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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第4章 聖騎士戦争
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抗う



「…はぁ…はぁ…はぁ…」



 暗い夜空を真っ赤に染め上げるのは炎だ。

 夜空を染め上げるほどの勢いで何かが燃えていた。



「はぁ…はぁ…はぁ…」



 暗闇に紛れて聞こえてくるのは幼い息遣いだ。

 恐怖と焦燥が息遣いから伝わってくる。


 パチパチと黒い瓦礫が音を鳴らす。黒く焦げたナニカが異臭を放つが、すでに麻痺した鼻と口では何も感じない。感じてほしくない。


 自分の弟には、夢見た外の世界がこんな場所だったなんて知って欲しくない。

 退屈だと騒いでいた毎日に戻りたい。


 そう2人で…

 こんな地獄のような外の世界から逃げ出したい。




「お兄ちゃん…っ!」


 暗闇の中、小さな影が前のめりに倒れる。



「もうちょっとだからな…ウェイファ!」


「もう…足が…」

「ウェイファ!もうちょっとだ!もうちょっとで家だぞ!」


「…うん」

「ほら!行くぞ!」



 小さな男の子が真っ黒な手で、さらに小さな男の子の手を掴むと、そのまま一気に立ち上がらせる。

 そして、2人は燃え尽きた村の中を駆けていく。


 彼らはなぜ殺されたのだろう。

 彼らはなぜ奪われたのだろう。


 そんな疑問が込み上げてくるが、理由は知っている。

 彼らが「ゼロの紋章」を持つ不浄者だからだ。



 魔法を使えないものには生きる資格などない。

 無能で不浄なる存在には生きる権利すら許されないのだ。


 現に、こうして軍隊に見つかれば命を奪われ、村を焼かれ、畑を潰され、生き残る術すらも奪われる。

 剣か飢えのどちらかに殺されるだけだ。




 やがて、2人の少年は焼けた村を出て野を駆ける。

 2人は知らないが、彼らが野に出た瞬間、フロンティアラインと呼ばれる境界線を跨いでいた。


 

 道中、村からどれだけ離れても、異臭と黒い異形の物体は続く。

 どこまでも逃げ遅れたであろう村人の死体が黒くなってバラバラに転がっているのだ。

 しかし、だんだんと村人の死骸の様子が変わっていく、剣などではなく、鋭い爪や牙によって殺されているような様相だ。


 中には、まっすぐに細く引き伸ばされているような死体もあり、それらの凄惨な光景は吐き気を催すものであった。


 

「うぅ…」

「泣くな!!」

「ぐぅうう!!」


「飲み込め!!涙は飲み込め!!」

「うぅぐうう!!!」



 手や足、頭だったものに足を滑らせて転びそうになりながらも、2人は故郷を目指して駆けていく。


 やがて、ただの広大な草原へと2人が出ると、すでに夜明けになっていた。


 暁が草原を紅に染め上げる中、長く伸びた草に身を隠すようにしながら2人は進んでいく。




「確か…この辺だよな」

「お兄…?」

「大丈夫…ここまで来れば…お母さんとお父さん、すぐそこだぜ」


 迷いそうになっている兄の小さな背中を不安そうに見つめるウェイファ


 しかし、そんな2人の不安は一気に解消される。




「…シン!ウェイファ!」


 そんな2人へ大人の声が聞こえる。

 ハッとした2人が声の方向へ視線を向けると


「チャンさん!?」

「チャンおじさん!!」



 2人が視線を向けた先には、甲冑を纏った兵士が2人いた。

 2人とも槍を持ち、体格も良く、良く訓練されているのがわかる。



「お前ら!!家出なんかしやがって!」

「そうだぞ!!」


「リン様達が探しに行ってんだ!!」

「姫様に手間をかけさせやがって!!」」


 チャンと呼ばれた兵士は、シンとウェイファの頭部にゲンコツを打つ。

 嬉しさと痛みで涙をポロポロと流す2人は、地獄から生還した気分なのか、目には涙を浮かべていた。




「…何でお前達を外へ出したくないか…わかっただろ?」


 チャンの隣にいる兵士はケイだ。

 チャンよりも背は低いが腕や脚は彼よりも太く逞しい。


「うん…」

「ごめんなさい…」



 ケイの言葉にシンとウェイファは涙を流しながら何度も頷く。

 

 「0」と右手の甲に刻まれた2人にとって、外の世界は文字通りの地獄であった。

 この世界はゼロの紋章を持つものに冷徹で無慈悲に作られていた。



「…さぁ、帰るぞ」




 チャンはそう言ってニカっと笑うと、帰り道へ指を向ける。

 しかし、子供達は首を左右に振るう。



「…俺達…」

「ん?」


「父さんと母さんに会いたいんだ!!」

「…」


「この近くが、故郷だって、そう聞いた!!」


「…それは…やめておけ」



 チャンは子供達から目を逸らして告げる。



「どうして!?」



 シンがチャンへ訳を問うために叫ぶ。

 すると…





 ドサリ



 草むらで音を鳴らしてケイは倒れていた。

 

 彼の頭部には太い矢が刺さっている。

 いや、刺さっているというよりも砕いていると言った方が正確かもしれない。



「へ?」


「シン!ウェイファ!俺の後ろに隠れろ!!」

「っ!?」


 チャンの言葉を皮切りに周囲の草むらがざわめき始める。

 まるでその騒めきが3人を囲うように…



「囲うつもりか!?」


「あう…うぅう…」

「カチカチカチ…」



 シンとウェイファはガクガクと震えていた。

 

 外で死体は見た。

 しかし、それは「殺された後」の姿であり、「殺される瞬間」ではない。


 先程まで呼吸をしていた生命が、一瞬で物体へと変貌する。

 その瞬間に立ち会うということは、すなわち、自分もいつそうなるのかわからないということだ。

 


「うぅ…うぅ…」


 カチカチと激しく歯を鳴らすウェイファの口の中へ手を入れるシン

 このままでは舌を噛みちぎってしまっても不思議はないからだ。



「…シン!そのままウェイファを連れて里へ行け!」

「チャンさんは!?」


「俺は時間を稼ぐ!!」


 チャンは顔を青くさせながら叫ぶ。

 シンやウェイファでもわかる。


 周囲を包囲している敵がその気になれば、チャンはすぐに殺されてしまうだろうと…



「チャンおじさん!?」

「いいから行け!里の方へ戻るんだ!!」



「「っ!?」」


「ここは…お前らが生きていけるような世界じゃねぇ!!分かるだろ!?」



「行くぞ!!ウェイファ!」

「兄ぃ!?」

「ほら!!ほらぁ!!!」


 弟を強引に引っ張り、シンは里へ戻るために走り出した。




「…させるかよ!!」



 シンとウェイファの動きに合わせて、草むらがガサガサと揺れている。

 その箇所へ向けてチャンは槍を向けると、その矛先からは稲妻がバリバリと鳴りながら放たれた。



「っ!」


 稲妻を避けるために草むらから飛び出てきたのはヒラヒラとした黒い衣を纏う男性だ。その手には湾曲した剣が握られている。




「ポポールニカ…」


 チャンは男性の姿からどこの兵士なのか直ぐに察する。

 彼が呟いたのは帝国のとある地名であった。


 そして、ポポルーニカから来た刺客ということは…



「グラン伯の手のものか!!」


 誰の手によって差し向けられた刺客なのかを即座に察したチャン

 彼の表情はより険しいものへと変わっている。


 そんなチャンへ向けて、草むらからぞろぞろと黒い衣を纏った男性が姿を見せ始める。



「…こりゃ、えらい数を連れてきたもんだな」



 そう呟くチャンへ1人の老齢な男性が問いかける。




「貴様は…ツァビア族だな?」

「見れば分かるだろう!!」


 

 目の前の男性の言葉に叫んで応えるチャン

 すると、その老齢の男性の背後で、他の兵士が話を始める。



「…皇女の潜伏場所」

「探す」

「子供」


「「追う」」



「子供を尾行する作戦」

「里の場所」



「「見つけられる」」


「おいおい…まさか…姫様は皇位継承権を放棄してんだぜ!?」



 チャンは兵士達へ叫ぶが、彼らは聞く耳を持たない。



「まさか…陛下が」


 そして、チャンは察する。

 彼らが動き始めたということは、帝国の皇帝に何かあったからだろうと。


 つまり、皇位を誰へ譲るのか。

 その選択の時が近いのだ。




「さっきの子供達を最後まで追え」

「行くぞ」



「行かせると思うか!?」



 黒装束の兵士達の行く手を阻もうとするチャンは、稲妻を纏わせた槍を振るう。




「1から3号が対処」

「「御意」」


 黒い衣の男性達がパッと姿を消す。

 残った3人の兵士がチャンの相手をし、他の兵士はシンとウェイファを追うつもりだろう。




「はん!舐めやがって!ツァビア族相手に3人だけかよ!」



 残った3人の兵士を前に、チャンは槍が唸るほどの勢いで振り回しながら叫ぶ。




「まとめてかかってこいやぁ!!!」




 チャンはそう叫びながらも、自分が3人を相手するだけで精一杯だと悟っていた。




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