風来坊必殺拳 「夢見の粉」10
水鞭魔王家のご領地は、海であった。
少々陸からは離れているのだが、陸地と陸地の間という地形と、潮の流れのおかげか、海産物が豊かである。
また、さほど深くない場所に魔力溜まりがあり、幕府におさめる魔石には困らない。
何しろ各魔王家には、毎年大魔王様に一定量の魔石をお納めせねばならぬ、という決まりがある。
これは本来それぞれの領地の石高によって決まるのだが、大魔王家がこの世の全てを治めてから、幾星霜。
もはや取り決めがなされたころとは事情が異なる魔王家というのは、少なくない。
水鞭魔王家は、その「事情」が良いほうに転んだ家であったのだ。
大魔王都に人が集まるにつれ、食料の需要が大きく上がった。
海産物が豊富である水鞭魔王家のご領地からは、多くの海産物が大魔王都へと届けられる。
その収入により領地は潤い、当然水鞭魔王家も税収が上がった。
さらに、数代前に新たな魔力溜まりも見つかった。
これは大魔王家には届け出ておらぬ、いわゆる「隠し魔石山」として水鞭魔王家が運営している。
魔石山としては採掘量が多いとは言えぬが、掘れたすべてが懐に入るとなれば、笑いが止まらなくなる。
この金を、水鞭魔王家は有効に使った。
すなわち、幕閣にばら撒いて出世を目論んだのである。
その念願はあっさりと叶い、船手頭の地位を手に入れた。
あとは、やりたい放題である。
「金稼ぎはいろいろやったがな。何しろ、抜け荷が驚くほどに金になる」
この世の「都」と名の付く土地は、複数の魔王家が手分けして管理をしている大魔王直轄地である。
だが、それ以外は一家のみに与えられた「領地」であった。
つまるところ、それなりに手さえ回せば、「都」以外ではどんな品物でも手に入るし、運ぶことが出来る。
だが、やはり金も人も集まるのは「都」であり、抜け荷などというものはそこに運び込むことが出来なければうま味など皆無と言っていい。
そこで、船手頭だったのである。
大魔王都にも程近く、海路で様々なものを運び込むことが出来。
問題となる荷改めも、自らのお役目となれば、怖いことなど何もない。
ほかの魔王家から「ご禁制の品」を買い付け、水鞭魔王領で船に積み込む。
そして、大魔王都に運び込んで、荷改めは自らの手で。
「なんとも、ぼろい商売よのぉ」
「全くで。しかし、私にお手伝いをさせていただけるとは。ヒョルゴウド様の手腕には、感服いたしました」
首尾よく大魔王都に「ご禁制の品」を運び込むのに成功しても、いくつか問題がある。
どうやって、大魔王都内で売りさばくか、というものだ。
うかつに運んで大目付やら町奉行などの目に触れれば、面倒などというものではない。
そこで、楼悦だ。
医者というのは、治療のために道具を携えて歩くものである。
中にはかなり大型のものもあり、それを怪しんで調べるものなどいない。
楼悦ほどの名医であれば、なおさらだ。
「ヒョルゴウド様が運び込んだ荷物を、私が買い手のところまでお運びする」
「いやいや。診察のついで、であろう?」
「ああ、そうでした!」
そんな楼悦だからこそ、蔵の中にしまい込まれていた「夢見の粉」に気が付けたのだろう。
でなければ、わけのわからぬ薬として、ほかのものとまとめて捨ててしまうところであった。
「今までは抜け荷は楽でも、大魔王都内ではおっかなびっくりしか商売が出来なかった。しかし、お主のおかげで大手を振って商売ができるわ」
「お役に立てましたならば、何よりでございます」
「ふっふっふ。病を得たときはどうなるものかと思ったが。お主と知り合えたのは幸運であった。ツキが回ってきた、というものだ」
ヒョルゴウドが風邪をひいたときに、たまたまかかったのが楼悦であった。
それが縁で付き合うようになり、このようなことを手伝わせるようになったのである。
「いえ。それは私の方こそ。おっと。いえ、ヒョルゴウド様が病になられたことを喜んでおるのではございません、なにとぞお許しを」
「よいよい! ああ、そうそう。時に楼悦よ。あの夢見の薬な。作り方さえわかれば、あの雪安という男、不要だとは思わぬか?」
「ええ。製法さえわかりますれば、私でも再現できましょう。まさか?」
「おお、口封じにのぉ。こういうことは、知るものが少ないほうが良いからな」
「なるほど! いや、商売敵が減るのであれば、有難いことにございます! どうやら私にも、ツキが回ってきたようにございます! あっはっはっは!」
「こやつ、言いよるわ! はっはっは!」
「おめぇらのツキもここまで見てぇだぜぇ」
「ん!? 何やつじゃ!!」
ヒョルゴウドは勢いよく立ち上がるや、襖を開けた。
中庭に居たのは、着流しの若い男である。
足元に置かれたつづらをあさり、苦い表情を見せている。
「はぁ、薬に? こりゃサンゴか。あと、壺に、地図に。どれもこれもご禁制だぜぇ? 抜け荷の見本市みてぇだなぁ。流石船手頭様だ」
「己、貴様どうやってここまでっ! なに、何やつじゃ!」
ここは魔王家の下屋敷である。
警護の者もいたはずであるのに、なぜ見も知らぬ男が入り込んでいるのか。
それだけではない。
この男があさっているつづらの中身は、ヒョルゴウドが運ばせた抜け荷の品ではないか。
「まぁったく、やりたい放題やってやがって。よくもまぁ、今までバレなかったなぁ。そんだけ慎重にやったんだろうけどもよぉ。それがこうしてバレちまうんだから。アイツもすごいねぇ」
「一体貴様、まさか、目付か?!」
「ちげぇよ。まぁ、似たようなもんだけどなぁ。抜け荷だけならいざ知らず、僅か払いで貧乏人まで面倒を見ていなさる偉い先生を攫った挙句。夢見の粉なんてぇもんを作らせようなんざぁ、とっても見逃せるもんじゃぁねぇ! たとえ誰が見逃してもな、この拳が黙っちゃいねぇぜ!」
「なにぃ?! いや、ま、まさかっ!」
ただの握り拳に込められた、尋常ならざる凝縮された魔力。
込められた魔力があまりに強すぎるが為に、周りの空気が焙られて、周囲が歪んで見えていた。
並みの武家が持つ魔力ではない。
これはどう軽く見積もっても魔王、いや、それだけではない。
拳にあれほどの力を籠められるのは、三百余の魔王の中でも、おそらくただ一人。
四天王家と並び称される、大魔王様の側近中の側近。
「鉄拳魔王ゼヴルファー、じゃと!? 大魔王様の懐刀! 何故ここに!?」
「ちょいと雪安先生と縁が出来ちまってなぁ。おトキちゃんにちょっかい出さなきゃ、もしかしたら俺に目なんて付けられなかったかもしれねぇのになぁ。だが、お前ぇさんもう諦めた方が良いぜ。潔く腹ぁ斬れ!」
抜け荷の品を見られた。
よりにもよって、鉄拳魔王にである。
曲がりなりにも魔王であるなら、鉄拳魔王の事を知らぬわけがない。
大魔王様の命を受け、ご政道に背く魔王を討つ。
「もはや、もはやこれまでっ! 貴様を殺して、逃げおおせてくれるわっ!! 誰かっ! 曲者である! 斬れ斬れっ! 斬り捨てぇい!!」
ヒョルゴウドの声に飛び出してきたのは、手に手に武器を持った武家達である。
無論、ただの武家に魔王が斬れるはずがない。
何とか隙を作れればよい。
そこを見定めて、自慢の水鞭をくれてやればよい。
ヒョルゴウドとて魔王である。
たとえ相手が鉄拳魔王とて、当てさえすれば切り裂く自信があったのだ。
にわかに騒がしくなった屋敷内で、楼悦は目立たぬように息を殺して動いていた。
冗談ではない、こんなことに巻き込まれてなるものか。
とにかく逃げ出さなくては。
そっと出口へと向かおうとした楼悦だが、その足がピタリと止まる。
何かに捕まれたような感覚に、短い悲鳴を上げた。
見れば、植物の蔦の様なものが絡みついているではないか。
「ええとー、勝手にー、逃げられるのはー、ダメですよー」
畳を突き破り、木の枝のようなものまで伸び始めた。
引き裂かれた畳からひょっこりと顔を出したのは、エルゼキュートであった。
「ひぃいいい!?」
「みんなー、捕まえて置けってー、言われてるんですよー」
いうや、蔓と木の枝が勢いよく飛び出し、楼悦のみならず、ヒョルゴウドの配下達にも躍りかかった。
「おお、エルゼキュート殿! 某の分も残しておいてくだされ!」
威勢のいい声に続いて響き渡ったのは、壁を突き崩す轟音である。
まるで一塊の鉄槌が如く壁を壊して飛び出したのは、ソウベイであった。
一振るいするごとに、次々とヒョルゴウドの配下が吹き飛ばされていく。
「ふむ、ワシも久しぶりに暴れねばのぉ。先生が言うには、魔石がたまらんようにするには、魔法を使うのが良いというておったし」
あっけにとられる武家達に、土、水、風、火といった魔法が襲い掛かった。
まるで鞠でも放るような手つきで次々魔法を投げているのは、リットクである。
蹂躙されていく部下達に驚きながらも、ヒョルゴウドはそれどころではない。
目の前には、あの鉄拳魔王がいるのだ。
「おう、まだやるってぇのかい?」
「己、小癪なっ!! でやぁああああ!!!」
ヒョルゴウドの武器は、水の鞭である。
腕の太さを優に超えるそれは、ただの水の塊ではない。
超高圧水流によって形作られており、例え石垣城壁であろうとも、触れれば最後、容易く抉り取ってしまうという代物だ。
相手が魔王であろうとも、当たりさえすれば八つ裂きにできる代物である。
しかし。
それは相手が尋常の魔王であった場合だ。
「おおぅらぁ!!」
ゼヴルファーは触れれば八つ裂きになるはずの水鞭を、その拳で吹き飛ばしたのである。
驚くヒョルゴウドであるが、それだけで怯むようでは魔王ではない。
すぐさま後ろに下がると、再び鞭を作り出す。
今度は、左右の手に一本ずつ。
すかさず振るった一本は、やはりゼヴルファーの拳に打ち払われる。
だが、本命は残ったもう一本。
「貰ったっ!」
死角から忍び寄らせていた水鞭が、ゼヴルファーの背後から襲い掛かった。
「わかってんだよそんなもなぁ!!」
ゼヴルファーは拳を振るった勢いそのまま、拳を背後まで振り抜く。
唸りを上げる拳は、そのまま背後にあった水鞭を砕き散らした。
「な、なんじゃと!?」
「これでも、喰らぇえ!」
まるでコマのように回りながら、ゼヴルファーは一直線にヒョルゴウドの懐へと飛び込んだ。
そして、一撃。
煮えたぎるような魔力のこもった拳が、ヒョルゴウドを打ち抜いた。
「ぐぎゃぁああああ!?」
まるで雷に打たれたかが如く体をのけぞらせ、ヒョルゴウドは地面を転がった。
鉄拳魔王の拳に耐えられるはずもなく、そのまま気絶して崩れ落ちる。
ゼヴルファーはそれを見届けると、ゆっくりと息を吐きだし、拳を払った。
「おお! 若も終わりもうしたか!」
「みんなー、縛っておきましたー」
「もうすぐ、大目付様がいらっしゃるようです。あの、若。今のうちに銀食器を一つか二つか三つか四つ、頂いて置いてもよろしいですかね? いえ、どうせ差し押さえられるなら、我が家で有意義にですね」
「ふぅむ。もう少し魔法を使えるかと思ったのですがにゃぁ。最近の若者は軟弱ですにゃぁ」
まったく、にぎやかな配下共である。
ゼヴルファーは思わず脱力しそうになるが、何とか堪えた。
「ったく。おい、エルゼキュート。アルガもふんじばっとけ」
「はいー」
「はっはっは。私は幽霊ですので、植物などは、あら? え? ちょっと、これすり抜けられないんですけども?」
「お札を貼ってあるようだにゃ」
「ほう。ご利益がありそうでござるなぁ」
ゼヴルファーは首を振りながら、苦笑交じりのため息を吐いた。
魂でも抜けたような顔で、ダイ公は屋台の席に座っていた。
無事に戻ってきた雪安の胸に飛び込んで泣くおトキの姿を見れば、流石のダイ公も事の次第を察したのである。
「いやぁ。お似合いっすよねぇ。あのお二人。おトキちゃん、エルフっすし。見た目は若く見えるっすけど、歳的には雪安先生と同じぐらいらしいっすよ」
「はぁ。なんでお前ぇ、そんなこと知ってんだ?」
「おトキちゃんが言ってたんすよ」
そんな話を聞かされても気が付かないというのは、いよいよ大魔王家もお終いなのではなかろうか。
「良いから食え、お前は全く」
大魔王都の水路横。
屋台が立ち並ぶ一角で、ゼヴルファーはダイ公のやけ酒に付き合っていた。
雪安が無事に戻って、五日が経っている。
診療所はすっかり元通り開いており、今も多くの患者が来ているのだとか。
アルガが拾ってきた噂によれば、ついに雪安が折れて、おトキと夫婦になるのだとか。
「食欲がわかないっすぅー」
泣きながら言うダイ公に、ゼヴルファーは思わず笑ってしまう。
これだけ見るものに悲壮感を与えず、むしろおかしみを覚えさせる泣きっ面というのも珍しい。
さて、今日来ている屋台は、「煮きんちゃく」である。
油揚げの中に具材を詰めて煮たもので、中身は様々。
もちや卵といった物から、エビ、貝、ゴボウとヒジキ、といったものまで。
店によって出汁の味が違うのはもちろんのこと、その日の具材によっても味が異なる。
例えばスジ肉や白モツなどが多い店は、肉のうまみがたっぷり出た出汁になる。
卵やこんにゃくのように味が移りやすいものは、それをたっぷりと吸う。
これががなかなかどうして、箸が止まらなくなるほどに美味い。
貝やエビ、カニ、魚のすり身などを入れた店だと、また味が違う。
少々生臭くなりがちか、と思いきや、しょうがを使ってにおいを消していたりする。
このしょうがが、匂いけしだけでなく、ぽかぽかと体を温めてくれ、ピリリとした刺激で舌を楽しませてくれる。
「はっはっは! ダイ公、またフラれたのかい?」
「またってなんすか!」
店主が笑いながら、ダイ公の器に「煮きんちゃく」を一つ入れてくれた。
どうやら、おまけをくれたらしい。
この店にも度々顔を出しており、ゼヴルファーもダイ公も、すっかりなじみである。
もっとも、この辺りにはしょっちゅう入り浸っているので、ほとんどの屋台が顔なじみだ。
周りの屋台のおやじたちも、ニヤニヤ笑いながらダイ公を見ているあたり、押して知るべしである。
「ゼヴさんも、どうぞ」
「ああ、こりゃ、申し訳ねぇ」
わざわざこの形になっているのは、「一ついくら」で売るのに便利だから、と言われている。
なるほど、売るときには箸やお玉で持ち上げればいいだけだし、「一ついくら」と決めておけば、どれをとっても値段の計算がしやすい。
しかしである。
この「煮きんちゃく」、一つ欠点がある。
油揚げがたっぷり出汁を吸い。
その油揚げから出る出汁がまた、汁にうま味を加える。
のだが、この油揚げのせいで、中に何が入っているかが、非常にわかりづらいのだ。
素人目には、どれがどれだかわかりはしない。
何しろ「煮きんちゃく」の屋台では、売る食い物はこっきりそれだけ。
その分様々な「中身」が用意されているのだが。
見ただけでは何が入っているか、到底わからないのである。
だが、作った方はそうでもないらしい。
店主に、なになにが欲しい、と声をかければ、給わず注文の具が入った「煮きんちゃく」を器に入れてくれる。
さて、ではおまけでくれたこの「煮きんちゃく」には、何が入っているのだろうか。
ゼヴルファーには、見た目だけでは全く分からない。
早速、箸で割ってみる。
なによりまず、香りが良い。
しょうゆとかつぶしか何かの出汁、油揚げの匂い。
これだけで、ぐっと腹が刺激される。
何かしらのすり身と一緒に、白野菜のようなものが見えた。
まずは口に入れる。
油揚げが吸った出汁が、じわっと溢れる。
意外にしっかりとした噛み心地は、揚げかまぼこに近いだろうか。
そして、この白い野菜。
ジャキ、ジャキとした小気味いい歯触りに、僅かな粘り。
「おお、ハスかぁ!」
角切りのレンコンが一緒に入っていたのである。
しっかりとしたすり身の噛み心地の中に、レンコンの歯触りが楽しい。
もちろん、味も良い。
「おい、うめぇぞ。食ってみろって」
「へぇ。そうっすねぇ」
すっかり燃え尽きた灰のような様相である。
さて、どうしたものか。
「えー、握り飯ー。握り飯はいかがですかー」
ふと耳に飛び込んできたのは、握り飯売りの声だ。
屋台街では、握り飯のフリ売りが居るものであった。
飯は屋台で用意するのが難しいので、こうやって外から持ってくる者がいるのだ。
少し離れた飯屋などが炊いて、持ってきていることが多かった。
「お兄さんたち、握り飯はいかがですか?」
ゼヴルファー達の方にやってきた握り飯売りは、女性であった。
こういった場でのフリ売りというのは力仕事である。
「へぇ。お嬢さんの握り飯売りってなぁ、珍しいなぁ」
「はい。おとっつぁんが腰を悪くしまして」
「おとっつぁん? もしかして、ここでいつも握り飯を売ってる、あの四角い顔のとっつぁんかい?」
「そうです。あの、真四角な顔の」
可笑しそうに言う娘は、つるりとしたうりざね顔であった。
とても、あのおやじの血が入っているとは思えない。
「へぇー、あー、あのおやじさんっすかぁー。腰をやっちまうなんて、娘さんも大変・・・っす・・・ねぇ・・・」
おいおい、まさか。
ダイ公の言葉の詰まり方に嫌な予感を覚え、ゼヴルファーは慌ててその顔を覗き込んだ。
真っ白な灰のようだった顔色はいつの間にか赤く染まっており、惚けたように握り飯売りの娘を見つめている。
「お兄さん、煮きんちゃくが減っていないみたいですけど。食欲がないんですか?」
「へっ!? いえいえいえ! もう、ガンガン食欲はあるっすよ! もう、めちゃめちゃにお腹すいちゃって! あっ! 握り飯もらおっかなぁー!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「兄貴! 兄貴も一つ食いましょう! ねっ! 煮きんちゃくを飯に乗せて食うと、そりゃぁもううめぇんすから!」
確かに、美味い。
たっぷりと出汁を吸った煮きんちゃくを、味のついていない握り飯の上に乗せ、崩す。
卵、白モツ、魚のすり身。
この店で飯に乗せるとするなら、ゼヴルファーはやはり貝とネギだと思っている。
殻から外した二枚貝と、ぶつ切りにしたネギ。
ザクザクとした歯触りに、たっぷりの貝のうま味。
これを飯と一緒にかきこむのは、得も言われぬ心地よさである。
器に握り飯を一つずつ入れてもらい、代金を払う。
頭を下げて去っていく娘の背中を、ダイ公は熱っぽい目で追った。
「ねぇ、兄貴。俺、握り飯屋になろうかな」
「お前ぶん殴るぞ」
あるいは、大魔王様のお眼鏡にかなうような心根の優しい娘が多いというのは、素晴らしいことなのかもしれない。
だが、付き合わされる方としては、全くいい迷惑である。
まったく、ここまで来たら笑うしかない。
運河の流れを見やりながら、ゼヴルファーは呆れ笑いを混ぜたため息を吐いた。
風来坊必殺拳 「夢見の粉」、無事終わりでございます
お付き合いいただきまして、ありがとうございました
楽しんでいただけたようでしたら、幸いです
さて、次回は
長屋に一人で暮らす浪人者
大工の娘ミチは、この気さくな浪人者と仲が良かった
実に気持ちの良い子の浪人だが、どうしたわけか元気がない
一体何があったのかと、調べることに
ただ、一人では少々手が足りなかろうと、手学庵の仲間を頼った
すると、思いがけない事件が見えてくる
次回 手学庵お節介帖「敵討ちの謀」
という予定は未定です




