第4話 目覚め
第4話『目覚め』
「…ん」
さざなみに全身が揺られているような感触があった。
不快ではない、心地良さを感じる。
ゆらりゆらりと揺れる感触
まるで穏やかな波の上にいるかのうような気分だ。
「ん…んん…」
しかし、段々と全身を包む揺れが不快に感じ始める。
揺れが激しくなってきたのだ。
正直、気持ち悪い。
今にも酔いそうだ。
そんな風に感じた頃だ。
頬にザラザラとした感触を覚える。
「っ…んん」
頬に感じたザラザラを皮切りに、五感が一気に戻ってくる。
真夏の暑さ、背にもザラザラとした感触、そして全身を包むのは気怠さ。
充満しているのは汗の臭い。
私の…汗?
「…ここは?」
少女は目を覚ます。
人形のような美貌に備わった青く綺麗な瞳は、粗雑な造りのテントの天井を見つめていた。
まるで野営地だ。
そう少女は感じた。
船が墜落し、傷を負って倒れているところを誰かに助けられたのかもしれない。
顔も名前も知らない誰かが私を助けてくれたのだろう。
早くお礼を伝えなければ…
重く感じる華奢な上半身を起き上がらせると彼女は周囲を見渡す。
急ごしらえにしては造りに年季を感じるテントだ。
まさか、ここを住まいにしている人がいるのだろうか。
「…っ!?」
「にゃー?」
彼女の視線がピタリと止まる。
その先には虎のような動物がいるからだ。
自分が寝ていたすぐ隣に、その虎のような動物はいた。
自分を見てギョッとする少女に対して、首を傾げて不思議そうにしている。
「ビースト!?」
少女は顔を引き攣らせながら背後に手を回す。
しかし、手にはいつもの感触が伝わってこない。
どうやら武具は体を離れているようだ。
「っ…」
「にゃー?」
目の前には、タイガーピアスそっくりなビーストがいた。
等級はイータだったはずだ。
今の負傷した私ではまるで勝ち目がない相手である。
こんな辺鄙な場所では、倒せる者がいるかも分からない。
そもそも、どうしてこんな超級ビーストがこんなところに?
「にゅあ!」
しかし、目の前のビーストは、まるで私へ「安心して」と言うように鳴いた。
阿鼻叫喚の権化とも言われる凶悪凶暴なビーストであるはずのタイガーピアスが、そんな穏やかな様子を見せるのは信じられない。
「…違う…ビーストじゃない」
私は気付く。
目の前の動物はビーストではない。
額に等級を表す紋様がないからだ。
タイガーピアスであれば「η」と刻まれている。
「にゃう!!」
「でも…こんな動物、初めて」
怪訝な顔をしている少女
どうやら元気そうであると確認した虎のような動物は、少女から視線をテントの入り口へと移す。
「にゃーうーーー!!」
虎のような動物は誰かを呼ぶようにして、テントの外へと向けて鳴いた。
誰か外にいるのだろうか。
いや、野営地のような場所だ。
誰かいるのは当たり前だろう。
まずはお礼を伝えないと。
そう考えながら、少女もテントの出入り口を見つめる。
すると、すぐに金髪の青年が姿を現した。
「…ペロ、どうしたの?」
青年はテントの中に入ると、私にすぐ気付く。
「にゃー!」
「あっ!目が覚めたんだね!!」
金髪の青年は、私を見ると嬉しそうに笑う。
屈託のない笑顔だ。
人はこんな風に笑えるのか?
人が笑うのは、その奥に攻撃性があるからだ。
そう考える私の持論を根底から否定されるような笑顔だった。
「…」
少女は金髪の青年を怪訝そうに見つめている。
そんな私の様子を勘違いしたのか、彼は心配そうな表情で寄ってくる。
「あれ?まだ具合悪いのかな」
声は幼い。
髪や肌がボロボロだから老けて見えるけど、私と同じ歳ぐらいか?
「…少し体が怠いだけ」
「え、大丈夫?」
「ええ、問題ないわ。お陰様で快調に向かっているもの」
「そっか、良かった!」
「ええ、助けてくれてありがとう」
「もう少し休んでて、今、食料を探してくるからね」
彼はそう言うとテントを出ようとする。
そんな彼がテントの入り口を開くと、テントの外の背景に私が着ていた服が干されているのが目に映る。
「…っ!?」
「ん?どうしたの?」
再び彼は心配そうに私へ歩み寄ってくる。
「服が…ない」
「あ!服なら洗濯しているよ!ほら!今日はいい天気だから!午後には乾いていると思うよ!」
私は自分の体を見つめる。
上も下も衣服はなく、代わりに包帯が肢体を覆っていた。
ある意味、裸のほうがマシな格好だ。
「…これ、貴方が?」
「うん!」
私は自然と手が伸びていた。
もちろん、彼の頬に向けて。
ーーーーーーーー
「…どうして殴るの?」
「にゃー!」
急に殴られた。
どうしてだろう。
ゼロの紋章だからかな?
「当たり前でしょ」
「え?」
「え、じゃなくて」
やっぱり、僕がゼロの紋章だからかな?
いや、でも、彼女の頬が赤いのは怒っているからとかじゃなさそうだぞ…
「…?」
僕はなぜ彼女に殴られたのか理解できないでいた。
記憶がなくて世間とズレているところがあるから、何かおかしいところがあったのかもしれない。
「…ねぇ、責任、取りなさい」
「えっ!?責任!?」
「そう責任よ…」
「ま、待って!僕、そんなに悪いことしちゃったの!?」
僕は慌てて尋ねる。
正直、心当たりはないけれど、彼女の様子は明らかにおかしい。
僕はとんでもないことをやらかしてしまったのかもしれない。
僕はゴクリと息を飲み、彼女の次の言葉を待つ。
キッと険しい顔で彼女が僕に告げた言葉は…
「私と結婚しなさい!」
「…はい!?」
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緑のカーペットが敷かれたような草原が広がっている。
背の低い草が並ぶ緑の景色、その片隅には、真っ赤に滲んでいる箇所がある。
まるで誰かがそこで血を流したようであった。
そして、その真っ赤に滲む箇所の傍には白い影が二つ並んでいた。
異形の存在
シルエットが浮かんでいるような朧げな存在感だ。
一つはシルクハットを被った紳士のようなシルエット
片方はまるでピエロのような輪郭のシルエットだ。
そこに、もう一つの白い影が寄っていく。
ガタイのよい屈強な男性をイメージするシルエットである。
「…おや、バウンサー、貴方までこちらに?」
「おう!で、ピエロ、ジェントル、お姫様は仕留められたのか?」
「んっんー!ノーだよー!」
「ええ、これは…まだ生きていますね」
白い影の内、まるでシルクハットを被る紳士のようなシルエットが屈むと、草に付着している血を手で拭う。
そして、血のついた指を空へと掲げた。
「どこへ逃げやがった?」
「…北、ですね」
「北?アルガス山脈の方か」
「ええ、血が…ポツポツと…途中で途切れているので追いきれませんが、痕跡を消したということは生きているのでしょうね」
「残念!無念ー!」
「場所は分かんのか?」
「いいえ、方向だけですね」
「広すぎー!探すの無理ー!」
「けっ!それでか…」
「それで?」
「ああ、プレジデントの野郎から召集を喰らってな、こうして派遣されたわけだ」
「なるほど、手分けして探せという指令ですね」
「うーん!何で?何でー?」
「はん!てめぇらが頼りにならねぇからだろうなぁ…」
「…恥ずかしながらそうですね」
「ぶー!ぶー!」
「こうしてよぉ、現に取り逃がしてやがるからな!」
「でもでも!どーしてバウンサーなんだろうねー?」
「どうしてとは?」
「だってだって!何で大雑把で怒りん坊のバウンサーをよこしたのー!?」
「うっせぇぞ!ピエロ!」
「だってー!バウンサー!すっごく短気だよー!人探しなんて器用なことできないでしょー!?」
「ああん!?てめぇ…こら!ピエロ!!喧嘩売ってんのか!?」
「…それほど、プリンセスをプレジデントも危険視しているのでしょう」
「危険視ー?」
「はい、プリンセスの戦闘力は高いです。万が一がないようにとバウンサーを派遣したのでしょう」
「おうよ!俺は頼りになるってこったな!!」
「…終焉の卵を探すのに不適合だったからじゃないのー?」
「ああん!?何だと!?」
「だってだって、ムカついたらすぐに殺しちゃいそうだもんね!!プレジデントは、バウンサーが邪魔になるから、こっちに寄越したんじゃないのかなー?」
「おう…そうだな…否定はしねぇぞ…ムカついたら確かにすぐに殺してやりたくなるからな!」
「ほらほらー!」
「ピエロ!!俺は今すぐてめぇを殺してやりてぇ!!」
「わー!怒った怒ったー!」
「こらこら…お二人とも…身内同士での争いはご法度です。それに、人手も時間も足りませんしね」
「ちっ!ピエロ…命拾いしたな」
「べー!」
「…で、ジェントル、どうやって探すつもりだ?」
「協力者がいます。これから会いにいきましょう」
「おう、流石はジェントルだな…で、協力者ってのは?」
「教皇と呼ばれている方ですよ。宗教なるものがあるそうです」
「ああん!?宗教?何だそりゃ?」
「詳しくは知りません。ですが、少し興味がありますね」