風来坊必殺拳 「親子飯」7
大魔王城内にある一室。
畳敷きのこじんまりとしたその部屋には、部屋と不釣り合いなほど大柄な男が座していた。
対面に座るゼヴルファーと比べ、その身の丈は五割ほど高い。
目方に関しては、三倍では足りぬだろう。
だが、その面立ちはどこまでも穏やかであり、思慮深さを感じさせる。
剛力魔王ゴラメハギ。
四天王家の一角を守る魔王である。
「なるほど、そのようなことが」
話を聞き終えたゴラメハギは、大きく息をついた。
「まずは、その親子が気にかかります。ゼヴルファー殿の手勢が間に合えばよいのですが」
勘定奉行の不正、腐敗よりも、まずは民のことを気に掛ける。
政を司るものとしてはいささか問題もある態度であろう。
だが、だからこそ、ゼヴルファーは四天王の中でこのゴラメハギを最も信頼していた。
「血刃魔王ソンソルダというのは、それほど行動の早い男ですか」
「これまで尻尾を掴まれていない、ということからお分かりの通り、優秀な男ではあります。それを真っ当に職務へ使えばよいのですが」
「己の懐を肥やすのに使っている。と」
「もっとも、それを決定的に裏付ける証拠が、見つかっていないわけですが」
「そういったところが優秀なわけですか。厄介ですね」
どうやらソンソルダには、以前から黒い噂があったようだ。
それでも、証拠をつかませない。
「大目付なども動いているのですが、なかなか調べも進んでいない様子。早くしなければ、間に合わなくなるのですが」
「何か、あるのですか?」
「血刃魔王ソンソルダは、近くサイガ港代官のお役目に就く予定になっております」
「なんと!」
唖然とする。
ゼヴルファーも、サイガ港代官がどのような「役得」を持っているか知っていた。
件のソンソルダがそんなお役目に就けば、どうなるか。
「勘定奉行としてため込んだ賂を使い、そんな役職を」
「これは、独り言なのですが」
ゴラメハギは一つ咳ばらいをすると、まっすぐにゼヴルファーを見据えた。
「何か一つ、突破口があれば。例えば、ゼヴルファー殿の権限でどうにか出来ぬこともない、かと」
遥か、戦国乱世の時代のことである。
大魔王の最側近としてその拳を振るっていた鉄拳魔王には、特別な権限が与えられていた。
委細構わず、勝手を許す
たとえ相手が誰であろうと、大魔王の裁可を受けずとも、己の判断のみを拠り所にして動くことを許す。
ただし、その際己の身は、己の両拳のみで守ること。
四天王にも許されず、この時代にまで残る、鉄拳魔王家のみに与えられた権限である。
「承知しました。鉄拳魔王ゼヴルファー、大魔王様のお役に立てますように、微力を尽くします」
「御頼りして、申し訳ない」
「いえ。これもまた、鉄拳魔王家のお役目と存じますので」
「時に、ゼヴルファー殿。その腕の良い大工というのは、もしやゲンジという名の、元城大工ではありませんか?」
「その通りですが。それが何か?」
「やはり。いえ、実は・・・」
驚いたことに、ゴラメハギはゲンジのことを知っていた。
優秀な城大工として、大魔王城にも出入りしていたという。
有名な棟梁の下で働いていたというゲンジには、昔から思い合っていた幼馴染の娘がいた。
ゲンジは大工の息子、相手は武家の娘であり、身分違いであった。
月日が経ち、ゲンジは優秀な城大工に。
幼馴染の方は、とある大店の妻女となった。
「武家の娘が、でございますか」
「嘆かわしいが、銭金のことがあったようです」
幼馴染は必死に馴染もうとしていたようだが、大店の方としては、実家とのつながりを強くしたかっただけ。
良い扱いは受けなかったようだ。
そんな折、事件が起きる。
「その大店が、抜け荷をしておりましてな」
この世界は、空も海も陸も、全てが大魔王によって統治されている。
だが、際限なくモノが動けば、様々な秩序に障りを来す。
そこで、人も含めたものや生き物の輸送には、制限がかけられているのである。
特定のものや生き物、一定以上の距離を移動させる場合は、必ず幕府による許可が必要だったのだ。
それらの決まりを無視し、物を勝手に輸送するのが、「抜け荷」である。
当然、大変な罪に問われる。
「店の主人や主だったものは、打ち首。商いに携わっていなかったもの。つまり、その娘だけは御咎めなし、となったのですが」
もちろん、実家になど戻ることなどできない。
武家というのは体面を重んじるのである。
店の家禄は没収されているので、幼馴染は身一つで放り出されることになった。
その時にはすでに、ミチはお腹の中にいたのだという。
幼馴染はミチを生み、慣れない仕事も必死にこなした。
だが、しょせん世間を知らない武家出、まして子供を抱えてである。
生活が楽なわけがない。
そんな事情を知って、ゲンジが幼馴染とミチを助けたのである。
「ゲンジというのは、優しい男でして。本当に、幸せそうでした」
だが、悪いことというのは、そういう時にこそ起こるものらしい。
ソレまでの無理が祟ったのか、幼馴染が体を壊したのである。
しかも、病まで患った。
「治療には高い薬がいる。そうなったとき、ゲンジは己の大工道具を売り払い、金を賄ったのです」
已むに已まれなかったのだろう。
城大工が持つ道具というのは本当に特別なもので、金貨数十枚にもなるのだという。
「とても、普通で賄える額ではありません。いや、だが、ゲンジの腕を考えれば、申し出てていてさえくれれば・・・いや、いまさら言っても、詮無いことです」
結局、幼馴染はそのまま亡くなってしまった。
ゲンジは大切な道具を売り払った自分は、城大工失格だといい、棟梁の元を去った。
「立場上、私は大魔王城の修繕などにも携わっています。その時などに、ゲンジとは顔を合わせたことも何度もあるのですが。あれほどの腕の男は、なかなか居りません」
「引き止めたりなどは・・・」
「もちろん。だからこそ、こんなことまで調べたのです。あれこれと説得をしてみたのですが、聞き入れてくれませんでした。城大工の仕事というのは、存外に激務なのですが。今は、娘といたい、と」
小さな幸せの大切さを、知っている男ではないか。
そんな男が、今、実に下らない理由で、危険に晒されている。
「ゴラメハギ殿。正直なところ、ソンソルダはゲンジのことを、どうすると思われますか」
「あくまで、私の個人の見解ということで。おそらく、亡き者にしようとするでしょう。そういう男であればこそ、これまで己の身を守ってこられたのです」
何とかあの親子を守らなければならない。
ゼヴルファーは改めて、そう決意した。
家に戻ったゲンジは、すぐに目当てのものを見つけ、懐に入れた。
何の飾り気もない、木製の櫛である。
ゲンジが幼馴染、女房に送った品であった。
今となっては、唯一遺った形見の品である。
いつだったか。
女房とミチが、二人で話をしていたことがあった。
嫁入りの時には、どんなものを持っていこう。
昼間に、花嫁行列を見たらしい。
ミチは女房の持っている、櫛がいいといった。
おとうちゃんが作ったもので、おかあちゃんのお下がりだから。
ミチは、ゲンジと血のつながりがないことを、知っている。
昔やってきた女房の親類が、ミチにそのことを告げたからだ。
それでも、ミチはゲンジのことを「おとうちゃん」と呼んでくれている。
本当に、もったいないぐらい良い娘だった。
そんなミチが大切にしている櫛である。
万が一、例の辻斬り連中が自分達の長屋を見つけ出し、踏みこんだりしたら。
家探しをして、壊されでもしたら、一大事である。
幸いなことに、長屋も櫛も無事だった。
「まってろよ、おミチ」
すっかり日は傾き、人通りは少なくなっている。
水路沿いに差し掛かった、その時だった。
ゲンジが行こうとする前に、立ちはだかるものが居る。
笠をかぶった浪人風が、数人。
まずい。
慌てて、元来た道を戻ろうとした。
だが、そこにはさらに数人の浪人風が立っている。
その中の一人が、笠を持ち上げた。
「あっ!」
思わず、声が漏れた。
あの日橋の上で剣を振るった男だったからである。
「やはり、私の顔を覚えていたか。生かしては置けんな」
ゲンジは男に背を向け、走り出そうとする。
道をふさいでいた男達の間をすり抜け、転びそうになりそうなほど必死に走った。
だが、それは男達の掌の上。
浪人風、ソンソルダの三男が腕を振るうと、その指先から赤い液体が迸る。
それは鋭い刃と化して、まっすぐにゲンジの背中へと向かう。
どういう仕組みか、血の刃は見る見る肥大化し、人を地面に串刺しにできそうなほど巨大なものとなっていく。
今まさに、刃がゲンジを貫かんとした、その時。
「せぇええええい!!!」
飛来した光弾が、血刃を粉砕したのである。
赤い血と、地面の砂煙が巻きあがる。
その爆風にあおられたのか、はたまた刃に貫かれたのか。
ゲンジの体は、そのまま水路へと落ちていった。
「くっ! 何者だっ!」
一体何が起こったのか。
三男とその取り巻きの前に走り出たのは、鋼鉄の人馬武者であった。
「天下の往来で業を振るうとは言語道断! いかなる理由か知らぬが、この古月・宗兵衛がお相手いたそう!」
「どうするっ!」
「なぁに、私の血刃にかかったのだ、死んでおろう。引くぞっ!」
三男とその取り巻き達は、踵を返して逃げ去っていく。
一瞬、追おうとするソウベイだったが、それどころではない。
「なになになに! 何事ですかっ!」
あとから追いついてきたのは、アルガであった。
情報を集めるように言われはしたが、アルガの情報元はほとんどが幽霊。
日のあるうちには動いていない。
そこで、夜になるまでソウベイと行動を共にすることにしたのだが。
思わぬ事態になっていた。
「晴天」にたどり着いたソウベイ達は、女将からゲンジが家へ戻ったことを聞いた。
いやな予感を覚えたソウベイは、おおよその場所を聞き、ゲンジを迎えに走ったのである。
そして、先ほどの場面に出くわしたのだ。
「先ほどの狼藉者、己の血を武器として飛ばしておった!」
「血を? まさか、血刃ですか!? ということは、水に落ちたのはゲンジ殿!?」
「某はゲンジ殿を探す! アルガ殿はあの連中を!」
「合点! って、ちょっとソウベイ殿!? あなた、その体で泳げるん」
アルガの言葉を聞き終わるより先に、ソウベイは動いていた。
水の中に飛び込んでいたのである。
丁度直線の場所であったからか、水路の流れは思いのほか早い。
急がなくては、ゲンジに追いつけないのだろう。
既に見えなくなっているゲンジを、ソウベイは水路の底を蹴り、猛然と追いかけた。
「あ、浮けなくてもそういう手があるのですね。っとっと、こんなことしてる場合じゃありませんね!」
アルガがふわりと浮き上がると、その体が宙に溶けるように消えていった。
活動報告での連載の頃から、大体七回で一つのお話が終わるようにしていたのですが、今回はそれで収まりませんでした
もう少しお付き合いいただければと思います
うまくまとめきれず、申し訳ない




