手学庵お節介帖 「かどわかし騒動」10
ウェストシー商会のセンザエモンは無事に御用となり、改めて調べが行われている。
調べれば調べるほど余罪が出てくるのだそうで、その調べに北町奉行所は大わらわになっているそうだ。
「だからさ、夜中にお奉行所の前を通ると、けっこう売れるんだって、うちの父ちゃんが言ってたよ」
「お前の父ちゃん、夜鷹蕎麦屋だもんな」
「そうそう。同心様はありがたいお客さんだよ。ケチらないで天ぷらも頼んでくれるから、ありがたいんだ」
手学庵に集まる子供達の親は、様々な仕事に就いている。
そのため、集まってくる情報は多種多様。
意外なほどに耳が早く、エンバフはいつも驚かされていた。
「そうだ、賽の目の親分さんのところに行かなきゃいけないんだ」
「どうかしたの?」
「手紙を出したいから、飛脚を頼みたいんだってさ」
ゴンロクとモスケは、“賽の目”のナツジロウ一家に世話になることになった。
そして、セイイチロウの言った通り、飛脚の真似事を始めたのである。
これが予想外に当たった。
いや、当たりすぎた。
秘密裏に、安全に手紙を送りたい商人というのは、思った以上にいたようなのである。
ヤクザ者にそんな重要な手紙を預けて、不安にならないものだろうか。
エンバフはそのあたりのことを心配したのだが、全く問題ないらしい。
どうやら、エンバフが思った以上に、ナツジロウの名が売れているようなのだ。
無理にみかじめ料を強請るようなこともせず、ほかのヤクザ者を追っ払い、困りごとを相談すれば親身になって相談に乗ってくれる。
そんな、奉行所の同心や岡っ引き連中より、よっぽど頼りになる親分さんが始めたことである。
よほど慎重なものならいざ知らず、大抵の商人はあっさりと信用したようなのだ。
今では日に何通もの手紙や小荷物などを預かって、ゴンロクとモスケはあちこち飛び回っているという。
「おはようー」
「ん? ああ、セイイチロウ、おはよう」
「おはよー。もう、きてだいじょうぶなの?」
セイイチロウのかどわかしの件は、解決した翌日には子供達の耳にも届いていた。
うわさが駆け巡った、というわけでは無い。
子供達の情報網が、恐ろしく広いのだ。
「うん。じいちゃんも父さんも、かどわかしなんて何度もあってるんだから、気にすることないって」
「そういうもんなのか」
「さすが、ウッドタブ商会はちげぇや」
なにがどう流石なのかよくわからないが、事実である。
エンバフが知る限り、ヨシサブロウもその息子も、何度もかどわかしにあっていた。
何しろ、大魔王都一、つまり天下一の大商家である。
どんな危険を背負っても、狙おうという連中はいるものなのだ。
その数は十や百では利かないから、中には攫うところまでは成功するものもいる。
だが、それより先が上手くいかなかったことは、今のウッドタブ商会を見ればわかった。
「そうそう。かどわかされた時に思ったんだけどさ。昔は建物があったのに今は使われてない土地って、結構あるんだね」
「けっこう、そこら中にあるよね」
大魔王都の中でも、土地ごとの栄枯衰退はある。
その時々の流行りや時世、管轄する魔王家の力関係により、にぎわう場所と寂れる場所が移り変わっていくのだ。
「ああいう場所って、何かに使えないかなぁ」
「そりゃ使えるかもしれないけどさ。よっぽど銭がなきゃ無理だよ」
「建物を造るのにも、人を使うのにもお金がいるもの」
「大掛かりにやろうとすると、そうかもしれないよ。でもさ、放っておくだけでいいものなら、行けるんじゃないかと思うんだ」
「放っとけばいいものって?」
「例えばさ、誰も使ってないような土地に、そっと草の種をまいて置くんだ。朝顔とかの華でもいいし、ミョウガなんかを植えとくのでもいいよ」
「そっか。それで、またこっそり行って、掘り返せばいいのか」
「ミョウガはいいなぁ。貝やなんかと一緒に持っていけば、喜んでもらえるもの」
にわかに、子供達が騒がしくなってきた。
いささか物騒な内容である。
こういう時、エンバフがかけなければならない言葉は、決まっていた。
「お前達、なるべくばれん様にな。奉行所からおしかりを受けるようだと、面倒なことになるぞ」
子供達は元気に、「はぁーい」と返事をする。
「そうだ、気を付けないと」
「お目こぼししてもらえなくなったら、ことだからね」
「何事も匙加減だよ」
エンバフは苦笑しながら、庭に目をやった。
暖かな日差しの降るなかに、子供達の声。
やはり、隠居してこの場所に来たのは、正しかった。
そうでなければ、これほどにぎやかな日々は送れなかっただろう。
子供達の逞しさに、改めて感心するエンバフであった。
手学庵お節介帖 「かどわかし騒動」、おしまいでございます。
最後は本当に、締めのみ、ということで、だいぶ短くなりました。
申し訳ない。
さて、次回は「風来坊必殺拳」をお届けする予定です
いつも街中をふらついているダイ公が、お医者先生に一目惚れ
貧乏人を助けているその姿にも感心し、自分も手伝うのだと張り切り始める
当然、割を食うのはゼヴルファーである
そんな中、お医者先生の師匠の姿が姿を消した
心配するお医者先生にいいところを見せようと、張り切るダイ公
探すのはもちろん、ゼヴルファーの役目である
いやいや探索をするうちに、ゼヴルファーは思いもかけぬ陰謀を探り当てることになる
次回、風来坊必殺拳「妖花の謀」
お楽しみ
という予定は未定
気長にお待ちいただければと思います




