第3話 ペンダント
第3話『ペンダント』
「…すごい熱だね」
「にゃー」
「…うぅん…うぅ…」
銀髪の長い髪をした少女がテントの中で横たわっている。
彼女の下に敷いた藁は湿っており、汗をたくさんかいているのがわかる。
その細い彼女の全身には包帯が巻かれている。
すでに血は滲まなくなっているが、テントの隅には真っ赤に染まった包帯が山積みになっていた。
そして、彼女が着ていた血塗れの衣服は、彼女の傍で綺麗に折り畳まれている。
お姫様のようなドレスをどこか戦闘用に改造したような印象があった。
彼女が切り傷を負っているのにも関わらずドレスに破けている箇所はなかった。
そもそも肌触りが独特であり、布よりも何かの革でできていそうな印象だ。
防具としても優秀なのだろう。
機能性と優雅さを同居させたようなデザインだ。
今は真っ赤だが、元は黒を基調としたものであることはわかる。
「…もう包帯や薬はなかった?」
「にゃう…」
「そうか…どうしよう」
ビースト討伐のために用意していた包帯や調合していた薬草で彼女の傷の手当ては終わった。
血は何とか止まったが、また傷が開いた場合、治療道具が枯渇したため対処が難しくなってくる。
それに、この発熱は命に関わる。
「どうしよう…このままじゃ」
レイズは彼女の容体を見て危機感を募らせていた。
切り傷などをそのままにしていると、何故か毒に侵されて、こうして病気のようになってしまうことがある。
ここまで来る道中で毒に感染してしまったのだろう。
それを知っているレイズは、彼女の容体の悪さを漠然とだが理解していた。
「うっ…ごほ…」
時折、苦しそうに声を出す少女
そんな彼女の額の汗を拭うレイズ
ペロは、そんなレイズへ問いかける。
「にゃー?」
「ダメだよ、薬草じゃ治せないんだ…魔法の力がいる」
「にゃぅ…」
「僕には…治せない」
「…にゃー」
「普通の毒じゃないんだ」
「にゃうにゃう?」
「…うん、危ない」
「にゃー?」
少女を心配そうに見つめるペロ
「何とかできないか」というペロの問いに、レイズは首を横に振る。
僕に魔法が使えれば、薬草の知識が深ければ、もしかすれば彼女を救うことができたかもしれない。
でも、そのどちらも僕にはない。
「にゃう!!」
「…誰も僕を助けてはくれないよ」
「にゃうにゃう!!」
「身元が分からないからね」
この世界でも人命は大切にされている。
いくら相手が一般市民でも見殺しにしようとする人間はいない。
しかし、傷だらけの時点で不穏な何かを抱えている可能性は高く、犯罪者や盗賊である可能性も高い。
そのため、迂闊に身元の分からない人間を助けようとすることはない。
「…にゃうにゃう!」
「彼女を迂闊に動かすのは危険だ。傷が開いたら悪化させてしまうから」
「にゃー…」
「お金があれば…別かもしれないけど」
彼女を治してもらうにもお金がいる。
身元の分からない相手を無償で治せば、その相手が犯罪者だった場合は共犯を疑われる。
しかし、商売として報酬をしっかりと受け取っていれば、相手が仮に犯罪者だったとしても言い訳が立つ。
犯罪者だと知らなかったのであれば仕方がないとなるのだ。
この世界で、治療する相手の身分確認は義務化されていない。
冒険者や騎士、貴族など、身分を示す方法が確立されている相手ばかりではない。
むしろ、一般市民は身分を示すことが難しいぐらいだ。
治療費は骨つき肉どころではない金額だ。
もちろん、一般市民であれば払える金額である。
しかし、ゼロ紋のレイズには夢のような金額だ。
泥水を啜り、雑草を食しているレイズ達には困難な金額であった。
そんな背景もあり、彼女を前に辛そうな表情を見せるレイズ
その傍でペロも悲しそうに項垂れる。
ペロもゼロの紋章であるレイズの境遇は十分に理解していた。
苦しそうな彼女を前にして、ただ見守ることしかできないでいた。
お金さえあれば助けられたかもしれない。
そんな考えが罪悪感と共に込み上げていた。
「にゃぁ…」
「…」
少女を見つめたまま、何かを迷うレイズ
しばらくすると、彼は胸元からペンダントを取り出す。
そこには透き通るような青い小さな宝石が括り付けられていた。
付けられている宝石に比べて、そのペンダント自体の造りは稚拙であり、手作り感のあるものであった。
…これは僕の記憶
その唯一の手がかりになるけど…
人の命には代えられない…よね。
「…っ」
レイズは決心したような表情を見せる。
そして、ペロの頭を少し撫でると、テントの外へと勢いよく駆け出していく。
ーーーーーーーーーーー
街のとある一軒家
その寝室には一つの大きなベッドに2人の男女が寝ていた。
物音が響き渡り、目をパッと開ける女性
すぐに隣で寝ている男性の肩を軽く叩く。
「…ねぇ、アンタ」
「んー…むにゃむにゃ」
「起きなって、何だかうるさいのがいるよ」
「んー?」
家の扉がドンドンと鳴らす音に気付いて起きたようだ。
鳴らす音の意味に気付いた男性がベットから上半身を起こすと、手を大きく天井へ向けて伸ばし、ため息を一つ。
「はぁ…急患かな」
「ほれ!行っておやり!」
「…」
頭をぽりぽりと掻きながらベットから這い出る男性
男性はベットから出ると、立ち上がり、今度はお尻をポリポリと掻いていた。
彼が背後を振り返ると、妻である女性は再び眠りにつこうとしていた。
「…ぐぅ…すー…ぐぅ…」
すぐに眠りについた女性
そんな彼女を疎ましく眺めつつ、重たい足取りで男性は部屋を出て行く。
そのまま廊下を進み、待合室を抜け、建物の玄関まで進む。
すると、入り口を叩いている人間が自分の気配に気付いたのか、扉越しに叫び始めた。
「お願いします!高熱を出している人がいるんです!」
扉の奥からはレイズの声が響いていた。
「…はーい!今、開けますから!」
男性がそう言いながら、玄関の扉を開ける。
すると、外にいた金髪の青年が慌てた様子で叫ぶ。
「先生!お願いします!病気の子がいるんです!」
真剣に告げるレイズ
しかし、当の男性は、彼をうんざりしたような目で見ていた。
着ている衣服はボロ切れ、髪は黒く汚れており、肌も同じだ。
そして、彼の右手の甲には「0」の紋章がある。
「…ゼロ紋、てめぇ」
「先生!お願いです!」
「帰れ!金はねぇだろ!?」
ゼロ紋に関わると碌なことにならない。
そう思い込んでいる男性のレイズに対する態度は冷たい。
「あります!」
「嘘つくんじゃねぇ!」
「…これを!」
レイズは苛立っている男性に向けて、青い宝石のついたペンダントを差し出す。
眉間にシワを寄せていた男性だが、レイズの手にあるペンダントを見ると表情が一転する。
「…こりゃ、ブルーライト鉱石じゃねぇか」
「これで治療をお願いします!」
ブルーライト鉱石は純度や大きさによって価格が異なる。
レイズのペンダントの大きさのものなら粗雑なものでも数十万円相当になる。
純度の高いものであれば高級車が買えるぐらいの金額がイメージに相応しいだろう。
「お願いします!!先生!!」
「……」
レイズが頭を勢いよく下げる。
しかし、男性はそんなレイズではなく、手にあるペンダントを眺めていた。
「…お前、これをどこで?」
「…」
「まさか盗んだんじゃねーだろうな?」
「森でたまたま石を拾ったんです」
「…」
男性はレイズの言葉を聞いて、再びペンダントを疑い深く見つめる。
そのペンダントの造りが稚拙であり、石もカットされていないことから、彼の言葉は確かだと感じたようだ。
盗んだものであれば、もう少し綺麗に作られている。
きっと、レイズが石を拾い、手作りでペンダントにしたのだろうと思ったようだ。
純度は高くないかもしれない。
そこまでの目利きはできないが、安いものでも治療費には十分な金額になる。
「確かに、あの森には鉱山があったな…落ちていても不思議はねぇか」
「はい!」
男性の中で"治療する"条件が満たされていく。
「…おい、釣りは出せねぇぞ?」
「構いません!」
「…仕方ねぇな、待ってろ、道具、持ってくるからよ」