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風来坊必殺拳 「夢見の粉」3

 鉄拳魔王の名は伊達ではない。

 振るわばたとえ相手が幽霊であろうとも打撃を与え、大魔王様とて涙目になる。

 取り上げた銀箸を渡すと、忍びは申し訳なさそうに頭を下げつつ、茂みに入っていく。

 ダイ公相手に文句も言えぬが、とはいえきちんと銀箸を取り返さねば、お咎めを受けるはず。

 最終決戦も遠くなりにけり。

 戦乱の世が終わり随分と経ち、忍びもその役割を失いつつあるのか、と思いきや。

 存外こういうどうでもよい仕事ならば、いくらでもあるらしい。


「ああっ! 私の銀箸がぁ! 銀だけでは強度不足であるため、オリハルコンを一定量加えて強度を高めた逸品ですのに! あまりに丈夫であるために彫金がしにくく、凄腕の職人が手間暇かけて作るという傑作がぁ!」


「お前のじゃねぇだろ!」


「痛いっ!」


 反省が足りないらしい幽霊家令にもう一つ拳骨をくれてやり、ゼヴルファーはため息を漏らした。

 別に、ダイ公が正規に「お下げ渡し」でもするならば、咎めはしない。

 咎め立てする理由もない。

 ただこの家令とダイ公は、それを分かったうえで、あえて盗み出そうとするのだ。

 何かしらのこだわりがあるのかもしれないが、迷惑千万な話である。


「で、大方の予想は付いてるけどよぉ。なんだってこんなことしやがったんだ、おめぇらは」


「違うんすよ、兄貴! こんなこともしなくちゃならねぇぐらい、大事なことなんですって!」


「そうですとも! ダイ公殿の恋路ですよ!」


「やっぱりそうなのかよ」


 心の美しいもの、というのは、そうはいない。

 まして大魔王様に見初められるほどとなれば、稀である。

 しかし、である。

 何しろこの大魔王都は、天下で最も栄えた都市。

 当然人の数も天下一と相成れば、大魔王様の御眼鏡にかなうものも、少なくなかった。

 で、あるがゆえに、ダイ公が「一目惚れ」をするのもこれが初めてではない。

 その結果は、といえば。

 ダイ公が未だに独りふらふらと遊び歩いている所から、察することが出来ようというものである。


「やっぱりってなんすか! 今度こそうまくいくかもしれねぇじゃぁねぇっすか! 二十九回目の正直ってやつで!」


「よかったな、今回で記念すべき三十回目じゃねぇか」


「ひでぇ!! 端から期待もしてねぇだなんて、あんまりじゃねぇっすか!!」


 なにしろ、今まで二十九回悉く失敗しているのである。

 うんざりもしようというものだ。

 とはいえ、それで済む立場でも「使命」でもない。


「わかったから。今日はさっさと寝床に帰ぇれ」


「なんでっすかぁ!」


「きっちり剣魔王殿に叱られてこい!」


「いやだぁあああ! 絶対めちゃくちゃ怒られるじゃねぇっすか!」


 嫌がるダイ公を追い出して、それでおしまい。

 というわけにいかぬのが、ゼヴルファーの辛い所である。


「おい、アルガ。相手はわかってんだよなぁ?」


「は、もちろんです」


「ほかの連中と手分けして、どんな人物なのか探ってこい。ったく、なんだってこんな事させにゃぁならねぇんだ」


 まったく、大魔王様にお仕えするというのも楽ではない。

 こんな自分だけならばまだしも、家臣に要らぬ苦労を掛けるというのは居た堪れなかった。

 かといって、鉄拳魔王であるところのゼヴルファーに、人の素行を調べる能力など皆無である。

 下手に動こうものなら、かえって厄介ごとを呼び込むだけ。

 ならば、座して配下に任せるしかない。

 何故こんなことをせねばならんのか。

 ゼヴルファーは額を押さえ、ため息を吐いた。




 ネギ味噌、というと保存食を思い浮かべる。

 だが、保存のきかぬネギ味噌、というのを、アルガが時々作る。

 まずはネギだが、これはすべて細い輪切りにしておく。

 長ネギで、青い部分から白い部分まで、全てを使う。

 鍋にごま油をひき、温める。


 ごま油は、しぼりたてが良い。

 取り置きとは香りからして違う。

 搾りたてのごま油にネギとかつぶしを混ぜ、炊き立ての白飯に乗せる。

 これにしょうゆを回し掛けてやると、驚くほど旨い。

 なにより、香りが良い。

 鼻から抜けるような胡麻の香ばしさと、さらりとした油っ気。

 しょうゆとかつぶしのうま味を、ネギの辛さがきりりと引き締める。

 ごま油を絞る時期にしか食べられぬ、季節の贅沢品である。

 まあ、それはともかく。


 ごま油が温まったら、味噌、酒、みりんで伸ばす。

 好みで、砂糖や鷹の爪などを入れてもよい。

 鉄拳魔王家で作られるこのネギ味噌は、酒の当てになることが多い。

 なので、甘みは抑え、鷹の爪を入れることになっていた。

 しっかりと味噌が伸びたら、火から上げる。

 そこにネギを入れて、ざっくりと混ぜる。

 ネギに火をとおし過ぎず、ジャキジャキとした食感を残すのがコツだ。

 これで、出来上がりである。

 あとは小皿などに乗せて、そのまま舐めるもよし。

 焼き豆腐などに塗って食べるもよし。

 ゼヴルファーは、まっさらな焼き豆腐に、自分でこのネギ味噌を乗せて食べるのを好んだ。

 先に塗って一緒に焼くのもよいが、自分で加減を考えながら食べる、というのも乙である。

 酒を楽しみながら、さて、次はもう少し味噌を多めに、いや、ネギも欲しい、などと考えながら食べるのだ。

 一国、は、ご領地がないので違うにしても、一城の主としては、いささか貧しくも見える楽しみ方かもしれない。

 だが、むしろこれは贅沢であると、ゼヴルファーは思っている。

 なにしろ、ネギもよいものであれば、ごま油は搾りたてのもの。

 近所にある油問屋で作ったものを、買い求めてきたものである。

 そして豆腐は、恐ろしく頑固で有名な豆腐屋から、ゼヴルファー自ら買い求めたものだ。

 いかな魔王家のご当主様とて、いや、ご当主様であらばこそ、そうそうありつけない「贅沢」なのである。


「ああ、やっぱりうめぇなぁ」


 夕食後、わざわざ縁側に出て、月を眺めながら酒を飲む。

 ドライアドの庭師であるエルゼキュートの手で整えられた庭は、見惚れるほどに美しい。

 鉄拳魔王城の、数少ない自慢の一つである。


「いやぁ、まこと結構にございますにゃぁ」


「おう、リットク。おめぇさん、ネギ食っても大丈夫なのかい?」


「猫は猫でも、知恵猫でございますれば。むしろ美味しく頂けるというものでございますにゃ」


 種族の坩堝である大魔王都ではあるが、この家老リットク以外に「知恵猫」なる種族を、ゼヴルファーは見たことがなかった。

 知らぬだけかもしれないが、大魔王都のあちこちを歩き回っているゼヴルファーである。

 その目に入らぬというのだから、珍しい種族なのかもしれない。

 縁側には、ゼヴルファーの数少ない家臣たちがそろっていた。

 家令、幽霊のアルガ。

 家老、知恵猫のリットク。

 馬廻り、アイアンゴーレムのソウベイ。

 庭師、ドライアドのエルゼキュート。

 以上、四名。

 鉄拳魔王家の家臣、総出である。

 酒を楽しんでいるのは、ゼヴルファー、リットクの二名。

 アルガはお供え物よろしく酒を置き、その生気を啜っている。

 まあ、酒に生気があるのかはわからぬが、本人が満足そうなのでそれでよかろう。

 ドライアドであるエルゼキュートは、水を飲んでいる。

 植物であるから、それがよいらしい。

 ソウベイはといえば、なにも飲み食いしていなかった。

 ゴーレムというのは、そうそう飲み食いを必要としないものなのだ。


「で、おトキちゃんだっけ? どんな娘さんだったんだい?」


「では、僭越ながらまず私から。エルゼキュート殿の調べてきたものも含めてご報告を」


 手を上げたのは、アルガである。

 家臣ともども酒を飲みながらの報告とは、何たることか。

 と、思われるかもしれないが、これが鉄拳魔王家では常であった。

 何しろ魔王含めて五名しかおらぬ家中である。

 肩肘張ったところで、見栄を張る相手もいないのならば、気楽にやった方が良い。

 絞めるところは絞めねばならぬだろうが、無駄なところで見栄を張ってもしょうがない。

 初代様が言い残したことであり、これが鉄拳魔王家の家風なのである。


「まず、出自についてですが。呉服屋、八分咲の次女でした」


「ほう、八分咲の! 名店ですにゃぁ。あそこで着物を用意しようとすれば、最低でも金貨十枚。もちろんそれだけでは済むはずもありませんから、それはもう恐ろしい金額になるそうですにゃ」


「全くその通りで。いくつもの魔王家に御用達を頂いている、老舗中の老舗です」


「俺ぁ、聞いたことねぇなぁ」


 ゼヴルファーが首をかしげるのを見て、アルガは首を横に振った。


「まぁ、何しろ高級店です上に、女性向けの着物のお店ですからね。若がご存じないのも、無理からぬことかと」


「縁がねぇ世界ってことか。で?」


「その老舗である八分咲の今の店主が、数年前に大病を患いました。様々な医者に見せましたが、誰もがさじを投げます。藁にも縋る思いで行きついた先が、とある貧乏医者でした。ところが」


「ほう、ところが?」


「なんと、この食うにも困っているような顔をした貧乏医者が、その病を綺麗に治してしまったのです」


「病名はわかってるのかい?」


「なんでも、エルフ腹痛、というものだそうで。エルフ特有の病だそうです」


「なんと、エルフ腹痛を治したと!?」


 声を上げたのは、リットクである。


「なんでぇ、リットク。知ってるのかい? その、エルフ腹痛とかいうの」


「はい。腹の中の出来物が原因なのだそうですが、なにしろエルフしか患わぬ病でして。何しろ発病も稀でございますれば、これを治療できる医者となると。相当な名医でございましょうにゃ」


 この時代、医者になるには資格などは必要なかった。

 医者と名乗りさえすれば、誰でもその時から医者である。

 何しろ魔法で治療を施せるわけだから、ヤブと頭に付くような医者がいくらでも湧いて出る。

 ところがこの「魔法」というのが曲者で、何でもかんでも魔法で解決、というわけにはいかなかった。

 どのような種族か、どのような病気か、あるいは怪我か。

 体調なども確認しながら、何千とある魔法の中から効果的なものを選び、的確に、適切な力でもって扱ってやらねばならない。

 病の中には、体を切り開き中に直接魔法をかけねばならぬものもある。

 医者などはいて捨てるほど、名医はほんの一握り。

 そんな言葉が流行るように、よい医者を探すのはとにかく難しい事だったのである。


「これにいたく感動した八分咲の次女、おトキ殿。父親が快復すると同時に、その貧乏医者の門戸を叩き、弟子にしてくれと頭を下げたわけでございます」


「簡単に弟子にしてくれたのかい?」


「日の出前から日没後まで、一か月毎日門前に座り込んだそうです。通ってくる病人達の世話などもしつつ、それはもう雨の日も風の日も」


「老舗呉服屋の娘がかぁ? そりゃぁ、すげぇ粘り腰だなぁ」


「ついには患者達も味方につけて、貧乏医者先生も折れぬわけにはいかなくなった。という次第のようです」


「その、貧乏医者先生ってのは何者なんだい?」


「雪安先生とおっしゃって、タンチ港で医学を学んだ方のようです」


 タンチ港というのは、遠く別の大陸と結ぶ大型船が行きかう港の一つである。

 特に医学を学べる学問所が多くあり、まっとうに医学を志すものならば、一度は目指さねばならぬとされる場所であった。


「調べてみて、驚きました。生命館を首席で卒業したお方だそうですよ」


「おいおいおい、ホントかぁ? 生命館っていやぁ、俺でも知ってる名門だぞ!」


 世界中からあらゆる医学的知識が集まる、この時代の最大にして最高学府である。

 そこで主席となれば、名医で当然。

 ゼヴルファーだけでなく、アルガ以外の全員が驚いていた。


「なんでそんなお医者先生が、貧乏医者なんてやってんだ?」


「元々、大魔王都の出だそうでして。両親も早くに亡くなり何とか貧乏長屋で一人暮らしをしていたのだそうです。幼いころより医者を志していて、学問所でも成績優秀。ところが、先立つものがない。あきらめかけていたところを。当時の長屋の住民達が、金を出し合ってタンチ港への旅費を捻出してくれたのだそうです」


「とはいっても、入学金だって相当なもんだろう?」


「もちろん。それは目玉が飛び出る金額が必要なのだそうですが、試験で優秀であれば、免除されるのだそうで」


「よっぽど優秀なお医者先生ってことかぁ。そっちも気になるが、本題はそのおトキって娘の方なんだよな。まあ、一度会って見ねぇことには、どうもこうもねぇかなぁ。おう、リットク」


「はっ! 何でございましょうかにゃ」


 ゼヴルファーに声をかけられ、リットクは居住まいを正す。


「お前ぇさん、ちぃっとばかり病になってくれねぇかい?」


「はっ!? いや、ううむ、なるほど。そういうことでございますにゃ」


 病になったふりをして偵察をしよう、というのである。


「俺も付き添いで行くからよぉ」


「ならば、若が病ということになされば。いや、ううむ。まあ、それは難しいですかにゃぁ」


 鉄拳魔王たるゼヴルファーは、いかにも頑丈そうな見た目をしている。

 病を得ているというのには、いささか健康的すぎた。


「ただ、若。これだけは言うておきますが、若のお申しつけだから、医者にかかるのですぞ。このリットク、歳はとってもまだまだ健康にございますにゃ」


 いかにも不本意、という顔でいうリットクに、ゼヴルファーは苦笑するしかない。


「わかってるよ。まぁ、上手いこと一芝居うってくれ」


 ゼヴルファーはそういうと、ネギ味噌を酒で流し込んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 30回目のプロポーズw (尚、そこまでたどり着かない模様) [一言] ネギダレおいしいですよね 下味控えめにした唐揚げにたっぷり載せて食べるのが好きです
[一言] ダイ公…30回目の…(ToT) 今回はダイ公も憂さ晴らしで立ち回りするのかな? 彼にも春が来ますように ( ^ω^ )
[良い点] いつも更新を楽しみにしております。 [気になる点] >仮病 「てぇへんだ! ウチの化猫がネギ喰っちまったんだ先生!」 「だから知恵猫だから大丈夫と言っておるでしょうが」 「大丈夫じゃねぇか…
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