手学庵お節介帖 「敵討ちの謀」 6
こうなったら、まずはしっかりと話を聞いた方がよい。
エンバフは若者を術魔王城に招き、自分の身分を明かした。
「そ、その、しらぬ、こととはいえ、なんと申し上げてよいかっ!」
「まぁまぁ、そんなことはよいから。今、重要なのは、仇討ちについてのことさ」
若者の名は、ロードーブル。
風鎌魔王家の家臣であり、国元にて代々武官として役目を戴いている家系だという。
「と言っても、私は三男でして。殺されたのは、次男でした」
ロードーブルは「どこから話しましたものやら」と悩み始める。
少々込み入った事情らしい。
まずは初めから、とエンバフは促した。
語られることとなったのは、なんとも締まらない話である。
それでも、風鎌魔王家のお家内部に関わる話。
エンバフは、すぐさま息子。
つまり現術魔王へ、確認をとることにした。
話をするだけであれば、わざわざ会いに行く必要もない。
遠くの相手と話が出来る魔法を使い、さっさと確認をとる。
術魔王家は、多くの密偵を抱える家であった。
各地に散らばる諸魔王家内部の話も、当然集まっている。
「なんともはや、どうしようもない話だね」
ロードーブルが語った内容が事実であると確認したエンバフは、呆れたように言った。
風鎌魔王家には、二つの大きな派閥があった。
大魔王都でのお役目を預かる大魔王都家老派と、国元を預かる国家老派である。
この二つは常に争っており、時には刃傷沙汰になることもあったという。
優勢だったのは、大魔王都家老派であった。
大魔王都家老の娘は風鎌魔王の正妻であり、長男を生んでいる。
ところが、風鎌魔王と正妻の仲は良好とは言えず、側室のことを寵愛していた。
この側室というのが、国家老派の後援を受けていたのである。
しばらくの間は、長男をたてた大魔王都家老の優勢が続いた。
このままいけば、大魔王都家老は将来の風鎌魔王の祖父ということになる。
ところが、側室に子が出来たことで、事態が動いた。
風鎌魔王が、側室の子を嫡男にしようか、と言い出したのである。
元々夫婦仲の悪かった正妻が生んだ子供よりも、寵愛する側室が生んだ子供の方が可愛かったのだ。
こうなると、国家老派は一気に力を強めた。
だが、どうしても大魔王都家老派に大きく劣るものがあった。
資金力である。
風鎌魔王家の領地はそれなりに栄えた土地ではある。
だが、大魔王都には遠く及ばない。
多くの商家などから支援を受けている大魔王都家老の方が、圧倒的に金を持っていたのだ。
国家老派は、なんとかこの差を埋めようと、金集めに奔走した。
そして、お家の公金に手を付けてしまったのである。
魔王の不在を良いことに、様々な作事方や町奉行所などで裏金を作らせ、かき集めたのだ。
将来、国家老が風鎌魔王家を牛耳った暁には、名誉栄達を約束してのことである。
この国家老の手先になって金集めを任されていたのが、ロードーブルの兄であった。
次男であったこの兄は、ご領地では有名な、札付きのワルであったという。
他家の次男以下の武家を集め、悪さをしていたのだとか。
これに目を付けた国家老が、金と将来の栄達をエサに、手ごまにした。
邪魔者の始末や、金集めなど、いわゆる汚れ仕事をさせて、大いに活用していたのだ。
上に生まれた長男は優秀で、この兄に跡目を継ぐ目はなかった。
先が見えず、腐っていた兄にとって、これは大きな好機である。
大いに張り切って、国家老から与えられた仕事をこなした。
ところが。
その張り切りがあだになったのだろう。
「兄は台所方の奉行であったオルオンゲン様にも、裏金を作り国家老様に献上するよう迫りました。しかし、です」
オルオンゲンは、この要請を断ったのである。
これに激怒した兄は、刀を抜いた。
しかし。
死ぬこととなったのは、兄の方であった。
「オルオンゲン様が返り討ちにした。と、言う事になっておりますが。実際は違います」
強かに酔っていた兄は、転んだ拍子に自分の剣が自分に刺さってしまった。
それが元で、死んでしまったのである。
あまりにもあっけない。
間抜けすぎる死にざまである。
ここまで来ると、この兄を重用していた国家老の立場が悪くなるほどだ。
平和な世ではあまり役に立たぬとはいえ、やはり剣というのは武家の誇り。
武力は武家のよって立つところである。
それがお粗末に過ぎるとなると、体面が保てない。
国家老は、オルオンゲンが激昂し、卑怯にも不意打ちで兄を斬り殺した。
という風に、筋書きを変えてしまったのだ。
ご領地を預かる国家老であれば、出来ないことではない。
「オルオンゲン様には追手がかかりました。これから逃れるため、オルオンゲン様はご領地を出られたのです」
とはいえ、そのままでは済まされない。
すぐさま「仇討ち免状」が発行され、弟であるロードーブルに仇討ちの許可が下りた。
「実は、その、当時の事なのですが。私は台所方のお手伝いをしておりました。オルオンゲン様には大変よくして頂きまして。私にとっては、包丁の師に当たる方なのです」
いくら隠したところで、事情というのは漏れてくるもの。
兄弟仲が悪かった兄の醜態、汚名を雪ぎたい、などという気持ちは、ロードーブルにはさらさらなかった。
むしろ、オルオンゲンが無事だったことに、胸を撫で下ろしたほどである。
「私はオルオンゲン様の顔を、当然よく知っておりますから。つまるところ、私が刺客に選ばれたわけです。仇討ちをする気など、まったく、これっぽっちもありません」
だからこそ、オルオンゲンが大魔王都にいるらしい、と聞いた時、ロードーブルはホッとしたのだという。
人が多く、広い大魔王都であれば、探し人を見つけるなど、至難の業。
何とかお茶を濁し続け、誤魔化し続けよう。
元々、ロードーブルは三男である。
どうせ家を継げぬのであれば、外に出なければならない。
その予定が、少々早まっただけだと思えば、何のことはないのだ。
ところが。
「大魔王都に来て早々、その仇。オルオンゲン殿が、見つかってしまった、と」
「はい。まあ、その。今回は、誤魔化すこともできるかもしれませんが。ですが、私以外にも追っ手はおります。その者達に見つかれば。なんと言いますか、オルオンゲン様は包丁の腕前は素晴らしいのですが。剣と魔法の方は、なんと言いますか」
つまり、そちらの腕はからっきしなのだろう。
さて、困った事態である。
実はこの御家騒動、剣魔王の弟が旅に出たことにも、関わっていた。
初代大魔王の血を引くという一派の息が、この風鎌魔王家の国家老にかかっているのだが。
どうやらそのあたりの事情までは、ロードーブルは知らないようである。
エンバフは悩むように首を捻り、大きくため息を吐いた。
「さて、こうなるとオルオンゲン殿にも、ここにお越しいただいた方が早いだろうね」
ゴードルフには、ミチを送り届けるように、と命じてある。
戻ってき次第、オルオンゲンを探しに行かせる必要があるだろう。
あるいはすでに身を隠しているかもしれない、が。
ゴードルフならすぐに見つけ出して来るはずだ。
エンバフとしては、この若者に師を斬らせたくはなかった。
「さて、そうさな。まずはどうしたものか」
何とか、うまくごまかす方法を考えなければならない。
エンバフは必死に、策を捻っていた。
全くそんなことをする義理もないのだが。
お節介を焼くことが生き甲斐にもなっているエンバフに、もはやこのまま手を引くという選択肢は、なかったのである。
※ロードーブルと次男の関係について
この頃の武家、特に次男以下の扱いというのは、決して良いものではありませんでした
実力があるものが家を継ぐ
それが武家の基本ではありましたが、末端に行けば行くほど、その認識は薄れています
何しろ血筋もそれなりの武家であれば、誰であろうと実力はさして変わりません
よって、長男が家を継ぐ、という認識が強くなっていたのです
次男以下は部屋済み、冷や飯食いと呼ばれ、扱いは劣悪でした
また、次男以下同士は味方かと言えば、そんなことはありませんでした
仕官の口、あるいは養子の口があれば、身を立てることが出来ます
つまり次男以下にとって兄弟は、「身近な競争相手」以外の何物でもないことが多かったのです
ロードーブルと次男の間は、相応にこじれていたのでしょう
ですので、エンバフは「兄より師が大事」というような言葉に、疑問を持たなかったわけです
戦国から大魔王都時代特有の感覚、と言えるかもしれません




