第30話 ゴブリンイーター
第30話『ゴブリンイーター』
「…あれは?」
1人のギルド職員が彼方を見つめる。
ポツリと何かを呟き遠くを見つめる彼の様子をおかしいと思ったのか、隣の職員が声をかける。
「どうした?」
「ほら…あそこ!」
黄色いテープが張られている森
その入り口で警備しているギルド職員が、こちらに何が向かってくることに気付く。
夜の草原を過ぎる銀閃
よく見ると、人のような姿であった。
「お、おい!止まりなさい!」
人影だと気付いた職員は、両手を開いて制止しようとする。
森は絶賛、立ち入り禁止区域となっている。
あのままの様子では、許可証の提示などを求める隙もなく、森へ侵入しそうであった。
しかし、そんな職員を飛び越えて、銀色の閃光は森の中へと飛び込んでいく。
「こら!待ちなさい!」
「な、何なんだ!?」
「もしかすると、国からの依頼を受けた上位冒険者じゃないか?」
「だが、ルージュ様達が中にいるんだろ?」
「…手に余る相手とか?」
片方の職員が告げると、もう片方の職員はゴクリと息を飲む。
「嘘だろ…大丈夫かよ」
2人は背後へ振り返る。
そこには白く霧に包まれた森の姿があった。
「お、おい…逃げるか?」
「ここにいたら死ぬかもしれないぜ…」
2人は森から漂う白い霧に対して本能的な恐怖を胸に抱く。
「…う」
「ほら、行こうぜ!」
「あ、ああ!!」
逃げ出そうとするギルド職員の2人
しかし、彼らはどれだけ頑張ろうとも森から離れることができないでいた。
「…っ!」
「あれ?あれ?あれ?」
2人の足下の地面がウネウネと蠢いており、地面が動いているようだ。
まるでランニングマシンで走るように同じところでずっと走り続けている2人は、すぐに異変に気付く…
「あれ!?進まねぇ!!」
「お、おかしいぞ!!どうなってんだぁ!?」
「おいぃ!?なんだこ…」
「バードン!?」
1人の職員が先に異変に気づくものの、叫び声を途中まで響かせてから姿を消す。
同僚の姿が見えず、慌てて周囲を見渡す職員
「どこに行ったっ!?」
彼が前後左右を見渡した後、不意に自分の足元に目を配る。
「っ!?」
そこには同僚が着用していた衣服が自分の足の上にあった。
「え…?」
思わず衣服を手に取るが、人肌程度の温もりがあり、誰かが着ていたばかりのものであるのが分かる。
「バードン!?」
同僚の名を叫ぶが返事はない。
「バードっ!?」
もう一度叫ぼうとすると、彼は額に痛みを感じる。
「いたっ!…ん、何だ…これ?」
反射的に痛みのした額に手を当てる。
するとぽっこりとしたものがあった。
まるで何かの種子を額に植え付けられたようだ。
「ぎゃぅ?…ぎゃぅらるぅ?…」
職員は何度も額を指でなぞり、まるで種子のような感触を何度も確かめていた。
「ぎゃぅぅ?…」
彼の肌の色はだんだんと黒くなる。
瞳までも黒く染まり、爪や歯まで真っ黒になる。
発する言葉までも変わっているのだが、当の本人は気づかないようだ。
「ぎゃぅぅ?」
自分の異変に気付かぬまま、彼は再び街へ向けて走り出す。
姿が見えなくなった同僚を見捨てて、1人だけ逃げ切ろうとしたようだ。
しかし、異変は彼を黙って見逃す。
蠢いて動いていた地面は停止しており、段々と白く包まれた霧の森から、変貌したギルド職員が離れていった。
ーーセレナは霧に包まれた夜の森に入り込む。
魔力を全開にしている彼女の気配を察したビーストは怯えて逃げ去っていく。
しかし、そんな彼女の気配を察しても逃げようとしない存在があった。
「…ゴブリンイーターね」
セレナは森を進みながら、相手を見極めていた。
白い霧が森を包んでいる。
道中、食い散らかされた後のゴブリンの亡骸が転がっている。
「この独特の魔力濃度、間違いないわ」
ゴブリンイーターは、名前の通りゴブリンを主食とするビーストだ。
通常、ゴブリンなどの下位のビーストは食料とされることはない。
なぜなら、魔力係数が低く、生命活動の停止と共に粒子化して消えてしまうからだ。
つまり、食すにも、食せないのである。
生きたまま飲み込もうとも、腹が膨れる前に消えて無くなるのだから。
しかし、ゴブリンイーターは異なる。
自身の魔力を周囲へ散布し、魔力濃度を高くすることでゴブリンが粒子化しないようにしているのだ。
食べたゴブリンから栄養を取り入れることができるのであった。
セレナは独特な魔力濃度
そして、ゴブリンの死骸が残っていることから、森に潜む上位ビーストがゴブリンイーターであると見極めていた。
「…だけど、眷属は確かにいたわ…でも、何でここに本体のゴブリンイーターが?砂漠に生息するビーストのはずなのだけれど」
セレナは怪訝な顔をする。
砂漠や荒野に生息するゴブリンイーターがそんな偏食を持つ理由は「他に食料がないからだ」
逆に言えば森に来たところで他に食べられるものが存在するビーストではない。
わざわざ森へ出てくるよりも、森よりもゴブリン種が多い砂漠や荒野にいた方が食事にありつけるのである。
そんなことを考えながらセレナは森を進むと、その視線の先で森が真っ赤に燃え上がる。
炎の柱が夜空へ向かって昇っていた。
その光景を見て、どこか呆れるようにセレナは呟く。
「あの赤髪ね」
ーーーーーーーー
「ふんぬぅ!!」
マヨルは杖をかざす。
彼へ迫るのは無数の白いツタだ。
しかし、マヨルとツタの間に見えない壁が張られると、ツタはビタンビタンと透明なガラスに張り付くようにして空中で停止する。
そんなマヨルの近くで、同じように白いツタが向けられているのはダークだ。
彼は両手を突き出して手のひらを向けると魔法を発動させる。
「玄武の構え!!」
彼を貫こうとするツタは弾かれる。
彼へ纏わりつこうとするツタも弾かれる。
完全に防御しているようだ。
しかし、両の手が完全に防御で使われている以上、ダークが反撃できるわけではない。
防戦一方の2人だが、これも作戦の内だ。
彼らの最大戦力が魔法を放つタイミングを作るためのものであった。
ーー夜の白く包まれた森の空を真っ赤な髪の女性が舞う。
彼女の眼下には、無数に蠢く白いツタがある。
「…焼き払え!ローズメイデン!」
ルージュがそう叫ぶと同時に、剣を横へと薙ぎ払う。
すると、剣筋に合わせて炎が舞い飛び、地上で蠢く白いツタを焼き切っていく。
そして次々とツタを焼いていく炎は、だんだんと燃え移りながら一箇所へと集まっていく。
やがて、一つに集まった炎は柱となって天へ昇っていった。
「ぎゃぅらぁるぅべぇたぁああああ!!!」
燃え盛る炎から白い影が飛び出す。
真っ白な少女であり、姿は人間にそっくりだ。
額には「γ」の文字が刻まれている。
森の上空を舞う少女を見上げながら叫ぶのはマヨルだ。
「本体のお出ましじゃぞ!」
そう言って杖を向けるマヨル
同じタイミングでダークもクナイのようなものを構えた。
「発動!サンダーボルト!」
「四方朱雀陣!」
マヨルの杖先からは雷撃
ダークからは4本のクナイが本体の少女へ向けて飛翔する。
「ぎゃぅ!!!」
自身に向けられた攻撃に対して、白い少女は姿をハザードのように変える。
手にはツタが巻き付いてできた大剣が握られていた。
剣を振り回してクナイを弾き飛ばすが、マヨルの放った電撃は全身に浴びてしまう。
「ぎゃぅううぁあぁぁらばばば!」
白いハザードはそのまま地上へ落下する。
すると、弾き飛ばされたダークの投擲したクナイが四角形を描くように定間隔で地面に突き刺さっている中央へと落下する。
これはマヨルとダークの作戦通りではあった。
「ハザードに似ておらんかったか?」
マヨルは怪訝な顔をダークへ向ける。
しかし、当の本人は構う様子はなさそうだ。
躊躇いなく攻撃を放つ。
「舞え!朱雀!」
ダークがそう呟くと、少女が落下した周囲の地面に刺さっているクナイを起点に赤い線が地面を伝わっていき、四角形の陣が生まれる。
すると、その陣の中央から火の鳥が空へと舞う。
当然、中心にいた白いハザードは全身を炎で貫かれることになる。
「ぎゃぅらぁあるぅべぇあたぁぁあ!!」
再び全身が燃え盛る白いハザード
そんなビーストへ、空中からルージュが追い討ちをかける。
「発動!ローズフレア!」
ルージュがそう叫ぶと、手のひらを白いハザードへと向ける。
そして、彼女の手のひらからビー玉ぐらいの大きさの炎の玉が白いハザードの足元へと放たれる。
「ぎゃぅ…?」
ビー玉のような小さな炎に掻き消されるようにして、ダークが生み出した火の鳥はパッと虚空で散る。
同時に、白いハザードを包んでいた炎がパッと消え去る。
「ぎゃぅあぁ!?」
これには白いハザードも怪訝そうに叫ぶ。
しかし…
ルージュが着地すると同時に、白いハザードを睨みながら指を鳴らす。
「終わりだ…ビースト」
次の瞬間には、高熱の炎が薔薇のように咲いていた。
まるで白いハザードから咲き誇るようにして…