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風来坊必殺拳 「夢見の粉」5

「湯飲み! もっと大きな湯飲みはなかったかにゃ!? ええ、面倒な! 鍋でよいわい!」


「戻ってからずーっとあの調子ですが。ご老体に何があったのです?」


 城中を落ち着きなく歩き回っているリットクを見て、アルガは首を傾げた。

 ゼヴルファーはと言えば、苦笑しながら茶などを啜っている。


「いやなぁ。話せば長くなるんだがよぉ」


 リットクは、ネコイタ病なる病を患っているらしい。

 雪安先生がそれを見つけ、治療をしてくれた。

 弟子であるおトキとの協力した魔法で、尿の道にできた魔石を砕いたのである。


「俺も知らなかったんだが、本当に知恵猫って種族はあるんだなぁ。特別魔法力が強い種族だそうで、普段から魔法を使っていないと、体の中に魔石が出来ちまうことがあるんだとさ」


「はぁ。体の中に、ですか」


「そう。普通はさして悪さをしねぇんだそうだが、これが尿の道にできちまうと、よろしくねぇ」


 知恵猫は特に尿の毒に弱い生き物らしい。

 なのできちんとこれを排泄しないと、てきめんに弱ってしまうそうなのだ。

 尿の道が塞がれてしまう、などというのは、ほかの生き物にとって以上に、致命的なことなのである。


「それで、魔法でその魔石を砕いた、と。よくもまぁ、そんな細かいことを」


 体の中に魔法を通す、というのは、相手の許可があればそう難しいことではない。

 ただ、体の中のほんの小さな塊。

 それも魔石などという強固なものを的確に砕くというのは、尋常ならざる腕前である。

 何しろまかり間違って体の中を傷つけようものなら、大惨事になるのだ。


「ああ。相当な腕前だぜ、あの先生」


「それが、あの騒ぎとどうつながるんです?」


「うっぷ、ううん、もう飲めぬにゃ。いや、まだまだ!」


 心底不思議そうなアルガに、ゼヴルファーは再び苦笑を漏らす。


「魔石は砕いたが、それだけだ。体の外に出してやらにゃぁ、ならねぇ。つまり、尿で出すわけだ」


「ああ、それでご老体はずーっと水を!」


 たくさん水を飲み、早く砕かれた魔石を出してしまいたい。

 というわけである。

 アルガは、ようやく得心行った、というように手を叩いた。

 だが、またすぐに首を捻る。


「ですが、若。その病気、エリクシルで治らないのですか?」


 エリクシルとは、万能薬、などとも呼ばれる薬の事である。

 おおよそあらゆる傷病を癒し、命を長らえさせるといわれていた。

 実際、相応の効果を持っており、ほとんどあらゆる病や怪我を癒してくれる。

 ただ、これには一つだけ、致命的な欠点があった。

 恐ろしく高いのだ。

 材料を用意するだけで、金貨十枚。

 加工に必要な材料や技術、雇わねばならぬ人にかかる金などは、さらに金貨数十枚。

 そのほかにも、使用するには必ずお上に届け出を出さなければならない。

 これの費用に、さらに金貨数十枚。

 都合、最低でも金貨百枚は必要な薬なのである。

 万年金欠の鉄拳魔王家には、縁遠い薬。

 と、思いきや。

 実はとある理由から、これをある程度自由に使う権利を、鉄拳魔王家は有しているのである。


「おお、治るらしいぜ。雪安先生に確認したからよぉ。ただ、まぁ、金のかかる薬だからなぁ。使わねぇで済むなら、その方が良いってよぉ」


「ずいぶん気を使ってくださった物言いですね。お金がないでしょうし、とは言われませんでしたか」


 リットクもゼヴルファーも、金を持っているように見えなかったのだろう。

 実に慧眼である。

 もっとも、今日日金に余裕のある武家などというのは、角の生えた兎程度には珍しいものだろう。


「それで、若はそんなに落ち着いていらっしゃるわけですか」


「まぁ、そういうこったなぁ。リットクだって、落ち着きゃ気が付きそうなもんなんだが。まぁ、よっぽどその病が恐ろしかったんじゃねぇかなぁ」


「私は病や怪我と縁がない体になってそれなりになりますが。そんなに恐ろしいものだったですかね? 死んだら幽霊になればいい、と思うのですが」


「そう簡単になれるもんじゃぁねぇだろうに」


 誰でも幽霊になれるなら、世話はない。


「出たっ! 出た出たっ! よぉし! だが、まだまだ! 全部出し切ってしまわねばっ!」


 どたどたという足音と、すこぶる機嫌のよさそうな声が聞こえてくる。

 どうやら、粉々になった魔石は、無事に排泄されたらしい。


「全く、リットクのヤツも、何もそんなこと叫ばなくっていいだろうによぉ」


 ゼヴルファーはそういうと、ようやく畳の上に座った。

 これまで、ずっと立ちっぱなしでいたのだ。

 なんだかんだと言って、リットクのことが気にかかっていたのだろう。

 もちろん、アルガはそんなことを指摘するほど、野暮ではない。


「それで。肝心のおトキさんというのは、どんな方だったんです?」


「ああ。いい娘さんだったぜぇ? ただなぁ。ありゃぁ、望み薄だろうなぁ」


「相変わらずですか」


「おお。相変わらずと言えば、ダイ公のヤツもう診療所でせっせと働いてたぞ」


「相変わらず、人の懐に飛び込むのが得意な方ですね」


 昨日の今日である。

 それで、まるで当たり前のように診療所で働いていたのだ。

 患者にまで、「精が出るねぇ」などと馴染みのような顔で言われていたほどである。

 大魔王としての力を使っているとは思えないので、おそらくそういう種類の才能があるのだろう。

 ただ、それが恋路に役立ったことは、残念ながら一度たりとも無い。


「潜入能力だけならば、忍びの領域ですよ。まあ、魔王家の上屋敷にもぐりこんだぐらいですから、今更と言えば今更ですが」


「思い出させるなってぇの」


 以前の事である。

 とある魔王家の女中に一目ぼれしたダイ公は、あろうことかその魔王家の上屋敷に下働きとして侵入。

 さも当然といった顔で、庭掃除などをしていたのだ。

 あの時は、本気で肝を冷やしたものである。


「まぁ、とりあえずしばらくぁ、ほうっときゃぁいいさ。そのうち諦めるだろ」


「絶対ろくでもないことになりますよ」


「つったってよぉ、どうしようもねぇじゃぁねぇか。おトキちゃんに好いた相手がいるってったって、てめぇの目で見るまで納得するたまじゃぁねぇだろ」


「でも、大丈夫ですかねぇ? ダイ公殿が何かやらかすたびに、私叱られてる気がするんですよ。先日の銀箸もそうでしたし」


「ありゃぁ、お前が悪ぃんだろうが! ダイ公を唆すんじゃねぇ! とにかく、しばらくは様子見だぁ。しばらくは」


「絶対ろくなことにならないと思うんですがねぇ」


「どうせ何か起こって、騒ぎになるんだ。それまで美味いもんでも食って英気を養っておく方が利口ってぇもんだ」


「私は食事できないんですがねぇ」


 後日、あの時見張りでもさせておけばよかった、と、ゼヴルファーは深く後悔することになるのである。

解説:

鉄拳魔王家には、初代大魔王様から下賜された「大魔王七名物」一つ「魔法杯」があります

これは「魔力を籠めるとエリクシルが湧き出る」という魔法の道具であり、その効果は当時としてはとてつもないものでした

今となっては、エリクシルはお金さえ積めば手に入るものであり、豪商や力のある魔王家などが使うことも、珍しくありません

それでもエリクシルを作ることが出来る、ということの有用性はとてつもないものなのですが、一つ欠点があります

それはとてつもない魔力を必要とする

それも、一人から抽出した、混じりけの無い魔力でなければならない

というものです

必要とする魔力は、四天王や鉄拳魔王でやっと賄えるほど

それを、複数人で、あるいは魔石を使って補うことなく、用意しなければなりません

四天王や鉄拳魔王は大魔王都の守りのかなめであり、そうそう「へろへろ」になっていてもらっては困ります

ですので、鉄拳魔王家が「魔王杯」を使うには、ほかの四天王全てからの許可が必要になります

当然、非常に面倒くさい手続きが必要になるのですが、ゼヴルファーはリットクのためにそれをやロるのは惜しくない、むしろ当然だと思っているようです

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― 新着の感想 ―
[一言] 体調に気を付けてください。 更新も調子が良い時にお願いします。
[一言] 知恵猫のリットクさんでも親の死因となった病となれば焦るのも無理ないですね そして大魔王様は何をやらかしたのか…
[一言] 惚れ込んだの医者としての腕だけじゃ無い、ってことか。
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