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風来坊必殺拳 「夢見の粉」8

 診療所で雪安が座っている宅の上に、手紙の様なものが置いてあった。

 要約すれば。


 少々出かけねばならなくなった。

 戻らないことがあっても、心配しなくていい。

 場合によっては、患者の面倒を見てもいい。

 手に負えないときは、ここに書いてあるほかの医者を頼るように。


 そういった内容である。

 ダイ公にこれを見せられたゼヴルファーは、心底から渋い顔を作った。

 普通であれば、書いてある通りに少々待ってみるか、という気持ちにもなるかもしれない。

 だが、ことにダイ公が絡んでいるとなると、そんなことはしていられなかった。

 何しろこのチャランポランは、そこら中から厄介ごとを引っ張ってくるのだ。

 ご先祖様からしてそうなのだから、筋金入りといってよい。


「兄貴、どうしたらいいんすかねぇ」


「どうしたらって。とりあえず、うちの連中に声をかけるしかねぇかぁ」


「あの」


 不安そうな顔をするおトキに、ダイ公はさっと近づいていく。


「安心しなって! これは内緒なんすけどね、この人は北町のお奉行様のお手伝いをしたりしてるんすよ!」


「まっ、お前っ!」


 何かあったときのため、北町奉行である飛弾魔王ラブルフルードとは口裏を合わせている。

 まさかこんな時にそれを引っ張り出してこようとは。

 おトキの表情がにわかに輝いた。

 すがるような目を、ゼヴルファーに向けてくる。

 こうなってしまったからには、仕方ない。


「まあ、とりあえず、調べてみるからよぉ。おトキちゃんは、患者さん達の方を頼むぜぇ」


 とりあえず引き受けるしかない。

 不安そうにしながらも、どこか期待した表情でうなずくおトキを見て。

 ゼヴルファーは出そうになるため息を何とか噛み殺し、引きつった笑いを作って見せた。




 診療所であるところのボロ屋は、木造に畳、襖と障子で出来ていた。

 つまるところ、木材と紙である。

 大魔王都にはレンガなどで作られた建物もあるのだが、こういった建物も多かった。

 さて、木材と紙、というのは、元を正せば植物である。

 植物であるなら、庭師、ドライアドのエルゼキュートの領分だ。


「なにぃ!? ブナの渡り廊下だぁ!?」


「んー、んー、んー。そー、言ってたー、みたいですー」


 エルゼキュートの口から出た思わぬ単語に、ゼヴルファーは頭を抱えた。

 植物と会話をすることが出来るエルゼキュートは、驚くことに木材やら紙やらとも会話が出来る。

 大魔王都に居るドライアドの中でも、そんなことが出来る者の数など、片手で足りるだろう。

 その力を使い、ゼヴルファーは昨晩の雪安と楼悦の会話を知ったのである。


「ううむ、しかし、聊か胡散臭い話にござるなぁ」


 ソウベイがいぶかしがるのも、当然である。

 船手方が、わざわざ一介の町医者に手を借りることなど、まずもってあり得ないと思われるからだ。

 何しろ役職にある魔王家にとって、見栄と意地は何よりも重視される事柄である。

 まして、船手方であれば、幕府の研究所を頼ることもできるのだ。

 わざわざ町医者を頼る理由もなければ、意味もない。

 知識のあるものならば、一笑に付する話である。

 もっとも、そんなことを一町人が知っているかと問われれば、首を横に振るだろう。


「まぁ、そうだわなぁ。まして夢見の粉が関わってるってぇのに町医者を頼るなんざぁ、戯作にしたってお粗末すぎらぁ。おう、エルゼキュート、アルガ。お前ら二人して、雪安先生を見つけてきな」


「わかりー、ましたー」


「お任せを。して、若。見つけたらどうしましょう?」


「そうだなぁ。何もなければ普通に連れてくるのが一番だが。厄介ごとに巻き込まれてそうなんだよなぁ。もし面倒なことになってそうだったら、下手に騒がず周りを調べて来てくれぇ。もちろん、先生の身の安全が優先でなぁ」


「そのように」


 一度頭を下げると、アルガとエルゼキュートはすぐにその場を離れた。


「とりあえず、見つけてくるのを待つしかねぇかなぁ」


「じゃあ、俺ぁ、おトキちゃんをはげましてやす!」


 いうが早いか、ダイ公はおトキの方へと駆け出して行った。

 それを目で追ったソウベイが、「ううむ」とうなる。


「某、アイアンゴーレムの身ゆえ人の色恋についてはよくわからぬのでござるが。あのおトキという娘が、雪安殿を心配する様子。アレはどう見ても」


「うん。まぁ、そうだわなぁ。それに気が付かないのがアイツなんだよ」


「ううむ。器も大きすぎれば、細かなところに目が届かなくなるものなのやもしれぬでござるなぁ」


「もうちょっとちっさくてもいいぞ。厄介ごと持ってこねぇならなぁ」


 せめて今回の厄介ごとは、簡単に片付く部類であってくれ。


「まあ、本当に船手頭なんて要職が出てくるわきゃぁ、ねぇんだし。どこぞの悪が名前を騙ってるんだろうが。どうなることやら」


「いや、案外本当に船手頭が関わっておるかもしれませぬにゃ。嘘を吐くときは真実を混ぜる、と言いますしにゃぁ。とっさの嘘で出てくる名前ではないと思うのですにゃ」


「それにしたってお前ぇ、船手頭っていったら本物の幕府要職だぞぉ? それが、夢見の粉になんて馬鹿がいるかぁ?」


「しかしですにゃぁ」


 なおも首を捻るリットクを見て、あるいはそう言う事もあるのか、とゼヴルファーは思った。

 だが、頭を振ってそんな考えを追い出す。

 悪いほう悪いほうに考えてばかりいると、本当になりそうだと思ったからだ。




「雪安先生、船手頭の保有する蔵に閉じ込められてましたよ」


「お前ぇ、俺が必死に頭からろくでもねぇ考えを追い出してたってぇのに」


 アルガが悪いわけではないのだが、ボヤかなければいられなかった。

 日も随分高くなったころ、アルガとエルゼキュートが戻ってきた。

 雪安の居場所も確認し、ついでに楼悦と、船手頭である水鞭魔王ヒョルゴウドの悪巧みも調べ上げてきたらしい。


「いや、びっくりしましたよ。行ったらちょうど、連中が雪安先生を脅している最中でしてね?」


 水鞭魔王と言えば、水にかかわる名家であり、何人もの船手頭を輩出している。

 だからだろう。

 蔵を整理していたところ、昔の押収物の一部が出てきた。

 その中に、あの「夢見の粉」があったのだ。

 これを見つけたヒョルゴウドは、自分にも運が向いてきた、とほくそ笑んだ。

 魔王にすら通用する劇毒である。

 上手く使いさえすれば、老中になることとて夢ではない。


「ゆえに貴様を騙してここに連れて来たのだ。夢見の粉を作るならばよし。逆らえばお前の所に居るあの娘を殺すぞー。とかなんとか。余りに定番すぎて、私がからかわれてるのかと思いましたよ」


 それでも、雪安は何とか抵抗しているらしい。

 薬に詳しいだけに、夢見の粉の恐ろしさをよく知っているのだろう。

 どうにかして作ることを避けようとしているようだ。

 それが頭に来たのだろう。

 ヒョルゴウドは手下の者達に、あの娘、おトキを攫ってくるように申し渡した。


「で、おトキ殿を攫おうとしてござったゆえに、某が捕まえたのがこの者たちなのでござるが。よもやそのような事情がござろうとは」


 ソウベイは、縛り上げた三人の男を、片手でぶら下げていた。

 皆神妙にしている所から、よほどひどい目に合わされたであろうことが伺える。


「知らないで捕まえたってぇのかよ」


「然り。偶然でござる。まあ、その場にダイ公殿はおり申したが。何かそういう厄介ごとを引き付けるのでござろうなぁ、彼の仁は」


「しかし。夢見の粉の材料は、それそのものがご禁制のはずなのですがにゃぁ」


「なんでぇ、リットク、お前ぇ、そんなもん知ってんのか?」


「ええ。何しろブナの渡り廊下事件には、鉄拳魔王家も関わっておりましたからにゃぁ。あれは本当に厄介な事件でしたにゃ」


「ひいひい爺さんぐれぇの時代の話だぞ。ったく」


 それにしても、である。

 こうして夢見の粉が実際に作られる前に事件にかかわることが出来たのは、運がよかったとも言えた。

 もし物が出来上がり、市中に出回るか。

 あるいはヒョルゴウドが悪用していたとしたら。

 間違いなく、大魔王都を揺るがす事態となっていただろう。


「これもダイ公が引き寄せて来たのかねぇ」


 とにかく、事ここに至っては、少しでも早く動かねばならぬだろう。


「よし、お前ぇら。一仕事するとするか」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかの拍子に歴代の鉄拳魔王が顔を合わせることがあったら歴代の大魔王様の愚痴の嵐になりそうw
[一言] ここでラブの力の出番な訳ですよ!
[一言] ダイ公は疫病神だから おトキさんに近づけてはダメだむー
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