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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第1章 誕生日
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第6話 レイズの才能


第6話『レイズの才能』



世界に夜の帳が下りる。

真っ暗闇の中、レイズ達のいる丘の上からは微かな光が漏れていた。


テントのすぐ外には焚き木があり、囲うようにしてレイズ達が石を椅子代わりにして座っていた。

そして、セレナの嬉しそうな声が響く。




「っ〜〜〜〜!!!!!」


セレナはほっぺを押さえながら悶えていた。

彼女の口の中には塩焼きしたイルきのこが入っている。

咀嚼する度に、彼女の表情は緩んでいき、最後には恍惚としていた。



「……」

「にゃー…」


そんなセレナの様子を不安そうに見つめるレイズとペロ

口の中のものを飲み込み終えたセレナは満面の笑みで2人に叫ぶ。



「おいしいっ!すごいわ!レイズ!」

「え、え?」


セレナは困惑するレイズを置いてけぼりにしつつ、焚き木に炙られている串焼きにしたイルきのこを手に取る。

そして、レイズへ見せるようにして突き出すと、興奮気味に解説を始める。



「イルきのこの焼き加減、塩加減、どれも絶妙よ!」

「そ、そうなの?」

「きのこの甘味が滲み出てくるもの…」



そう言ってセレナはイルきのこを一齧り。


「焼き過ぎては味が逃げてしまうし」


さらに一齧り。


「焼き足りなければ味が引き出せない」


もう一齧り。



「うん、すごいわ…」


セレナはそう語りながら、もう一つのイルきのこを平らげてしまった。

そして、口の中の味の余韻に浸るように、整った頬を綺麗な指の両手で挟むと、ふるふると首を左右に振るう。


「っ〜〜〜!!!」



そんなセレナを尻目に、レイズはペロへ視線を向ける。



「…これ、食べられるの」

「にゃー?」


レイズはイルきのこを怪訝な顔で見つめていた。

どうやらペロも彼と同じ考えのようだ。


この地方にキノコを食べる文化はない。

むしろ、毒がある植物とされているため、普段はレイズやペロも採取しないようにしていた。

そのため、レイズやペロは、セレナが食しているイルきのこを食べても大丈夫か不安であった。



「…セレナの様子、毒じゃないよね?」

「にゃう…」



イルきのこを目の前で咀嚼しているセレナは嬉しそうな表情で何かを語っている。

確かに、毒の影響で混乱しているようにも見える。


しかし、そもそもイルきのこが食べられると思っていないレイズとペロにとって、まさか美味しいとは想像もしていなかった。


ちなみに、この世界でイルきのこと呼ばれているのは椎茸をイメージしてほしい。

魔法がある世界で風土も異なるため、現実の椎茸とは異なる群生の仕方をしており、特性も少し異なる。




「レイズも、ほら!食べてみて!」

「え、ぼ、僕はいい…もぐっ!」


セレナは強引にレイズの口の中へ焼き上がったイルきのこを突っ込む。



「…」

「…なんで食べないの?」

「…」


口の中にイルきのこを放り込まれたまま硬直しているレイズ

セレナは眉を顰めて見ていた。



「…」

「…もう!」


セレナはそんなレイズの顎と鼻周りを掴む。

そして、左右の腕で上下に力を加えて、もぐもぐと咀嚼させた。



「あぐっ!」

「ほら!食べなさい!」


レイズはジタバタと暴れるが、体力が戻りつつあるセレナには抗えないようだ。




「あ…ぐ…う?う?ううぅ!?」


「ね!美味しいでしょ!?」



最初は暴れていたレイズだが、段々と彼の顔が恍惚としてくる。

セレナが食べさせなくても、彼は自発的に口の中のものを咀嚼していた。



「お、おいし…い」


そして、ホッと感想をこぼす。



「でしょ!やっぱりイルきのこの塩焼きは最高ね!ほら!ペロちゃんも!」


そう言って、串からイルきのこを取り外すセレナ

今度は強引にペロの口を掴むと、ギュッと握り、強引に口を開かせる。



「にゃ、にゃう!?」


続けてセレナはペロの口の中へ焼き上がったイルきのこを突っ込む。



「にゃーーー!!!」

「ほら!」


「にゃ…?」



最初は悲鳴をあげていたペロだが、段々と顔が美味しそうな表情へ変わっていく。



「にゃー!」



ペロも満足そうに鳴いていた。

どうやら動物にとっても美味なようだ。



「…まさか食べられるとは」

「にゃうー!」


「ね、毒でもあると思ったの?」

「え、あ、うん」

「にゃう」


「確かに毒のあるキノコもあるけれど、このイルきのこは大丈夫よ」



セレナは淡々と解説しているが、レイズは目を輝かせて言う。


「すごいね!セレナって博識なんだね!」

「ま、当然よ!」


レイズの言葉に少し照れながら胸を張るセレナ

彼に褒められたからなのか、彼女はレイズへ考えを伝える。



「レイズ、甲斐性がないって言ったこと、撤回してあげるわ」

「う、うん?」

「料理の才能があるもの!」


「そうかな?」

「ええ、このイルきのこって焼き加減を見極めるのがすごーく難しいのよ!普通に焼いて食べても美味しいけど、それじゃ、ここまでの味は出せないわ!」



力説するセレナを前に、レイズは少したじろいでいた。

彼にとって、誰かに認めてもらい、褒められる経験は珍しいものだ。

記憶を失ってから、ずっと人々に拒絶されて生きてきたのだから。



「…褒められたの初めてかも」

「そうなの?」

「うん」


「ふーん、でも、素直にすごいわよ。一流レストラン並みの美味しさだもの」

「一流!?僕が?」

「ええ、料理の才能だけは認めてあげるわ!」


「…僕なんかに才能なんて」

「ん?何よ?」


「僕はゼロの紋章だから、人に認めてもらうほどの才能なんてないよ」

「あー!もう!うざい!」

「え?」



「そう自分を卑下しないで、こっちまで気が重くなるわよ!」

「…」


セレナの言葉にレイズは俯いてしまう。

何も言葉を返すことができず、ただ辛そうに地面を見つめていた。

そんな彼を見て、ペロは悲しそうに鳴いている。



「にゃー…」

「うん、大丈夫だよ…」


悲しそうに自分を見るペロの頭を、レイズは優しく撫でる。


レイズの人生は否定の積み重ねだ。

ゼロの紋章であるためか、誰からも認められず、必要とされず、居場所はなく生きてきた。

そんな彼が卑屈にならないのは無理なことかもしれない。


しかし、セレナは遠慮しない。



「自分がゼロ紋だってこと、気にし過ぎじゃない?」

「え?」


「魔法なんか使えなくたって、人間、その気になれば色々とできるわよ」

「魔法が使えない僕に何ができるって言うの?」


「まず、こうして料理ができるじゃない!本当にすごいわよ!レイズの器用さ」

「…こんなこと」


「こんなことって何!?こんなことって!!」

「え、え!?」

「いいかしら!?料理は人を幸せにできるとーっても大切なことよ!」

「そ、そんなに豪語しなくても…」


「豪語するわよ!ねぇ!美味しいもの食べた時!すごく嬉しくない!?」

「う、嬉しいと、思う、よ?」


「そうでしょ!レイズにはそういう才能があるって、私は言ってるのよ!」

「僕が…人を幸せに?」


「ええ、そうよ!」

「僕が…人を幸せに…」


レイズは残っているイルきのこをジッと見つめていた。


セレナの言葉では、その食材の味を最大限に引き出したのは僕ということらしい。

確かに、すごく美味しかった。

骨つき肉よりも断然…



「ね、料理って魔法じゃできないわよ」

「え?」


「もちろん火を出したり、食材を切ったりと楽になるところはあるわ。だけど、美味しく作ることのすべてを魔法に頼るのは無理よ」

「うん…そうだね。家事適正じゃ、料理は簡単にできるけど、うまくは作れないから」



「レイズ、だから、僕なんかなんて言わないで、もっと自分を大切にしなさい。いい!?」

「う、うん…」


レイズが頷くのを見て、満足そうに笑うセレナ

彼女は話は終わりと言った様子で、続けて周囲を見渡す。



「…このテント、これもレイズが建てたのかしら?」

「うん」


「そう、すごい丁寧な造りね…」

「え、ただ、こうした方が良いかなって思っただけだよ」


「…でも、私に相応しい場所ではないわね」



セレナの言葉に嫌な予感がしたレイズ

そんな眉間にシワを寄せているレイズへ、遠慮なくセレナは言い放つ。



「レイズ!家を建てるわよ!!」

「急にどうしてさ!?」


「衣食住!幸せな結婚生活には欠かせないものよ!!」


そう豪語するセレナへ僕は戸惑いを隠せない。


「え、えっと…」

「良いこと!?まずは住!これよ!!」


「あ、はい…」



勢いに負けて僕はついつい頷いてしまう。



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