塩っけが、芋の味を何倍にも引き立ててくれる。
なんといっても、噛み心地が楽しい。
実はこの馬鈴薯は、事前に下茹でをして、少々の下味もつけてあった。
ザクザクとした衣を、汁に沈めて味をしみさせる。
食感が残っているうちにかぶりつき、ザク、ザクと衣を噛みしめる。
すると、ほこほことした馬鈴薯が現れる。
噛みしめるうち、塩気と汁の旨味、芋の味が合わさっていく。
それを、汁で腹へと送る。
うどんの柔らかな噛み心地と合わさって、これがまた旨い。
それでも食い足りないなら、そこに握り飯を入れる。
大魔王都の屋台では、定番の食い方だろう。
これに関しては、もはや旨い不味いを問うのも失礼だろう。
うまい出汁に飯粒を入れて、不味くなるはずがないのだ。
また、オルオンゲンは飯を炊くときにも一工夫加えている。
酒と昆布を入れることで、飯自体に旨味を持たせてあるのだ。
普通に茶碗によそって食べるのならば、かえって余計な手出しとなるかもしれない。
料理の味を邪魔してしまうほどの、「米のうまさ」を引き立ててしまうひと手間だ。
だが、これを「汁にぶちこむ」という、「贅沢な下品さ」を楽しむとなれば、話は別だ。
少々硬めに炊いた飯が汁を吸い、絡み、噛むごとに香り立つ旨さのそのものとなる。
また、食べる場所が庭先というのもよかった。
寒さは、温かい食事の調味料にもなる。
寒い時期に少々凍えながら、温かいものを食う。
これは、大魔王都っ子が好む「粋」の一つである。
もちろん、トロロ飯も旨い。
温かい飯の上に、さらさらとしたトロロをかける。
色合いは、薄黄色。
鳥ガラと貝の二重出汁は、あまり濃い色ではない。
それでいて、しっかりとした旨味と塩味があるので、醤油などの味を足してやる必要がないのだ。
おかげで、自然薯と卵の混ざった、美しく淡い黄色となる。
出汁と卵によって、自然薯独特の強い粘りはない。
だが、それがなかなかに面白い。
「これは、旨いな」
ログルバフは唸った。
自然薯といえば粘りが強いものがよい、とばかり思っていたのだが。
これはこれで、実に美味い。
さらさらとトロロ飯をすすり込み、時折、芋の天ぷらを齧る。
「おい、トロロ飯というのは、聞いていないぞ!」
そんな声と、どたどたという足音が聞こえてくる。
どちらもエンバフのものだ。
全く、歳だというのにいつまでも騒がしい父親である。
ログルバフはたまらず、笑い声をあげた。
お待たせして申し訳ありませんでした
明日はいつも通りぐらいに更新できるといいなぁ、と思っております




