風来坊必殺拳 「夢見の粉」1
大魔王都には、二つの城がある。
一つは言わずと知れた大魔王城。
いま一つは、鉄拳魔王城。
ただ、これを聞くと首をかしげるものが多い。
「大魔王都の東西南北を守る、四天王様のお城を忘れちゃいねぇかい?」
大抵の大魔王都っ子はそういうはずである。
これに、少しは世に明るい年寄りなどが、したり顔でこう答える。
「いいかい? 大魔王都にある四天王様のお城は、そりゃぁ立派なもんさ。
だがね、実はあの建物は、大魔王都を守る結界を張るために作られた、砦なんだよ。
大魔王都が大きく、人が集まるにつれ、結界も大きくしなくちゃいけなくなった。
それに合わせて、砦も大きくしなくちゃ間に合わない。
あっちを建て増し、こっちにも、なんて具合にやってるうちに、今の姿になったわけさ。
何しろ、どう見たって砦なんてぇものじゃないだろう?
本当は結界を張るための砦なのが、いつしか四天王様のお城、なんて呼ばれるようになったわけさ」
つまり正式には四天王の城は城ではなく、砦なのである。
だが、いつしかそんな建前はだれもが忘れ、大魔王城に登城する魔王達まで、「四天王の城」と呼ぶようになった。
今ではその「建前」を知るものは、よほど歴史に明るい知識人か、古くから大魔王都に暮らして居るものだけになってしまった。
とはいえ、本来はそういうことになっているわけだから、治世にかかわるものであれば知っていてしかるべき話ではある。
のだが。
「へぇー! そいつぁ知らなかった! いや、やっぱ年寄ってなぁ物知りなもんすねぇ!」
ダイ公は全く知らなかったようである。
いや、正しくは聞いてはいたし、一時は覚えてもいたが。
それらをきれいさっぱり忘れていたのである。
獣魔王城の良く見える茶店でそんな話を聞けたのは、ダイ公にとって思いがけぬことであった。
もしここに教育係でもある四天王の一人、剣魔王が居れば、さぞかしがっかりしていたことだろう。
だが、幸か不幸か今はお忍びの真っ最中。
大魔王城から抜け出して、旨いと評判の団子を頂いている所であった。
この店の団子は、しょうゆだけで焼き上げたものであった。
昨今の流行はしょうゆと砂糖の「みたらし」である。
大魔王都っ子は甘辛い味を好んでおり、魚や野菜の煮付けなども、砂糖を使った甘辛が多かった。
そんな中にあって、しょうゆの味付けだけの団子を出しているこの店は、店主のこだわりというよりも、怠惰の気持ちからくるものが強いようだった。
何しろ店主自ら、
「今更新しいことを覚えるってなぁ、億劫だよ。しょうゆだけで焼いたって不味いってわけじゃぁねぇんだ。物好きが食いに来るだろうさ」
と言っている始末である。
その物好きがそこら中から集まって、これで案外繁盛しているのだから、世の中というのは不思議なものである。
さて、そんないささかずぼらな店主が作る団子だが。
これが案外、悪くない。
いわゆる、うるち米だけを使って作ったもので、ねっとりとしているようで思いのほか歯切れがよい。
もち米のような粘り気の強さはないのだが、それがかえって噛み心地の良さに繋がっていた。
噛むごとに増す甘みも、米の良さから来ているのだろう。
注文を受けると、せいろで蒸していた団子を取り出し、壺に入ったしょうゆにくぐらせる。
砂糖やら、秘伝のダシやらとは無縁のもので、まさにしょうゆだけ。
味付けはそれで十分とばかりに、それを炭火の上に乗せ、焼き目を付ける。
せいろでしっかりと蒸してあるから、炭火は焼き目を付ける程度。
だが、この匂いがよろしくない。
何しろしょうゆを焼く匂いというのは、腹を空かせる特効薬のようなものである。
注文が入るたびにそれを往来に振りまくものだから、みたらし流行りに乗れない物好きも集まろう、というものであった。
味の方も、もちろん悪くない。
真っ白な団子の表面に、しょうゆの色とコゲの黒が乗る。
ここに、焼いたしょうゆの香りが付いてくるのだから、たまらない。
一つ目を齧り、歯で引きはがす。
コゲの僅かな苦みは、不快などではなくむしろ心地よい。
しょうゆ独特のコクのある塩味を噛みしめていくうち、米の甘みが顔を出す。
ここに茶を入れるのもいいのだが、昼間から酒などを一杯流し込む者もいた。
ダイ公に四天王のお城について講釈していた年寄りが、まさにその口である。
商家のご隠居らしく、団子を肴に一杯やっていたところ、間の抜けていそうな若者に出くわした。
その若者があまりに獣魔王城を褒めるものだから、思わず知識を披露したわけである。
このご隠居、少々自分の物知りをひけらかしてしまう悪癖があり、自分でもそれを直さねばと思っていた。
ゆえに、こんな話をしてしまい、しまった、と思ったのだが。
ダイ公は嫌がるどころか、むしろ大げさなまでに感心している。
「いやぁ、ご隠居さん話が上手い上に丁寧だもの! なるほどそうだったのかって、ってな具合に、感心させられちまったね!」
全く本心からの言葉である。
さすが商家のご隠居だけあって、話し方も確かに上手い。
だが、それと相まって、このダイ公という男、驚くほどの聞き上手なのだ。
ちょっとした話に、全く本心から驚いたり感心したりする。
この、「本心から」というのが重要で、聞いている方にとってはこれが何よりうれしいし、楽しい。
「そうかい? そう言って貰えると嬉しいね。どうだい、もう一杯」
「えっ?! いいんすか?! いやぁ、断るのもわりぃや! 遠慮なしに!」
このダイ公、どこに行ってもまさにこんな具合で、ただ酒ただ飯にありつくのが上手かった。
まったく、お城のものが見ていれば頭を抱えそうな光景ではあるのだが。
ゼヴルファーなどに言わせれば、これがまさに大魔王の大魔王たるゆえん。
人たらしの才なのだと。
まあ、頭を抱えながらいうであろう。
すっかり酒とだんごをご相伴になったダイ公は、いい心持で歩いていた。
鉄拳魔王城に向かう道すがら、人通りの少ない寺院近くの道である。
鼻歌などを歌いながら歩いていると、道端に蹲る老婆の姿が目に入った。
はじめは休んでいるのかと思ったのだが、どうもそうではない。
辛そうに顔をゆがめながら、足首をさすっているではないか。
「おっとっと! どうしたんだい、ばぁさん!」
「なに、足を捻っちまってねぇ。お医者先生のところに行こうと思ったんだけど、この有様だよ」
「そいつぁいけねぇ。無理しちゃなんねぇよ」
こういう人を放っておけないのが、ダイ公の性分である。
ダイ公は老婆を背負うと、その指示に従って歩いた。
時々通る道なのだが、歩き回っているわけではないので、土地勘はない。
言われるままに歩いていると、一軒の家の前に出た。
少々、いや、かなり古びた建物であり、なかなかのボロ屋である。
そんな場所にもかかわらず、多くの人が集まっていた。
「おう、すまねぇ! お医者先生のお宅はここかい?」
「そうだよ。おや、急病人かい?」
「なに、このばぁさん、足を捻ってるみたいでね。道で蹲ってたのを、連れて来たのさ」
「そりゃ大変だ! とりあえず、おトキちゃんを呼んでこねぇと!」
「ちょいと、おトキちゃん!」
「はーい! 今行きます!」
「ばぁさん、もう心配いらねぇみたいだよ! いま、そこに下ろすからな!」
老婆を縁側に座らせ一息つくと同時に、ふすまが開く。
現れたのは、白衣を着た女性であった。
お医者先生なのか、お手伝いなのかはわからないが、きりりとした姿である。
ダイ公は思わず、息を吞んだ。
美しい、あまりにも美しい娘であった。
見た目だけの話ではない。
その心根も、間違いなく凛と美しいものだったのである。
ちゃらんぽらんなように見えても、ダイ公は当代の大魔王様である。
その目は「姿」だけでなく、「心」までも見抜く、いわゆる魔眼であった。
様々なものを見通すその目は、ただ着飾っただけ、見た目がよろしいだけのものを「美しい」とはとらえない。
むしろ余人には到底見通せぬはずの心根の清さにこそ、美しさを見出すのである。
もちろん、だからと言って外見が悪いわけでは決してない。
むしろこの娘は外見もすこぶるよく、居るだけでまるで花が咲いたように周囲が華やかになるようである。
外見も、中身も、驚くほどに美しい。
「まぁ、ツネさん! どうしたんです?」
「ちょっと足を捻っちまってねぇ。道で難儀してたら、この人が背負ってここまで連れて来てくれたのよ」
「まぁ! それは、ありがとうございます! 大変だったでしょう?」
「へっ!? いえっ、そんな! 全然大したこたぁ、なかったでございますです、はい」
「とにかく、ツネさんを先生におみせしないといけません。忙しなくて申し訳ないんですが」
「いえいえいえ! そんな、そりゃそうですとも、はい! すぐに、お医者先生に診ていただいて!」
ダイ公がバカのように首を縦に振るのを見て、おトキと呼ばれた娘はクスリと笑った。
その笑顔があまりにまぶしく、ダイ公はぽかんとした顔になる。
おトキは老婆を支えながら、家の奥へと入っていく。
「おい、兄さん、だいじょうぶかい?」
「あらら。こりゃダメだ。おトキちゃんに見とれちゃってるよ」
「器量よしだからねぇ、仕方ないわよぉ」
周りの者たちに声をかけられても、ダイ公はしばらく突っ立ったままであった。




