手学庵お節介帖 「敵討ちの謀」 4
エンバフはこの日、剣魔王城へと足を運んでいた。
以前から先代剣魔王に茶の湯に誘われており、手学庵の休みの日を見計らって、訪ねることにしたのだ。
もっとも、茶の湯などというのはただの口実。
実際はとある人物の、見送りが目的であった。
数か月前のことである。
エンバフは突然、大魔王城に呼び出された。
相手は、当代の大魔王陛下だ。
「いやぁ、実はっすね。めっちゃくちゃ大変なことになってるらしいんすよ。俺はよくわっかんねぇーんすけど」
大魔王陛下に代わって説明を始めたのは、剣魔王であった。
曰く。
遠方にあるいくつかの魔王領で、不穏な動きがある。
一つ二つの魔王家だけであれば大目付が動き、内々に済ますこともできるのだが、今回はいささか事情が異なるらしい。
何と事もあろうに、「初代大魔王の血筋」を名乗る一党が現れ、暗躍しているというのだ。
穏やかならざる事態である。
場合によっては、大きく国を割るような戦にもなりかねない。
そう、幕府は判断したのだという。
「そうなると、大目付の手にも余ります。ゆえに、大魔王様は私の弟に、探索の任を与えようとお考えなのです」
今代剣魔王の弟。
こと武力においては、今代にも迫る腕と評判の男である。
だが、座学や勉学の方はからっきし。
よく言えば素直、悪く言えば馬鹿正直で嘘が吐けない性質であり、筋金入りのお人よしと来ている。
何故そんな男に白羽の矢が立ったのかと言えば、とにかく腕が立つからであった。
探索の方は、一緒に付ける密偵の方にやらせる。
剣魔王の弟には、万が一の時に暴れる役目を任せるらしい。
「つまり、腕の立つ男に、頭の回るのをくっつけて探索に出そう、と。ふむ。面白そうですな」
エンバフは思わず、膝を叩いた。
もし自分が現役の術魔王であれば、何とか止めようとするだろう。
だが、もうすでに引退した身の上である。
こんな面白そうな話に、一枚嚙むのも面白い。
エンバフはこの二人の旅程や、仕事に必要な道具の調達。
ついでに、旅費の捻出まで請け負った。
見ようによっては、引退した術魔王が、配下の者を密偵として放った、と見えなくもない。
無論、そう見えるように根回しもしている。
今回の件、つまり「初代大魔王様のもう一つの血筋」に関わることなど、今代大魔王陛下は知りもしない。
噂を聞きつけた元術魔王が、秘かに手勢を送り出した。
それが、今回の事の「表向きの筋書き」というわけである。
その、剣魔王の弟と、それを支える密偵が、まさにこの日、大魔王都を旅立ったのである。
報告は密に行われる予定ではあるが、彼らが大魔王都に戻ってくるのは、一年後か、はたまた十年後か。
そもそも、無事に戻ってこられるのか。
先のわからぬ、重いお役目である。
だが、剣魔王の弟は、どこかあっけらかんとした顔で、「じゃあ、いってきます」などと言って旅立っていった。
一瞬呆れが心に浮かぶエンバフだったが、いや、と思い直す。
あるいはあの位でなければ、今回のお役目、全うできぬやもしれぬ。
いや、あの位でなければならぬのだ。
剣魔王城を出て、エンバフは手学庵へ戻る道を歩いていた。
今日は休みであり、急ぐ用事もない。
途中で屋台にでもよって、一杯やるのもいいだろう。
久しぶりに、「みほう串」などをつまみにするのも、いいかもしれない。
元は「貧乏串」という名であったというその料理は、寒い時期にこそ旨い料理なのである。
うん、やはりここは、みほう串で一杯やろう。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと視界に若い武家の姿が映った。
武家の街である大魔王都では、若い武家など珍しくもない。
それでも気に止まったのは、その若者がオドオドとした様子で、辺りをしきりに見回していたからだ。
思わず声をかけてしまったのは、エンバフ生来のお節介性のせいもあったが。
直前に見送った、若い二人のことが頭にあったから、でもあった。
「もし。なにか、お困りですかな?」
「はっ! あっ、いえ、その、はい。少々、難儀しておりまして」
この日のエンバフは、いかにも武家の隠居、といった出で立ちをしていた。
武家町を歩くのに、普段の「商家の隠居風」では面倒が多いと考えたからである。
「実は、その、大魔王城に、行かねばならぬのですが。その、この御城は、一体」
大魔王都には、城は二つしか存在していない。
一つは大魔王城。
もう一つは、ご領地をもたぬ唯一の魔王、鉄拳魔王の持城である。
だが、大魔王都にはそれ以外に、「城郭」としか言えぬような大きな建物が、他に四つ存在していた。
四天王家がそれぞれに管理する「砦」である。
大魔王都を守る結界を維持する役目も持ったそれは、一見すれば「お城」にしか見えないものであった。
どうやら、この若者は大魔王都の外から来たらしい。
無いはずの城を見て、混乱している、といったところだろう。
「大魔王城に。ならば、送って差し上げましょう。なに、どうせ近くを通りますのでな」
「それは、しかし、いや。その、かたじけなく」
心底申し訳ない、という顔で、若者は頭を下げた。
なんとも、実直そうな若者ではないか。
エンバフは微笑ましい気持ちになり、笑いながらうなずいた。
「なるほど、アレは四天王様の砦だったのですか!」
「とはいっても、大魔王都に住む者も、皆、城と呼んでおりますがね」
エンバフから砦のことを教えられ、若者は感心しきりといった顔でうなずいた。
「私の生まれ育った土地にも、結界を張るための施設はあったのですが。大魔王都にもなると、あれほどの規模が必要ということなのですね」
「そうなりますな。何しろ、広い都ですので」
「それだけ、多くの人が住んでいるのでしょうね」
そういうと、若者は通りに目を向けた。
パッと目に入るだけで、百人はいるだろうか。
絶えず動き続ける人の波は、そんなものでは効かないのかもしれない。
若者は眉根を寄せ、表情を曇らせた。
「この中から、人一人を見つけようというのは、なかなか難しいのでしょうね」
「ほう。人探しですかな?」
「はい。その、仇を探して居るのです」
若者の口から出た穏やかならざる言葉に、エンバフは思わず目を見張るのであった。
お詫び
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