第42話 悪辣
第42話『悪辣』
レイズは酔い潰れた人々が介護されている大通りを走る。
流石におかしいと思った人々もいるようであり、街の雰囲気は段々と緊張感を帯びていた。
「おい…なんで子供まで酔ってるんだ!?」
「誰!!この子にお酒なんか!!」
「…解毒魔法が効かんぞ…?」
「おいおい…衛兵まで酔い潰れてるぞ…祭りだからって気を抜きすぎだろう…」
「ベルクって下戸じゃなかったか?」
「あ?」
「なんで…こいつが酒なんて飲んだんだ?」
「…妙だぞ」
「あ、ああ…魔力が高いやつだけ潰れてねぇか?」
そんな声が所々から聞こえてきていた。
そんな中だ。
正面にいる親子の内、女の子がレイズを指差す。
「あっ!!母さん!!母さん!あいつだよ!!ゼロ紋!!」
「…?」
レイズは自分を指差している少女に気付くとハッとする。
同時に、女の子の声に反応した女性はレイズをキッと睨む。
「ちょっと待ちな!!ゼロ紋!!!」
大声で自分を呼び止める女性
レイズの進路を塞ぐようにして仁王立ちしていた。
「…あっ!」
レイズは女の子に見覚えがあった。
街の外でレイズに小石を投げていたマリアという名の少女だ。
擦りむいていた膝には包帯が巻かれていた。
「キミ…ちゃんと…「よくもウチの娘に怪我を負わせたね!!」
レイズの言葉を遮り女性が叫ぶ。
どうやら、少女マリアの母親のようだ。
「え、あ…?」
予想外の言葉にレイズの思考が停止する。
「そうだよ!こいつがマリアを押したの!!」
「え?」
「何て奴だ!!こんな小さな子供に暴力を振るうなんて何事だい!!!」
「ま、待ってください!僕は押してなん「ウチの子が嘘を言ってると!?」
母親の顔は真っ赤に染まっていた。
怒り心頭の様子であり、何を言っても無駄になるかもしれないとレイズは感じた。
「お、落ち着いてください」
「ふざけるんじゃないよ!アンタのせいで落ち着いてなんていられないんだよ!?」
「そうよ!すっごい膝!痛いんだから!!」
「どう責任取ってくれるんだい!?」
「僕は何もやってません!!」
「シラを切ろうってのか!?良い度胸だね!!!」
「ま、待って…話を聞いてください!!」
女性はレイズへガンガンと詰め寄っていく。
そんな不穏な気配を察したのか、通りの人々は群がるように集まってきた。
「おい!どーした!?」
「あん!?そいつゼロ紋じゃねぇか!?」
「おいおい!また街に入り込んでやがるぞ!」
「追い出せ!!」
まるでレイズを包囲するように集まり始めた人々
そんなギャラリーをぐるりと見渡すと、マリアの母は叫ぶ。
「ねぇ!聞いてよ!こいつ!!マリアを押し倒して怪我をさせたのよ!」
母親がマリアを見せるようにして手を指し示す。
すると、呼応するようにマリアは膝を抱え始めた。
「すんすん」と嘘泣きまでセットにしている。
「…痛いの、すごく」
マリアは膝を抱えながら泣いていた。
そんな少女の様子をレイズは怪訝そうに見つめる。
「僕は…押してなんていません!」
レイズがそう叫ぶと、集まり始めた大人達はレイズへ罵声を浴びせ始める。
「何て野郎だ!!」
「おう!ボコボコにして街から追い出すぞ!!」
「ふざけやがって!」
「待って!僕の話も聞いてください!!」
「黙れ!!」
「誰がゼロ紋の話なんかに耳を貸すかよ!!」
罵声を受けてレイズは狼狽える。
レイズは記憶にない。
確かに、マリア達を止めるために追いかけはしたが、マリアには一切触れていない。
「ま、待ってください!僕、何もしてませんよ!」
「うそ!!あいつが退魔石を塀から外してたの見つけたの!!」
「えっ!?」
マリアがそう叫ぶと、周囲はピタリと静まる。
そんな中、マリアは続ける。
「それでね!!!マリア達がみんなに言おうとしてたら、やめろって押し倒してきたの!!」
「え、待って!それはキミが…」
「退魔石?」
「おいおい…外してたって?」
マリアが『退魔石』と言葉にすると、大人達は騒めき始める。
怒りではなく不安が場の空気を支配し始めていた。
「ねぇ!待って!マリア!それ本当なの!?」
「うん!マリアね!退魔石の様子を見るように依頼を受けてたの!それで見に行ったらね!あいつが塀から退魔石を外してたの!」
「な、何てことをしたんだ!!お前は!!!」
「お、おい!こんなことしてる場合じゃねぇぞ!!」
「兵士や冒険者が潰れてる今!ビーストでも来やがったらやべぇことになっぞ!!」
「おい!ゼロ紋!外した退魔石はどこに隠しやがった!!」
「まさか!俺達へやり返すつもりでそんなことをしやがったのか!?」
次々と浴びる罵声
知らない行いを非難される声にレイズは否定を告げようとする。
「ま、待って!僕は本当に何も」「嘘を言うんじゃないよ!!マリアが見たって言ってんだよ!!」
そんな彼の言葉に誰も耳を貸さない。
マリアの母も被せるように叫び、レイズに発言権などないようだ。
「庁舎に予備があったよな!!おい!手分けして付けて回るぞ!!」
「お、おう!!」
「いくぞ!!」
大人達は庁舎へと駆け出していく。
残った数人はレイズをギロリと睨みながら彼を囲うように歩み始める。
「逃がさねぇからな…ゼロ紋」
「てめぇ、何てことしてくれたんだ!」
「マリアちゃんがいなかったら危ないとこだったぞ」
剣呑な雰囲気で詰め寄ってくる人々
レイズは両手を突き出しながら説明をしようとするが…
「ま、待ってください!話を聞いてください!」
「うるせぇ!!」
「言い訳してんじゃねぇぞ!!」
「おい!こいつ!!もう歩けねぇぐらいボコボコにしてやんぞ!!」
「当たり前だっ!!!」
レイズはガクガクと震えながら周囲の人々を見る。
足には力が入らず、腹の底が重く感じる。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
どうして誰も僕の話を聞いてくれないのか…
「っ!?」
そんなレイズの視界にマリアが映る。
彼女は追い詰められているレイズを見てほくそ笑んでいた。
「まさか…」
レイズの中で、マリアの考えが予測できた。
『退魔石』を間違えて外してしまったことの責任をレイズへ押し付けようとしているのだ。
子供ながら何てことを考えるのだとレイズは目眩を覚えていた。
「おい!囲ってボコボコにすんぞ!」
「おう!2度と歩けねぇようにしてから街の外へ放り出してやるぜ!」
「覚悟しろや!ゼロ紋!!」
レイズを囲う男性陣は魔法を放ち始める。
自身の体を強化させて言葉通りレイズをボコボコにするつもりだろう。
冒険者や兵士に比べれば弱い魔力だが、魔法がほとんど使えないレイズにとっては脅威だ。
「…っ!」
ーーそんな時だ。
「ぎゃぅぁらぁるぅベェタアァァァアアアァアアア!!!!」
「「「っっ!!!」」」
レイズ達の耳にビースト特有の方向が轟く。
ガタガタと街の建物が震え、中には窓ガラスが割れている建物もあった。
ビクリと全員が声のした方向を見ると、家々の屋根の向こう側に、白いビーストの姿が見えていた。
巨大だ。
レイズはそう感じた。
家よりも大きな蜘蛛のようなビーストが街を闊歩していた。
8本の足はすべて人の腕のような姿をしている。
胴体は丸く背中には髑髏のような紋様がある。
頭部は人のような顔をしており、額には「Δ」と文字が刻まれている。
「お、おい!!あれってデルタビーストじゃないか!?」
「う、うそ…だろ…」
「早く冒険者共を起こせ!!」
「衛兵達を呼ぶぞ!!!」
ビーストの出現に、レイズ達の周囲の男性陣は慌てふためく。
もはやレイズどころではない様子だ。
「ダメだっ!奴らは酔い潰れてんぞ!!!」
「おい!どうすんだ!起きてる奴らでデルタなんて倒せるやついねーぞ!!」
「…逃げろ」
「逃げろぉおおおおおおおお!!!」
男性陣がバッと走り出す。
すると、遠くにいるビーストがギロリとこちらへ目を向けた。
そして、ものすごい勢いで家々をなぎ倒しながら迫ってくる。
「っ!!!」
「きゃぁぁあああああ!!!!」
マリアとその母親も逃げようと走り出していた。
遅れてレイズも逃げることに決めた。
「急いで!!」
レイズは2人の後を走っていた。
すると、マリアの母が走りながら背後を振り返る。
「うん?」
母親の表情が悪魔のように見えた瞬間、レイズは体のバランスが崩れて、視界が下がっていくのを感じる。
「お前が囮になれ!!」
「っ!」
レイズは盛大に転んでしまう。
腹を大きく地面に打ちつけ、呼吸ができない。
どうやら母親の魔法によって倒かされてしまったようだ。
「げほっ!げほげほ…な…」
レイズは逃げ去ろうとする2人の背中を見つめる。
レイズのことを気にする素振りはなく、一目散に逃げていた。
彼が背後を振り返ると、すぐそこにまでデルタビーストは迫っていた。
「っ!!」
レイズは死を覚悟する。
家よりも大きい異形のビースト
それが目と鼻の先にいるのだ。
人間のような腕の足がドンっと目の前の地面を穿ち、レイズの全身を振動が伝う。
すると、レイズの中で流れる時間がゆっくりになり始めた。
そんな中、レイズの思考は停止を始める。
頭が真っ白になり、脳裏に過去の記憶が断片的に浮かび始める。
そして、だんだんととある女性との記憶だけがハッキリと思い浮かび続ける。
ごめんね…セレナ…
レイズの脳裏にはセレナの笑顔が浮かんでいた。
今際の時、レイズの目は潤いを見せた。
…死にたくない。