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風来坊必殺拳 「親子飯」5

 ゼヴルファーはダイ公を伴って、「晴天」へ向かった。

 女将に、ゲンジ親子についての話を聞きたいと思ったからだ。

「晴天」は、おおよそ日高いうちは店を開かない。

 昼過ぎや夕方などになってから、客を入れるのである。

 朝や昼間は、そこで出す料理の仕込み、あるいは店の準備が行われるからだ。

 なので、なるだけ早いうちにと急いで顔を出したのだが。

 店の裏口から中に入ろうとしたゼヴルファーは、はたと足を止めた。

 規則正しい金づちの音。


「おいおいおい」


 急いで女将に会うと、笑顔で挨拶をされた。

 女将はダイ公のことも心得ており大層驚いているようだったが、今はそれどころではない。


「女将、とにかく、こいつを見てくれ」


「瓦版ですか? まあ、辻斬りが。え? まさか、ゼヴさん、この大工親子って」


 さっと、女将の顔色が変わった。

 やはりわかるものが読めば、すぐに気が付くのだ。


「ああ。ゲンジとおミチちゃんのことだと思うんだが。とにかく、顔を見てぇんだ」


 女将に案内されて庭の方へ出る。

 何か細工仕事をしているらしいゲンジが居た。

 ゼヴルファーのことを見ると、「あ、こりゃどうも」と頭を下げる。

 ぱっと見では、動揺した様子はない。


「おう、ゲンジさん。実は、さっき妙な瓦版を見てよぉ」


「瓦版ですか?」


「おう、昨日の辻斬りの件よ」


 辻斬り。

 その言葉で、さっとゲンジの表情がこわばった。


「実はよぉ。こんな瓦版が売ってたんだ」


「瓦版ですか?」


 ゲンジは瓦版を受け取ると、中身を読んでいく。

 どんどんその顔から、血の気が引いていった。


「こっ、こいつぁ・・・」


「やっぱり、この大工親子ってなぁ、お前さんのことかい」


「へぇ。でも、こんな瓦版が出たら、斬った連中にも」


「ああ。当然、調べりゃぁ分かるだろうなぁ」


「そんな、どどど、どっ、どうしたら、いいんですかね」


 すっかり動揺してしまったらしく、細かく震えてさえいる。

 当然だろう。

 とにかく落ち着かせなければ、禄に話もできない。

 ゼヴルファーはゲンジを落ち着かせると、女将に茶か何かを持ってくるようにと頼んだ。


 ダイ公というのは不思議な男で、大抵の相手とはすぐに仲良くなってしまう。

 特に子供には妙に好かれ、ミチともあっという間に馴染んだようだった。

 いつも懐に入れているらしいメンコでもって遊びながら、騒いでいる。

 ゲンジもだいぶ落ち着いてきたのか、ぽつりぽつりと話をしてくれるようになった。

 現場で何があったのか聞き終えると、ゼヴルファーは腕を組んで唸る。


「なるほどなぁ。ってぇことは、下手人の顔を見たのは、ゲンジさんだけだったわけかい」


「ええ。何しろ暗かったですから」


 種族差というのがある。

 ミチは普段の暮らしには困らないものの、あまり夜目が利く体質ではないのだという。

 逆に、ゲンジは夜でもよく見えて、明かりも必要ないほどなのだとか。

 もっともこれは、ゲンジから見てそうだ、という話である。

 おそらくミチの夜目は、並みか普通といった程度のものだろう。


「おかげで、おミチは斬られた現場も、下手人の顔も見ておりませんで。ただ、何か恐ろしいことがあったってのは、分かったようなんですが」


「そうかい。いや、そいつぁ、不幸中の幸いってヤツだな」


 急に「キャー!」というはしゃぎ声がして、ゼヴルファーはハッとなり庭の方を見た。

 ダイ公がミチを肩車して、走り回っているようだ。

 一体何をしているのかと頭を抱えたくなるが、当人達はどこまでも楽しそうな様子である。


「しかし、こんなことになるとなぁ。おめぇさん達の身があぶねぇんじゃねぇか、と思うんだ。奉行所の方は、なんか言ってなかったのかい? 一応お前さんは、証人なわけだろ? こう、護衛が付くとかよぉ」


「いえ、そこまでは。まさかこんなことになってるとは、思ってもいませんでしたから。ただ、下手人が捕まったら、面通しを頼むことはあるかもしれない、と」


 全く、瓦版屋が余計なことをしてくれたものである。

 本来であれば、この広い大魔王都で、辻斬りの下手人がゲンジ親子を見つけるのは、相当に難しいことだっただろう。

 だが、必要なことのほとんどを、瓦版で知ることが出来てしまう。

 もし下手人がこれを手にすれば、親子はすぐに見つかってしまうかもしれない。


「女将さん! おミチちゃんが、手洗いに行きてぇって! 連れてってやってください!」


 ダイ公が、ミチの手を引いて近づいてきた。

 女将がすぐに立ち上がり、その手を取る。


「はいはい。じゃあ、案内しますね」


「ひとりで、いけますよ」


「はっはっは。ついでに、なにか菓子でも貰ってくるといいや。なぁ、女将」


 ゼヴルファーは女将の方を見ると、小さくうなずいた。

 あまり、子供に聞かせたい話ではない。

 女将もすぐに心得て。


「そうそう、美味しいのを頂いたの」


「でも、そのぉ。おとうちゃんは」


「そうね。ゲンジさんの分も、選びに行きましょうか」


「はいっ!」


 店の奥に行く二人を見送り、ゼヴルファーは感心したようにため息を吐いた。

 何とも父親想いの娘である。

 しかし、この親子はあまりに似ていない。

 あるいは、血がつながっていないのだろうか。


「いやぁ、おミチちゃん、いいこっすねぇ!」


「へぇ。あっしにゃぁ、勿体ねぇ娘でして」


「ゲンジさんの背中を見てるからっすよぉ! でも、あんまり顔は似てないっすねぇ」


「何しろ、血がつながってねぇもんでして」


 しまった、という顔をするダイ公の脛に、ゼヴルファーは思わず蹴りを入れた。

 痛がりつつも、申し訳なさそうな顔をするダイ公を見て、ゲンジは笑いながら首を横に振った。


「ああ、いえ、気にしねぇでください。おミチは間違いなく、あっしの娘です。そりゃぁもう、もったいないぐらい、良い娘ですよ」


「ホントに、いい子っすよねぇ! するってぇと、奥さんの?」


「ええ、連れ子ってヤツでして」


「ってことは、おミチちゃんはおかあちゃん似かぁ! さぞかし美人さんなんでしょうねぇ!」


「ええ。そりゃぁもう、若ぇ時分にゃぁ、近所でも評判の美人でやして。ほんとに、あっしには勿体ねぇ。まるで、天女見てぇな女房でした」


「じゃあ、おミチちゃんも将来が楽しみっすねぇ! 奥さんは、今、お家ですかい?」


 ゼヴルファーはすかさず、もう一度蹴りを入れた。

 言い方から、すぐにさっせそうなものだ、と思うのだが。

 この男は、凄まじく鈍いのだ。


「はっはっは! うちのは、本物の天女になっちまったんでさぁ」


「あっ! いや、こりゃぁ、申し訳ねぇ、ゲンジさん!」


 ようやく失敗に気が付いたのか、ダイ公が頭を下げる。

 ゲンジは気にした様子もない。


「なぁに、何年か前に、流行り病があったでしょう。あれで、ころりと。こればっかりは、仕方ありませんや」


 何年か前に、流行り病が起こったことがある。

 多くのものがなくなったが、どうやらゲンジの妻もそれに罹ったらしい。


「いろいろ、手は尽くしたつもりだったんですが、こればっかりは」


 おそらく、必死に看病したのだろう。

 仕事を見て、話をして、ミチの姿を見れば、ゲンジの人となりはわかろうというものである。

 何とかしてやりたい。

 ゼヴルファーがそう思うのも、当然のことだろう。


「ゲンジさん、実は俺ぁ、奉行所にはちょいと伝手があってね。事情を聴いてくることにするよ」


「え? ゼヴさん、岡っ引きか何かで?」


「まあ、似たようなもんさ。とりあえず、ちょいと話を聞いてくらぁ」


「あ、お供しますぜ、兄貴!」


 ゼヴルファーとダイ公は、北町奉行所へと向かった。




 裏門から、奉行所の中に入る。

 北町奉行である飛弾魔王ラブルフルードとは、顔見知りであった。

 厄介事に巻き込まれた時などは、力を借りることも少なくない。

 逆に、町奉行では解決できないことが起きた場合、ゼヴルファーが力を貸すこともあった。

 もちろん、ダイ公のことも心得ている。

 表向き、二人は「ラブルフルードが抱える、特別な密偵」ということになっていた。

 おかげで、奉行所へ入るのも簡単だ。

 奥の座敷に通されたゼヴルファーは、さっそくラブルフルードに話を切り出した。

 ところが、帰ってきたのは思わぬ言葉だったのである。


「実は斬られたのは浪人などではなく、れっきとした旗本武家でした」


「旗本。どのようなお役目を?」


 旗本というのは、大魔王家が直接召し抱えている武家のことである。

 大魔王都や、国家に関わる仕事に就いていることが多い。

 斬られたという旗本も、そのような仕事をしていたそうだ。


「勘定方です」


「んん、となると少々、厄介ですか」


 町奉行というのは、大魔王都の庶民の犯罪を取り締まるのが職務である。

 旗本、魔王家やその家臣の犯罪を取り締まるのは、目付という役職の職分となる。

 これらの職域は厳格に守られており、これを超えて捜査などを行うことは相当に困難であった。

 斬られたのが旗本、勘定方の役人であったとなると、北町奉行であるラブルフルードは動きにくい。


「それだけではありません。実は、斬ったほうも勘定方の旗本だった、というのです」


「それは、一体?」


 ラブルフルードによれば、この斬られた旗本、実はかなり以前から勘定方の立場を悪用し、不正に金を使い込んでいたのだという。

 勘定方はソレを調査していたのだが、その旗本が逆上して襲い掛かってきた。

 それゆえ、仕方なく切り捨てた、というのだ。


「いや、しかしラブルフルード殿。その話、いささか・・・」


「はい。ゲンジの目撃証言とは、明らかにずれております。それと、気になることが」


「気になること、ですか?」


「この一件は勘定方の領分。目撃したものが居るはずだが、その証言も聞かなければならないから、居場所を教えてほしい。と」


「いや、それは・・・」


「もちろん、教えるわけにはまいりません。とはいえ、話がおかしいとは言え、筋道でいえばあちらの言い分が正しい。ですので、奉行所の方では目撃者のことはわからない。番屋で確認しているはずなので、後日調べてお知らせいたす、と」


 ゼヴルファーは、ほっと息をついた。


「いや、流石、北町のお奉行様。しかし、時間稼ぎにしかなりませんね」


「ええ。しかも、例の瓦版です。すぐに差し止めさせましたが、相当な量が市中に出回ったはず」


「それを見れば、すぐにゲンジのことを調べられるでしょうね。しかし、勘定奉行所の、誰が動いているので?」


「勘定奉行、血刃魔王ソンソルダ殿」


 勘定奉行というのは、定員が四名の役職であった。

 血刃魔王ソンソルダは、その一人である。


「おう、ダイ公。ソンソルダってなぁ、どんな野郎なんだ」


「全然覚えてないっす」


「お前、顔ぐらい覚えてるだろぉ」


「顔ぐらい、ああ、なんか、あれかな? あの、すんげぇデブの」


「まあ、確かに。ソンソルダ殿は少々肉が付き過ぎているようでしたが」


 苦笑するラブルフルードによると、ソンソルダはかなり野心的な人物であるという。

 元々はそれなりの魔王家でしかなかったが、最近になって一気に要職である勘定奉行にまで上り詰めたとか。

 その背後には、黒い噂もついて回っている。


「そもそもですが。もし本当にそういう事情で旗本を斬ったのであれば、なぜ逃げたのか、というのも気になります」


「確かに。言い分通りであれば、斬ったところで何らやましいところはないわけですからね」


「はい。人が集まってこようと、堂々としていればいい。役目故切り捨てた、とでも言えば、それで事が済むわけです。むろん、斬ったのが本当に勘定方の役人であれば、ですが」


「あるいは、ソンソルダ殿の子飼いなどであれば。濡れ衣を着せて口封じ、ということも」


「その恐れもあるかと。ただ、私の部下が調べたところ、斬られた旗本というのも、けっして素行が良い男ではございませんでした」


 遊興にふけり、賭場や遊女屋へ出入りもしていたらしい。

 それだけならまだしも、遊びが過ぎて金に困り、かなりの借金も作っていたそうだ。


「ですが最近、馴染みの遊女に。近々金が手に入る、と漏らしていたとか」


「それはまた。いささかおかしくありませんか?」


 勘定方が言うとおりであれば、斬られた旗本は「かなり以前から」金を使い込んでいたことになる。

 にもかかわらず、借金があるというのがおかしい。

 また、「近々金が手に入る」というのも、妙だろう。


「たしかに勘定方、ソンソルダ殿の言い分も、頷けるところはあります。斬られた旗本の素行が悪かったことも、事実。ですが、納得はしかねます」


「なるほど、確かにこれは。しかし、ラブルフルード殿のお立場では、動けませんか」


「口惜しくはありますが」


 痛し痒しであるが、こればかりはどうしようもない。

 政の話であるだけに、易々とどうこうできることではなかった。


「そういった事情ですので、ゲンジ親子に同心などを見張りにつけるのも、ためらわれまして」


 一つ間違えば、かえって「この親子が目撃者だぞ」と教えることになりかねない。

 また、正規の役人であればこそ、勘定奉行所から苦情などが入れば、引き揚げなければならなくなってしまう。


「一応、それとわからぬよう、岡っ引きなどを遠巻きに配置してはいるのですが。しょせん、直接守ることは出来ず。不甲斐ない限りです」


「いや、それが当然のことかと」


 むしろ、立場を考えれば、よくやってくれていると言えるだろう。

 ラブルフルードは、近頃になって町奉行職に就いたばかりである。

 使える配下なども育っていないだろうし、町奉行としての職務を務めるだけでも手一杯だろう。

 その中で、大工一人にこれだけ気を配れるというのは、稀有な人物ではないだろうか。

 順当に力を伸ばしていけば、きっと幕府にとってなくてはならない人材になるはずである。


「それで、ゼヴルファー殿。こんなことを頼むのは筋違いとは思うのですが。あの親子のこと、お願いできませんか」


「いえ、それはもう。端からそのつもりですので。むしろ、場合によってはラブルフルード殿のお力を借りることになるかと」


「無論です。私にできることでしたら、なんでも」


 そうと決まったら、急いだほうがいい。

 まずは何から手を付けるべきか。

 ゼヴルファーは、ゲンジ親子を守る算段を考え始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 四天王家に次ぐ格の当代鉄拳魔王と大魔王様ご本人を建前上とはいえ、手下扱いしなきゃならない『遠当てのラブさん』の胃袋が心配です
[一言] ゼヴルファーの尽力も虚しく口封じに斬り殺されてしまったゲンジ親子。 今際の際に言い残した言葉は「この五両で仇を………」であった。。。?
[一言] ラブさんこっちとも顔見知りだったのか。 顔広いな。
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