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風来坊必殺拳 「親子飯」9

 血刃魔王ソンソルダは、自らの屋敷で酒を楽しんでいた。

 三男は無事に目撃者を始末した、と伝えて来ている。

 不正の証拠である書付は、目の前にあった。

 ソンソルダの杯に、側近の男が酒を注ぐ。


「ふんっ! 全く、手間を掛けさせおって」


「無事にことがすんで、何よりでございましたな」


「蟻の一穴、といってな。こういった小さなことが、大きなしくじりに通ずるのだ。何事も芽のうちにしっかりと対策をせねばならぬ。そうでなければ、わしのように大成せぬのよ」


 ソンソルダは酒を飲み干すと、「おお、そうだ」と膝を叩く。


「三男の始末、なにもサイガ港で付けることもないな」


「と、おっしゃいますと?」


「明日、金をとりに来る予定だっただろう。その時に・・・」


「お屋敷の中で、でございますか?」


「奴もここではなにもされんと油断しておろう。なに、騒ぐ暇も与えなければよいのだ」


 ソンソルダも魔王である。

 見た目はよろしくない男ではあるが、こと暴力にかけては、並の武家が束になったところで敵うものではない。


「あやつめ、何か企んでおったようだったからな。大方、サイガ港へは行かず、どこぞへ逃げようとでも考えておるのだろう。ならば、きちんと口を封じておかなければなるまい」


「なるほど。流石は、血刃魔王様」


「何事も丁寧に、慎重に、細心の注意を払って、な」


 ソンソルダは気分よさげに、笑い声をあげる。

 実際、ソンソルダは己の言葉通りにやってきていた。

 だからこそ、ここまで誰にも咎められることなく、悪事を重ねてこれたのだ。

 そして、あとわずかで、さらなる栄達が手に入る。


「その真面目さをお役目に向けりゃぁ、ちったぁマシな仕事もできただろうによぉ」


「んん!? 何やつだっ!」


 ソンソルダは素早く立ち上がると、庭へと続く障子を開けた。

 腐っても武家である。

 声の方向を素早く見極めて動く程度の鍛錬はあった。

 庭先に立っていたのは、遊び人風の男である。

 着流しの上からでもわかる筋骨隆々とした体は、魔王であるソンソルダをして気圧されるものがあった。


「うるせぇ、このほうすけが! 幕府の金をちょろまかすぐれぇならいざ知らず、お互いを支え合って懸命に生きる職人親子を手に掛けようなんざぁ、外道のすることよぉ! せこせこ隠れて逃げおおせようとしてもなぁ、この拳が黙っちゃいねぇぜ!」


 男が突き出した拳から、湯気のようなものが立ち上る。

 恐ろしいまでに凝縮された魔力の影響で、周りの空気が炙られ、歪んで見えるのだ。

 こんな芸当が出来るのは、ただの武家ではない。

 魔王か、それに類するものだけだろう。

 ソンソルダは目を細めた。

 この男の正体を見極めようとしているのだ。

 そして、思い出した。

 見覚えがあるはずである。

 この男を見たのは、大魔王城の謁見の間だ。

 総登城の折などには、四天王と並んで大魔王様の側に控える男である。


「ま、まさか、鉄拳魔王ゼヴルファー・・・! 大魔王様の懐刀が、なぜここに・・・!」


「てめぇをぶん殴りに来てやったんだよ。てめぇの悪事、とっくに露見してるぜぇ」


 ゼヴルファーは懐から一冊の帳面を取り出した。

 そして、それをソンソルダに投げつける。

 慌ててそれを受け止めたソンソルダは、中を見て目を剥いた。

 己の悪事の証拠、不正の証である書付だったからだ。


「こ、これはっ!」


「てめぇの息子が隠し持ってたもんの、写しだよぉ。現物はとっくに、息子と一緒に大目付のところだ」


「そんな、ということは」


「今頃、てめぇがしてきたことを、ぴぃちくぱぁちく囀ってる頃だろうよ」


「まさか、馬鹿な・・・!」


「観念しな、血刃魔王ソンソルダ。潔く腹でも斬るんだなぁ!」


 ソンソルダは膝から崩れ落ちた。

 なぜ、大魔王様の最側近である鉄拳魔王が動いているのかは、分からない。

 しかし、証拠の品も押さえられ、三男という証人も押さえられたとするならば、もはや終わりである。

 あまりのことに、ソンソルダは笑うしかなかった。


「ふっふっふ、はぁっはっはっは!! もはやこれまでっ! 誰かーっ! 誰かおらぬかーっ! 恐れ多くも鉄拳魔王様の名を騙る不届き者だっ! 斬れ斬れぇーっ! 斬り捨てぇーい!」


 廊下や周囲の部屋から、帯剣した兵士達が飛び出してくる。

 事情を知っているものもいるだろうか、あるいは、全く何も知らぬ一家臣もいるだろう。

 そういった家臣にとって、こんなことはとばっちりである。

 だが、逃げるわけにもいかないだろう。

 武家というものの辛いところだ。

 だからこそ、ゼヴルファーはこういったとき、命までは取らないことにしている。

 普通ならば危険なことであろうが、鉄拳魔王ゼヴルファーで有らばこそ、そんなことも可能であった。


「いやぁああああ!!」


 真っ先に切り込んできたのは、ソンソルダの側近であった。

 早く、鋭い剣である。

 しかし、その剣を、ゼヴルファーは拳で跳ね上げた。

 剣の横っ面を叩くのではない。

 刃そのものに拳をぶつけたのである。

 そんなことをすれば、普通ならば腕が飛ぶだろう。

 だが、鉄拳魔王の拳は、文字通り鉄のように、いや、鉄よりも硬い。

 剣がへし折れ、目を剥いた側近の顔に、ゼヴルファーの拳がめり込んだ。

 ゴムまりのように弾き飛ばされたその体は、屋敷の中に吹っ飛ばされる。

 それでひるむ者もいただろう。

 とはいえ、引くこともできない。

 破れかぶれだとばかりに、何人かの兵士が飛び掛かってきた。

 それでも息を合わせ、お互いの隙を補う様に一斉に飛び掛かってきたのは、日ごろの鍛錬のたまものだろう。

 数にものを言わせた攻撃も、相手が並の者であったればこそ。

 薙ぐように振り払われた拳が、一瞬にしてすべての剣に叩き込まれた。

 鉄拳魔王の拳は、ただ重いだけではない。

 宙を舞う燕のように、素早く、正確に動くのである。

 怯んだところを、拳でもって鳩尾を正確に射貫く。

 ほかならぬ鉄拳魔王の拳である。

 殴られた兵士達は、一瞬にして意識を刈り取られた。


 次々とゼヴルファーに挑みかかる兵士達。

 その端で、こそこそと動く影があった。

 気絶したり戦えなくなった兵士達を、アルガとエルゼキュートが、こっそりと片付けているのだ。


「そうだ、この隙に、銀食器でも頂いておきましょうか。行きがけの駄賃、ということで」


「汚いお金でー、買ったものー、ですよー?」


「はっはっは、いやだなぁ。冗談ですよ、冗談」


「目がー、本気でしたけどー」


 二人がそんなことをしている間にも、ゼヴルファーは次々と兵士を片付けていく。

 そして、いよいよ最後の一人が倒れた。


「お、お、おのれぇ!!」


 追い詰められたソンソルダは、苦々し気に吐き捨てる。

 両腕を左右に広げると、大きく弧を描くようにふりまわす。

 その指先から糸のように伸びるのは、己の血。

 糸の先端は斧のような大振りの刃になっており、それが何十という数で現れる。

 ソンソルダの意思でもって自在に、目にもとまらぬ速さで振るわれる凶刃から発せられるのは、腐っても魔王と呼ばれるものの迫力であった。

 だが、そのソンソルダが対峙しているのは、誰あろう、鉄拳魔王ゼヴルファーなのである。


「切り刻んでくれるわぁっ!!」


 振るわれた血刃は、あらゆる方向から同時にゼヴルファーに襲い掛かった。

 瞬きする間に殺到するかに思われた血刃は、しかし。


「せぇええい!!」


 そのことごとくが、ゼヴルファーの拳に撃ち落された。

 攻め手も守り手も失ったソンソルダは、呆然と立ち尽くすしかない。

 すぐに我に返り、新たな血刃を作り出そうとする、が。

 時すでに遅しである。


「おらぁあ!!」


 振るわれた拳の一閃が、ソンソルダの腹に突き刺さる。

 全身を貫く衝撃に、ソンソルダはグルンと白目を剥いた。

 2、3歩と歩くことが出来たのは、魔王ゆえの頑丈さだろうか。

 それでも、意識はとっくに失っていたのだろう。

 ソンソルダはそのまま崩れ落ちると、動かなくなった。


「あー、あー、これ、生きてるんですか?」


 すぐ近づいてきたのは、アルガだった。


「おう。気絶してるだけだろ。そうだよな?」


 ゼヴルファーは不安そうな顔で、ソンソルダの顔に手を近づけた。

 どうやら、息はしているようである。


「ああ、あぶねぇあぶねぇ。大目付に踏ん捕まえてもらわねぇといけねぇからなぁ」


 その時だ。


「大目付のお調べである! 屋敷内で騒ぎがあると、届けがあった! 中を改める故、開門いたせ! 大目付のお調べである!!」


 この騒ぎを聞きつけて、大目付がやってきた。

 と、言うことになっている。

 本当はゼヴルファー達が来るより前に、周囲を取り囲んでいたのだ。


「よし、さっさとずらかるかぁ」


「あの、やっぱりせめて、ナイフとフォークだけでも」


「立派な柿の木がー、あるんですがー」


「ばぁかっ! おめぇらまったく! さっさとけぇるぞっ!」


「そんなに怒らなくても」


 ゼヴルファー達は、そそくさとその場を後にしたのであった。




 ソンソルダが大目付に捕縛された、数日後のことである。

 ゼヴルファーは日の高いうちから、「晴天」に来ていた。

 庭の見える廊下に座り、耳を澄ましている。

 聞こえてくるのは、金づちの小気味いい音。

 それから。


「おとうちゃん、このきくず、もっていくよ」


「おう、ありがとよ。気をつけてなぁ」


 親子の、働く声である。

 あんなことがあった後で、ゲンジは休まずに働いている。

 ミチも、それをしっかりと手伝っていた。


「同じ親子でも、こうも違うもんかねぇ」


 ソンソルダとその息子は、お互いに罪を擦り付け合った挙句、腹を切ることになったらしい。

 むろん、表向きは病死ということになっている。

 御家お取り潰しとなれば、多くの家臣が路頭に迷うことになる。

 不正に加わった者、見て見ぬふりをしたものなどについては、適切に処置を。

 そのうえで、当主を挿げ替える。

 これが最も被害が少ないと、大目付は判断したらしい。

 ゼヴルファーとしても、その判断に間違いはないと思っている。

 それにしても。

 血の通い合っていたはずのソンソルダとその息子。

 対して、血の繋がりがないにもかかわらず、あれだけお互いを守り合っている親子がいる。

 親子というのは、全く不思議なものではないか。

 しみじみと考えるゼヴルファーに、「ゼヴさん」と声がかけられた。


「おお、女将」


「うちの板長が、ゼヴさんに召し上がって頂きたいそうで」


「例の鶏肉の料理、一工夫考えてみたんですよ」


 板長と若い板前が持ってきたのは、五徳の置かれた小さな火鉢、それと、何かが入った鍋であった。

 火鉢は、寒さを凌ぐためのもので、よく見る形のものである。


「こちらの鍋には、タレと玉ねぎ、それと鶏肉が入っております」


 既に火が通っているらしく、食べごろのように見える。

 この鍋を、板長は火鉢の上に置いた。

 小さな火鉢に不釣り合いな五徳があったのは、このためであったらしい。


「既に火が通っておりますので、この火鉢は温めるためだけに使います。こうすれば、お客様にあったかいのを召し上がって頂けますので」


 囲炉裏などがあれば別だが、料亭の部屋というのにはものを温める場所がない。

 ならば、運び込んでしまえばいい、というわけだ。

 調理も既に終わっているから、温める程度でいい。

 それなら、火鉢でも十分である。


「はぁー、考えたねぇ、板長」


「ありがとう存じます。では、仕上げを」


 どうやら、まだ出来上がりではなかったらしい。

 何をするのかとみていると、板長は茶碗に卵を割り、箸でざっくりと混ぜる。

 白身と黄身がある程度混ざったところで、鍋に回しいれた。

 くつくつという音が聞こえ、卵の色が変わり始める。


「新鮮な卵ですので、こいつは生でも召し上がって頂けます。こいつを、匙ですくって、召し上がっていただくわけで」


 早速、食べてみることにする。

 小さな器を手に、匙でざっくりと鍋の中身をすくう。

 立ち上ってくるのは、醤油と出汁の香り。

 ほんのりと甘い匂いがするのは、タレに砂糖が混じっているからか、それとも玉ねぎのせいなのか。

 トロッとした卵と鶏肉、玉ねぎを匙に乗せ、一口で食べる。

 熱い。

 この「熱い」というのは、温かいところに食べ時がある料理にとって、なによりの「味」である。

 温かいからこそ美味しい料理は、冷めてしまうと味ががっくりと落ちてしまう。

 火鉢はソレを、防いでくれているようだ。

 出汁の匂いというのは、温かさと相性がいい。

 口に入れる前とあと、鼻に抜けていく得も言われぬ出汁の香りは、これもやはり「味」の一つと言える。

 流石、大魔王都でも指折りの料亭だけあって、「晴天」の出汁は文句の付けようがない。

 つまり、味も良ければ香もよい、ということだ。

 熱さと香りを堪能すると、次は舌に感じる「味」がやってくる。

 甘辛い汁と、肉、そして玉ねぎの旨味。

 それらを包み込むような、卵の柔らかさ。

 噛みしめると、鶏肉の柔らかさに驚く。


「鶏肉には、一工夫しておりまして。軟らかく煮るのに、苦心いたしました」


 弾力を楽しめるにもかかわらず、口の中で解けるようにタレと混じる。

 むろん、噛むごとに滲み出る肉の美味さも感じられる。

 時折感じられる玉ねぎの歯触りも、これまたいい。


「いやぁ、板長、こりゃ参った。こんなに美味いもんを持ってこられちゃぁ、文句の付けようがねぇ。降参だよ」


 板長は心底ほっとしたように、笑顔を見せた。


「あの鳥の串焼きも自信があったんですが、ゼヴさんの言う通り、あれは焼き立てだから上手いんだ、と思いましてね。何かないかといろいろ頭をひねったのが、これでして」


「流石の一言だねぇ。これなら、酒にも飯にも合うなぁ」


「はい。飯の上にのっけて食べて頂いても、なかなかいけるんですよ」


 想像しただけで、美味そうだ。

 いや、美味い。

 間違いないと、ゼヴルファーは確信する。


「ゲンジさんとおミチちゃんにも、あがって頂こうかと思っていまして。お子さんの意見ってなぁ、貴重ですからね」


「はっはっは! そりゃぁいいや。これの名前は、決まってるのかい?」


「いえ。鶏卵鍋、なんてなぁ、ちと安直ですかね」


「ううん。そうだなぁ」


 庭の方に目をやると、ゲンジ親子の姿が見えた。

 額に汗を浮かべているゲンジに、ミチが手拭いを差し出している。


「鶏と卵か。そう、親子鍋、なんてなぁどうだい」


 使っている材料にちょいとひっかけた命名である。

 こういったことを、大魔王都っ子は好むのだ。

 女将が、おかしそうに笑う。


「あら、いいですね。なら、ゲンジさんとおミチちゃんにお出しするのは、親子飯、かしら」


「そうか。酒を飲まねぇなら、飯と一緒だもんなぁ。なら、俺も親子飯にしてもらおうかな。板長、飯はあるかな」


「そうおっしゃると思って、持ってきています」


 さっそく、茶碗飯に鍋の中身を乗せる。

 これを、匙でザクザクと崩して、頬張る。

 もう、不味いわけがない。


「んん! はっはっは! こりゃ、この味を覚えっちまうと、酒より飯だなぁ!」


 きっと、ゲンジとミチも気に入るだろう。

 早速、女将が二人に声をかけた。


「お二人とも、よろしければそろそろ手を止めて、食事にしてください。準備をしておりますから」


「へぇ! ありがとう存じます! おミチ、片付けるか」


「うん! ざいりょうも、すみによせておかないと」


「ああ、そうだった。いけねぇ、忘れるところだった!」


 親子の元気な声に、思わず笑みが浮かぶ。

 この親子に幸多かれと願う、ゼヴルファーであった。

九話分、ということになりました風来坊必殺拳「親子飯」、楽しんでいただけたでしょうか




次回、予定としましては、手学庵お節介帖をやりたいと思っております

一日金貨一万枚とうたわれる「ウッドタブ商会」

その会長であり、エンバフの友人でもあるヨシサブロウの孫が、かどわかしにあった

すぐさま助けに動くエンバフだが、なにやら様子がおかしい

ゴードルフが調べると、なんとその孫が、かどわかしの犯人達を率いているという

聞けば、やっぱりやめよう、と引き揚げかけた彼らを引き留め、自分からかどわかされたのだとか

「この人たちは、脅されて私をかどわかそうとしたんです。もっと悪いやつが、別にいるんですよ」

一体どういうことなのか

よせばいいのにエンバフは、また首を突っ込んでいくのである


とまぁ、そんな感じのを書こうかなぁ、と思って入るんですが

予定は未定です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 様式美
[一言] 成程、親子鍋だけに似た者(煮たもの)同士という訳ですね? お後がよろしいようで。
[良い点] 本当に面白かったです
感想一覧
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