叙勲式
「はい、レイズ様…この世界の住人が…あっ…あっ…向こうの…あっ…」
デーモンと呼ばれていたエイスという名前の女性は鋼鉄が覆う部屋の中央で立たされて話をさせられていた。彼女の目の前には椅子に座るレイズとドクターの姿がある。
レイズが椅子に座りながらエイスへ向かって指をクイクイっとさせると、彼女は話を続けていく。
「世界脅威…あっ…通して…あっ…向こうの…世界…あっ」
「そうか、奈落の階段は、もともと通路兵器だったな」
「うム」
レイズはエイスの言葉で世界脅威が向こうの世界へ通じる装置であったことを思い出す。
「しかしダ。世界脅威はすべて破壊されていル」
「破壊?」
「そうダ。こちらの世界から攻め込まれないように、すべて破壊されていル。向こうの世界へ世界脅威を通じてたどり着くことはできなイ」
「…」
レイズはドクターの言葉にただ目を瞑る。
そんなレイズへエイスが言葉を続ける。
「一つ…あっ…残され…あっ」
「ん?」
「帝国…あっ…地下…ぁつ!!」
エイスの鼻から血が滴り始める。
「…よほど話したくない内容のようダ。抵抗が強いゾ」
「知らん」
レイズは構わず指を動かしてエイスへ話させる。
「あっっあぁ!!!…」
「うぜえ…とっとと話せ」
目からも血を流し始めたエイスへさらに強い魔法をかけるレイズ
「帝国…皇位と共に…あっ…鍵…あっ…」
「帝国の皇位と共に?」」
「皇帝が持っているということだろウ」
「なるほどな」
「機能…ぁつ…鍵…覚醒…適正…開ける…起動…通路へい…き」
「ダメだ。意味がわからん」
「阻止…プレジデント…オーダー…殺す…適正…覚醒前…通路…兵器…破壊困難…」
エイスの抵抗が強いためか、会話が断片的になりつつあった。
「レイズ、十分な情報は得られたゾ」
「ん?」
「つまり、帝国の皇帝が世界脅威の鍵に適正があるようダ」
ドクターがそうレイズへ話し始めると
「こいつの話、翻訳できんの?」
「あア」
「ふーん」
「ぎゃパァッ!!」
用済みとばかりに、レイズは手をパッと開く。
すると、エイスの頭部が風船のように破裂し、彼女の亡骸はバタリと地面へ倒れる。
「…さテ、通路兵器として世界脅威を起動させるのニ、まずは鍵が必要ダ」
そんなスプラッタを前に、ドクターは平然とレイズへ話を続ける。
「ん?つまり、皇帝を世界脅威へ連れていけば良いのか?」
「それだけではなイ」
「あん?」
「鍵が必要ダ」
「要するにだ。鍵を探して、帝国の皇帝を連れて、その世界脅威へ行けば、向こうの世界へ行けるってことだな?」
「その通りダ」
「そうか」
レイズはスッと椅子から立ち上がると、テレポートで帝国へ向かおうとする。
「待テ」
「何だ?」
「今の帝国に皇帝はいないゾ」
「あん?」
「次の皇帝を決めるため、皇位継承権を持つもの同士、争っていル」
「…めんどくせぇなぁ」
「それにダ」
「あん?」
「皇位継承権を持つものが全て鍵に適性があるわけではなイ」
「…適性のあるやつを見つけて、そいつを皇帝にしなきゃいけねぇってことだな」
「その通りダ」
ーーーーーーーーーー
少し先の未来…
金髪をオールバックにしたレイズの姿がある。白いタキシードに身を包みこみ、胸元には銀色のネクタイがキラリと煌めいていた。
彼は真っ赤な絨毯が敷かれている広い大理石の廊下を悠々と歩いていくと、目の前には白く巨大な扉が見えてきた。扉の傍には重装の神殿騎士がおり、その装備は機能面よりも見た目が重視されており、いわゆる式典装備と呼ばれるものだろう。
レイズが近づいてくることを察した騎士達は深く一礼する。
「ここで待てば良いのか?」
レイズは面を上げた神殿騎士へ尋ねると、彼らは同時にコクリと頷く。
「はい、零厳王」
「式典の進行に応じて、こちらの扉は内側から開きます」
「そうか」
レイズは堂々としており、右手で煌めく「0」の紋章のことなど引け目にすら感じていない様子だ。本来であれば、2人の神殿騎士も、ゼロの紋章を持っているレイズへ頭など下げはしない。
「…時間のようです」
神殿騎士の1人が小声で呟くと、レイズは短く頷いた。
少しすると、中から声が響いてくる。どうやら大きな白い扉に隙間が生じ始めたようだ。
「…救世の大英雄!!!零厳王!!!レイズ・アン・デット様!!!ご入来!!!」
白く巨大な扉の隙間から中の広間の様子が見えてくる。
豪華な装飾が施された白く広大な部屋の中央まで真っ赤な絨毯が続いている。その絨毯を挟むようにして豪華な衣装を纏った人々が並んでいる。式典に参加している人物の中には、アリーシャやルージュ、グレンなどの姿もあった。
そして、部屋の中央には法衣を纏った老齢ながら活発な男性が叫び声をあげていた。彼が司会進行を務めているのだろう。
「…」
レイズは扉が完全に開かれると、胸を張り、肩で風を切り、堂々と真っ赤な絨毯の上を進んでいく。
「…本当にゼロ紋よ」
「おいおい、あいつが救世主だと?」
「ふざけやがって…不浄者じゃねぇか」
「おい…言葉が過ぎるぞ」
「…」
「あいつのせいで大損だ」
「社長、あまり大きな声では…」
「分かっておる」
通り過ぎるレイズの耳には、騒めく貴族などの権力者の声が響く。
彼らはゼロの紋章を持つレイズが聖騎士へ任命されることに不満を持っている様子だ。
奇巌城の攻略だけでなく、世界中を騒がせていたビースト騒動を解決したと教会が大々的に発表しており、その功績は新たなる聖騎士であるレイズによるものが大きいとも発表していた。
また、翠玉の量産化に成功しており、世界から難病をいくつか消し去っている。
功績だけを掲げれば、聖騎士に相応しく、英雄と呼ばれても差し支えはない。
しかし、それでもと、レイズがそのような華々しい功績を挙げたことに、何か裏があるのではないかと考えるものがいるのは当然かもしれない。
その当然だと思われる理由とは、彼がゼロの紋章を持つ者であること以外にも存在していた…
レイズは陰口に近い騒めきに動揺することなく、部屋の中央まで進んでいく。
そして、豪華な法衣を纏っている老齢の男性の隣で止まると、その老齢の男性はスッと身を引くように列へと戻っていく。
レイズが中央から部屋の奥を見渡す。
部屋の奥は階段上になっており、その上には白い豪華な椅子へ腰を据える少年の姿があった。白い椅子と同化するのではないかと思うほど、同じ色の白い法衣に身を包み、その頭部には白い金の装飾が施された帽子が冠のように乗っている。
そして、その少年の右隣には聖女ミリア、左隣にはアンブロシア司教が座していた。
彼ら3人の背後の椅子には、ズラリと7人の聖騎士達が座っている。
中には、ブルやペンドラなど見覚えのある面々の顔もある。
「…君がレイズか?」
少年は真っ直ぐにレイズを見据えると言葉を開く。冷たく小さな声だが通りは良く、レイズのところまでしっかりと届いていた。
そして、見た目が幼い彼が口を開いたことで、広間を静寂が支配する。
それほど、彼が言葉を紡いだということは緊張感のあるものであり、その彼が権力者であることは一目瞭然であった。
…奴が教皇か。
レイズはすぐに少年が教皇であることを察する。その姿はミリアから聞いてはいたが、本当に少年が教皇として座しているなど、実際に目で見なければ実感できないものであろう。
「はい、私が…レイズ・アン・デット…新たなる聖騎士…零厳王でございます」
レイズは淡々と名乗りを上げる。
まるで騎士のように膝をつきながら答えたレイズの所作に無礼なところはなく、列に並んでいる貴族達が思わずしかめ面をするほどには仕上がったものであった。
そんなレイズの様子をどこか楽しそうに見つめる教皇
その金色の瞳にはレイズがどのように映っているのだろうか。
「…零厳王よ、此度の件、まことに大義であった」
「はっ!」
「その功績は、貴殿を救世主と呼んで差し支えないものであろう」
「はっ!」
教皇の代わりにアンブロシア司教が言葉を発する。
老齢の男性であり、まるでミイラのような容姿が印象的だ。教皇と同じ白い法衣に身を包んでおり、金色の装飾が施されていない純白の帽子を頭に乗せている。
彼はレイズを労うような言葉を発すると、そのまま席を立ち、部屋の中央にいるレイズの方まで歩いていく。
そして、彼がレイズの正面、少し離れた位置で止まる。
「これより…新たなる聖騎士、零厳王の叙勲式を執り行う!!」
「待ちな!」
「っ!?」
アンブロシア司教の言葉を遮るのは、1人の聖騎士だ。
無造作な茶色の髪の隻眼の男性だ。片目は黒い眼帯で覆っており、覆われていない方の瞳はエメラルドのような輝きを見せていた。体の線は細いがしっかりと鍛えられていることがわかる。
「ロビン…貴様っ!」
言葉を遮られたアンブロシア司教が激昂しそうな様子を見せる。
しかし、それを片手を上げて諌めるのは教皇である少年だ。
少年が片手をあげると、アンブロシア司教はグッと押し黙り、彼の代わりに教皇である少年が聖騎士へ尋ねる。
「…空賊王、どうした?」
少年はどこか楽しそうに空賊王へ問いかけると、ロビンと呼ばれた聖騎士は部屋の中央にいるレイズへ指をさして叫ぶ。
「俺は反対するぜ!」
「…」
「そいつが救世主だと!?笑わせやがる!!そいつのせいでな!!いったい何人のよぉ!!民が苦しんでると思う!?」
レイズはそんなロビンの厳しい眼差しを前に、無表情のまま彼を見つめていた。
「…私も同意見だ」
続けて、探偵王であるブルも席を立つ。
「へぇ…ブルっちも?」
「はい…彼は帝国に戦乱を招いています」
ブルはそう言ってメガネをクイッと持ち上げる。
「…ふむ、彼が帝国の情勢を悪化させていることは、ふむ、事実でしょう、ふむ」
そう言って、ブルに続いて席を立つのは、薄い緑のスーツに身を包むダンディな男性だ。茶色い髪を長く伸ばしており、髭が綺麗に整えられている。
彼は貿易王ノーファだ。
「ふむ、健全かつ効率的な経済活動に、ふむ、平和は必要不可欠、ふむ、彼の存在は、ふむ、世界経済を衰退へと導く」
ノーファは尋ねられるまでもなく教皇へと意見を話す。
と、教皇は楽しそうな笑みを浮かべて頷く。
「このバルバロッスもぉ!!反対ぃいたしぃますぅぞぉ!!!」
続けてバルバロッスも席を勢いよく立ち上がり、クルクルと回りながら意思を表明していた。
「はははは…就任する前から大バッシングだね…レイズ君」
教皇は7人中4人の聖騎士が反対する様を見て楽しそうに笑う。
彼は残った3人の考えを確認しようと背後を振り返る。
「…あっしはどっちでもー!」
教皇の視線を受けた眠そうな様子の冒険王がそう告げる。
彼女は長く青い髪をまるでターバンのようにして頭に巻いており、ひらひらとした踊り子のような衣服に身を包んでいた。
「あいつと喧嘩したいけどー、タイマンじゃなきゃ、意味、なーい」
冒険王はそう言って中立を表明していた。
教皇はニコリと笑うと、続けてペンドラへ視線を向ける。そこには4人の聖騎士をギロリと不機嫌そうに睨んでいる彼女の姿があった。
「妾は賛成だのう」
騎士王であるペンドラは当然の態度だ。尋ねるまでもないだろう。
そして、最後に、教皇は端の席に座っている暴食王へ視線を向ける。
暴食王はまるで女子高生のような制服に身を包み、スラリとした金髪の美少女であった。
「わ、私は…お腹いっぱい食べられれば…それで…なので…どっち…でも」
マキはビクビクとしながらも答える。
彼女はお腹が空いたように腹部を摩っており、早く何かを食べたくてウズウズしている様子であった。
どこかレイズを興味津々な目で見つめている。その視線にはなぜか食欲が含まれている気がして、レイズは少し気になっていた。
「…うん、反対4、中立2、賛成1…この事態…どうやって収拾するのかな?レイズ君」
教皇はレイズへ視線を向ける。
すると、彼はニヤリと歪んだ笑みを見せた。