風来坊必殺拳 「夢見の粉」6
「すみません、荷物持ちみたいなことまでしてもらって」
申し訳なさそうに頭を下げるおトキに、ダイ公はぶんぶんと顔を横に振った。
ついでに手も動かしたいところではあるのだが、残念ながら荷物で塞がっている。
「いえいえ! まだまだ軽いもんっすよ!」
山のような荷物を両手に持ち、背中にも背負ってる。
しかも、それも頑丈そうな木箱に入っていたり、布束であったり。
一見して、とても軽そうには見えなかった。
「そうなんですか? ダイさんって、力持ちなんですね」
感心したように微笑まれただけで、ダイ公は有頂天である。
大魔王都は種族の坩堝。
見た目では信じられないような力を持ったものが、多くあった。
どうやらダイ公も、見た目以上に腕力のある種族だと思われたらしい。
何しろ今のダイ公を傍から見れば、巨大な荷物に足が生えたようなありさまである。
力持ち、で済むような荷物量ではないのだが。
これはおトキが止めるのを、ダイ公が無理やり持った結果であった。
少しでも良いところを見せよう、というのである。
「しっかし、布やらなんやらはわかるんすけど、薬もこんなに買うんすねぇ! 雪安先生、魔法の名手なのに!」
魔法が達者な医者というのは、あまり薬を使わないことが多い。
何しろ魔法でどうにかしてしまえるから、薬に頼る必要がない、と考えるのだ。
それに、薬は高い。
物にもよるが、効力が高いものは軒並み高価であることが多かった。
今回買い求めたものは、そんな薬の中でも高価なものだったように思う。
薬の名前になど詳しくもないダイ公でも、聞いたことがあるようなものばかりだった。
実はこれを買ってこれたのは、リットクのおかげである。
リットクは雪安の腕にいたく感服し、その治療にそれはもう感謝した。
そして治療代として、へそくりからなんと大枚金貨三枚を出したのである。
だけでなく、なんとゼヴルファーもこっそりと、うちの叔父をよろしく頼む、というように、金貨二枚を渡していたのだ。
雪安は受け取るのを拒否したのだが、どちらも無理やりに押し付けた。
万年金欠の鉄拳魔王家ではあるが、こういった払いにはケチケチしない。
だからこそ、金欠であるのだが。
「先生の手だけでは、足りないからなんだそうです」
「手が足りない、っすか?」
「はい。先生は魔法の制御はお得意なんですが、魔力の量はさほど多い訳じゃないんです。ですから、治療の時には私がお手伝いをしてるんですよ」
「あー、それで!」
確かに、雪安は治療の時、おトキを呼ぶことがあった。
そういう事情だったらしい。
ゼヴルファーやリットクはこの辺りのことを一目で理解していたのだが、ダイ公は全く分かっていなかった。
何しろダイ公の目から見れば、魔王も町人も変わらない。
人の二倍三倍程度の差になど、全く気が付けないのである。
「それに、ちょっとした病気や怪我で毎回魔法治療を行っていては、時間もかかりすぎます。ちょっとしたものなら、薬で治した方が良いんです」
「そりゃ、そうっすよねぇ」
「なにより、雪安先生は違いますが、普通のお医者様に見て頂くには、お金がかかりすぎますから」
「そうだ! それが一番大変っすよねぇ!」
「酷い病気や怪我は、魔法で。そうでなければ、お薬を出して。そうすれば、今の何倍もの患者さんを診ることが出来る。雪安先生は、そうお考えのようです」
ダイ公は心底感心した。
医者という人種には、ダイ公は何人もあったことがある。
大魔王として会うときなどはかしこまっているが、巷で遊んでいるときに見かけると、それはもう偉そうな態度であった。
自分は頭が良くて金持ちである、という気配を隠そうともしない。
ダイ公からすると、苦手な種類である。
「大魔王都には人が多いですが、お医者様が少なすぎるんです。だから、一人でも多くの方を治療できるよう、薬を使うことも大切なんだそうです」
「それで、こんなに薬を!」
「雪安先生は、魔法の技術も素晴らしいんですが、それ以上に薬に大変詳しいんです。昔から、今の医療には薬が必要だ、って思っていらしたそうですよ」
「はぁー! すごい人ってのは、昔からすごいんすねぇ!」
ダイ公にそういわれ、おトキは嬉しそうに笑う。
その表情には、師匠を褒められた嬉しさだけでなく、いささかの好いた相手を褒められたテレの様なものも見て取れる。
まあ、何しろゼヴルファーですらあの短い間に察することが出来たほどであり、驚くほどわかりやすいものであった。
そんな表情にすら気が付かないのだから、これはもはやダイ公は鈍感、とか、そういった物ではない。
色恋の微妙な機微にまるで気が付かずにいられる才能、と言ってもよいほどのものであった。
船手頭、水鞭魔王ヒョルゴウドは、自分に頭を下げている男を見やり、唸り声をあげた。
「やはり、難しいか」
「はっ。なにぶん、文献も何も残っておりません。あれこれと試してはいるのですが、正直なところ見当もつかぬ有様」
「難しい事とはわかっておったが、それほどか」
「面目次第もございません」
「いや、謝ることはない。そもそも、材料がわかっただけでも、素晴らしい功績なのだ。流石、名の売れた名医よのぉ」
全く本心からの言葉である。
いくら薬の現物が手に入ったとはいえ、もうずいぶん昔に作られたものなのだ。
そこから材料を暴いただけでも、十分すぎるほどの手柄と言える。
「だが、どうしたものか。医学の知識や魔法はお主に勝る者はおらぬとして。薬に関する知識や技量で勝るものは、どこかに居らぬか?」
「実は、魔王様。全くの偶然なのですが、一人だけ。この大魔王都に居るのです。薬だけ、いえ、見栄を張るのは止めましょう。医学全般に置いて、この私に勝る男が、一人だけ」
「それほどの医者が?」
ヒョルゴウドの前にいるのは、大魔王都でも指折りの名医と呼ばれる男である。
名を、楼悦という。
腕もいいが、治療費が途轍もなく高い事でも、名の知れた医者である。
そして治療費にもまして、気位が高かった。
そんな楼悦が、自分よりも上というのだから、その医者は相当な名医に相違ない。
「名を、雪安と申します。大魔王都では名前を聞かぬゆえ、タンチ港にいるものと思っておりましたが。先日たまたま見かけたのです」
「ほう。街中でか?」
「はい。何を思うてか、貧乏人共を安い治療費で診てやっておるようです。金のないものにこそ、医術が必要だなどと。昔から愚にもつかぬことをほざいていたのですが」
あからさまな侮蔑を隠そうともしない楼悦に、ヒョルゴウドは「ふむ」とだけ言う。
曲がりなりにも、ヒョルゴウドはご領地を頂く魔王である。
貧乏人が金の無さによって傷病に苦しむというのは、よく聞く話であった。
それらを自ら進んで診ようというのだから、その雪安というのはなかなかの仁なのではないか。
もちろん、そんなことを言えば楼悦は機嫌を損ねるであろうから、口には出さない。
「して。その雪安とやらであれば、例の薬、作ることが出来そうなのか?」
「まず、間違いなく」
人としてはともかく、楼悦は間違いなく、医者として一流である。
その楼悦の言葉であるから、「間違いなく」なのだろう。
「ではその、雪安とやら。どうにかしてこちらに引き込むか、あるいは、無理やりにでも言う事を聞かせるか」
ヒョルゴウドとしては、どちらでもよかった。
まずは薬を完成させること。
それさえできれば、あとはどうとでもなるのだ。
場面ごととなります関係上、文章量が短くなっております
申し訳ない
解説:
船手頭
幕府の要職の一つであり、船に関する様々なこと
例えば製造から、一般の船の運航など、船に関することのほとんどを取り仕切る
定員は五名
階級としては、若年寄と同格
若年寄は、老中の補佐、とされている
老中は四天王家に次ぐ役職
つまり若年寄とは、大魔王、四天王家、老中に次ぐ地位ということになる
それと同格であるわけだから、船手頭の権力は相当なものであった




