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風来坊必殺拳 「親子飯」3

 畳敷きの部屋に、襖と障子。

 長押と天井の間には、見事な細工を施した欄間が収まっている。

 流石「晴天」といった落ち着いた趣の和室には、いくつか大工道具が並んでいた。

 それを片付けているのは、半纏を着込んだ職人である。


「あ、女将さん。どうも、お世話になっておりやす」


 人のよさそうな男である。

 中年といった年ごろだろうか。


「こちら、ゲンジさんと言って、腕がいいと評判なんですよ」


「えっへっへ、そういってつかって頂けておりやして、ありがたいことです」


 柔和な顔立ちに似合った、腰の低い態度。

 こういった職人には頑固者が多いと思っていたゼヴルファーは、いささか驚いていた。


「こちらは、うちの用心棒で、ゼヴさん」


「いやぁ、ちょいと仕事を見せてもらおうと思ってね。直したってのは、そこの欄間かい?」


「へぇ、そうです。しまったなぁ、見てわかりやすか?」


 まずい、という様に、ゲンジは首をすくめた。

 直すというのは、ほかと違いが判らぬようにする、ということである。

 見てすぐわかるようではまずい、ということなのだろう。

 だが、ゼヴルファーは笑って首を横に振った。


「庭に、割れた欄間が置いてあったからさ。ああ、これを取り換えたんだな、って見当を付けただけだよ」


「そういうことでしたか! いやぁ、よく気が付かれましたね」


「はっはっは。いや、それにしても、どこの欄間が割れたんだい?」


「そこですよ。新しいのをはめてもらったんです」


 波をかたどった形のもので、板を切り出しただけの作りだが、なかなかどうして。

 まるで浮世絵のように力強く、うねる音まで聞こえてきそうな出来である。

 こういったところにも、料亭ならではの「行き届き」があるようだ。


「はぁ、これか。しかし、周りとも遜色ねぇ。それどころか、古い木みてぇに見えるなぁ」


 木というのは、使っているうちに表面の色が変化するものである。

 新しいものは当然、新しい木の色をしているものだ。

 だが、女将が指した欄間は、周りにあるほかの欄間と大差ない色合いをしている。


「芸者と遊んでいたお客様が、誤って杯を投げてしまいましてね。それが欄間にあたって、割れてしまったんです」


「へぇ。それを取り換えたってわけか」


「もともと、壊れてもいいように、外しやすくはなっていたんですけれどね」


 大魔王都の料亭ならでは、という所だろう。

 気性の荒い種族も少なくない場所がらである。

 ある程度ものが壊されるのは、織り込んでおかなければいけないわけだ。


「いやぁ、流石、天下の晴天さんの欄間ですねぇ。真似をするのにも苦労しました」


「はぁー。ん? なに? これ、お前さんが作ったのかい?」


 欄間というのは、専門の職人がいるほど、作るのが難しいものである。

 まして大魔王都でも指折りの料亭が使っているものであり、簡単なつくりのはずがない。


「なぁに、見本がありましたもんで」


 例え見本があったとはいえ、簡単な仕事のはずがない。


「いや、まてよ? 壊されたのってなぁ、いつのことなんだい?」


「昨日の夜ですよ」


「じゃあ、一晩でこれを? へぇー!」


 これにはゼヴルファーも、度肝を抜かれた。

 立場上、大魔王城にも出入りするゼヴルファーであるから、ある程度建築物を見る目はある。

 そのゼヴルファーの目から見ても、唸るぐらいに出来が良い。


「夜に来てもらって、あの割れた欄間を持ち帰られましてね。本当に、頼んでよかったですよ」


「いえ、つかっていただきやして、ありがたい限りです」


「本当にてぇしたもんだぁ。おめぇさん、この辺にいたのかい? こんだけ腕が良けりゃあ、うわさぐらい聞きそうなもんだが」


「最近、獣魔王様のお膝元から移ってきやして。この辺りで、お世話になるようになったばかりでして」


 ゼヴルファーが感心していると、庭の方で足音が聞こえた。

 見ると、小さな娘が、何かを抱えて歩いてくるのがわかる。

 上に羽織っているのは、ぶかぶかの半纏。

 ゲンジが着ているのと、同じもののようだった。

 娘は女将に気が付いたのか、勢いよく頭を下げる。


「あ、おかみさん! こんにちは!」


「はい、こんにちは」


「ゲンジさんの、娘さんかい」


「はい。まだちいせぇんで、手習い所にも行けないもんでして。仕事の手伝いなんかを、させておりやす。すみません、女将さん。ご無理を言って」


 仕事先に連れてきたことを詫びているのだ。

 女将は全く気にした様子もなく、むしろ笑顔で首を振った。


「いいえ。しっかりお仕事をなさっているんですもの。それに、かわいらしいじゃありませんか」


 全く、その通りであった。

 おおよそ親子というのが信じられないほど、かわいらしい娘なのだ。

 ゲンジは凡庸で、どこか抜けたような顔をしているのだが、この娘はどうだろう。

 もう十年も経てば、道を歩いただけでぞろぞろと男を引き連れて歩くようになるのではないだろうか。


「ミチといいます。どうぞ、おとうちゃんを、よろしくつかってやってください」


「おい、おミチ! どうも、すみやせん」


「いいえ。しっかりした娘さんじゃありませんか。もちろん、そのつもりですよ。ゲンジさん、これからもよろしくお願いしますね」


「いやぁ、こりゃ、どうも。すみやせん」


 ゼヴルファーはそんなやり取りを、笑顔で見ていた。

 そこで、どうにもミチが抱えているものが気になった。


「やぁ、おミチちゃん。俺ぁね、ここの用心棒で、ゼヴってんだ。よろしくな」


「はい、よろしくおねがいします」


「時に、きになったんだがよぉ。抱えてるそりゃぁ、なんなんだい?」


「あ、そうだ! さっき、なかいのひとが、こわれたからって、すてようとしてたんです」


 それは、灯台という道具であった。

 海沿いにあるアレではなく、家の中で使う照明器具だ。

 燭台のような形で、木の棒の先に皿が置かれている。

 そこに油を入れて火を灯す。

 これの棒の部分が、ぽっきりと折れてしまっているようだった。


「おきゃくさまがこわしちゃったから、すてちゃうって。でも、おとうちゃんなら、すぐになおせます」


「ほぉ、お父ちゃんはそんなこともできるのかい?」


 自信満々のミチの様子に、ゲンジは恐縮しきりといった様子だ。


「それなら、お願いしてもいいかしら。新しいのを取り寄せようと思ってたんだけれど、直して使えるならその方がいいものね」


「へぇ。それでしたら。ちょちょいと」


「お願いします。おあしは、欄間の分と一緒にお渡ししますから」


「そんな、そんなに頂くわけには」


「まぁまぁ、まずは、ゲンジさんの仕事ぶりを見せてもらおうじゃねぇか。なぁ、女将」


 早速、ゲンジは灯台を直すことになった。

 しばらくかかるかと思いきや。

 これが、恐ろしいほどの速さであった。

 魔法のような手さばき、などということがある。

 まさにそんな様子であり、ゼヴルファーはその見事さに言葉を失った。

 そこで、良く手元を見てみて、さらに驚いた。


「おめぇさん、魔法を使ってるのかい!」


「へぇ。仕事を習った親方に、こっちの方も仕込まれまして」


 この時代、魔法というのは教養の類。

 身に着けるにも、金も時間もかかる贅沢な技術であった。

 それを操るものというのは「職人」の中でもごく一部であり、名人や達人と呼ばれるようなものも少なからずそういった「魔法」を身に着けている。

 逆に言えば、魔法を使って仕事ができるような職人というのは、おおよそ相当な腕前である、ということであった。

 あれよあれよという間に、割れていた灯台が一つにくっついた。

 それでもまだ、傷が残っている。

 ゲンジはこれを隠すのに、灯台に和紙を巻いた。

 ちょうちょの柄がある千代紙で、これがまた何とも華やかで、景色がいい。

 木の無地でそっけなかった灯台が、見事な品に化けてしまった。

 品のいい様子は、それを作ったゲンジと並べると少し笑ってしまいそうになる。


「こりゃぁ、今日は驚きっぱなしだなぁ。おミチちゃん、おめぇさんのおとうちゃんは、大した名人だぜ」


「えっへっへ、ありがとうございます!」


 顔は似ていないゲンジとミチの親子だが、照れたような笑い方はそっくりであった。

 そんなミチのお腹のあたりから、「ぐぅ」という音が鳴る。

 どうやら、腹の虫が鳴いたようだった。


「おっと、もう昼時だもんなぁ。腹も減るわな」


「ああ、そうですね。おミチ、どこかに食いに行くか」


「まぁ。うちで、何かご用意しますよ。簡単なものになってしまうのは、申し訳ないけれど」


 女将の言葉に、ゲンジはぎょっと目を剥いて恐縮する。


「そんな、女将さん。そんなものまで用意させちゃぁ、申し訳ねぇですよ」


「はっはっは! ゲンジさん、この辺りの料亭じゃぁ、仕事に入った大工に飯の心配なんてさせねぇってのが、流儀なんだぜ。仕事してもらうのに飯も用意しねぇで、何が大魔王都の料亭だって、笑いものにされっちまうのさ」


「はぁ、そういうものなんですか」


「ああ。だから精々、晴天で出してもらった飯は美味かった、なんて、宣伝して回るのが礼儀ってもんなのさ。断ったりしたら、かえって失礼ってなもんよ」


「へぇ。よく、覚えておきやす」


 いかにも真剣な様子で、ゲンジは頭を下げた。

 その様子がいかにも生真面目といった様子で、ゲンジの気性を表しているようであった。




 板長が用意してくれたのは、握り飯であった。

 別に、手を抜いたわけでは無い。

 仕事で手が汚れていても、簡単に食べることが出来るようにという気づかいである。

 むろん、「晴天」がただの握り飯を出すわけがない。

 三角形のおにぎりが、いくつかの葉の器に乗っている。

 この葉っぱごと握り飯をつかみ、食べるわけだ。

 多少手が汚れていようと、これならば関係ない。

 一つは、ロッペンという名の木の葉の上に置かれた、焼きおにぎりである。

 このロッペンというのは殺菌作用があり、食い物を包めば保存効果を高めてくれた。

 また、独特の香りがあり、さわやかさの混じった青い匂いは、食欲をそそってくれる。

 塗られているのは、醤油ではなく味噌。

 炭火で炙られているようで、香がもはや暴力的である。

 一番上のところには、ちょこんと柑橘の皮が乗せてあった。

 味噌のべったりとした塩っ気を、緩くしてくれる。

 当然、ミチの分も用意してあった。

 こちらはゲンジのものより、いささか小ぶりである。

 ミチはさっそくこれをもって、勢いよくかぶりついた。

 味噌も、一工夫加えてあるらしい。

 ただ塩辛いだけではなく、ほのかに甘みと、強い旨味がある。

 ミチには、それが何なのかはわからない。

 むしろ、一工夫加えてあるというのも、よくわからなかった。

 とにかく、美味い。

 夢中になって齧りつく。

 ゲンジはそんな様子を、うれしそうに眺めていた。

 仲の良い親子であろうことが、この様子を見るだけでもわかる。

 こういった姿を見るというのは、それだけで気持ちのいいものだ。

 思わず顔をほころばせたゼヴルファーは、それがいささか恥ずかしかったのか、照れ隠しのように手を打った。


「いや、こいつぁうまそうだ! 女将、俺の分もねぇかな?」


「ふふっ、用意させてありますよ」


 すぐに運ばれてきた握り飯に、ゼヴルファーもありつくことにする。

 二つ目の握り飯は、昆布の佃煮が乗せてあった。

 白飯に、しっかりと味付けされた佃煮だ。

 まずいわけがない。

 また、この佃煮の配置が絶妙だった。

 一番上のところに少し、真ん中あたりに一塊に。

 きちんと一口目から、佃煮にあたる寸法だ。


「さっきの焼き鳥とこれを食ったら、たまらねぇだろうなぁ」


「あら。それは合いそうですね。残っているのがあるはずですから、持ってこさせましょう」


「はっはっは! そりゃぁいいや! なぁ、おミチちゃん。美味いのにありつけるぜぇ!」


 握り飯に、タレをたっぷり絡ませた鶏肉の串焼き。

 この食い合わせが嫌いだというものを探すのは、大魔王都でも難しいだろう。

 三つ目の握り飯は、青菜の漬物を刻んだものが混ぜられていた。

 塩辛すぎることもなく、程よく辛みが効いている。

 どうやら、葉ワサビか何かの漬物のようだ。

 醤油漬けのようで、程よい塩加減がなんとも言えない。

 ちなみに、ミチのものは別のおにぎりである。

 この辛さは、子供のミチには早すぎるだろう。

 焼きシャケの乗ったもので、なかなかに美味そうである。


「おとうちゃん、おこめ、こぼしてるよ。ちゃんともたないと」


「ああ、ほんとうだ! いけねぇ!」


 驚くほどの職人仕事に、仲睦まじい親子の様子。

 美味い飯と、素晴らしい庭。


「いやぁ、なによりだねぇ」


 ゼヴルファーは、幸せな気持ち、というのを噛みしめていた。




「なるほど、それは城大工というやつですな」


 城に戻ったゼヴルファーは、さっそくリットクに掴まっていた。

 仕事をさせられながら、「晴天」で見た親子のことを話す。


「城大工? なんだいそりゃ」


「魔王城というのは、特別な仕掛けやら、大掛かりな建築というのがつきものでございましてな。並の大工では務まらない仕事なのでございます」


「そりゃぁ、道理だわなぁ」


 何しろ、多種多様な兵器なども取り付けなければならない。

 魔法的な仕掛けもいるわけで、なるほど並の大工に務まる仕事ではないだろう。


「そこで、建築に適した魔法を使う職人が必要になるわけですな」


「はっはぁ。じゃあ、引っ張りだこなんだろうなぁ」


「それが、昨今そうでもありませんでな。何しろ戦国は遠い昔のこと、そういった仕掛けをしっかりと備えた魔王城も少なくなっておりますれば、城大工も少なくなっておるそうでございます」


「そういうもんなのかねぇ」


「まったく嘆かわしい。魔王城というのは家の象徴だというのに。しかし、妙でございますな。城大工というのは特殊な技能ゆえ、一人で仕事をするというのはないはずですが。まして、大魔王都屈指と言えど、料亭の仕事などは受けるはずがないのでございますが」


 ゲンジは親方も弟子もおらず、いわゆる「一人親方」で仕事をしているようだった。

 たった一人身軽な身分、というようなことも言っていたはずである。


「そう。城大工と言えば、特別な仕事道具を持っているはずでしてな。高価な魔法道具で、一目でわかるはずなのですが」


「いやぁ? 普通ののこぎりやら金づちやらを振るってたぜ?」


「ううむ。そのゲンジとやら、なにか事情がありそうでございますな」


「まぁ、誰しも事情を抱えて生きてるもんさ。ん? なんだい、こりゃ。ずいぶん高ぇな。何買ったんだ?」


「今朝方、若が潜って逃げおおせた、壁の資材にございます」


「ああ! あれか! うむ、ならこんなもんか」


「若が通り抜けようとして穴を広げなければ、もっと安く済んだと、ソウベイが申しておりましたなぁ」


「いやいや、何を言って居るのだ、リットク。城の壁というのは武家の備えの基本も基本。少々のことで崩れるようであれば、しかとそれを取り払い、然るべく修繕せねばならぬ。うむ、大儀大義」


「何が大儀ですか、まだまだ確認して頂かねばならぬ書類は残っておるのですからな!!」


 思わぬ災難に、ゼヴルファーは顔をしかめる。

 丁度、このころ。

 ゲンジとミチ親子の身にも、思わぬ災難が降りかかっていた。

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[良い点] 味噌焼きおにぎり!美味しいけど冷凍食品にはなっていないものですね。あるスーパーの惣菜コーナーで見かけたときはニンニク味噌味だったので諦めました…。 [気になる点] 昆布の佃煮のおにぎりと焼…
[良い点] 早朝の更新というのも時代劇の再放送っぽさが出ている様な気がします。 この世界でも職人は半纏なのですね。
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