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手学庵お節介帖 「かどわかし騒動」3

 大魔王都に来たのはよいものの、ゴンロクとモスケはどちらも一文無しであった。

 元々が貧乏暮らしであったし、大慌てで郷里を飛び出してきたのである。

 今食べるものにも困る始末であり、とにかく金を稼がなければならなかった。


「しかし、アニィ。金を稼ぐにゃぁ、どうすりゃいいんですかねぇ?」


「さっぱりわからねぇ」


 何しろ大魔王都というのは、特殊な都市である。

 多くの武家や魔王が集まり、様々な人とモノが集中している。

 他の土地とは全く違った決まり事も多く、初めて大魔王都に来たものは、まず案内無しでは街中を歩くことすらままならない。

 二人にとって幸運だったのは、そんな話をしているところを、関所の兵士が聞いていたことであった。

 大魔王都入り口にある関所の兵士だったのだが、二人があまりにあか抜けない見た目をしていたために、気になって聞き耳を立てていたのだ。

 伝手もなく、身一つで大魔王都を目指すというものは、実は少なくない。

 そういったものの相手をするのも、関所に詰める兵士の務めである。


「いいか、大魔王都では、まず住処がなくちゃならない。野宿なんてのはもってのほかで、必ずしょっ引かれる」


 治安維持の一環で、無宿人は寄せ場と呼ばれる労働施設に送られることになっていた。

 そこで一定期間働くと、ある程度の金を与えられ解き放ちになる。

 この金を元手にして身を立てろ、ということだ。


「酒も飲めなきゃ、自由に遊ぶこともできないがな。それが嫌なら、まずは安宿でも見つけることだ。金は、口入屋で仕事をしてもらうんだな。分かるか、口入屋って」


「いえ、さっぱりで」


「じゃあ、ここに行ってみるといい」


 ほかに行く当てもないので、教えてもらった口入屋へ行くことにした。

 だが、何しろ二人とも田舎から出てきたばかり。

 大魔王都の人の多さに圧倒され、どっちに行ったものだか全くわからない。

 あちこちで聞きまわり、やっとのことで口入屋にたどり着いたのは、昼過ぎごろ。

 もう仕事など残っていないか、と思ったが、すぐに紹介してもらえた。

 ホッと胸を撫でおろしたが、流石余り物の仕事というべきか。

 内容は、普請場での荷物運びという、重労働であった。

 旅の疲れをとるのもそこそこでの仕事であり、終わる頃にはすっかりへとへとになっていた。

 幸いだったのは、思ったよりも銭を貰えたことだ。


「これで、どうにかなりますねぇ」


「まあ、明日も働かなきゃならねぇがなぁ」


 安宿の場所は、口入屋で教えてもらっていた。

 とにかく二人とも、疲れている。

 教えられた安宿に転がり込むと、飯も食わずに眠り込んでしまった。




 ゴンロクとモスケが大魔王都に来て、五日が経った。

 大魔王都の人込みにも、ようやく慣れてくる。

 朝起きたら口入屋に行き、仕事を貰う。

 飯を食ったら仕事場へ向かい、それが終われば一っ風呂浴びて安宿へと戻る。


「やっと落ち着いてきたが、さぁて、どうしたもんかなぁ」


「どうしたもんかなぁ、って。なにかあるんですか、アニィ」


「そりゃぁお前、やっぱりどこぞの組に草鞋を脱ぎてぇだろう」


 やはり、ヤクザの組に世話になったほうが待遇はいい。

 ゴンロクもモスケも体力だけは有り余っており、普請場の仕事も苦にはならない。

 だが、どうせ力を出すなら、男を上げるところに使いたい、という気持ちがある。


「でもアニィ。ヤクザの組のある場所なんてなぁ、わかりませんよ」


 ヤクザと言えど、御上は怖い。

 看板を出して組を構えていたなどというのは昔の話で、今は表では別の商売をし、それに隠れている組がほとんどだという。


「なんだか締まらねぇ話ですねぇ」


「北町のお奉行、飛弾魔王ラブルフルード様ってなぁ、そりゃぁ凄腕だって話だからなぁ。自ら陣頭に立って捕り物に出るって話だぜ」


 モスケはサッと表情を青ざめさせる。

 魔王が出てこられたのでは、ヤクザなどどうしようもない。


「何にしても、組を見つけるのも一苦労だ。まさか、どこにありますかって自身番に聞くわけにもいかねぇしよ」


「しばらくは、普請場通いですかねぇ」


 そんな風に考えていた二人だったが、思わぬことが起きた。

 仕事が終わり、一杯飲み屋で酒を飲んでいたところ、妙な客に絡まれた。

 向こうは四人で、ゴンロクとモスケにケンカを売ってきたのだ。

 やれ田舎臭いだの、貧乏臭いだの。

 あからさまな文句に怒る気にもならず、ゴンロクは鼻で笑った。


「なんだぁ? 酒に酔った勢いで多勢に無勢じゃねぇと、田舎者にもケンカが売れねぇのか。しかも、口先だけと来てやがる」


「アニィ、そんなこと言ったら可哀そうですよ。こんなへなちょこじゃぁ、人の殴り方も知らねぇんじゃねぇですか?」


 ケンカを売った四人組は、真っ赤になって喚き散らした。

 表に出ろという決まり文句から始まったケンカは、あっという間に片付いた。

 絡んできた四人全員、あっという間に叩きのめしてしまったのだ。


「アニィ、こいつらどうします?」


「そうさなぁ。裸に剥いて、水路にでも叩き込むか」


「おうおうおう! 兄さん方! ちょっとまってくんな!」


 止めに入ったのは、いかにもヤクザ者風の男であった。

 実際、ケンカが始まった一杯飲み屋の、ケツ持ちだったのである。


「いや、驚いたね。てぇした腕だ! この辺りじゃあ、見ねぇ顔だが?」


「へぇ。最近、大魔王都に出てきたばかりでして」


 このヤクザ者は二人を気に入ったのか、座敷のある酒場へと案内してくれた。

 料亭、とまではいかないが、二人の在所では見たこともないような高級な店である。

 酒と飯を食わせてもらい、すっかり気分が良くなった。

 それだけではない。


「草鞋を脱ぐ先を探してるのかい。なら、うちの組に来なせぇ! オヤジも喜びますぁ」


 これには、ゴンロクもモスケも手放しで喜んだのであった。




 ウェストシー商会というのは、表向きは真っ当な酒問屋ではあったが、その実はいわゆるヤクザであった。

 あまり評判はよろしくなく、やり口があくどいことで知られている。

 奉行所も目を付けているのだが、なかなか尻尾を出さなかった。


「上手いのが見つかりましたねぇ。田舎から出てきたばっかりの三下二人。ちょうどいいじゃぁありやせんか」


「おう。大魔王都って街にゃぁ、使いやすい鉄砲玉が転がってんのよ。まあ、そいつを上手く使える器量のあるやつってなぁ、そういねぇけどなぁ」


 ウェストシー商会の主人、つまりウェストシー組の親分であるセンザエモンは、機嫌よさげに酒を飲み干した。


「あぶねぇ仕事ってのは、使い捨てにできるやつにやらせるのに限るのさ」


「しかも、今回は大仕掛けですしねぇ」


 酒を注いでいるのは、ゴンロクとモスケに声をかけた男である。


「おお、その通りよ。何せあのウッドタブ商会を相手にしようってんだ」


「しかし、上手くいくんですか。ウッドタブ商会に取り入ろう、なんて」


「なぁに、疑うのもしょうがねぇ。普通じゃできねぇ、上手く行きっこねぇと思うようなことだからこそ、旨味があるんだ。まぁ、見てな。あの大商会がな、この俺に泣いて感謝することになるぜ」


 センザエモンはにやりと笑うと、一息に酒をあおるのであった。

注釈が欲しい箇所、疑問点などありましたら、感想欄などでお寄せ下さい。

感想欄、あとがきなどを使い、説明させていただきたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゴンロクさん達の続き、ありがとうございます。って、早々にキナ臭い雰囲気が…。この後2人がどうなるのか、めっちゃ気になります。(ようやくまとまった時間ができたので感想書こうとしたら日付けが変わ…
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