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1話 人魚のミイラ


「うええ、まだ指の先がじゃりじゃりする……。」 

「あとはホテルのシャワー使いましょ。……200円払って3分も水が出ないんだから、ぼったくりが過ぎますよ、あそこ~。」


 ホテルへ帰るタクシーの中で海水浴場のケチなシャワーに文句をつけているこの二人組こそ……バイトの女の子が語った伝承なんかに登場する「鬼」なのであった。

 どこの学校のものともつかない学ランを着込んだ、齢16そこらに見える少年は八雲剣丸(やくもつるぎまる)……鬼ヶ島伝説に名を遺す「ヤクモ」の直系であり、かつて日ノ本の「鬼」を統べていた八雲家のご令息。

 季節感の無い、昔の書生姿に羽織を合わせた青年は名前を浄蓮(じょうれん)といいこの剣丸(つるぎまる)の側近にしてボディーガードの役割を買っている。人間に化けている今こそ今風の可愛らしい若者だが生まれは剣丸よりうんと前、平安頃からの長寿であるから、主人を人前でも「旦那」と呼んだりときたまぎこちないエセ現代人感がでてしまう。

 それでも浄蓮含め八雲直属の家臣は優秀な者ばかりで、剣丸を赤子のころから知っている彼と一緒の今回の任務は心なしか剣丸当人の面持ちも明るいように見えた。


「仕方ないだろ、人間はああいうものに飯が食えるか否かがかかってるんだ。むしろ海水浴場まで来て金のない俺たちが悪いよ。」

「はぁ~、旦那ってほんとお優しいっすねえ。()()()を思い出します……。」

「いやいや……観光地でケチケチしてるの普通に格好悪いだろ……。」


 人の母親から生まれたからか極めて人間に感覚の近い剣丸は尊敬の意を示す浄蓮の横で、現地についてから今に至るまでのカツカツな振る舞いを思い返してちょっと恥ずかしい気持ちになる。

 ……ホテルや観光施設の飲食は高いから水筒、弁当持参。専属のドライバーに一般道を何時間も運転させ県をまたがせる。(電車は逃げ道がなくなるので基本NG。)ホテルは近辺でも格安のプラン、ついでに現地で仕事道具を調達するのはなし……と、いくら鬼のフィジカルが驚異的とはいえもはや見苦しいくらいの節制ぶりではないか。

 鬼が人の世に紛れて千年あまり。鬼の本家にあたる八雲も、例に漏れず会社を興して事業をやって、資金運用をして……と表向き普通のおうちよろしく資金繰りをしているのだが。これから再び鬼を統べようとしている八雲が貧することがあってはいけないので決して贅沢はしていけない!と……こうした任務の時でさえ、家老の提案もありぎりぎりの経費でやりくりしているのである。


「まあ、今回は遊びに来たわけじゃないですから、ね?……また慰安旅行の時にでも、パーっと豪遊しましょうよ。それなら大旦那様も許してくれますって。」

「どうだろう、父上は宴の席でもケチだからなー……。」


 あまり浄蓮のフォローが響かなかった剣丸は、車窓に青々とした山並みと……そこから煙突のように突き出た一棟の古い建物「ホテルうをのめ」を仰ぎ見た。建てたばかりの頃はあれでもこじゃれた部類だったのだろうこじゃれたドールハウスのような窓や飾りもすっかり海風で錆びてしまって、今やラブホテルの廃墟と言われても納得のいく寂れ具合だ。

 職業柄観光地に詳しいドライバーの鬼曰く、あんな感じのホテルがバブル期には乱立してどれもそこそこに盛況したらしい。それがバブル崩壊……ついでにハネムーン文化の衰退がトドメとなって一掃され、趣のあるちゃんとした……いい意味でレトロなホテルと、高級ホテルグループが土地一帯を買い上げて作ったモダンなリゾートが残ったとのこと。


「ある意味レアな経験ですよ、この方向性で現代に生き残っているのは。」


 ドライバーの朗らかな笑いは果たして(定期的にコンビニで休憩させたけど)延々一般道を走らせたゆえのヘイトから生まれた嫌味か、本当に感心しているのか。

 どっちにしろこのホテルにむこう一週間は住まわなければならない若旦那は、眉にしわをありありと寄せて固く決心したのだった。


「次は……もう少しいいホテルに泊まろうな。せめてカビ臭くないところ……。」




1話 人魚のミイラ



 高貴なる八雲家の令息たる御仁がなぜ直々に、こんな任務についているのかといえば第一に……鬼の世界におけるルールがある。それは、相手を傘下に入れるときの交渉・決闘・戦においては、その一族の長がその場にいなければならないといったものだ。

 これは(本人が戦うかは別としても)現場にも出ず自分は安全圏から、部下に全部やらせるなんぞとんだ臆病者だという価値観から鬼の統率には当主が出向くのが必至ということである。たとえ行った先の真相が下級霊や妖の悪さであっても、まだ歴代当主に比べ手柄の少ない剣丸は少しでもその力を手柄として示していく必要があった。

 第二に、前述の経験不足から先代八雲家当主であり父・紅一郎(べにいちろう)から武者修行として剣丸本人が出向くよう指示していることがある。

 日本史でいう大政奉還の後……明治維新のころに生まれた剣丸は、そこから当時の大日本帝国軍に将校として属し、人間の戦争には参加してきたものの……鬼として重要になる同じ鬼との戦闘には恵まれなかった。

 これについては……日本が急速に近代化を遂げたことにより、人間にまぎれた鬼たちも従来の喧嘩や妖術よりも産業や戦争、政治への参加を重視する傾向になったことも要因なのだが……いま改めて鬼の統一を図るにあたり、こんな状態では年長の鬼になめられることは間違いなし。この数百年の差を、剣丸はこれから埋めていくのだ。


「せめて人魚を盗んだやつが鬼だとか、人魚自身が巨悪だと助かるんですけど……。」

「俺たちの都合としちゃそうだな……。だが、人間に被害が出るのはいけない。なるべく何も起こらないうちに片付けよう。」


 剣丸は一転気を引き締めると、車を降りて「ホテルうをのめ」の思いガラス戸を押した。

エントランスは相変わらず薄暗く、奥の受付までの空間には二人掛けのソファがローテーブルをはさんで向かい合うようにワンセットおかれているくらい。客室に上がる右奥のエレベーターや階段までのエリアは電球が切れかけているのか、不気味に薄暗い白色蛍光で照らされている。

 あとはまあ……申し訳程度の自販機が一台、ゴウンゴウン唸っているが……陳列された飲み物は全部見たことのないブランドのお茶やジュースといった感じで全然購買意欲をそそられない。

 しかも平均170円~と謎の強気な価格設定。


「おかえりなさいませ。空いていて泳ぎやすかったでしょう。」


 預けたルームキーを取りに受付によると、スタッフの若い女性が話しかけてきた。剣丸たち鬼にとって人間の年齢なんて誤差レベルなので……正直年のほどはわからないが、化粧の薄い……しかし目鼻立ちのはっきりした女性であった。


「はい、俺たち以外誰もいませんでした。」

「これがあと2,3日すれば連休で人がどっと来るんです。芋を洗うようでとても泳げませんよ。」

「はあ……このホテルにも、結構来るんですか。お客さん。」

「ええ。もちろん、先に部屋が埋まるのは海沿いの新しくってきれいなほうですけど。そこで部屋が取れなかったり、とにかく安く済ませたい人たちが私らのところに来るんです。」


 (つまりおこぼれってわけか……)と剣丸は遠い目をしたが、失礼な心の声はしまっておいた。

このホテルの雰囲気も相まってか、なんとなく生気を感じないこの女性が剣丸は初対面の時から苦手である。しかし浄蓮のほうは女であれば特段気にしないといった風に、いつもの浮ついた態度で身を乗り出して。


「そういえばお姉さん、この町の人魚のミイラって知ってます?」

「ええもちろん、海尊寺で見れるやつでしょう?……あれ、今は一般公開してなかったかな。」

「そうそう、それについてなんかこう……最近の噂とか知っていたら教えてほしいんだけど。」


 この人魚のミイラが盗まれた事件はまだ一般公開されていない。ゆえにふわふわとした問いでカマをかけるように聞いてみるも、背後でパソコンを売っていたもう1名の中年女性も首を横に振りついぞ目新しい情報は入ってこなかった。


「さあ……ごめんなさいね。私らそういうのに疎くって。」

「いいえ、こちらこそお仕事中にすいません。それじゃあまた。」


 会話を終了させると、足早に階段から自室に向かう。(エレベーターは初日にうっかり使ったら、扉にがっつり挟まれたので避けている)

 途中、浄蓮が「やっぱりだめかぁ」とため息をついた。


「多分あの子ら……というかここのスタッフさん、ほとんどこの町の住人じゃないですよ。」

「どうしてわかるんだ?」

「ほら、駐車場に朝からずっと停めてある車、みーんな他県ナンバーでした。今いる宿泊客って俺たちだけなんで、あれスタッフさんのだと思います。」

「なるほど。この町は県境だし、県外から働きにきていてもおかしくないか。」


 浄蓮の鋭さに素直に感心しつつ、イコールこれからこの町の住人を探して丁重に聞き込みをしなければならないことに増して剣丸の心はどんより曇る。


「海の家のあの()も県外から越してきたと言っていたな……。」

「こうゴリゴリの観光業で栄えた町って、やっぱり現地民より県外の参入者のが多いんでしょうよ。」


 部屋番号「108」が刻まれたガラスブロックのキーホルダーを遊ばせて、カギを差し込む。

 言いえぬ重い空気と確かな殺気を感じ取ったのは……ドアノブを回したのとほぼ同時であった。

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