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風来坊必殺拳 「親子飯」4

 既に日も沈み、辺りは暗くなっている。

 ゲンジとミチは、人気のない道を急いでいた。

 この日の仕事を終えた後、翌日の仕事に必要な材料を買いに、少し遠くへ足を延ばした。

 その帰りに一膳めし屋で食事などをしていたところ、すっかり遅くなってしまったのである。

 大魔王都は、かなり治安のよい都市であった。

 夜回り専門の同心などもいるし、番屋などには必ず寝ずの番が付いている。

 そのため、犯罪率は低いのだが。

 危険が全くない、というわけでは無かった。


「いやぁ、すっかり遅くなっちまった。すまねぇな、おミチ」


「しょうがないよ、いいざいりょうが、みつからなかったんだもん」


「せっかく晴天さんがつかってくださるんだからなぁ。半端な仕事をするわけにはいかねぇもんな」


「そうだよ。おとうちゃん、うではいいんだから。ざいりょうでそんしたら、しょうがないよ」


 娘に褒められても、照れくさいのだろう。

 ゲンジは何とも言えない、人のよさそうな照れ笑いを浮かべる。

 少し歩くと、運河にかかる橋に近づいてきた。

 あまり大きな橋ではなく、やはり人気はない。

 いや、ゲンジは橋の上に、数名の人影を見つけた。

 身なりと、腰に剣を下げているところから察するに、武家か、あるいは浪人か。

 遠目にはどちらかわからないが、剣呑な雰囲気は感じ取ることが出来た。


「おとうちゃん、なんだかこわいよ」


「ああ、そうだな。近づかねぇ方がいいか」


 遠回りをして、別の道を行こうとした、その時だった。


「なにをするっ!? うわぁああっ!!」


 橋の上の人影が、剣を振り上げて一人を斬った。

 周りにいたものも、次々に剣を抜き放ち、斬られた一人に追い打ちをかけたのである。

 ゲンジもミチも、驚愕のあまり声も出せなかった。


「ひ、人殺し・・・!」


 何とかひっくり返った声で、ゲンジがそう絞り出す。

 それがきっかけになってくれたのか、声が出しやすくなった。


「人殺しだーっ! だれかーっ! 誰か来てくれーっ!!」


 大魔王都には辻々に、番所がある。

 何かあったときは大声さえ上げれば、たとえ夜でも誰かが来てくれるのだ。

 だが、すぐに来てくれるとは限らない。

 一人を集団で斬った人影達が、ゲンジとミチの方へと走ってくる。

 咄嗟に逃げようとするが、ゲンジは足がもつれてひっくり返ってしまった。

 ミチの方はと言えば、驚きのあまり体が固まってしまったらしい。


「ミチっ!!」


 ゲンジに名前を呼ばれ、ミチはハッとした様子で蹲り、頭を抱え込んだ。

 丸まって身を守ろうとしているのだろう。

 逃げてほしかったが、そんなことを言う暇もない。

 もうすでに、複数の影が目の前に迫っている。


「くそ、見られたかっ!」


「面倒だ、斬るか!」


 ゲンジは必死に手足を動かして、ミチを抱え込んで、背中で庇った。

 剣が振り上げられる気配が、背中越しでもわかる。

 せめて、ミチだけでも。

 そう思ったときである。


「おおーい! なにがあったーっ!」


「こっちだこっち! 誰かいるぞ!」


 番所に詰めていたもの達か、あるいは近所の住民だろうか。

 複数の足音と声が近づいてきている。


「くそ、いったんひくぞっ!」


「顔を見られているぞ!」


「それは後だ! 大勢に見られる方が拙かろうが!」


 背中越しではあるが、男達の足音が遠ざかっていく。

 それでも、ゲンジはぎゅっとミチを抱えたまま、動けなかった。

 体がこわばっていたのだ。


「おい、あんたっ! どうしたんだっ!」


「ひ、ひとがっ! 橋の上で、橋の上だ!」


 伝えようとするが、言葉が出てこない。

 そのうち、別の方向から駆け付けた者たちが、橋の上に倒れている影に気が付いたらしい。


「うわぁっ!? 橋の上だ! 人が斬られてるぞ!」


「本当だっ! 奉行所! 誰か奉行所に走れ!」


「どっちの奉行所だ?! 北か、南か!?」


「北だ、北っ! 急げ!」


 慌ただしく、人が集まってくる。

 提灯を持っているものもいるのだろう。

 明かりも集まってきた。


「おとうちゃん」


 呆然としたような、平らかな声である。

 ゲンジは抱きしめていたおミチから離れ、体中を確認する。


「おミチ! ケガはないか?! どこも斬られたりしてねぇな!?」


「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、おとうちゃん。わたしより、おとうちゃんは、へいきなの?」


「ああ、なんもされてねぇ! この通り、ピンピンしてらぁ! そうか、よかった! どこもケガしてねぇんだなぁ! 無事でよかった!」


「おとうちゃん、いたい! いたいよ!」


 ホッとするあまり、ゲンジはおミチを強く抱きしめた。

 腕の中でおミチが暴れているが、気が付いていない様子である。




 ゼヴルファーはいつものように、街中をふらついていた。

 さて、今日は何を食おうか。

 すると、なにやらにぎやかな声が聞こえてくる。


「んん? 瓦版屋か」


「昨日、橋の上で人が殺されたのは知ってるな!? 一人の武家を複数が囲み、ぶった切ったって話だ! その一部始終を、見ていた者が居る! 詳しいことはここに書いてあるよぉ! 買った買ったっ!」


 辻斬りか何かだろうか。

 ずいぶんと平和になったが、大魔王都は武家の街である。

 本来は戦働きを生業としているもの達であり、争いごととなれば、剣や魔法が飛び交うことも珍しくない。

 またぞろ珍しくもない。

 この時のゼブルファーはそう考え、気にも留めなかった。

 それよりも、まずは飯である。

 ゼヴルファーは街をぶらつく目的の半分ほどは、美味いものを探すことであった。


 うまそうな匂いに釣られ、ゼヴルファーは水路沿いの屋台街にやってきていた。

 昨日の焼き鳥の匂いが頭にあったからだろうか。

 醤油と油の焼ける匂いに釣られ、足が動く。

 来てみると、案の定、ウナギの屋台が出ていた。

 持ち運びしやすくした長細い焼き台。

 そのうえで焼いているのは、さばいたウナギを刺した串である。

 昔はぶつ切りにしただけのものを刺す店が、ほとんどであった。

 だが、最近はそういった物にはほとんどお目にかからない。

 背開きにしたウナギの背骨をとり、きちんと血抜きをする。

 それをいったん蒸してから、細長く切り分ける。

 これに串を打って、形を整える。

 あとは屋台に持ってきて、タレを付けて焼く。

 既に蒸してあってしっかりと火が通っているから、焼くのは温めと、つけダレをなじませるのが目的であった。

 醤油にみりん、砂糖などを混ぜたタレは、大抵の場合、店ごとの秘伝のものである。

 細い串に茶色いウナギが刺さっている様子が、植物の「蒲の穂」に似ていることから、「ガマ焼き」と呼ばれている。

 これはあまり手間がかからず、食材も大魔王都の水路にうじゃうじゃいるウナギという安い魚であることから、屋台街定番の料理であった。

 正直なところ、あまり美味いものではないことが多い。

 血抜きが不十分だったり、内臓をうまく処理できていなかったり、小骨が多すぎたり、蒸しすぎてぱさぱさになっていたり。

 だが、タレの味と身の旨味、焼かれた香りの美味さなどで、ほどほどには食えることが多かった。

 金のない連中などは、これに握り飯で、何とか腹を満たすといった具合である。

 だが。

 何事にも、例外というものはある。

 中にはとんでもなく美味い「ガマ焼き」を出す店もあった。

 そういう店は、匂いで分かった。


「ううん、美味い! 美味いっすねぇ、これ! ほんとに同じガマ焼きとは思えねぇっすよ! いや、ほかの店を悪く言ってんじゃねぇんすよ!? ここが特別うめぇって話っすからね!」


 普通、ガマ焼きを焼く前に蒸すのは、火の通りを早くして、さっさと仕上げるためだ。

 しかしそれを美味く、美味さにつなげる技がある。

 まず、蒸す前のウナギを炙る。

 この時に焼き過ぎてはいけない。

 絶妙な火の通し方は、熟練だからこそなせる業だ。

 然る後、蒸し上げる。

 脂の強いウナギから脂を抜き、蒸気によってふっくらと仕上げるのだ。

 これを切り分け、串を打つ。

 屋台に持って行ってから、炭で焼く。

 タレを付けながら焼くのだが、焼き過ぎても、焼きが甘くてもいけない。

 こればかりは、筆舌に尽くしがたい技術である、としか言えなかった。

 何しろ、店主によっては「焼きの仕事を覚えるには一生かかる」というほどなのだ。

 その、「美味いガマ焼き」の焼ける匂いと言ったら。

 これだけで、白飯が食えるといっても、過言ではない。

 ゼブルファーが思わずその匂いにやられるのも、無理からぬことだろう。

 しかし、ふらふらと釣られて屋台の前にやってきたゼヴルファーは、珍しくそのことを後悔した。

 別に店に問題があったわけでは、全くない。

 先客の方に問題があったのである。


「あっ! ゼブの旦那! どうしたんすかこんなとこで! ささ、突っ立ってないで一緒に食いましょうよ! 親父さん、もう一人お客さんがいらしたっすよ! 串追加ねっ!」


「ダイ公、お前。なんでこんなところにいるんだ」


「こんなところってご挨拶っすね! ここのガマ焼き、めちゃくちゃ美味いんすから! いやぁ、あるもんなんすねぇ、隠れた名店ってやつが! もったいないなぁー! 隠しておくの!」


 ぺらぺらと恐ろしくよく回る舌でもって、周りの客達とも和気あいあいと言った雰囲気を作り出している。

 この男は、ゼヴルファーの知り合い。

 いや、知り合いどころか、本来はこんなところにいていいものではない。

 大魔王都のもっとも高貴な場所に座して、天下の安寧を見守っていなければならない立場にあるはずなのだ。

 街場での彼との顔見知りは、大抵が「ダイ公」「ダイさん」などと呼ぶ。

 大方、本当の名前は「だいすけ」だの、「だいじろう」だのあたりだと思っているのだろうが、そうではない。

 ダイ公のダイの字は、「大」と書く。

 その後ろに付くのは、「魔王」という文字。

 このへらへらと笑いながら、実に幸せそうにガマ焼きを齧りつつ、片手に持った握り飯を頬張っている男こそ。

 今代大魔王、その人なのである。

 もっとも。

 大魔王、いや、あえてダイ公としよう。

 ダイ公はしょっちゅう城を抜け出しており、こうして街中をほっつき歩いていた。

 むろん周りにはそれとわからぬよう、護衛のものが付き従っている。

 とはいえ本来はそんなものは無用である。

 何しろ、世に三百余りいる魔王全てが束になったところで、ダイ公には傷一つ付けることは出来ないのだ。

 護衛が守っているのは、むしろ「街の衆」の方なのである。

 このダイ公とゼヴルファーは、その立場から昔からの知り合い。

 いわゆる幼馴染であった。

 ダイ公はゼヴルファーのことを、「兄貴」「先輩」「旦那」などと呼び、大変に慕っている。

 そのおかげ、あるいは古来からの主従の関係も相まって、ゼヴルファーはしょっちゅう、ダイ公が持ってくる厄介事に巻き込まれることとなっていた。


「まったくお前ぇってやつぁ、はぁーっ」


 ため息を吐きながら、ゼヴルファーはダイ公の隣に座った。

 出されたガマ焼きを手に取り、まじまじと見る。

 やはり、香がいい。

 甘く、辛く、脂と、炭の匂い。

 ゴクリ、と喉がなる。

 齧りつけば、まず来るのは醤油の甘さ、油の美味さ。

 噛みしめればほろほろと解けていく柔らかさに、しっとりとした旨味が舌に絡んでくる。

 これが口にあるうちに、ダイ公が差し出した握り飯に食らいつく。

 もはや言葉など不要である。

 たちまちのうちに、串を六本、握り飯を二つ平らげてしまった。

 握り飯は茶碗一杯に少し欠けるほどもあるから、かなりの量を食べてしまった。


「いやぁー! うめぇーなぁー! こういうのってやっぱ、たまんねぇっすよねぇ!」


「おめぇ、普段家でもっといいもの食ってるだろうが」


 何しろ、大魔王城の厨房が腕によりをかけたものを食べているはずなのである。

 つまるところ、世界でも最高峰ということになるだろう。


「いやぁ、堅苦しくって! 贅沢は贅沢なんでしょうけど、何しろ食うのも一人っすからねぇ。味がしねぇのなんの! そうだ! 今度庭で、焚火でもしながら飯作ってもらおうかなぁ!」


「バカヤロウ、お前、どこで何するつもりだ」


 大魔王城の庭園で炭火焼などしたら、大変なことになるだろう。

 四天王のうちでも、ダイ公の素行などに特に口うるさい剣魔王など、卒倒するかもしれない。

 いや、それだけならまだいいが、己の監督不行き届きだ、などと言い出し、腹でも斬りかねない。


「へ? 家で焼き物するつもりっすけど」


「そういうことを言ってるんじゃねぇんだよ、全く、ろくなことしねぇなおめぇわ」


「あ、そうそう。ろくなことしねぇで思い出したんすけど、さっき瓦版買ったんすよ」


「お前ねぇ。そういうものを買ってる暇があるなら、きちんと自分の仕事をだな」


「昨日、武家同士のいざこざがあって、一人が斬られたらしいんすけど。大工がその様子を見てたっつーんすよ。しかも、ちっちゃな娘連れで。相当腕のいい職人で、最近は料亭とかでも仕事してるって書いてあるっすよ」


「だから、そういうくだらない、なにぃ?」


 ゼブルファーの顔色が、さっと変わった。


「おい、ダイ公。お前その瓦版は?」


「へ? ああっと、あっ、あったあった。これっすよ」


 ダイ公が懐から取り出した瓦版をひったくり、ゼヴルファーは目を皿のように広げて読んだ。

 そこには昨日の殺しのこと、そして、それを見た大工親子のことまで書いてあった。

 殺し合った場所は詳細に。

 大工親子のことは、多少ぼかして書いてあるものの、分かるものが見ればすぐにだれか予想が付いた。


「こりゃぁ、ゲンジとおミチちゃんのことじゃぁねぇか」


 昨日会ったばかりのゼヴルファーでもわかるのである。

 もっと親しいものであれば、すぐに察しが付くだろう。


「へ? 旦那、この親子に心当たりでも?」


「ああ。知ってる人間が読めば、すぐに誰かわかるだろうよ」


「え? それって、まずいんじゃねぇっすか? もし、殺した方の武家ってのが、瓦版を読んだりしたら」


「ああ。この大工ってなぁ、唯一の証人だ。口封じに動くかもしれねぇ」


 少々、不穏な気配になってきた。

 ゼヴルファーはじっと、瓦版を睨みつけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 北ってぇと飛弾ののとこか なら、囮にしても守りはちゃんとすると思うけどはたして……
[良い点] 片手にうなぎの串焼き、もう片方の手に握り飯。両の手に食べ物を持って思いのままに食べる!これぞ屋台飯の正しいマナーですよね。 [一言] うなぎはやっぱり蒸さないと、皮が固くて食べにくいですね…
[一言] お奉行様、わざと目撃者保護せずに囮に?
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