手学庵お節介帖 「かどわかし騒動」8
ウェストシー商会のセンザエモンは、常に周囲の情報に気を配る男であった。
そのため、手下達は様々な場所へ赴き、様々なことを探ってくるように命令をされることに、慣れていた。
ウッドタブ商会の様子を探って来いと言われれば、何の疑問もなく見に行く。
なぜ、どうして、といった質問もしない。
したところで、「やかましい!」で終わりだからである。
「表向きはいつも通りでしたが、裏口やなんかから覗いたら、手代やら何やらがざわついていやした。こそこそと何かやってるようでしたね」
報告を聞いたセンザエモンは、にんまりと笑う。
この時代の商家というのは、大抵の問題は自分達で解決しようとする。
奉行所に届け出たりなどしない、というのが当然であった。
何しろ、信用が尊ばれる時代である。
あの店は盗賊に入られた、という噂が立つだけで、売り上げが傾いたりする。
被害を受けたのは、隙があったからだ、とされるのだ。
いささか理不尽ではあるが、大魔王都の外には未だ魔物魔獣が跋扈するような時代である。
備えを怠ったのが悪いと言われれば、それまでであった。
であるから、跡取りがかどわかされた、などという話も、当然外に洩らせるわけがない。
ウッドタブ商会がこそこそ動いているというのも、当たり前の話なのだ。
「だからこそ、俺が跡取りを助けたとなれば、それはもう感謝されるってぇわけだ」
センザエモンは、今まさにこの世の春、とでも言いたげな顔である。
捕らぬ狸の皮算用、ウッドタブ商会が自分にどんなご褒美をくれるか、考えているのだろう。
念のため奉行所にも手下を行かせたが、問題は無いようだった。
「いつも通りのようです。特に慌ただしくもありませんし。あっ、ただ、神社町の方でケンカ騒ぎがあったとかで。何人か同心が出ていったみたいです」
予想通り、大きくは動いていないようである。
もしウッドタブ商会の跡取りがかどわかされたとなれば、奉行所は上へ下への大騒ぎになるはずだ。
つまり、まだバレていないということである。
「そろそろ、俺が跡取り様をお救い申し上げるころ合いかな」
「もうですか? 二、三日置いておいた方がいいんじゃぁ?」
「相手はウッドタブ商会だ。放って置いたら、勝手に跡取りを見つけるかもしれねぇ」
何しろ相手は大商会である。
その気になれば、大魔王都中を探すことも難しくない。
であれば、早々に手を打ってしまった方が危険は少ない。
「あの連中に、繋ぎをとれ。跡取りのところに案内しろ、ってな」
案内させたら、その場で田舎者二人はお役御免。
バッサリと斬ってしまう予定である。
そして、ウッドタブ商会に跡取りを見つけたと知らせるのだ。
何故そんなことになったか、という言い訳も考えてある。
ヤクザ者同士の抗争でやり合っていたところ、どうも大切なものを隠しているらしい場所がわかる。
すわ、伏兵かと襲撃を掛けると、そこに跡取りがいた。
というものだ。
今の世に生きる者にとっては、「そんな馬鹿な」と思う言い訳である。
だが、遠くのお役人より近くの任侠、がまかり通っていた大魔王都時代のことである。
ヤクザ者の数は、町奉行所に勤める役人の数より多い。
それだけいれば抗争なども日常的に起こっており、やり合っているどさくさに何かが起こる、というのは決して珍しくなかった。
つまり抗争の最中にうっかり、というのは、よくあることなのだ。
「さぁて、しっかりと準備しねぇとな。あの二人はなかなか、手強そうだからよ」
センザエモンはニヤニヤと笑うと、大声で手下を呼んだ。
せっかくかどわかしという面白そうな目に合っているのに、少しも関わらせてもらえない。
ご隠居先生やおじい様、お奉行様は悪巧みをなさっているのに、当事者であるはずの自分が何もなしというのは、いかにも不公平ではないか。
民家の少ない一角にある掘立小屋の中で、セイイチロウはいささか腹を立てていた。
「ねぇ、ずるいと思いませんか、お二人とも」
「おめぇさん、俺達が怖くないのかい」
「いえ、とくには」
ゴンロクとモスケは、がっくりとうなだれた。
セイイチロウとしては、いささか遺憾な態度である。
もはや味方になっているのならば、なんの怖いことがあるというのか。
存外、セイイチロウは肝が据わった子供なのだ。
もっとも、これだけ安心していられるのには、この場にゴードルフがいる、というのも理由であった。
本来ならば外でやることがあるのだが、そちらは本家の現役連中に任せてある。
今頃、エンバフにこき使われていることだろうが、セイイチロウの守りを固めなければならない以上、仕方ないことだ。
「お二人は、遠方の出だそうですね。何方だったんですか?」
「オーツ村ってところだけど」
「ああ、街道沿いの。そこから一昼夜で大魔王都まで? それはすごい健脚ですね」
ゴンロクとモスケは気が付いてないが、村の名前を聞いただけですぐに大魔王都までの距離を割り出せるというのは、凄まじいことである。
セイイチロウの頭には、大魔王都の周辺地図がすっぽり収まっていた。
手学庵の子供達とあれこれと話すうち、セイイチロウは地図の重要さに気が付いた。
商人にとってこれは非常に強い武器になると考え、地形などを頭に入れ始めたのである。
元々の優秀さゆえか、今では大魔王都を中心に、かなり広い範囲の地図を把握していた。
「魔獣やら盗賊やらには、会わなかったので?」
「もちろんあったけども。そういう連中は、ぶっ飛ばしたり、逃げたりで」
「俺とアニィが居れば、どうにでもなるからな」
セイイチロウは、ゴードルフの方を見た。
こくりと、頷いている。
いうだけの実力は、十分にあるということだ。
これを見たセイイチロウは、大仰にため息を吐いた。
「惜しい。なんて惜しい」
「んん? なにがだ?」
「お二人は、自分達の価値を分かってらっしゃらない。それだけの健脚と腕っぷしがあれば、ですね。例えば、例えばですよ?」
セイイチロウは囲炉裏端に寄って行くと、灰の上に火箸で線を引き始めた。
「大魔王都から西の都まで、おおよそ十四日から十三日かかると言われています。これを、武家飛脚は三日から四日で走るのです」
武家飛脚というのは特別な仕事である。
魔物やら盗賊やらが出没する地域を、武器を携えて強行する仕事であるからだ。
足が速いだけでも、腕が立つだけでも成り立たない。
むろん、御上の御用であれば、様々な乗り物や武家が直接に荷物を運ぶこともある。
だが、そういったものは御上の御用のみに使われる特別なものであって、魔王家でもない限り使うことの許されないものであった。
「仕立てと言って、自分の荷物だけを特別に届けてもらう、買い上げを行ったとします。大魔王都から西の都まで手紙を出すと、いくらかかると思いますか?」
「さぁ、見当もつかねぇけど」
「ざっと、金貨十四枚はかかります」
「じゅっ!?」
職人が一年で稼ぐ金額が、ざっくり金貨二十五枚と言われている。
それなりの収入がある職業のものがそれであるから、金貨十四枚がどれほどの価値かわかるだろう。
「そうです。お二人なら、三日か四日で西の都まで余裕を持っていけるでしょう。つまり、それだけ稼ぐことが出来る資質を持っているということです」
「いや、いくら何でも・・・」
「もちろん、お金を払う以上、仕事を頼む側は信用を求めてきます。お二人はまだそれがありませんから、この額の仕事は無理でしょう。ですがそれは信用がないからであって、信用が得られればそれだけ稼げるということです」
「俺達は、ヤクザ者だぜ?」
「ウッドタブ商会も元は海賊です」
事実である。
海賊のついでに海運をやっていたのが、いつのまにか海運が主になり、丘の上での売り買いもするようになった。
それが、ウッドタブ商会なのだ。
「なに、初めは小口の仕事からすればいいんです。大魔王都内での手紙のやり取りというのも、案外需要があるのです。お二人なら安全に荷物や手紙を運ぶことが出来る。半端なヤクザ者に手出しされることもないでしょう」
セイイチロウは灰の上に、縦横無尽に線を引き始めた。
ゴンロクとモスケ、ゴードルフにもわからなかったが、それは大魔王都内にある主要な道を表している。
「水路でとった貝やエビ、小魚なんかは、どこの家でも必要です。手学庵の皆伝いに、ぼくのところにはいろんな話が入ってきて、飛脚が必要な場所もわかるんです。それを元にお二人が飛脚はいらないか、と声を掛ければ、こんなに簡単な商売はありません」
立て板に水、といった様子で、セイイチロウはしゃべり続ける。
ゴンロクとモスケは、呆気にとられるばかりであった。
おそらくセイイチロウの頭の中では、二人が商売で身を立てる方法が出来上がっているのだろう。
見る限り、金儲けが目的、という顔ではない。
その方策を考えることこそが、楽しくて仕方ないのだろう。
仕組み仕掛けを考え、それがうまく回ることに喜びを見出す。
セイイチロウは、そういう種類の商人らしい。
これは、なかなか面白そうだ、とゴードルフは思った。
今回の件が終わった後、どうなるか、いささか楽しみである。
「ん。そうだ。一仕事する前に、腹にものを入れておきましょうか」
この小屋で待機する間、腹が減ってはたまらない。
そう考えたゴードルフは、間食の準備をしていたのである。
むろん、味気ないものなど用意する訳もない。
思いついたはいいが、試す機会がなかった携帯食を、試してみるつもりである。
いそいそと鉄瓶などを用意し始めるゴードルフに、ゴンロクとモスケはやはり困惑の目を向ける。
「ねぇ、アニィ。大魔王都ってなぁ、恐ろしいところですね」
「ホントにな」
ゴンロクとモスケは、妙なところで大魔王都の恐ろしさを感じ始めるのであった。




