表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/46

手学庵お節介帖 「かどわかし騒動」9

 刻んだ長ネギとショウガを、ごま油で炒める。

 これに、味噌とみりん、砂糖などを入れ、しっかりと混ぜる。

 白飯に乗せても良し、蕎麦がきなどに付けても良い、焼き味噌の出来上がりだ。

 持ってきていたこれを、同じく準備してあったしゃもじに塗り付ける。

 囲炉裏の炭火で炙ってやって、焦げ目をつける。

 香ばしい香りが漂ってきたら、それで十分だ。

 おかずにもなるし、酒のつまみとしてこれほど頼もしいものもない。

 軽い副菜として漬物でも、と思っていたのだが、いかんせんそれだと嵩張りすぎる。

 量が少なく、それでいておかずになるものをと思って用意してきたのだが、存外当たりだったようだ。

 ゴードルフはこれを思いついた自分に満足し、ニヤリと笑う。


「あの、旦那。悠長に料理なんてしてて、大丈夫なんですかね?」


 ゴンロクとモスケが、不安そうな顔で尋ねる。

 セイイチロウの方は慣れたもので、いかにも楽しみだといった顔で座っている。


「こういったときこそ、温かく美味しいものを食べなければなりません。良い仕事というのは、美味いものの上に成り立つのです」


 そもそも仕事というのは、美味いものを食べるためにするものである。

 現役の頃、ゴードルフは兵糧丸などというものだけを口にして、何日も働き詰めといった事がザラにあった。

 兵糧丸というのは、氷砂糖や穀物の粉、乾燥野菜、米粉などを練り合わせた、携帯栄養食の一種である。

 味を調えたり人に食べさせるつもりで作れば、そこそこのものは出来上がる。

 だが、機能と栄養一辺倒の実用的なものとなると、これが人の食うものかといった味になりがちであった。

 ゴードルフも当時は「体を養えればよい」と、全く何も思わずに食べていたものだったが。

 今となっては、全く身の毛のよだつ話である。

 本当に忍びなどというものをやめられてよかったと、食事の度、心の底から思う日々である。

 もっとも、エンバフも本家の者も、誰もゴードルフが忍びをやめたなどとは思っていないのだが。


 さて、副菜が出来上がったところで、主菜の準備である。

 とはいっても、これは焼き味噌よりもはるかに簡単だ。

 持ってきていた握り飯を、茶碗に入れる。

 そこに、熱湯をかけるだけで、出来上がりだ。

 当然のこと、ただの握り飯ではない。

 まず中身には、昆布と貝の煮物を入れてある。

 貝は手学庵の子供達がとってきたもので、小さいものを殻から外して使っている。

 これを、刻んだ昆布と一緒に、醤油、みりん、砂糖などで煮たてて、作ってあった。

 また、握り飯の周りには、おぼろ昆布が巻いてある。

 おぼろ昆布は、乾燥させた昆布を、専用の道具で削ったものである。

 向こうが透けて見えるほどに薄い昆布は、口に入れるだけでじわじわと旨味が染み出して来て、それだけで酒のつまみになった。

 また、おぼろ昆布を椀に入れ、醤油をさし、お湯を注ぐだけで、吸い物になる。

 昆布と貝の煮物が入った、おぼろ昆布で包んだ握り飯。

 これにお湯を注げば、どうなるか。

 昆布と貝の旨味が溶け込んだ汁をかけた湯漬け、といった具合になる。


 まず、何より香がいい。

 出汁の香りというのは、温かさを加えられると、驚くほどに発揮される。

 あたり一帯に「美味いぞ、早く食べろ」とせっつき始めるのだ。

 渋い顔だったゴンロクとモスケも、じっと茶碗を見つめている。


「さて、出来ましたよ。いただきましょう」


 香をたっぷりと楽しみながら、汁をすする。

 出汁と、煮ものの醤油の味が程よい。

 少し濃い味付けにしたのは、正解だったようだ。

 飯をほぐして、行儀悪くすすって食べる。

 いや、むしろこういったものは、すすることこそが礼儀だといってよい。

 つまり、これが正しい「行儀」なのだ。

 すすることで、口いっぱいに広がった香が、一気に鼻に抜ける。

 香りに誘われて、腹の奥が痛くなるほどに食べ物を欲し始めた。

 何とか堪えて米粒を噛むと、じわり、じわりと旨味がにじみだしてくる。

 昆布と貝、醤油と白飯の味が、舌に心地よい。

 どこか優しさを感じさせる塩味と甘み。

 飲み下せば、安堵感に思わずため息が漏れた。

 やはり、食事というのはこうでなければならない。


「うめぇ! 湯漬けなのに、こんなに美味いもんなんですねぇ」


「ホント、ほんと! でもアニィ、米だけは、やっぱ村で食ってたののほうがうめぇ気がしますね」


「この、馬鹿! す、すみやせん、旦那」


 ゴンロクがモスケを殴り、ぺこぺこと頭を下げる。

 だが、ゴードルフはむしろうれしくなっていた。


「故郷の水で炊いた、故郷の米より美味いものというのは、そうそうないものだそうです。それと比べられたのなら、むしろ名誉なことですよ」


 食事というのは、記憶と共にするものでもあるらしい。

 自分を養い、支えて来てくれた味。

 それに勝るなどというのは、簡単なことではない。

 あるいは、不可能なのではなかろうか。

 しかし、残念なことに、ゴードルフにはそういった味がなかった。

 子供のころから、密偵、忍びとなるべく仕込まれてきた。

 ゴンロクとモスケの二人は故郷にいられなくなったわけだが、少なくとも、故郷の味を「美味い」と感じることが出来るらしい。

 それはゴードルフにとって、いささか羨ましいことであった。


「さて、食べ終わったら、お二人は一仕事ですよ。ご隠居に言われたことは覚えていますね?」


「へ、へぇ」


「なんとか、やってみます」


 こちらは、大丈夫そうである。

 なれば、ゴードルフは別のことを心配しなければならない。

 ことが終わった後は、是非、うどんかそばを食べたい。

 わざわざこんな時間に出てきたのだから、体を温めて帰りたいところなのである。

 果たして、美味い屋台、あるいは遅い時間にまでやっている店があるだろうか。

 ゴードルフにしてみれば、ヤクザ者を陥れるより何十倍も大事な問題であった。




 セイイチロウが捕らえられている、ということになっている小屋に、センザエモンがやってきた。

 子分を五人ほど引き連れており、皆、長ドスなどの得物を携えている。


「なんぞ、物騒ですね」


「一応、何があるかわからねぇからな。俺自身が動くときは、護衛を付けておかなきゃならねぇのよ。まったく、大魔王都ってのはあぶねぇところだな」


 いけしゃあしゃあと言ってのけるセンザエモンに、ゴンロクとモスケは思わず感心した。

 事情を知った今となっては、どう考えても自分達を始末するためのものとしか思えない。


「しかし、うまくいってよかったですよ。言われた通りかどわかしをしましたが、子供の名前はセイイチロウってんでよかったんですよね? いや、何度も聞くようで、申し訳ねぇんですが」


「なになに。心配するのも当然だ、こんな仕事なんてなぁ、そう頼まれるもんでもないだろうからな。セイイチロウで、間違いねぇ。あとは、顔を確認すれば大丈夫さ」


 センザエモンは小屋に近づいていくと、戸を少しずらし、中を覗き込んだ。

 そこからは、縛られた姿のセイイチロウが見える。


「よしよし、間違いねぇ」


「顔はわかってるんですかい?」


「もちろんさ。何度も確認したし、似顔絵まで用意させたからな。おめぇさん達にも見せただろう?」


 センザエモンは呆れるほど用意周到で、ゴンロクとモスケに似顔絵まで見せていたのだ。

 しかも、見せた後は証拠が残らないように、きっちり回収している。


「見ました。じゃあ、問題ねぇんですね」


「ああ、問題ねぇ。よし、ちょっと渡してぇもんがあるんでな、あっちに移ろうか」


 センザエモンの先導で、小屋から少し離れた場所に出る。

 ゴンロクとモスケは、そのあとをついていった。


「いってぇ、なんなんです?」


「なぁに、このかどわかしの始末のために、必要なもんを用意しなくちゃいけなくてな」


 センザエモンが、手を叩いた。

 すると、草むらから竹やりが突き出された。

 ゴンロクもモスケも、すんでのところで避けることが出来た。

 どうせこんなことだろう、とわかっていたから、体が反応したのだ。

 もし事の真相を知らないでいたら、串刺しにされていただろう。


「ちっ、避けやがったか。悪運のつえぇ野郎だ。まあ、いいや、おう、全員で始末しな」


 武器を手にしたセンザエモンの子分達が、ぞろぞろと姿を現す。


「こいつぁ、いってぇ、どういうことだ!」


「静かにしねぇか。俺はおめぇらを始末した後、あのガキを助け出さなきゃならねぇんだからなぁ」


「なにぃ? どういうことだ! かどわかせっていったなぁ、アンタだろう!」


「その通りよ。だが、俺はあのガキに顔を見られちゃいねぇ」


「まさか、助け出した恩人にでもなろうってのか?」


「なんだ、案外察しがいいなぁ。その通りよ。あのガキが何者か知ってるか? ウッドタブ商会の跡取りだ! 俺はその大恩人になるって寸法よぉ!」


 センザエモンはどこまでも気分よさげに、笑い声をあげた。

 己の企み事は成功したも同然、といった顔である。


「冥途の土産が出来てよかったなぁ! おい、おめぇら! さっさとこの二人始末しろぃっ!」


 センザエモンの声に、子分達が二人に襲い掛かる。

 その時だ。

 武器を持った子分達の腕に、どこからか礫のようなものが飛来した。


「ぎゃぁっ!!」


「いってぇえ!」


 その勢いはすさまじく、武器をとり落とすだけならまだしも、中には地面に転がるものまでいた。

 驚いたセンザエモンは、飛んできたものに目を向ける。


「これは、胡桃か?」


 固い殻に覆われた木の実、胡桃である。

 そんなものが自然と飛んでくるわけがない。

 何者かが投げたのだ。

 瞬時にそう気が付き、センザエモンは血相を変えて辺りを見回した。

 そして、気が付いた。

 数多くの足音に、提灯の明かり。

 すっと現れたのは、左右に二人の町方同心を連れた、陣笠を被った武家であった。


「北町奉行所である。神妙にいたせ」


「ばっ、な、なぜ・・・」


 何とか言い逃れをしようと、センザエモンは必死で頭を動かそうとする。

 だが、陣笠の武家。

 北町奉行、飛弾魔王ラブルフルードは、静かに告げる。


「諦めな、ウェストシー商会センザエモン。いいことを教えてやろう、そこにいるゴンロクとモスケはな、私の密偵なのだ」


「じゃ、じゃぁ、はじめっからっ!」


 よくよく考えれば、それはいささか不自然だ、と気が付くだろう。

 だが、この時のセンザエモンに、冷静になれ、というのはいささか酷である。


「ちくしょうっ! 捕まってたまるかっ!!」


 いうが早いか、センザエモンは逃げを打った。

 脱兎のような勢いで走るその背中に、ラブルフルードの手から放たれた胡桃が叩き付けられる。


「捕らえよ!」


 もんどりうって転がるセンザエモンに、捕り手達が群がる。

 ほかの手下達も、次々に捕らえられていくのであった。




「うわぁ、すごい迫力ですね」


 小屋の中から外の様子を覗き、セイイチロウは興奮したような声を上げた。

 その後ろからは、ゴードルフも顔を出している。


「でも、なんで自分のした悪さを自慢するようなこと言ってたんですかね?」


「ああいう連中は、基本的に目立ちたがりなんですよ。自分のしたことを誰かに自慢したくて仕方ないんです」


「そんなものなんですか?」


「商人が自分の付けた帳簿を、夜な夜な眺めてニヤついていたりするでしょう。それと同じです」


「なるほど! それならわかります」


 それがわかるのもいかがなものか。

 そう思ったゴードルフだったが、まぁ、ここでは黙っておくことにしたのであった。

思いのほか、長い話になってしまいました。

申し訳ない。

次回で締め、プロローグです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今日の飯テロは、焼き味噌と湯漬けなんですね。いつも美味しいものをありがとうございます。湯漬けを箸で食べるなら、すするに限りますよね。 [一言] 飛弾魔王様、大活躍ですね。出世も間違いないで…
[一言] 今回はめしテロ感がいつにも増して強い! テイクアウトしたカツオのビリヤニをいただきながらじゃなきゃ耐え切れませんでしたw エンディングに「胡桃」は番組スタッフがロケ後きちんと集めておやつにし…
[一言] 焼き味噌旨いんですよね…… 昔、長野あたりで食べた朴葉味噌が特においしかった………
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ