手学庵お節介帖 「かどわかし騒動」4
大魔王都に張り巡らされた水路は、基本的に公の道である。
したがって、そこで漁を営むといった事はもっての外。
魚や貝をとることなど、認められていなかった。
ただし、子供や貧民に限り、朝早いうちであれば、お目こぼしされていたのである。
一種の救済策であり、これによって生活を助けられているものは少なくなかった。
手学庵に通っている子供達も、例外ではない。
多くの子が朝のうちに一仕事してから、手学庵にやってくるのである。
「で、うりあげはどうなったの?」
「それが、すっごくよくなってさ」
日は既に傾いており、勉学は終わった時刻である。
既に家へ戻った子もいるが、多くが手学庵に残っていた。
机の上に広げた地図と、一人の少年を囲んでいる。
「セイイチロウのいったとおりだったよ」
「ほんとほんと。よく思いつくなぁ」
セイイチロウと呼ばれた少年は、照れたように頭を掻いた。
周りの子供達とは違い、「育ちがよさそう」な少年である。
特別良い衣服を纏っている、というわけでは無いのだが、立ち居振る舞いがそう感じさせるのだろう。
このセイイチロウは、ヨシサブロウの孫。
将来のウッドタブ商会を担うことになる、跡取りであった。
しっかりと躾けを受けており、貧乏長屋の子供達と立ち居振る舞いが違うのは当然である。
だが、誰もそんなことを気にしている様子はなかった。
セイイチロウは、既に彼らの「身内」になっていたのである。
どころか、頭の回るセイイチロウは、彼らの参謀役に収まっていた。
「集めた貝を別々に売るんじゃなくて、一度集めてから大きさごとに分ける。その方が、高く売れる」
「かんがえてみたら、あたりまえなんだけどなぁ」
子供達はしきりに感心している。
皆、普段は別々に貝や小エビ、小魚などをとっている。
手に入ったものも、やはり別々に売っていたのだ。
これはいかにも効率が悪い。
どうせなら、皆でとったものを一度集めて、それから売ったほうがいいのではないか。
セイイチロウはそう提案したのである。
そのうえで、品物を選別したり、何をどこへもっていけば売れるかなど、細かに計画を立てたのだ。
これらは驚くほどに図に当たって、子供達の収入は三割ほども増えたのである。
「元々、足元を見てくる連中も多いからね。真っ当なところに持っていけば、こんなもんだよ」
「でも、セイイチロウはいちども、それぞれの店にいったことがないんだろ?」
「みんなが言ってたじゃない、どこの店の店主はすぐ値引きさせようとするとか、品物にケチをつけるとか」
値引きをさせようとする店というのは、大衆向けの一膳めし屋が多かった。
味噌汁に使うらしいのだが、こういった場所で使う貝は出汁さえ出ればよい、ということが多い。
貝自体を食べない、などということも多く、ごく小さいものでよかった。
なので、そういった店にはより分けた小さな貝を、少々値を引いて持っていったのである。
品物にケチをつける、という店は、よくよく聞いてみれば品質にこだわる店であった。
それなりの値段をとるような、料亭とは言わないまでも、少々高級な料理屋である。
子供達から品物を買った後、割れた貝や頭のもげたエビなどをより分けて捨てていたらしい。
そこで、しっかりと選別をした品を持っていくと、大いに喜ばれた。
また、特別に形の大きな貝やエビなどを纏めて持っていくと、普段より四割ほど高い値段で買い取ってくれたのである。
子供達は目を丸くして驚いていたが、当然と言えば当然のことであった。
大きな貝やエビは味もよく、様々な料理法に使うことが出来る。
店としても呼びものに使えるほどで、もちろん客に出すときの値段も相当に高くなるのだ。
「それを聞いて、こうすればどうだろう、って提案しただけだからね、ぼくは。それを実際にやった皆がすごいんであって、ぼくは大したことしてないんだよ」
「そうはいってもさ」
「実際、皆いつもより多く稼げたわけだからなぁ」
「なにか、おれいはしないと」
「そんな野暮なこと。いいよ、そんなもの。じゃあ、あれだ。貸しってことでさ。なにかぼくがこまったことがあったら、手伝ってよ」
「おい、ウッドタブ商会の跡取りに借りをつくるってことかよ」
「ぞっとしないなぁ。なんか、とんでもないことさせられそうだよ」
「そんなことより、ほら! どの店で何が欲しいって言ってたか、教えてもらわないと!」
広げている地図には、どこの店が何を欲しがっているか、といった情報が書き込まれていた。
誰がどこに売りに行くか、といった事も、書き込まれている。
この地図を元に、今後の販売戦略を考えているのだ。
「あ、でも気を付けてよ。あんまりやりすぎると、奉行所とかも黙ってないから」
「水路で貝をとってるのも、お目こぼしだからな。目立たないように気を付けるさ」
「そのへんはまかせとけって、なれてるからね」
このように、手学庵に通う子供達は皆、たくましい子ばかりなのである。
ゴンロクとモスケは向かい合い、難しい顔で唸っていた。
茶碗酒が目の前に置かれているが、どちらも進んでいない。
「なぁ、アニィ。どうしたもんですかねぇ?」
「そりゃぁ、おめぇ。俺にだってこう、悩んでるんだろうが」
二人が紹介されてた親分に会い、客分として草鞋を脱いで半月ほど。
今いるのは、宛がわれた部屋である。
みかじめ料の回収や、ちょっとしたケンカ騒ぎ。
在所で世話になっていた組と同じような仕事を回してもらっていたのだが、驚くほどに多くの小遣いをもらえた。
こんなにもらっていいのか、と聞くと、親分は面白そうに笑う。
「なぁに、ここは天下の大魔王都だ。上りもそれなりに入ってくるのさ」
確かに、集めたみかじめ料も、度肝を抜かれるような額であった。
これが大魔王都か、と、二人は変なところで圧倒されたのである。
仕事に土地にも慣れてきたころ、親分に呼び出された。
「実はおめぇさん達に、折り入って頼みてぇ仕事があるのさ」
子供を一人、攫ってきてほしい。
というのである。
流石に二人とも、顔をしかめた。
ヤクザ者やケンカ相手ならばともかく、子供をかっさらうというのはいかがなものか。
お天道様の下を堂々と歩けるような生き方はしていないが、あの世で邪神様に顔向けできないような仕事はしたくない。
いい顔をしない二人を見て、親分は笑いながら顔の前で手を振った。
「なぁに! うっぱらおうとか、ひでぇめに合わせようってんじゃぁねぇのさ!」
とてつもなくあくどい商人がいる。
多くの商人や町人がひどい目にあっているのだが、全く改めない。
ただ、息子のことは大変にかわいがっている。
少しの間預かって、脅しをかけて大人しくさせたい。
そう、親分は言った。
「隠れ家もこっちで用意するからよぉ。ほんのちぃっとの間、子供を連れてそこに隠れてればいいのさ」
簡単だが、危険な仕事である。
もし無事にこの仕事を終えられたようであれば、杯を交わしたい。
ゴンロクとモスケにとっては、良い話である。
「でもよぉ。アニィ。子供相手ってのは、どうなんだろうなぁ」
「俺も色々考えたんだがなぁ。俺達がやらないって言ったら、どうなるかな」
「どうだろう。ほかの奴にやらせるんですかね」
「そうなるよなぁ。その時にさ、子供はどうなるかね」
「あぶねぇ目に合うんすかねぇ」
「ならよぉ、俺達がやるほうが、なんぼかマシってこたぁ、ねぇかな」
「ホントだ」
「とはいえ、なぁ」
「気は進まねぇよ、アニィ」
返答には、ある程度時間を貰っていた。
その間にも、親分やほかの子分達から、是非やってくれと頼み込まれる。
結局、二人は子供をさらうという仕事を、引き受けることになったのであった。




